美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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[外伝]リドルの美味しい珈琲

1.リドルと一冊の本

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 年越しのカウントダウンを祝うために王都の広場に人々が集う大晦日。

 煌びやかに着飾った人々とすれ違いながら、俺は会社に戻る道を重い足取りで一人歩いていた。

 ああ、もうすぐ来年が来てしまう。

 フェリクスとルバートに今年中に結婚すると宣言したのに。

 憂鬱な気持ちで、会社の扉を開ける。

 年末年始の帰省のため、従業員は誰もいない。

 真っ暗な部屋に明かりを灯し、自分のデスクに座れば、否応なしにため息が漏れる。



 その時、俺は三つのことに頭を悩ませていた。

 一つ目は、おかしな噂のせいでちっとも売れないコーヒーメーカー。

 せっかくいいものができたのに、家に置くと結婚できなくなるというくだらない噂が蔓延ったことにより、家庭用に小型化したコーヒーメーカーは相変わらず売れなかった。

 職場用の方は、それなりに売れているが、やはり台数が売れないことには売上は伸びない。

 

 そして、次の悩みは全然うまくいかない婚活。 

 こっちもおかしな噂のせい。。。

 俺はその原因となった本の表紙を恨めしく睨んだ。

 

 そもそも、あの本さえなければ、とっくに結婚できているはずなのに!!



 ◇



『隻眼の魔術師と亜麻色の髪の従者』



 今、若いご婦人たちの間で密かに話題になっている微妙な題名のその本は、十年以上前に発行された本の続編だ。

 元の本はごく一部の人たちの間で流行った『アイシラと隻眼の魔術師』というよくある恋愛小説で、爵位は低いが気立の良い娘アイシラが王太子に見染められて、悪役令嬢やなんかの妨害に遭ったりしながら、色々すったもんだする話だ。

 そこに出てくる隻眼の魔術師というのが、正体は隠しているけど、実はヒロインの幼馴染の子爵令息で、でも実は前国王のご落胤で、オッドアイで、めっちゃ魔力量が豊富で、剣も強くって、超美形で、キザなセリフも吐きまくるという設定盛り盛りの人物だったのだが、最近、その魔術師を主人公にした続編が発売されたのだ。



 そして、何を隠そう、十年以上前にその元の本『アイシラと隻眼の魔術師』を書いたのは、俺だったりする。。。



 当時、中等部の学費を払う金にも困っていた俺は、姉上たちが夢中になっていた恋愛小説に目をつけた。

 姉上たちが言うには、その本を書いた人物は書店に本を持ち込んで出版したところ、瞬く間に増刷が決まり、貧しい貧民街から高級住宅地へ引っ越したのだという。

 それを聞いた俺は、一発当ててやろうと姉上たちが読んでいた本を参考に筆を走らせ、本屋に持ち込んだ。

 主人公のアイシラを影で支える、その隻眼の魔術師がそこそこ評判となり、二巻を発行することが決まった。

 問題は、さらに部数を稼ごうと二巻目に絵を入れたことだ。

 同じ貧乏貴族仲間だった男爵家四男のエイダンに描かせた表紙絵がまずかった。

 いよいよ明日印刷に出そうと言うとき、エイダンが描いてきた絵は、俺が思っていたのと全く違った。



「え?なんで、俺?」



 そこに描かれていた隻眼の魔術師は、俺にそっくりだったのだ。



「隻眼の魔術師は、どう読んでも公爵令息のルバート様みたいな人でしょ!」



 と言う俺に対し、エイダンは



「俺、ずっとリドル先輩のイメージで読んでました!だって『淋しかったかい?子猫ちゃん』みたいな歯が浮きそうなセリフ、ルバート様は言わないですって!子爵令息っていう設定もそうだけど、あの軽薄な感じは、どう読んでもリドル先輩でしょ!」

 と答えた。



 そう言われてみれば、そうかもしれないと思う。

 隻眼の魔術師は、学内の超有名人だった公爵令息のルバートをモデルに書いていたつもりだったけれど、いつの間にか俺に似ていたらしい。

 まあ、それは百歩譲るとしても、おかしな点は他にもあった。

 

「それに、なんで表紙がアイシラじゃないんだよ!」



 表紙には隻眼の魔術師とヒロインのアイシラを描いて欲しいと言ってあったのに、そこに描かれているのは、どう見ても男が二人。



「アイシラのつもりで描き始めたんですけど、俺、女の子を描くのが苦手で、ドレスもよく分かんないし。。。だから、従者のユリアンでいいかなと。」



 ユリアンというキャラクターは、隻眼の魔術師リーンハルトの乳兄弟である従者だ。

 いろんな辻褄あわせに役立つ便利なキャラクターで、とても重宝していた。

 ヒロインを影で支え続ける隻眼の魔術師を、さらに影で支える存在だ。

 エイダンが初め、ヒロインのつもりで描き始めたというだけあって、完成した表紙に描かれたユリアンは髪が長く中性的な容姿で、しかも隻眼の魔術師に少し寄り添うように描かれていた。

