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第2話 フリージャーナリスト <サトル視点>
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僕は逆瀬川悟、日本人。アフリカでフリージャーナリストをやっている。
奴隷解放や植民地支配などを経て、数十年前に独立を果たしたアフリカ各国について、その後に起こるであろう歴史的転換とその変遷に深い興味を持ったことをきっかけに、大学の研究テーマとしても取り上げ、卒業後もその経過を追跡したいと考えて、ジャーナリストへと人生の舵を切る。そうして1980年代後半の今、僅かな貯金を元に、ここ、アフリカ南部のS国に移り住み、現地アルバイトで生活を繋ぎながら、約6年の月日が経過していた。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
当初、独立、それは現地住民達の勝利で、どんどん現地民による現地民のための自治社会が加速していくのだ、とそう思い込んでいた。現地入りして街中の暮らしが始まり、目の前に広がる、やや活気のある穏やかな人々の暮らし。新しい土地ゆえに違和感はあるけれど、ここから始まっていく予感が僕の心を満足せしめていた。このときまで確かに僕はそう思っていた。
しかし、大通りから少し外れると様相は激変し、僕の中の未来予測や展望がいかに浅はかで甘過ぎたかを思い知らされる。街の郊外へ行けば更に酷く、抉られる思いに心が磨り減らされる。そう、確かに奴隷制度そのものは解消しているように見えるが、独立とは何だったのか? 巧妙に練り上げられた不平等極まりない法に従わせることで、公然の如く虐げられた現地民達の暮らしぶり。平和すぎる日本で育った僕には、常識を覆す直視しがたい現実がそこにあった。現地民達の、ではなく、それを従える白人社会としての国家独立だったのだ。
「今日も街中のカフェだな。また通行量でも調べ……また? ふぅ、意味……あるのかな?」
そんな現実を書き残すことが僕の役目とばかりに記録を綴り始めたが、心が耐えきれず、いつしか街中の生活圏ばかり見ては記録として綴る毎日。僕の中に芽生えた逃避癖は、ジャーナリストとしては最低だが、振り返って見ると、僕が僕であるための最後の砦だったと思える。
目の前にある生活圏の街中は、殺伐とした空気が隠されているのか、あまり感じないでいられる。おそらく街中の多くを占めるのが白人社会だからなのか。最初に感じた違和感はこれだったことを思い知る。
「現地民。稀に見かけても直ぐに怖そうな人たちにどこかへ連れて行かれちゃうし……」
ただ、世界は日々慌ただしい変化を遂げている。情報としてはあまり入ってこないが、日本の報道会社の先輩から届くメールを見る限り、これから先、ここS国にも変革が起こることは確かだと思える。しかし、目の前の、ガチガチの不平等な法に蹂躙される現地民を見ればこそ、あと数年のうちにそのときが訪れることはないだろう、との結論に至る。僕にも生活があるし、残りの人生をすべて賭けて、というほどの気概はもう持てないくらい、心が疲弊していることを既に感じ始めていた。
「気持ちがのめり込むことはもうないのかな……あ! あれ? なんだっけ? えーと……」
ただ最近、変わった、というか、少しだけ僕の心を潤してくれる事柄がある。
「あ、そうそう、誰かからの又聞きなんだけど、確か……とある日本人の功績で、ギャングが壊滅させられたという噂だったよね?」
この街中は数年前くらいから比較的穏やかな空気を纏っていて、とても住みやすい環境になってきていたのだが、つい1年前くらいから警察の上層部と癒着の噂のあるギャングが頭角を現し始め、街の平和が脅かされることを肌で感じずにはいられないほどの勢いを持っていた。
そんな悪辣なギャングの餌食に今にもなろうとしていた住人への脅しの現場。そこにたまたま居合わせた、とある日本人が……と、その住人と子ども同士が友だちらしく、本当にたまたまその子ども達を連れ帰ったタイミングらしいが、あろうことかそのギャングを撃退し、その友人である住人一家を救ったという噂。どんな方法を使ったのかは不明だが、ギャング達は銃なんかもほっぽり出して逃げ去ったらしい。
