35 / 50
(番外編)リドルの遠吠え(1)
しおりを挟む
辺境伯領へと向かう友の背中を見送った後、俺は大きくため息をついた。
ルバートがアメリアとの結婚を勝ち取るために、死に物狂いで研究を続けてきたことは誰よりも知っている。
これまで、誰にも成し遂げられなかったことを成し遂げたルバートは、本当にすごいやつだとも思う。
けれど…。
はあ、俺じゃなかったか。
俺はもう一度大きなため息を落とした。
アメリアがルバートのことをどう思っているのか、俺はずっと決めかねていた。
ルバートは想いが通じてると言っていたが、もしかしたらあいつの思い込みなんじゃないかとも思っていた。
だから、研究室のメンバーに対して、外堀を埋めるようなことをしてアメリアを追い込むなと言った。
アメリアが、研究室にいづらくなってはいけないと思ったからだ。
実際、アメリアはルバートに特別な感情を抱いているようには見えなかった。
研究室では仕事に徹していたし、そもそも身分の違いもあって、アメリアは俺たちに対して常に一線を引いていた。
どんなに付き合いが長くなっても決してくだけた態度は取らなかったし、必要以上に近寄ってくることもなかった。
アメリアがルバートの助手を頑張っているのも、単に魔術を学びたいだけなんじゃないかと思うこともあった。
だから、ルバートが遂に偉業を成し遂げて、いよいよ結婚だと言い始めた時、違和感を抱いた。
アメリアの気持ちはどうなんだ?と。
それに、普通ルバートと結婚するつもりだったなら、姫が目覚めた時、もっと嬉しそうにしたはずだ。
けれど、姫が目覚めたあの朝、アメリアはその成功を見届けた後、何故か暗い顔をして出て行ったのだ。
ルバートはフェリクスとソフィアに挟まれて気づかなかったようだったが、俺は今にも泣き出しそうな顔をして出ていくアメリアを見ていた。
だから、俺はもしかしたら俺にもチャンスがあるんじゃないかと思ったのだ。
もし、アメリアがルバートに対して特別な感情を持っていないなら、俺にもチャンスがあるんじゃないかって。
「はあ・・・。」
ため息しか出ない。
たった一度だけ飲んだ、あの素晴らしく美味しいコーヒー。
スッキリとした味わいの理想のコーヒー。
だが皮肉にも、アメリアが俺のために淹れてくれたというあのコーヒーを飲んだ時、俺はアメリアの気持ちに気づいた。
何故なら、これまで研究室で飲んだコーヒーの味とはあまりにも違いすぎたから。
アメリアが淹れた人の魔力が宿るのだと言った時、俺はそれまでルバートが言っていたコーヒーの美味しさの理由が分かった気がした。
俺が作った魔動コーヒーメーカーは、他ではそれなりに良い評価を得ていたものの、ルバートの評価だけが散々なものだった。
しかも言ってることがおかしかったのだ。
味もさることながら、疲れが取れないとか、気分が上がらないとか、全く意味不明なことしか言わないので、俺はあいつの頭がどうかしたんじゃないかとさえ思っていた。
けれど、アメリアがコーヒーに魔力が入ると言った時、何か分かった気がした。
そして、そのあと西国の文献を読み漁ってコーヒーの秘密を知った時、俺は思い知った。
アメリアが、いつも誰のことを思ってコーヒーを淹れていたのかを。
俺が先に見つけたのになと思う。
研究室に連れて行ったのが悪かった。
あいつになんて、会わせなければよかった。
俺がアメリアを意識し始めたのはいつからだったんだろう。
身近にソフィアみたいなタイプしかいなかった俺にとって、アメリアは初めから特別だったと思う。
まず、ソフィアみたいに傲慢じゃないし、ソフィアみたいに口うるさくもない。
いつも控え目で、一歩引いたところにいるのがアメリアだった。
身分差を気にしていたのだろうけど、平民とはいっても祖父母の頃から辺境伯領で騎士を務めている家だ。
準貴族といってもいい。
立ち振る舞いに品があったし、ウィルフレッド様が是非にと支援しただけのことはあって、とても頭が良かった。
最良の結婚相手を見つけることだけを人生の目標にして生きる貴族令嬢たちとは、全く違う存在だった。
まず、王都に来た目的からしてすごい。
実家が営むコーヒー農園の収穫量を増やすために、必要な技術、魔術、それから経営などを学びたいと思っていると言われた時には、本当に驚いた。
実際、ルバートにもそういったことをよく聞いていたし、休み時間に経営学の本を読んでいるのを見かけることもあった。
それでいて、自分の能力の高さをひけらかすようなこともなく、誰かのミスでアメリアの作業が全てやり直しになったとしても、嫌な顔一つ見せないところは本当にすごいなと思っていた。
ソフィアだったら、少なくとも三日は言い続けるだろうに。
覚えているのは、俺が魔法薬の調合を失敗して、爆発させてしまった時のことだ。
ボンという破裂音と共に、ビーカーが割れ、中の魔法薬が飛び散った。
俺の手に熱い魔法薬がかかり、隣にいたアメリアの方にも飛んだのが見えた。
その時、アメリアは俺の手を取り、急いで水道の水をかけてくれた。
「アメリアもかかったんじゃない?」
と気遣う俺に対して、アメリアは
「私は大丈夫です。それより、リドル様の方が大変です。早く冷やさないと。」
と言って、手当をしてくれたのだ。
後で見ると、アメリアの手にも魔法薬はかかっていたようで、少し赤くなっていたのに、
「これくらいの怪我は怪我のうちに入りません。料理などすれば、火傷は年中ですから。」
と言って笑った。
