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第1.1話 ジンとソフィア
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ご飯の献立。なんとなく芳しい香りに気付いてはいたが、考えないようにしていたマコトだった。
しかし一度思い浮かべてしまうと、味の記憶が舌先を刺激し、後から後から唾液が溢れてくる。
「パパぁ、ほら止まらないで行くよ? ひゅ……じゅる……ふぃっ」
タタタ、トントン、トトン。
堪えていたところで立ち止まるジンに、先を促す言葉をかけながら、マコトはその場駆け足でジンの背中を押す。
「マコのお口はもう秋刀魚食べれるつもりでよだれ零れそうなんだからぁ。早く早くぅ。じゅるじゅる……ふぃっ……危ない危ない」
そんな振動で思わず溢れる涎をマコトは慌てて吸い込む。そんなマコトの様子に微笑ましさを憶えながらジンは返す。
「ふふっ……わ、わかったから……そんなに押すなって」
「あ、ごめんなさい。じゃあ行くよ?」
「あ! マコちゃ?」
ソフィアは二人を一緒に行かせる意味を言いそびれていたことに思い至り、左手の平を右拳で叩くと、人指し指を立てながらマコトを呼び止める。
「えーと、パパと一緒に、って言ったわけは、パパのことよく見てて欲しいからなの。ほら、パパってものぐさでしょ?」
ソフィアは横目でジンを見やり、その各部に視線を向けてはマコトに戻す仕草を繰り返す。マコトの目も合わせるようにその向き先を追いかける。
「作業なんかが絡むと、あちこち抜けるところがあって……ほら、パパの髪や顔、汚れが凄いでしょう?」
ソフィアに言われるがままにジンの容貌をもう一度ぐるりと見回すマコト。髪は全く整えられていない無造作な状態で、顔や髪の毛のあちこちにホコリを見つける。
「おー、ほんとだね。パパはホントに無頓着だねぇ。マコもパパに似たのか無頓着なほうだと思うけど、パパのこれは流石に……アチャー」
見れば見るほど際立って見えてくるホコリに苦笑いを滲ませるマコト。
「うん、理解した。マコはパパのお目付け役! マコの目で綺麗になったかチェックしろってことだね?」
「流石、マコちゃ」
トントン拍子で意を解す二人のやり取りを呆気にとられ見回すジンは、自身を突き刺す視線に、やや困ったような恥じらい顔を見せる。
「な、なに? オレは子どもか?」
「ふふん。違うよ? でもマコは試験官。厳しい目でジャッジメントしてあげるね」
少しドヤ顔気味のマコトは、急かしつつジンの背中を押して部屋を後にする。耳に残るソフィアの発した『マコちゃ』の語呂にマコトはふと思い出す。
―― そういえば、マコの呼び方、最初のころは「マコちゃん」だったっけ?
―― そしたらママだけは、「マコちゃ」と少し短めで呼んだり……。
―― 最近やることが立て込んで忙しさそーなときは「マコち」とか。
―― なんかどんどん短くなっている気がする。
―― そう思ったら、3文字は語呂が悪いのか、ごく最近「マコっち」と呼び始めたり。
―― あれっ?
―― でも、なんかいいかも?