 色々おかしいとは思ったが、絵があったほうが売れるというし、印刷屋に持ち込む日が決まっていたので、俺は深く考えず、そのまま発行した。

 そして、それは何故かものすごく売れた。

 俺の予想を大きく上回る売上となり、増刷されることが決まった。

 と、ここで事件が起きる。

 俺が学費にしようと思っていたその売上金を、あろうことか親父殿が使い込んでしまったのだ。

 俺の親父殿は、はっきり言ってクズだ。

 そして、異常に騙されやすい。

 絶対に上手くいくという投資話を信じ、祖父の代までに築き上げた財産のほとんどを使い果たしていた。

 その時の投資先は、確か金の卵を産むニワトリみたいなそんな感じの話だった気がするが、増刷するための元手も学費もなくなり追い詰められた俺は、中等部の生徒会室に製本までを一気にこなす最新の魔動印刷機があるのを思い出した。

 そして、夜中に忍び込んで印刷していたのを、生徒会長だったフェリクスに見つかったのだ。



 俺が書いた本の一部を手に取り微笑んだフェリクスの顔は、悪魔のように恐ろしかった。

 けれど、金がないと正直に話すと、フェリクスはもっといい仕事を与えてやると言って、俺に学内での下僕になるよう言った。

 フェリクスに取り入ろうとする面倒な同級生たちを遠ざけると言うのが、その仕事内容だった。

 当時、基本的にルバートしか側に置かなかったフェリクスだったが、学内では爵位に関わらず付き合うべきであるという外圧を煩わしく思っていたところ、ちょうど爵位の低い俺を見つけたというわけだ。

 俺ならば、フェリクスが高位貴族としか付き合わないという悪い噂を払拭できると思ったのだろう。

 そうして、俺はフェリクスに雇われることになり、筆を折った。

 ぶっちゃけ、フェリクスの仕事の方が割が良かったし、ベタな恋愛小説を書くことに、それほど情熱を持っていなかったからだ。



 で、どうやって筆を折ったかって?

 それが問題だった。

 読者のことを考え、一応三巻は出したものの、色々張った伏線を回収するのも面倒になった俺は、アイシラの幸せを見届けた隻眼の魔術師が爆死すると言う、超最低な終わり方をさせたのだった。



 そして、それが悲劇の始まりだったわけだ。

 まさか、あの本をクレア王女が読んでいたなんて。。。



「姉上、なんでこんなことになったのですか?」



 十年の眠りから奇跡の生還を果たしたクレア王女は、フェリクスの質問に対して、悪びれた風もなく



「推しが爆死したからよ。」



 と言う謎の言葉を吐いた。



「は?」



 意味が分からず、声をあげたフェリクスに、クレア王女は続けた。



「『アイシラと隻眼の魔術師』のリーンハルトが、爆死したの!私が受けた精神的ダメージの大きさ、想像できる?そして、最終ページに書かれた『作者は諸事情により筆を折りました』という一文を目にした時の絶望!その絶望のまま眠りについたら、十年経っていたっていう、そういうわけよ。」



 霧発生装置の調整のため、偶然にも同席していた俺は、流れ出る冷や汗を止めることができなかった。

 フェリクスから話を聞いてはいたものの、クレア王女という人は本当にとんでもない人だった。

 ソフィアを上回る強烈さ。

 フェリクスが、ソフィアなんて可愛いものだと言う理由が分かった。

 歴代最高とも言われる絶大な魔力量を誇り、眠りにつくまえのあだ名は『魔王姫』だったらしい。

 一般的に魔力量が多い人は、魔力欠乏症になりやすいと言われている。

 豊富にある分、使いすぎてしまった時の反動も大きいらしく、それで王女は今回うっかり眠り姫病になってしまったというわけだ。

 

「目覚めた時、まだ続編が出ていないと知って、さらに絶望したわ。危うく、また眠ってしまうところだった。」



 そう言っているのは冗談ではないのか、王女は魔法薬の点滴を施されていた。

 フェリクスが引き攣った笑みを浮かべていた。



「だ、、、そうだが。リドル、お前、どう思う?」



 突然、黒歴史を掘り返されて、俺は動揺していた。

 だから、つい



「姫様が続きを書かれたらいいんじゃないですかね?」



 と言ってしまったのだ。

 すると、王女はそれは気づかなかったとばかりに顔を輝かせた。

 それが、約一年前の話。

 まさか本当に続編を書くとは。

 しかも、俺が思っていたのとは全く違う続編を。

 