「嘘みたいな話なんだけど、全く関わりの無い別の場所、違う人から、使う言葉や表現はまちまちでも、話の筋はみんな同じことを言っていたよね。それでもやっぱり信じるのが難しい、突拍子もない話なんだけど、こうも繰り返し耳に入ってくれば、本当の話としか……ねぇ?」
って、さっきから僕は誰に話しかけてる? こんな暮らしを続けているからか、独り言がすっかり身に付いてしまったみたいだ。
その場はその住人親子を自宅に匿い、その翌日にその日本人は再び住人の家に赴く。当然、ギャングは仕返しのために張っていて、その日本人もそれをわかってなお姿を現したのは、友人を脅かす存在を何とかしたかったようだが、怒り沸騰のギャング集団だから、当然武器や暴力を躊躇なく振るう事態となり、当時の現場は凄まじい銃撃戦の騒音に包まれたらしい。しかし癒着勢力の妨害工作を回避した警察勢が集結し、やがて全員が逮捕されたとのことだ。
驚くべきことがいくつもある。ひとつはそんな壮絶な銃撃戦が行われたにもかかわらず、死者どころか、銃や刃物による負傷者も皆無だということ。その日本人側、そう、なぜかそんな危険なところに子どもも連れてきていたらしいが、その全員が全く無傷だったこと。それどころか、そのギャングそのものがその裏組織からも引き剥がされ、完膚なきまでの壊滅状態に追い込まれたこと。癒着の根本には警察署長が絡んでいたにもかかわらず、癒着に関わった警察官も、組織から丸ごと引き剥がされ逮捕されたことなどだ。
「えーと、こういうの……あ、そうそう、昔見た水戸黄門か何かの解決劇みたいなんだよね? 何とも胸の空く思いとはきっとこういうのを言うのかな。皆が触れ回りたいくらいだもん。現地の人の心に響いたのも、きっとそういう悪辣無法な輩に対する徹底的な勧善懲悪の出来事だったからかな? どんな魔法? トリック? が使われたのか皆目見当もつかないけどね」
その日本人の痛快なお手柄の噂は、僕の荒んだ心をすっかり洗い流してくれるほどのインパクトを持っていた。どこまでが真実かはわからないが、本当に日本人がやったとしたら、同じ日本人としてこんなに誇らしいことはない。
「あれ? 例の日本人の話を振り返って頭で整理してみたら、僕は何故かワクワクしてる?」
今はもうその住まいには現れないらしいが、その住人は母一人子一人の母子家庭で、娘はストロベリーブロンドでかなり可愛く聡明な小学生とのこと。お母さんは病に伏せ気味な弱々しい風貌に見えるそうだが昔はかなり綺麗どころで通っていたらしい。なぜかその事件以降は姿を見ないそうだ。体調がすぐれないのかもしれない。その娘の友人である日本人の娘とそのお父さんについては黒髪以外に情報はない。街に現れるなら日本人は見ればすぐにわかるし、誰かが見ていればすぐに情報は集まりそうだけど、なぜか一つも消息が追えないのが不思議だ。
「うーんと、どうしてかな? 例の日本人の話を思い浮かべると別の出来事も浮かんじゃう」
そんなある日の早朝未明のこと、近く、といっても十数kmは離れているところだが、隕石が落下したらしく、衝突の凄まじい衝撃音にビックリして目を覚ましたことがあった。ニュースでは、辺境の山が少々えぐれた程度で人や家屋の被害はなかったそうだ。隕石が落ちることはそうそう出くわすことがないくらい珍しく貴重な体験だけど、ちょうどその夜は流星群が観測できる日だったらしい。近くで流星観測をしていたなら、かなりビックリしたのじゃないだろうか? まぁ、被害はなかったのなら、そのままただ過ぎていく過去の出来事なのだけれど、なぜかこの衝撃は僕の心に大きな波紋をもたらしているような気がした。ただ、隕石落下のインパクトは、時期と場所を共有するからか、なぜか噂の日本人の事件の記憶を刺激する。
「ああ多分、昔観た映画かアニメのスーパーヒーローを連想して重ねてた? でも超人じゃなくても、ギャングを撃退したのなら、それは紛れもないヒーローに違いないし、あれ? そんな凄い日本人が身近にいるというのに何もしていない僕。そんなのジャーナリストって言える? って、隕石の衝突音がまだ頭に残ってて、僕の魂まで揺さぶってくれたのか?」