―― 「マコっち」かぁー、うんうん。
―― ママと友達みたいな、距離感がちょっといい感じな気がして、なんだかるんるんっな気分。
―― これで落ち着くといいなぁ……。
そんな記憶を思い出しながら、洗面所に到着すると、蛇口をひねり、直ぐにジンは顔を洗い始める。
きゅっ、きゅ、ジャーーーッ、バシャバシャ
そんなジンの姿を左後方から見つめるマコトは、ジンの揺れる髪に意識が向いて、髪色の違いでいつも考えていたことを思い起こす。
―― マコは髪と瞳の色が真っ黒だ。
―― もぅ漆黒。
―― とわざわざ言葉にしたのは、ママが外国人で、瞳が碧くてクルクル・フワフワの金髪だからだ。
―― それに加えて、すらっとしてるから、カッコカワイーのだ。
―― ただマコの場合、髪と瞳が黒いは黒いのだけれど……
―― 同じく黒髪のパパと同じかというと、びみょーにちがってて……
―― マコの髪は本当に真っ黒。
―― ずっと見つめていると吸い込まれそうな気がするってパパがいってた。
―― パパの名前は仁、26歳。
―― 中肉中背のむかしちょっとイケメンだったかもな容姿だ。
―― パパの髪は黒いけれど、真っ黒じゃない。
―― すこしだけ栗色っぽい感じがしていて、ママにいわせると、人なつっこい感じに見えて、ちょうどいい塩梅なんだとか。
ジンの洗い終わりを見計らって、マコトはフェイスタオルをジンに手渡す。
「パパ? はい、タオル」
「お! サンキュ」
ジンは手渡されたタオルをとって、顔をゴシゴシ拭き始める。その様子を見ていたマコトは顔が綺麗になったことを確認すると、今度は頭に目を向ける。
「うん。顔はバッチリ。だけど髪にホコリがけっこう付いてるね。今髪を洗うわけにはいかないから、ちょうどその湿ったタオルで拭き取るといいかもね?」
「お、そうか? どの辺?」
「あー、よくわかってないならそのタオル貸して! マコがやったげる。そこに座って」
「お、おぅ。頼むわ」
小さいマコトは頭のてっぺんから見下ろせるように椅子の上に立って見渡し、上部は問題ないことを確認すると、椅子を降りて周囲から髪を見透かすように念入りに見ながらの作業を開始する。
―― あ! 早速ホコリ。
―― あ、でもフワッとした髪そのものは綺麗だけど、ところどころにホコリが乗っかってる感じか。
―― そぉーっとタオルに付着させるように除去しなきゃだね。
―― うーん、確かにこの柔らかそうな栗色の髪は、初めて会う人にも、優しさがにじんでくるような印象が見て取れるから、長所といえる特徴ではあると思うし……。
―― パパ自身はそれ以上に優しさのかたまりのような人だから、ママにとっては見目と中身が何倍にも掛け合わさった魅力にいちころなのかな?
―― あっ、パパのやさしさって、甘やかしてくれるようなやさしさとはちょっと違ってて……。
―― いつもことばや行動が伴って、その結果が後からズシーンって心に響き渡るような優しさなんだよね。
―― 嬉しかったりしたときのその素を、時間や人や物をたどって振り返ると、数珠繋ぎのように繋がったその先には、いつもパパが言ってくれたり、してくれたことがそこにはあった。
―― パパには先の先の先のもぉ~っと先が見えるみたいだ。
―― まるで神様か魔法使いみたい。
―― だけど、ものぐさらしいから、妙なギャップがあるのもおもしろいよね。
―― あ! ここにもホコリ。もぉ~、
―― あははは、パパってば。ママのゆー通り、ホントものぐさ~。
そんなことを思い浮かべながら、風呂上がりではないから、髪をゴシゴシするわけではなく、髪に付いたホコリをそぉーっとタオルの湿った部分に付着させるように取り去る作業をマコトは繰り返す。
「大体こんな感じかなぁ。うん、大丈夫。パパできたよ。鏡見てみて」
「おー、サンキュ」
鏡の奥の自分の顔と髪を見て、ほんの一瞬首を左右に振ると、頷きながら即座にジンは返答を返す。
「うん。たぶんバッチリ。じゃあ夕飯に戻ろうか」
「うん? 返事返すのあまりに早いけど、ちゃんと見たぁ?」
「み、見たよ」
「まぁいいや、ママにチェックしてもらおう。急ごう急ごう!」
ジンとマコトは早足で食卓に戻ると、もう食べ始めるだけの状態でソフィアが待ち構えていた。
「あら? 意外に早かったわね。マコちゃ? 上手に取れた?」
「うん。大丈夫だと思うけど、ママも見てくれる?」
「そーね。うーんと。うん。まぁ大丈夫そうね。じゃあ、いただきますしましょうか?」
「うん。やったぁ。「「いただきまーす」」」
マコトの箸の向かう先は、当然秋刀魚。そそくさと解しやすい部位を摘み取り、お口に直行すると、箸をくわえたまま一噛み。口の中で広がる旨味に、思わず目をつむり、頬が釣り上がる。
―― そうそうコレコレ! 滲む秋刀魚の脂?
―― 独特の旨さだね。
―― 特に今日のコレは格別じゃない?