ソフィアだったら、その怪我をネタに一生強請るくらいやりかねないのに。
こんな女の子もいるんだなと思った。
ルバートがアメリアとの結婚を勝ち取るために、死に物狂いで研究を続けてきたことは誰よりも知っている。
これまで、誰にも成し遂げられなかったことを成し遂げたルバートは、本当にすごいやつだとも思う。
けれど…。
はあ、俺じゃなかったか。
俺はもう一度大きなため息を落とした。
アメリアがルバートのことをどう思っているのか、俺はずっと決めかねていた。
ルバートは想いが通じてると言っていたが、もしかしたらあいつの思い込みなんじゃないかとも思っていた。
だから、研究室のメンバーに対して、外堀を埋めるようなことをしてアメリアを追い込むなと言った。
アメリアが、研究室にいづらくなってはいけないと思ったからだ。
実際、アメリアはルバートに特別な感情を抱いているようには見えなかった。
研究室では仕事に徹していたし、そもそも身分の違いもあって、アメリアは俺たちに対して常に一線を引いていた。
どんなに付き合いが長くなっても決してくだけた態度は取らなかったし、必要以上に近寄ってくることもなかった。
アメリアがルバートの助手を頑張っているのも、単に魔術を学びたいだけなんじゃないかと思うこともあった。
だから、ルバートが遂に偉業を成し遂げて、いよいよ結婚だと言い始めた時、違和感を抱いた。
アメリアの気持ちはどうなんだ?と。
それに、普通ルバートと結婚するつもりだったなら、姫が目覚めた時、もっと嬉しそうにしたはずだ。
けれど、姫が目覚めたあの朝、アメリアはその成功を見届けた後、何故か暗い顔をして出て行ったのだ。
ルバートはフェリクスとソフィアに挟まれて気づかなかったようだったが、俺は今にも泣き出しそうな顔をして出ていくアメリアを見ていた。
だから、俺はもしかしたら俺にもチャンスがあるんじゃないかと思ったのだ。
もし、アメリアがルバートに対して特別な感情を持っていないなら、俺にもチャンスがあるんじゃないかって。
「はあ・・・。」
ため息しか出ない。
たった一度だけ飲んだ、あの素晴らしく美味しいコーヒー。
スッキリとした味わいの理想のコーヒー。
だが皮肉にも、アメリアが俺のために淹れてくれたというあのコーヒーを飲んだ時、俺はアメリアの気持ちに気づいた。
何故なら、これまで研究室で飲んだコーヒーの味とはあまりにも違いすぎたから。
アメリアが淹れた人の魔力が宿るのだと言った時、俺はそれまでルバートが言っていたコーヒーの美味しさの理由が分かった気がした。
俺が作った魔動コーヒーメーカーは、他ではそれなりに良い評価を得ていたものの、ルバートの評価だけが散々なものだった。
しかも言ってることがおかしかったのだ。
味もさることながら、疲れが取れないとか、気分が上がらないとか、全く意味不明なことしか言わないので、俺はあいつの頭がどうかしたんじゃないかとさえ思っていた。
けれど、アメリアがコーヒーに魔力が入ると言った時、何か分かった気がした。
そして、そのあと西国の文献を読み漁ってコーヒーの秘密を知った時、俺は思い知った。
アメリアが、いつも誰のことを思ってコーヒーを淹れていたのかを。
俺が先に見つけたのになと思う。
研究室に連れて行ったのが悪かった。
あいつになんて、会わせなければよかった。
俺がアメリアを意識し始めたのはいつからだったんだろう。
身近にソフィアみたいなタイプしかいなかった俺にとって、アメリアは初めから特別だったと思う。
まず、ソフィアみたいに傲慢じゃないし、ソフィアみたいに口うるさくもない。
いつも控え目で、一歩引いたところにいるのがアメリアだった。
身分差を気にしていたのだろうけど、平民とはいっても祖父母の頃から辺境伯領で騎士を務めている家だ。
準貴族といってもいい。
立ち振る舞いに品があったし、ウィルフレッド様が是非にと支援しただけのことはあって、とても頭が良かった。
最良の結婚相手を見つけることだけを人生の目標にして生きる貴族令嬢たちとは、全く違う存在だった。
まず、王都に来た目的からしてすごい。
実家が営むコーヒー農園の収穫量を増やすために、必要な技術、魔術、それから経営などを学びたいと思っていると言われた時には、本当に驚いた。
実際、ルバートにもそういったことをよく聞いていたし、休み時間に経営学の本を読んでいるのを見かけることもあった。
それでいて、自分の能力の高さをひけらかすようなこともなく、誰かのミスでアメリアの作業が全てやり直しになったとしても、嫌な顔一つ見せないところは本当にすごいなと思っていた。
ソフィアだったら、少なくとも三日は言い続けるだろうに。
覚えているのは、俺が魔法薬の調合を失敗して、爆発させてしまった時のことだ。
ボンという破裂音と共に、ビーカーが割れ、中の魔法薬が飛び散った。
俺の手に熱い魔法薬がかかり、隣にいたアメリアの方にも飛んだのが見えた。
その時、アメリアは俺の手を取り、急いで水道の水をかけてくれた。
「アメリアもかかったんじゃない?」
と気遣う俺に対して、アメリアは
「私は大丈夫です。それより、リドル様の方が大変です。早く冷やさないと。」
と言って、手当をしてくれたのだ。
後で見ると、アメリアの手にも魔法薬はかかっていたようで、少し赤くなっていたのに、
「これくらいの怪我は怪我のうちに入りません。料理などすれば、火傷は年中ですから。」
と言って笑った。
ソフィアだったら、その怪我をネタに一生強請るくらいやりかねないのに。
こんな女の子もいるんだなと思った。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました
ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された
侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。
涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。
――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。
新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの
白い結婚という契約。
干渉せず、縛られず、期待もしない――
それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。
しかし、穏やかな日々の中で、
彼女は少しずつ気づいていく。
誰かに価値を決められる人生ではなく、
自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。
一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、
静かに、しかし確実に崩れていく。
これは、派手な復讐ではない。
何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ふしあわせに、殿下
古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。
最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。
どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。
そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。
──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。
ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか?
ならば話は簡単。
くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。
※カクヨムにも掲載しています。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます
藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。
彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。
直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。
だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。
責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。
「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」
これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。
むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~
景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」
「……は?」
そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!?
精霊が作りし国ローザニア王国。
セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。
【寝言の強制実行】。
彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。
精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。
そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。
セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。
それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。
自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!!
大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。
すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる