美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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[外伝]姫君と大きすぎる花瓶

姫君と騎士

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「姫様。先日、少し気になることを耳にしたのですが。姫様は下の立場の者から迫られる方がお好みとか。」



 今も変わらずに続く朝の散歩の途中、私がそう尋ねると、姫様が一瞬驚いたように足を止めた。



「そ・・・んなこと言ったかしら?私ではなく、侍女のメアリじゃない?」



 けれど、その次の瞬間には何事もなかったかのように歩き出す。



「私が姫様の声を聞き間違えることはありませんよ。また、忠義か愛か測りかねるから悩むとか?」



 姫様は、私には聞こえていないと思っていたらしい。

 最近、姫様は侍女たちと共に本を執筆されているようだった。

 それは一部の者たちの間の秘密らしかったが、毎日のように扉前に控えていれば、嫌でも話の内容が漏れ聞こえてくる。

 特に、姫様の魔力の安定に欠かせない霧発生装置の調整にリドル様が来られるときには、声が大きくなっていることが多かった。

 守秘義務があるので、基本的には聞かなかったことにするが、今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。



「覚えがないわね。ジェラルド、何か変な夢でも見たんじゃないの?」



「なるほど、そうきますか・・・。」



 姫様はあくまでもシラを切り通すおつもりらしい。

 姫様との距離を測りかねているのは私とて同じなのだが、姫様はあの日以来、なかなか隙を見せてくださらない。

 姫様がお目覚めになって、もう一年以上過ぎたが、相変わらず姫様との距離は縮まらないままだ。

 十年以上の時間差がある以上、性急に事を進めるのは良くないと思ってはいたものの、そろそろ前に進みたいという欲も出てくる。

 しかし、下の立場の者から上の立場の方を攻めるのは、姫様が思うほど簡単なことではない。 



「そういえば、押されて仕方なくという体でないと素直になれないとも、おっしゃっていたような。」



「さあ、聞き間違えじゃないの?」



 素直だったのはあの時だけで、姫様はあれからは相変わらず、こんな様子だ。

 けれど、私とて十年も無駄に歳を重ねたわけではない。

 それに、いつまでも身分差に萎縮していられるほど若くはないのだ。



「では、こういうのはいかがでしょう。」



 四阿に差し掛かった時、私は姫様の体を後ろから抱きしめた。

 小柄な姫様の体は、私の腕の中にすっぽりと収まってしまう。

 そして、そのこめかみにそっと口付けてみる。



「わ・・・悪くないわね。」



 覗き込んで見た姫様の頬は、色づいた果実のように真っ赤に染まっていた。
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