そんな秋刀魚の旨さを上手にいなしさらなる高みの味わいに誘うもの、それは白ご飯。
マコトの目がそれをロックオンすると、直ぐにもちもちの白ご飯を頬張る。
秋刀魚の味の余韻をご飯に広げながら、マコトはご満悦の表情を見せ、その感激の一言を零す。
「うっまぁーぃ……」(……噛み噛みもぐもぐ……)
そう零した後はもぐもぐと堪能しながら、目を軽く瞑り幸せそうな表情で、一口目の最後の一噛みを飲み込むまで、マコトは余韻に浸る。
「ゴクン……ふはぁ」
いつもと少し違う、どこまでも美味しそうに食べているマコトの表情に見惚れていたジンは、ふと我に返り、その美味しさを享受しようと自身も箸を運び始める。
「ふふ。旨いか? そういえば秋刀魚は久しぶりだからな。どれ? オレも」
その一口目の食感から、いつもとどこかが違うことに気付きながら、旨さに触発されるように、ジンは呟きを重ねる。
「……もぐもぐ……あれ? でもこれ、干物じゃ味わえない旨さ」
「……もぐもぐ……それに見た目から鮮度なのかな? 明らかに違うね」
噛みしめるほどに、あまりの旨さに、ジンはその出自が気になり始め、尋ねる言葉を投げかける。
「……もぐもぐ……ソフィア? どうしたのコレ?」
ソフィアは待ってましたとばかりに瞳を輝かせながら話し始める。
「うふふん。わかった? さすがはジンね。マコちゃも理屈抜きに違いを感じ取ってくれたのか、反応が抜群に違うわね。これはもう、苦労した甲斐があったというものね? ふふっ」
マコトはただ黙してその味わいを堪能しつつ、そんな美味しさの提供に苦労してくれたらしいソフィアを讃える回想にふける。さきほどのジンの髪色周りの回想に続くソフィアのターンのようだ。
―― ママの名前はソフィア。
―― N国生まれ。
―― ほくおーというところらしいけど、なんだろっ?
―― その「ほくおー」って響きもよくわからないカッコよさがあってとてもよいし、そちらに多いらしい「背が高く金髪碧眼」。
―― そのうえすごく優しいときた。
―― マジ美人なママ。
―― おそるべしほくおーそんなすごくきれいなママの金髪と違って、マコの髪は真っ黒なのだ。
―― すごくすごくすごくママがうらやましい。
―― パパも優しくて大好きだけど、髪と瞳の色だけはママに似たかったなぁ~。
―― しかも、ママの場合は、髪が金髪だからなのかな、なんかキラキラしていて……、うーんと、違うね。
―― このキラキラは金髪だから、というだけの理由とは違う気がする。
―― だって目の前を通り過ぎる他の金髪美人や、テレビで見る美人女優さん? とか見ても、ママみたいなキラキラも、キラキラを除いた素顔美人も、たぶん見たことがない。
―― どんなにすごくきれーに見える人でも、ママにはかなわない。
―― ママ大好き。
マコトが何やら回想している傍らで、含みたっぷりに話すソフィアは直ぐには明かさない。
どうやら秋刀魚とその入手方法よりも、その手前に苦労? いやおそらくお手柄的な何かがあるのか、その苦労の甲斐の経緯を尋ねてほしいようだ。
すると、秋刀魚の漁獲状況について、ジンが説明を加える。
「秋刀魚って他の魚と違って似た魚もほとんどいないから、実質太平洋でしか捕れないらしいんだよね。だからうちで新鮮な秋刀魚が食べられるのは日本からたっぷりのドライアイスで冷凍して持ってくるしかなかったのに、ソフィアにそんな友達いたっけ?」
「ううん。少なくともこの近辺に日本人はもちろん、アジアやアメリカなどの友達なんていないわ……」
ソフィアはアジア・アメリカの伝手はないことを告げたあと、笑みを浮かべ、ここからが本題とばかりに語り始める。
「ふふっ。実はね。うちはお魚をよく食べるから、市場でもそれが珍しいのか、直ぐに覚えてくれてよくお話をするのね。ときには通り過ぎようとするとワザワザ振り返って大声で呼びかけてくるくらいよ? ちょっと気恥ずかしいのだけど、みんな一生懸命に話しかけてくれるの。それで秋刀魚の話を時々するのだけど、やっぱりこっちじゃ珍しいらしくてあまり知らないみたいね。でも私があまりにも話すせいか、秋刀魚のことを覚えて、何人かは調べてくれたみたい。」
秋刀魚の美味しさに浸りつつ、髪色を含めてソフィアのことを回想していたマコトは、聞こえてくるソフィアの話し声が嬉しそうなトーンに切り変わったところに気が止まり、その中で思い浮かぶ登場人物に何か違和感を感じ取る。
―― あれ? 何やらこの秋刀魚の入手の話をしているみたい。
―― うん? でもその人達……。
しかし一度思い浮かべてしまうと、味の記憶が舌先を刺激し、後から後から唾液が溢れてくる。
「パパぁ、ほら止まらないで行くよ? ひゅ……じゅる……ふぃっ」
タタタ、トントン、トトン。
堪えていたところで立ち止まるジンに、先を促す言葉をかけながら、マコトはその場駆け足でジンの背中を押す。
「マコのお口はもう秋刀魚食べれるつもりでよだれ零れそうなんだからぁ。早く早くぅ。じゅるじゅる……ふぃっ……危ない危ない」
そんな振動で思わず溢れる涎をマコトは慌てて吸い込む。そんなマコトの様子に微笑ましさを憶えながらジンは返す。
「ふふっ……わ、わかったから……そんなに押すなって」
「あ、ごめんなさい。じゃあ行くよ?」
「あ! マコちゃ?」
ソフィアは二人を一緒に行かせる意味を言いそびれていたことに思い至り、左手の平を右拳で叩くと、人指し指を立てながらマコトを呼び止める。
「えーと、パパと一緒に、って言ったわけは、パパのことよく見てて欲しいからなの。ほら、パパってものぐさでしょ?」
ソフィアは横目でジンを見やり、その各部に視線を向けてはマコトに戻す仕草を繰り返す。マコトの目も合わせるようにその向き先を追いかける。
「作業なんかが絡むと、あちこち抜けるところがあって……ほら、パパの髪や顔、汚れが凄いでしょう?」
ソフィアに言われるがままにジンの容貌をもう一度ぐるりと見回すマコト。髪は全く整えられていない無造作な状態で、顔や髪の毛のあちこちにホコリを見つける。
「おー、ほんとだね。パパはホントに無頓着だねぇ。マコもパパに似たのか無頓着なほうだと思うけど、パパのこれは流石に……アチャー」
見れば見るほど際立って見えてくるホコリに苦笑いを滲ませるマコト。
「うん、理解した。マコはパパのお目付け役! マコの目で綺麗になったかチェックしろってことだね?」
「流石、マコちゃ」
トントン拍子で意を解す二人のやり取りを呆気にとられ見回すジンは、自身を突き刺す視線に、やや困ったような恥じらい顔を見せる。
「な、なに? オレは子どもか?」
「ふふん。違うよ? でもマコは試験官。厳しい目でジャッジメントしてあげるね」
少しドヤ顔気味のマコトは、急かしつつジンの背中を押して部屋を後にする。耳に残るソフィアの発した『マコちゃ』の語呂にマコトはふと思い出す。
―― そういえば、マコの呼び方、最初のころは「マコちゃん」だったっけ?
―― そしたらママだけは、「マコちゃ」と少し短めで呼んだり……。
―― 最近やることが立て込んで忙しさそーなときは「マコち」とか。
―― なんかどんどん短くなっている気がする。
―― そう思ったら、3文字は語呂が悪いのか、ごく最近「マコっち」と呼び始めたり。
―― あれっ?
―― でも、なんかいいかも?
