美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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6. 珈琲の味(2)

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 コーヒー農園で育ったこともあり、私はコーヒーが好きだ。
 子供の頃から、家の中にはコーヒー豆を焙煎する香りが立ち込めていた。

 研究室には寮の調理場を借りて焙煎しているコーヒー豆を常備しているので、そんなに時間はかからない。
 リドル様が寄贈してくれた魔動コーヒーミルに魔力を繋ぐ。
 コーヒー豆は粉で保管することもできるが、挽きたてで淹れる方が断然美味しい。
 祖母直伝の淹れ方で、じっくりと淹れる。
 小さな取っ手付きの金網に綺麗に洗った専用の布をセットし、細かく挽いた豆を入れる。
 そして、その豆の粉に、沸騰させてから少し冷ましたお湯をなるべく細くなるようにそっと注いでいく。
 一度注いでから、粉全体に水分が行き渡るように蒸らす時間を惜しんではいけない。

 コーヒーを淹れる作業は、忙しい研究の合間の気分転換にとてもいいのだ。
 私の影響ですっかりコーヒー好きになったルバート様も、どんなに忙しくてもこの時間だけは尊重してくれた。
 リドル様も魔動具を開発されるほど、すっかりコーヒー好きになってくださった。
 コーヒーの販路拡大の為にも、これからもリドル様には頑張っていただかなければと思う。

 コーヒーの粉から細かい泡が立ち、キラキラと輝く。
 祖母はよく、コーヒーには魔力が宿ると言っていた。
 淹れる人の魔力が入り、さらに美味しくなるのだという。

「お待たせしました。」

 そう言って、人数分のコーヒーを出す。
 ここでコーヒーを淹れるのも、あと数回なんだろうなと思うと感慨深い。

「ん?いつもと味が違うみたい。すごい美味しいんだけど!豆変わった?俺、これくらいスッキリしてる方が好き!」

 一口飲んで、リドル様が言う。

「豆は変えてませんけど、今日はリドル様のために淹れたので、リドル様好みの味になったのかもしれませんね。祖母が言うには、コーヒーには淹れた人の魔力が入ると言われているそうですよ。」

 私がそう言うと、他の仲間達も同じようなことを言う。

「確かに、いつもよりスッキリしてるかも。いつもはもうちょっと苦い感じだよな。飲み慣れてるからいつもの苦いやつも好きだけど、これはこれでいいな。」

 皆の話を聞きながら、リドル様は突然何かを思いついたような顔をした。

「魔力が入る?あー、なるほどー。うーん、そういうわけなんだねー。あー、そっかー。そうだったかー。」

 リドル様は何やら難しい顔をして唸っている。

「どうかされましたか?」

 私が問うと、リドル様は眉間に寄せた皺に手を当て、何か思い悩んでいるようだった。

「いやね、俺はずっとアメリアの淹れたコーヒーの味を目指しているわけなんだけど、今、俺のコーヒーメーカーに足りないものが分かったような気がしてさ。」

 今、リドル様は豆の焙煎から抽出まで全てできるようなコーヒーメーカーの開発に挑んでいるとのことなので、何か思いつくことがあったのかもしれない。
 リドル様の魔動具で、コーヒーの需要が高まるのは実家にとって大変ありがたいことなので、これまでにも頼まれれば、いくらでも協力してきたが、何か伝え忘れていたことでもあっただろうかと思う。

「何か伝え忘れていたことがあったでしょうか。」

 私が尋ねると、リドル様は首を左右に振った。

「ううん、そういう意味じゃないよ。ルバートにも試作機を1台貸してるんだけど、あいつの評価が散々でさ。こんなクソまずいものコーヒーじゃない。売れるわけないって言うんで、色々悩んでたんだけど、今、アメリアが淹れるコーヒーが特別美味しい理由が分かったって話。」

 以前、私もリドル様の研究室で魔動具で淹れたコーヒーを飲ませてもらったけれど、そこまでまずかったかな?と思う。
 今、コーヒーはその淹れ方の面倒さが問題となっているので、販路を拡大するためには是非とも解決してもらわないと困るのだが。
 今度、またリドル様の研究室に伺わなければと思っていると、

「はあ、疲れた。こんなに引っ張り回されるなら、爵位なんてもらうんじゃなかった。」

 紙束を抱えたルバート様が、大声で文句を言いながら入ってきた。
 反射的に、その紙束を受け取る。
 多分、これは留守中にまとめたアイデアメモだろうと察する。
 かなりの量がある。何日かかるかな?と、つい量を試算しまう。
 けれど、今はそれよりも先にやることがある。
 私は、おかえりなさいませという言葉を言い終わると、また給湯室に駆け戻った。
 ルバート様が戻ってきたら、まずはコーヒーだ。
 もう反射的に給湯室へ向かってしまう。

 先ほどと同じ手順で、再びコーヒーを淹れる。
 お湯を沸かし直して、豆を挽き、ゆっくりゆっくりと焦らずにお湯を注いでいく。
 細かい泡が潰れないよう、お湯が全体に均一に行き渡るよう、少しずつ少しずつ分けてお湯を注ぐ。

「お待たせしました。」

 私がコーヒーを差し出すと、ルバート様は軽く会釈して受け取ってくださった。

「ああ、やっぱりこの味だよな。溜まっていた疲れも一気に取れる。リドルが作った魔動コーヒーメーカーは、全くダメだ。あれだったら、飲まない方がマシだな。」

 そう言って、ルバート様が一息つく。

 私はその瞬間が好きだ。
 いつも険しい顔ばかりされているルバート様が、私の淹れたコーヒーでリラックスしてくれるのがとても嬉しい。

「お前も飲んでみろよ。お前の作ったコーヒーメーカーはこの味の足元にも及ばないぞ!」

 ルバート様に促されて、少し多めに作ってきたコーヒーをリドル様の空になったカップに注ぐ。
 リドル様は何故か呆れたような顔をして、一口飲んだ。
 そして、

「あー、これがお前の美味しいと思う味なわけね。なるほどー。うーん、そっかー。」

 と、リドル様は唸った。

「これと同じは無理でも、せめて半分くらいの味は出せないと売れないと思うぞ。」

 したり顔で呟くルバート様に、うーんと再び唸って、リドル様は言う。

「いや、お前。これは無理なんだって。さっき気付いたことだけど、この味は無理。お前にはこれが当たり前でもそうじゃないの。」

 分かってる?とリドル様は何やら思い悩んでいらっしゃる。

 ポットに残ったコーヒーを私も一口飲んでみる。
 いつもと同じ味のコーヒーだった。
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