隕石落下から暫く経つが、その日本人の話を思い返すと、それも何度となく繰り返される日々の中で、自分の心にも変化が芽生えてくる。このままではいけない、と奮起する気持ちが生まれ、まだやり直すには遅すぎることはない、そう思えてきた。またジャーナリストとしての生き方からはまだ離れるつもりはないが、その噂の的の日本人の活躍は、もっと多くの人に知ってもらいたい、という衝動にも駆られる自分がいることに気付く。ジャーナリスト的な、事実だけを淡々と伝える冷めた目線ではなくて、そう、物語を読んで興奮するような状況を、ドキドキするような感情を、もっと多くの人に伝えられないだろうか。こんなに凄い人がいることを、誰かが残し伝える行動を起こさなければこのまま埋もれてしまう。そもそもジャーナリストを目指した動機は、その根底には誰かが伝えないと失われてしまうもの、特に残しておくべき大切なものは多くの人に、そして後世にキチンと伝えたい、そういう思いがあったからじゃないのか。今更ながらそんな大事な思いに気付かされる。どこの誰かもわからない、そんな噂の日本人は、何の接点もない僕の心さえも動かしてしまう、凄いパワーの持ち主なんだな。
「わわわわ、やばい、ドキドキしてきた。これはもう、うん。善は急げ、っていうよね?」
そうであるなら、モチベーションが下降気味のアフリカ現地の情報収集の毎日だったけど、この地に住んでいるであろう噂の日本人についての取材やそれを題材とする執筆作業もやらなければならないとしたら……あぁ、なんて忙しい、いやなんて楽しい。そんな毎日が僕を待っているように思えてきた。なんか僕の周囲が急に色付いてきて煌めきすら感じてしまう。ドキドキしてきた。やばいぞ、忙しいぞ、そう、ボケッとしている暇なんてないんじゃないか? 善は急げだ。どんな形にするにもまずは日本に一度戻って友人達に相談してみよう。懇意にしている報道会社の先輩達は、たぶん興味を示さないだろうけど、まぁ、自分の方向性だけは伝えるとして、漫画家アシスタントの友人と小説家を目指す友人なら、何か良いアドバイスが得られるかもしれない。
「で、出てきちゃった。まぁ、パスポートと財布があるなら大丈夫か」
思い立ったが吉日だから、昼には飛行機に乗って日本へと向かっていた。衝動的な行動開始だったから、特に旅支度も調えず、着の身着のままでの旅立ちだった。そう、今、ここは日本向けの航空機の中にいる。飛行機とはいえ少々長旅なので、普通なら仮眠しているところだが、なにやら空気が張り詰めているような気がして、辺りを見回してみた。
『ん? あれ? 特に変わった様子はなさそう? どうやら気のせいだったよう……』
「周りはほとんど寝てるから、やるなら今だな」
(……キュルキュル……)
……じゃなくて、こここ、これは超ヤバめのヤツなんじゃ? 小声の呟きは聞こえたし、後部座席の左斜め後方で銃のようなものを組み立てているし、ナイフのようなものも持っている。僕が最後列から三番目、右側席の通路側だから、ヤツらは二列後ろの中央席の四席全部が仲間っぽい。もしかしたら後ろ二列は同じ仲間なのか? さぁ、僕はどうすればいい? と、狼狽えながら、とりあえず悟られないように目は逸らして前を向く。
『相手は最低4人で武器を持っている。腕力もありそうだから相手が一人でも僕にはどうにもできなそうだ。なら、ヘタに刺激すれば僕が撃たれるだけでなく、周りへの被害も大きくなるだろうし、ひとまずはおとなしくしておくべきか? せめてスチュワーデスさんに伝えた方が良い? いや、いたずらに伝えては、余計な危険に晒すだけではないか? 考えろ!』
僕は前を向きつつも、気になるせいか、チラチラと目だけが左後方に動いてしまう。っと、左前方、一列前の中央席通路側に座っている黒髪の女の子が僕に気付いたみたいだ。
『あ! か、可愛い。いやバカ、こんな時に何……そもそも幼すぎ……って、落ち着け僕』
『あ、女の子が隣のお父さんに話している。ほら、お父さんもこっちを見た。黒髪だから日本人の親子かな? って、バカバカ、心が脱線しすぎ。しっかりしなきゃ!』
『あ、女の子が席を立った。トコトコ近付いてくる。あぁ、近付いたらこの娘が危ない!』
「ダ……モゴ……」
ダメだと言いかけたら、女の子の左手で口を塞がれ、右手で人指し指を口に当てて「シーっ、黙ってて」と言われた。
『どういうこと? この娘もヤツらの仲間なのか? でも日本語だった。あれっ? そういえば僕も日本人のつもりで、日本語で言いかけたんだっけ?』