―― 「マコっち」かぁー、うんうん。
―― ママと友達みたいな、距離感がちょっといい感じな気がして、なんだかるんるんっな気分。
―― これで落ち着くといいなぁ……。
そんな記憶を思い出しながら、洗面所に到着すると、蛇口をひねり、直ぐにジンは顔を洗い始める。
きゅっ、きゅ、ジャーーーッ、バシャバシャ
そんなジンの姿を左後方から見つめるマコトは、ジンの揺れる髪に意識が向いて、髪色の違いでいつも考えていたことを思い起こす。
―― マコは髪と瞳の色が真っ黒だ。
―― もぅ漆黒。
―― とわざわざ言葉にしたのは、ママが外国人で、瞳が碧くてクルクル・フワフワの金髪だからだ。
―― それに加えて、すらっとしてるから、カッコカワイーのだ。
―― ただマコの場合、髪と瞳が黒いは黒いのだけれど……
―― 同じく黒髪のパパと同じかというと、びみょーにちがってて……
―― マコの髪は本当に真っ黒。
―― ずっと見つめていると吸い込まれそうな気がするってパパがいってた。
―― パパの名前は仁、26歳。
―― 中肉中背のむかしちょっとイケメンだったかもな容姿だ。
―― パパの髪は黒いけれど、真っ黒じゃない。
―― すこしだけ栗色っぽい感じがしていて、ママにいわせると、人なつっこい感じに見えて、ちょうどいい塩梅なんだとか。
ジンの洗い終わりを見計らって、マコトはフェイスタオルをジンに手渡す。
「パパ? はい、タオル」
「お! サンキュ」
ジンは手渡されたタオルをとって、顔をゴシゴシ拭き始める。その様子を見ていたマコトは顔が綺麗になったことを確認すると、今度は頭に目を向ける。
「うん。顔はバッチリ。だけど髪にホコリがけっこう付いてるね。今髪を洗うわけにはいかないから、ちょうどその湿ったタオルで拭き取るといいかもね?」
「お、そうか? どの辺?」
「あー、よくわかってないならそのタオル貸して! マコがやったげる。そこに座って」
「お、おぅ。頼むわ」
小さいマコトは頭のてっぺんから見下ろせるように椅子の上に立って見渡し、上部は問題ないことを確認すると、椅子を降りて周囲から髪を見透かすように念入りに見ながらの作業を開始する。
―― あ! 早速ホコリ。
―― あ、でもフワッとした髪そのものは綺麗だけど、ところどころにホコリが乗っかってる感じか。
―― そぉーっとタオルに付着させるように除去しなきゃだね。
―― うーん、確かにこの柔らかそうな栗色の髪は、初めて会う人にも、優しさがにじんでくるような印象が見て取れるから、長所といえる特徴ではあると思うし……。
―― パパ自身はそれ以上に優しさのかたまりのような人だから、ママにとっては見目と中身が何倍にも掛け合わさった魅力にいちころなのかな?
―― あっ、パパのやさしさって、甘やかしてくれるようなやさしさとはちょっと違ってて……。
―― いつもことばや行動が伴って、その結果が後からズシーンって心に響き渡るような優しさなんだよね。
―― 嬉しかったりしたときのその素を、時間や人や物をたどって振り返ると、数珠繋ぎのように繋がったその先には、いつもパパが言ってくれたり、してくれたことがそこにはあった。
―― パパには先の先の先のもぉ~っと先が見えるみたいだ。
―― まるで神様か魔法使いみたい。
―― だけど、ものぐさらしいから、妙なギャップがあるのもおもしろいよね。
―― あ! ここにもホコリ。もぉ~、
―― あははは、パパってば。ママのゆー通り、ホントものぐさ~。
そんなことを思い浮かべながら、風呂上がりではないから、髪をゴシゴシするわけではなく、髪に付いたホコリをそぉーっとタオルの湿った部分に付着させるように取り去る作業をマコトは繰り返す。
「大体こんな感じかなぁ。うん、大丈夫。パパできたよ。鏡見てみて」
「おー、サンキュ」
鏡の奥の自分の顔と髪を見て、ほんの一瞬首を左右に振ると、頷きながら即座にジンは返答を返す。
「うん。たぶんバッチリ。じゃあ夕飯に戻ろうか」
「うん? 返事返すのあまりに早いけど、ちゃんと見たぁ?」
「み、見たよ」
「まぁいいや、ママにチェックしてもらおう。急ごう急ごう!」
ジンとマコトは早足で食卓に戻ると、もう食べ始めるだけの状態でソフィアが待ち構えていた。
「あら? 意外に早かったわね。マコちゃ? 上手に取れた?」
「うん。大丈夫だと思うけど、ママも見てくれる?」
「そーね。うーんと。うん。まぁ大丈夫そうね。じゃあ、いただきますしましょうか?」
「うん。やったぁ。「「いただきまーす」」」
マコトの箸の向かう先は、当然秋刀魚。そそくさと解しやすい部位を摘み取り、お口に直行すると、箸をくわえたまま一噛み。口の中で広がる旨味に、思わず目をつむり、頬が釣り上がる。
―― そうそうコレコレ! 滲む秋刀魚の脂?
―― 独特の旨さだね。
―― 特に今日のコレは格別じゃない?
