美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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23.届かぬ想い(2)※ルバート

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 リドルが屋敷にやって来たのは、その数日後のことだったと思う。

「おい、ルバート!お前、何やってんだよ!」

 俺にはリドルを出迎える気力もなかった。
 俺の私室までズカズカと足音を立てて入ってきたリドルは、閉め切ったままにしていたカーテンを思い切りよく開け、ついでに窓も開けた。
 春先のまだ少し冷たい風が流れてくる。

「うわっ、辛気臭い顔してんなー。その顔、フェリクスとソフィアに見せてやりたいよ!二人とも大笑いするだろうな!」

 相変わらず遠慮のない奴だ。
 リドルの言葉に、フェリクスとソフィアの笑い声が聞こえてきそうな気がした。
 子供の頃、王宮の池に落ちて泥だらけになった俺を、フェリクスとソフィアが揃って大笑いしていたことを思い出す。
 あの時は笑われて悔しかった覚えがあるが、今はきっと悔しいなんて思わないだろうなと思う。

「リドル、俺を埋めてくれ。」

 俺は言った。
 散々お世話になった叔父上の結婚式なら、参列しないわけにはいかない。
 けれど、アメリアが叔父上と結婚する姿なんて見たくない。
 アメリアがあのゴルゴーンオオルリアゲハの魔力で酔っていたときのような表情で、叔父上に微笑むのを想像するだけで死ねる。
 もう何も見えない、誰の言葉も入ってこない地中深くに埋まりたいと思った。
 クロノスサバクネズミのように砂の中で眠り続けたい。

「お前、馬鹿だろ。まあ、知ってたけどな!」

 そう嘲って、リドルはここへ来た理由を話し始めた。

「ソフィアから、アメリアが帰ったって聞いたんだけど、どういうことなの?だって、お前、あの後プロポーズしたんだろ?」

 そういえば、リドルと会ったのはあの日以来だったなと思う。
 俺が最後にアメリアに会った日だ。

 あの日、俺は浮かれていた。
 色々な引き継ぎが終わってやっとアメリアに会うことができ、そして、久しぶりにその姿を見た時、もうこれ以上待てないと思ったのだ。
 だから、帰ろうとしていたリドルを呼び止めて、これからプロポーズするつもりだと告げたのだ。

「言おうとした。でも、言わせてもらえなかった。」

「え?どう言うこと?」

「俺の独りよがりだったってことだ。アメリアは、俺のことを何とも思ってなかったんだ。だから、言う前に遮られた。結婚準備のために実家へ帰るって。」

 思い出して、また落ち込む。
 アメリアの、あの作ったような笑顔が頭に浮かぶ。
 俺の勘違いに気づいたんだろうな。気まずい思いをしたのかも知れない。
 叔父上との結婚が決まっていたのなら、なおさらだ。
 結婚が決まっているのに、他の男から好意を寄せられるなんて迷惑でしかないだろう。
 しかも、俺は長年仕えた上司だ。
 俺に恥をかかせない意図もあって、言葉を遮ったのだろう。
 もしかしたら、叔父上がアメリアを王都へ送り出した時から決まっていた話なのかもしれない。
 普通の騎士団長の娘では再婚は難しいかも知れないが、王都で大学を卒業した才女であるという肩書きがあれば、辺境伯領では有利なのかもしれない。
 アメリアがソフィアと懇意にしていたのも、そのためではないのか。
 考えれば考えるほど、いろんなことに気づいてしまい、さらに落ち込んでいく。

 それに、叔父上は俺から見ても好人物だ。
 俺より若い時に叙爵し、しっかりと領地運営している。
 思えば、俺が初めて辺境伯領を訪れた時、叔父上はアメリアのことを知っていた。
 アメリアの家は祖父の時代から騎士団長を務めており、またアメリアの祖母も侍女だったこともあるとかで、家族ぐるみの付き合いなのだとも言っていた。

「え?アメリアが他の男と結婚するって?お前との結婚がなくなったってこと?」

 と、リドルが驚いた顔で問う。
 はっきりとそう言われると、傷が抉られるような気がする。

「ああ。ウィルフレッドの叔父上と結婚するらしい。」

 やっとの思いで口にすると、リドルがさらに驚いたように声を上げた。

「言っとくけど、俺の親父殿は金を返さないぞ!」

 そっちの心配かよと思う。
 アメリアとの結婚にあたり、俺はリドルの父上にアメリアを養女にしてもらうよう根回ししていたのだ。
 リドルが義理の兄になるのは気に入らなかったが、フェリクスが言うように、下手に将来的な見返りを求める相手より、金で釣られてくれるリドルの父の方が後々楽だと思ったのだ。
 それに、いずれはリドルが継ぐ爵位だ。アメリアを悪く扱うこともないだろうと考えた。

 リドルは驚いた後、何故か納得いかないような顔をした。

「それって、本当にアメリアなの?そもそも、お前、アメリアにちゃんと気持ちを伝えたのかよ。」

 リドルの言葉に返す言葉が見つからない。
 確かに、はっきりと伝えたことはなかった。
 でも、俺には確かに伝わってる自信があったんだ。
 それは間違いだったと、思い知ったばかりだけど。

「言いたかったさ。でも、ずっと言えなかった。姫の治療が成功する保証はなかったし、下手すればアメリアまで巻き込んでしまう。それに気持ちを伝えてしまったら、自分を抑えられる自信がなかった。」

 リドルが急に苛立ったように眉間に皺を寄せた。

「俺、お前のそういうとこ嫌いじゃないよ。何事にも慎重でさ。お前はお前なりに考えて、アメリアを守っていたのかも知れないけど、ちゃんと言わなくていいのかよ。俺、これからフェリクスの命令で辺境伯領に行くんだよ。お前が一緒に行くなら連れて行くけど。」

 そう言うリドルに、俺は首を左右に振った。

「いや、いい。これから結婚するアメリアに、自分の気持ちを押し付けても、嫌な思いをさせてしまうだけだ。」

 アメリアは叔父上と幸せになる。
 俺のアメリアに会いたい気持ちもいつか薄れる、、、薄れるはず。。。

「リドル、頼む。やっぱり俺を埋めていってくれ。」

 情けない声を出した俺に、リドルは呆れたように、はあと大きくため息をついた。

「お前は本当に何も分かっちゃいないよ。あんなに美味しいコーヒーを飲んでおいて、何も気が付かないなんてどうかしてる。」

 リドルの言葉に、コーヒーのことを思い出す。

「ああー、俺はこれからあの魔動具で淹れたマズイコーヒーしか飲めないのか!」

 俺が思わずそう言うと、リドルは目頭をピクッとさせた。

「俺の作ったものが悪いみたいな言い方しないでくれる?営業妨害なんですけど!!なんかムカついてきたから、もうあれは持って帰る。どうせ、しばらく暇なんだ。お前は自分で美味しいコーヒーを淹れられるように練習でもするんだな!」

 そう言って、リドルは何かを叩きつけて帰って行った。
 見れば、それはアメリアが書いた「美味しいコーヒーの淹れ方について」と言うメモ書きだった。
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