すると、女の子は最後列の中央席に歩み寄り、小声の英語でこう言った。
「おじさん達、何してるの?」
『わ、バカ! そ、そんな刺激するような……』
奴隷解放や植民地支配などを経て、数十年前に独立を果たしたアフリカ各国について、その後に起こるであろう歴史的転換とその変遷に深い興味を持ったことをきっかけに、大学の研究テーマとしても取り上げ、卒業後もその経過を追跡したいと考えて、ジャーナリストへと人生の舵を切る。そうして1980年代後半の今、僅かな貯金を元に、ここ、アフリカ南部のS国に移り住み、現地アルバイトで生活を繋ぎながら、約6年の月日が経過していた。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
当初、独立、それは現地住民達の勝利で、どんどん現地民による現地民のための自治社会が加速していくのだ、とそう思い込んでいた。現地入りして街中の暮らしが始まり、目の前に広がる、やや活気のある穏やかな人々の暮らし。新しい土地ゆえに違和感はあるけれど、ここから始まっていく予感が僕の心を満足せしめていた。このときまで確かに僕はそう思っていた。
しかし、大通りから少し外れると様相は激変し、僕の中の未来予測や展望がいかに浅はかで甘過ぎたかを思い知らされる。街の郊外へ行けば更に酷く、抉られる思いに心が磨り減らされる。そう、確かに奴隷制度そのものは解消しているように見えるが、独立とは何だったのか? 巧妙に練り上げられた不平等極まりない法に従わせることで、公然の如く虐げられた現地民達の暮らしぶり。平和すぎる日本で育った僕には、常識を覆す直視しがたい現実がそこにあった。現地民達の、ではなく、それを従える白人社会としての国家独立だったのだ。
「今日も街中のカフェだな。また通行量でも調べ……また? ふぅ、意味……あるのかな?」
そんな現実を書き残すことが僕の役目とばかりに記録を綴り始めたが、心が耐えきれず、いつしか街中の生活圏ばかり見ては記録として綴る毎日。僕の中に芽生えた逃避癖は、ジャーナリストとしては最低だが、振り返って見ると、僕が僕であるための最後の砦だったと思える。
目の前にある生活圏の街中は、殺伐とした空気が隠されているのか、あまり感じないでいられる。おそらく街中の多くを占めるのが白人社会だからなのか。最初に感じた違和感はこれだったことを思い知る。
「現地民。稀に見かけても直ぐに怖そうな人たちにどこかへ連れて行かれちゃうし……」
ただ、世界は日々慌ただしい変化を遂げている。情報としてはあまり入ってこないが、日本の報道会社の先輩から届くメールを見る限り、これから先、ここS国にも変革が起こることは確かだと思える。しかし、目の前の、ガチガチの不平等な法に蹂躙される現地民を見ればこそ、あと数年のうちにそのときが訪れることはないだろう、との結論に至る。僕にも生活があるし、残りの人生をすべて賭けて、というほどの気概はもう持てないくらい、心が疲弊していることを既に感じ始めていた。
「気持ちがのめり込むことはもうないのかな……あ! あれ? なんだっけ? えーと……」
ただ最近、変わった、というか、少しだけ僕の心を潤してくれる事柄がある。
「あ、そうそう、誰かからの又聞きなんだけど、確か……とある日本人の功績で、ギャングが壊滅させられたという噂だったよね?」
この街中は数年前くらいから比較的穏やかな空気を纏っていて、とても住みやすい環境になってきていたのだが、つい1年前くらいから警察の上層部と癒着の噂のあるギャングが頭角を現し始め、街の平和が脅かされることを肌で感じずにはいられないほどの勢いを持っていた。
そんな悪辣なギャングの餌食に今にもなろうとしていた住人への脅しの現場。そこにたまたま居合わせた、とある日本人が……と、その住人と子ども同士が友だちらしく、本当にたまたまその子ども達を連れ帰ったタイミングらしいが、あろうことかそのギャングを撃退し、その友人である住人一家を救ったという噂。どんな方法を使ったのかは不明だが、ギャング達は銃なんかもほっぽり出して逃げ去ったらしい。
「嘘みたいな話なんだけど、全く関わりの無い別の場所、違う人から、使う言葉や表現はまちまちでも、話の筋はみんな同じことを言っていたよね。それでもやっぱり信じるのが難しい、突拍子もない話なんだけど、こうも繰り返し耳に入ってくれば、本当の話としか……ねぇ?」
って、さっきから僕は誰に話しかけてる? こんな暮らしを続けているからか、独り言がすっかり身に付いてしまったみたいだ。
その場はその住人親子を自宅に匿い、その翌日にその日本人は再び住人の家に赴く。当然、ギャングは仕返しのために張っていて、その日本人もそれをわかってなお姿を現したのは、友人を脅かす存在を何とかしたかったようだが、怒り沸騰のギャング集団だから、当然武器や暴力を躊躇なく振るう事態となり、当時の現場は凄まじい銃撃戦の騒音に包まれたらしい。しかし癒着勢力の妨害工作を回避した警察勢が集結し、やがて全員が逮捕されたとのことだ。
驚くべきことがいくつもある。ひとつはそんな壮絶な銃撃戦が行われたにもかかわらず、死者どころか、銃や刃物による負傷者も皆無だということ。その日本人側、そう、なぜかそんな危険なところに子どもも連れてきていたらしいが、その全員が全く無傷だったこと。それどころか、そのギャングそのものがその裏組織からも引き剥がされ、完膚なきまでの壊滅状態に追い込まれたこと。癒着の根本には警察署長が絡んでいたにもかかわらず、癒着に関わった警察官も、組織から丸ごと引き剥がされ逮捕されたことなどだ。
「えーと、こういうの……あ、そうそう、昔見た水戸黄門か何かの解決劇みたいなんだよね? 何とも胸の空く思いとはきっとこういうのを言うのかな。皆が触れ回りたいくらいだもん。現地の人の心に響いたのも、きっとそういう悪辣無法な輩に対する徹底的な勧善懲悪の出来事だったからかな? どんな魔法? トリック? が使われたのか皆目見当もつかないけどね」
その日本人の痛快なお手柄の噂は、僕の荒んだ心をすっかり洗い流してくれるほどのインパクトを持っていた。どこまでが真実かはわからないが、本当に日本人がやったとしたら、同じ日本人としてこんなに誇らしいことはない。
「あれ? 例の日本人の話を振り返って頭で整理してみたら、僕は何故かワクワクしてる?」
今はもうその住まいには現れないらしいが、その住人は母一人子一人の母子家庭で、娘はストロベリーブロンドでかなり可愛く聡明な小学生とのこと。お母さんは病に伏せ気味な弱々しい風貌に見えるそうだが昔はかなり綺麗どころで通っていたらしい。なぜかその事件以降は姿を見ないそうだ。体調がすぐれないのかもしれない。その娘の友人である日本人の娘とそのお父さんについては黒髪以外に情報はない。街に現れるなら日本人は見ればすぐにわかるし、誰かが見ていればすぐに情報は集まりそうだけど、なぜか一つも消息が追えないのが不思議だ。
「うーんと、どうしてかな? 例の日本人の話を思い浮かべると別の出来事も浮かんじゃう」
そんなある日の早朝未明のこと、近く、といっても十数kmは離れているところだが、隕石が落下したらしく、衝突の凄まじい衝撃音にビックリして目を覚ましたことがあった。ニュースでは、辺境の山が少々えぐれた程度で人や家屋の被害はなかったそうだ。隕石が落ちることはそうそう出くわすことがないくらい珍しく貴重な体験だけど、ちょうどその夜は流星群が観測できる日だったらしい。近くで流星観測をしていたなら、かなりビックリしたのじゃないだろうか? まぁ、被害はなかったのなら、そのままただ過ぎていく過去の出来事なのだけれど、なぜかこの衝撃は僕の心に大きな波紋をもたらしているような気がした。ただ、隕石落下のインパクトは、時期と場所を共有するからか、なぜか噂の日本人の事件の記憶を刺激する。
「ああ多分、昔観た映画かアニメのスーパーヒーローを連想して重ねてた? でも超人じゃなくても、ギャングを撃退したのなら、それは紛れもないヒーローに違いないし、あれ? そんな凄い日本人が身近にいるというのに何もしていない僕。そんなのジャーナリストって言える? って、隕石の衝突音がまだ頭に残ってて、僕の魂まで揺さぶってくれたのか?」
隕石落下から暫く経つが、その日本人の話を思い返すと、それも何度となく繰り返される日々の中で、自分の心にも変化が芽生えてくる。このままではいけない、と奮起する気持ちが生まれ、まだやり直すには遅すぎることはない、そう思えてきた。またジャーナリストとしての生き方からはまだ離れるつもりはないが、その噂の的の日本人の活躍は、もっと多くの人に知ってもらいたい、という衝動にも駆られる自分がいることに気付く。ジャーナリスト的な、事実だけを淡々と伝える冷めた目線ではなくて、そう、物語を読んで興奮するような状況を、ドキドキするような感情を、もっと多くの人に伝えられないだろうか。こんなに凄い人がいることを、誰かが残し伝える行動を起こさなければこのまま埋もれてしまう。そもそもジャーナリストを目指した動機は、その根底には誰かが伝えないと失われてしまうもの、特に残しておくべき大切なものは多くの人に、そして後世にキチンと伝えたい、そういう思いがあったからじゃないのか。今更ながらそんな大事な思いに気付かされる。どこの誰かもわからない、そんな噂の日本人は、何の接点もない僕の心さえも動かしてしまう、凄いパワーの持ち主なんだな。
「わわわわ、やばい、ドキドキしてきた。これはもう、うん。善は急げ、っていうよね?」
そうであるなら、モチベーションが下降気味のアフリカ現地の情報収集の毎日だったけど、この地に住んでいるであろう噂の日本人についての取材やそれを題材とする執筆作業もやらなければならないとしたら……あぁ、なんて忙しい、いやなんて楽しい。そんな毎日が僕を待っているように思えてきた。なんか僕の周囲が急に色付いてきて煌めきすら感じてしまう。ドキドキしてきた。やばいぞ、忙しいぞ、そう、ボケッとしている暇なんてないんじゃないか? 善は急げだ。どんな形にするにもまずは日本に一度戻って友人達に相談してみよう。懇意にしている報道会社の先輩達は、たぶん興味を示さないだろうけど、まぁ、自分の方向性だけは伝えるとして、漫画家アシスタントの友人と小説家を目指す友人なら、何か良いアドバイスが得られるかもしれない。
「で、出てきちゃった。まぁ、パスポートと財布があるなら大丈夫か」
思い立ったが吉日だから、昼には飛行機に乗って日本へと向かっていた。衝動的な行動開始だったから、特に旅支度も調えず、着の身着のままでの旅立ちだった。そう、今、ここは日本向けの航空機の中にいる。飛行機とはいえ少々長旅なので、普通なら仮眠しているところだが、なにやら空気が張り詰めているような気がして、辺りを見回してみた。
『ん? あれ? 特に変わった様子はなさそう? どうやら気のせいだったよう……』
「周りはほとんど寝てるから、やるなら今だな」
(……キュルキュル……)
……じゃなくて、こここ、これは超ヤバめのヤツなんじゃ? 小声の呟きは聞こえたし、後部座席の左斜め後方で銃のようなものを組み立てているし、ナイフのようなものも持っている。僕が最後列から三番目、右側席の通路側だから、ヤツらは二列後ろの中央席の四席全部が仲間っぽい。もしかしたら後ろ二列は同じ仲間なのか? さぁ、僕はどうすればいい? と、狼狽えながら、とりあえず悟られないように目は逸らして前を向く。
『相手は最低4人で武器を持っている。腕力もありそうだから相手が一人でも僕にはどうにもできなそうだ。なら、ヘタに刺激すれば僕が撃たれるだけでなく、周りへの被害も大きくなるだろうし、ひとまずはおとなしくしておくべきか? せめてスチュワーデスさんに伝えた方が良い? いや、いたずらに伝えては、余計な危険に晒すだけではないか? 考えろ!』
僕は前を向きつつも、気になるせいか、チラチラと目だけが左後方に動いてしまう。っと、左前方、一列前の中央席通路側に座っている黒髪の女の子が僕に気付いたみたいだ。
『あ! か、可愛い。いやバカ、こんな時に何……そもそも幼すぎ……って、落ち着け僕』
『あ、女の子が隣のお父さんに話している。ほら、お父さんもこっちを見た。黒髪だから日本人の親子かな? って、バカバカ、心が脱線しすぎ。しっかりしなきゃ!』
『あ、女の子が席を立った。トコトコ近付いてくる。あぁ、近付いたらこの娘が危ない!』
「ダ……モゴ……」
ダメだと言いかけたら、女の子の左手で口を塞がれ、右手で人指し指を口に当てて「シーっ、黙ってて」と言われた。
『どういうこと? この娘もヤツらの仲間なのか? でも日本語だった。あれっ? そういえば僕も日本人のつもりで、日本語で言いかけたんだっけ?』
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