そんな秋刀魚の旨さを上手にいなしさらなる高みの味わいに誘うもの、それは白ご飯。
マコトの目がそれをロックオンすると、直ぐにもちもちの白ご飯を頬張る。
秋刀魚の味の余韻をご飯に広げながら、マコトはご満悦の表情を見せ、その感激の一言を零す。
「うっまぁーぃ……」(……噛み噛みもぐもぐ……)
そう零した後はもぐもぐと堪能しながら、目を軽く瞑り幸せそうな表情で、一口目の最後の一噛みを飲み込むまで、マコトは余韻に浸る。
「ゴクン……ふはぁ」
いつもと少し違う、どこまでも美味しそうに食べているマコトの表情に見惚れていたジンは、ふと我に返り、その美味しさを享受しようと自身も箸を運び始める。
「ふふ。旨いか? そういえば秋刀魚は久しぶりだからな。どれ? オレも」
その一口目の食感から、いつもとどこかが違うことに気付きながら、旨さに触発されるように、ジンは呟きを重ねる。
「……もぐもぐ……あれ? でもこれ、干物じゃ味わえない旨さ」
「……もぐもぐ……それに見た目から鮮度なのかな? 明らかに違うね」
噛みしめるほどに、あまりの旨さに、ジンはその出自が気になり始め、尋ねる言葉を投げかける。
「……もぐもぐ……ソフィア? どうしたのコレ?」
ソフィアは待ってましたとばかりに瞳を輝かせながら話し始める。
「うふふん。わかった? さすがはジンね。マコちゃも理屈抜きに違いを感じ取ってくれたのか、反応が抜群に違うわね。これはもう、苦労した甲斐があったというものね? ふふっ」
マコトはただ黙してその味わいを堪能しつつ、そんな美味しさの提供に苦労してくれたらしいソフィアを讃える回想にふける。さきほどのジンの髪色周りの回想に続くソフィアのターンのようだ。
―― ママの名前はソフィア。
―― N国生まれ。
―― ほくおーというところらしいけど、なんだろっ?
―― その「ほくおー」って響きもよくわからないカッコよさがあってとてもよいし、そちらに多いらしい「背が高く金髪碧眼」。
―― そのうえすごく優しいときた。
―― マジ美人なママ。
―― おそるべしほくおーそんなすごくきれいなママの金髪と違って、マコの髪は真っ黒なのだ。
―― すごくすごくすごくママがうらやましい。
―― パパも優しくて大好きだけど、髪と瞳の色だけはママに似たかったなぁ~。
―― しかも、ママの場合は、髪が金髪だからなのかな、なんかキラキラしていて……、うーんと、違うね。
―― このキラキラは金髪だから、というだけの理由とは違う気がする。
―― だって目の前を通り過ぎる他の金髪美人や、テレビで見る美人女優さん? とか見ても、ママみたいなキラキラも、キラキラを除いた素顔美人も、たぶん見たことがない。
―― どんなにすごくきれーに見える人でも、ママにはかなわない。
―― ママ大好き。
マコトが何やら回想している傍らで、含みたっぷりに話すソフィアは直ぐには明かさない。
どうやら秋刀魚とその入手方法よりも、その手前に苦労? いやおそらくお手柄的な何かがあるのか、その苦労の甲斐の経緯を尋ねてほしいようだ。
すると、秋刀魚の漁獲状況について、ジンが説明を加える。
「秋刀魚って他の魚と違って似た魚もほとんどいないから、実質太平洋でしか捕れないらしいんだよね。だからうちで新鮮な秋刀魚が食べられるのは日本からたっぷりのドライアイスで冷凍して持ってくるしかなかったのに、ソフィアにそんな友達いたっけ?」
「ううん。少なくともこの近辺に日本人はもちろん、アジアやアメリカなどの友達なんていないわ……」
ソフィアはアジア・アメリカの伝手はないことを告げたあと、笑みを浮かべ、ここからが本題とばかりに語り始める。
「ふふっ。実はね。うちはお魚をよく食べるから、市場でもそれが珍しいのか、直ぐに覚えてくれてよくお話をするのね。ときには通り過ぎようとするとワザワザ振り返って大声で呼びかけてくるくらいよ? ちょっと気恥ずかしいのだけど、みんな一生懸命に話しかけてくれるの。それで秋刀魚の話を時々するのだけど、やっぱりこっちじゃ珍しいらしくてあまり知らないみたいね。でも私があまりにも話すせいか、秋刀魚のことを覚えて、何人かは調べてくれたみたい。」
秋刀魚の美味しさに浸りつつ、髪色を含めてソフィアのことを回想していたマコトは、聞こえてくるソフィアの話し声が嬉しそうなトーンに切り変わったところに気が止まり、その中で思い浮かぶ登場人物に何か違和感を感じ取る。
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