 秋の社交シーズン前に発売されたその本は、好評により、最近続刊の出版も決まったらしい。

『隻眼の魔術師と亜麻色の髪の従者』というイマイチ気に入らない題名の本の表紙を見つめ、俺はまた深いため息を落とした。



 まさか、続編が隻眼の魔術師リーンハルトと、従者ユリアンの恋物語だったなんて。



 そして、今一番の問題は、俺の会社で働いている魔具技師シンの髪が、その亜麻色だったことだ。

 ああ、なんで亜麻色なんて髪色を選んでしまったんだろう。

 若気の至りとはいえ、亜麻色がどんなものかも知らずに、響きがいいという理由だけで従者の髪色を決めてしまったあの時の自分を恨むしかない。



 シンとは口述筆記魔具の開発の途中で知り合った。

 シンの親父さんは、国内でもそれなりに名を知られた魔具技師だったそうだ。

 ルバートの字があまりにも汚いので、「口述筆記できる魔具があればいいのに」と愚痴を言ったところ、ルバートが似たようなものがあったはずだと言い出したのだ。

 それが、シンの親父さんが趣味で作ったという通信魔具だ。

 遅くにできた子であるシンを溺愛していた親父さんは、呼びかけた言葉が文字になって表示される腕時計を二つ作ったのだという。

 それは、10文字程度までの短い文を表示できるものだったらしい。

 作成者であるシンの親父さんは既に亡くなっていたものの、その時計だけでも見せてもらえないかと思って、家を訪ねたのがきっかけだ。

 魔具技師だった親父さんの血を受け継いだのか、その時、まだ十代半ばだったにも関わらず、シンの腕は抜群に優れていた。

 シンの親父さんが身に付けていた方の時計は、一度バラバラに壊れたようなのだが、シンはそれを組み直しているところだとも言っていた。

 フェリクスから出資を受けて、本格的に口述筆記魔具の開発に乗り出そうとして俺は、そんなシンに俺の会社へ来て欲しいと誘ったのだ。



 ちなみに、音を文字に変換する仕組みは、ルバートが解明した。



「さすがは神の腕を持つと言われた特級魔具技師が作っただけのことはあるな。趣味で作ったとは思えん出来だ。この時計の中にあるこの小さな魔石一つ一つに刻まれた発音と文字の組み合わせが刻んである。この文様をそのまま使えば、うまくいくんじゃないか?ただ、音を文字にするのはそれでいけるかも知れんが、送受信したり、文字盤に表示させたりする仕組みは難しくてわからん。それに、ここまで小型化するのは至難の業だぞ。」



「別に小さくする必要はなくない?俺が必要なのはお前の言葉を文字にする機能だから、研究室内に置くつもりだし。文字を打ち出すのは最近流行りのタイプライターとかを組み合わせたら、上手く行かないかな?発音と文字の組み合わせを記憶させる仕組みは分かったんだろ?」



 と、俺が適当なアイデアを言ったところ、それまで黙っていたシンが口を開いた。



「タイプライターはいいかもしれませんね。一度目にしたことがあります。あれを魔動装置と組み合わせれば、実装できるかもしれません。」



 そう言って、ルバートのアドバイスの下、シンは瞬く間に口述筆記魔具を完成させた。

 お気づきだろうか。

 口述筆記魔具の開発者として知られている俺だが、実は何もしていない。

 ルバートがその仕組みを解明し、シンがそれを実装したのだ。

 俺がやったことと言えば、その開発資金の調達くらいのものだろうか。

 まあ、調達といっても、フェリクスに一声かけただけだが。

 

 というわけで、一人では何の役にも立たない俺は、仕事中はどこへ行くにも常にシンを連れて歩いている。

 それが一部のご婦人たちの目に留まり、まるで『隻眼の魔術師と亜麻色の髪の従者』のようだと噂されるようになってしまったというわけだ。

 しかも、痩せっぽちの少年だったシンは、今や細身の美青年に育っており、しかもその亜麻色の髪を長く伸ばしていたりするもんだからタチが悪い。

 おかげさまで、どこの夜会に顔を出しても、御令嬢たちは「ああ、あの魔術師様!」とか「ご本人にお会いできるなんて!」とか、おかしなことを言うばかりで、秋の社交シーズンは全滅に終わった。

 結婚できない男の代名詞ばかりか、今は男色家と言う汚名まで着せられ、俺の婚活は絶望的な状況に追い込まれていた。



 俺は、美味しいコーヒーを淹れてくれる可愛いお嫁さんが欲しいだけなのに!!
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