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第四章『集う漆黒の盟友』

第42話『いってきます』

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 テミスは銀色の髪を指にくるりと絡める。
 おそらく、何か考えているのだろう。



「テーにクイズ。人って、なぁーんだ?」

「言語を持ち高度な思考する生物のこと?」



「ぶっぶー。人並みの知能、言語を有する魔獣もいるんだ」

 高位の魔獣は城塞を構えるような奴らも居る。

「……それじゃ、他者を思う、心?」



「はは。それが、『人』の答えであって欲しいもんだ」

 それが答えならどんなに良いか。

「それじゃ……えぇっと、体の構造、構成材質で決まる?」




「人より植物に近い亜人、無機物に近い亜人もいるそうだぞー」

「むずかしい……。こたえ、おしえて」



「実はこのクイズに、答えはないんだ」

「答えが、ない?」


「誰も、明確に答えることができないんだ」

 文献、所属する国によっても違う。
 定義がそれほど難しいのだ。

「がっくし」


「それなら、自分で決めちゃえばいい」

「つまり、それは、どういう?」


 そもそもテミスが俺に投げかけた質問。
 それは、答えを求めての物ではない。

 これは哲学や学術的質問ではないのだ。
 難解な質問に答えられるとは思ってない。
  
 テミスは、きっと不安なのだ。
 抱えていた秘密や悩みを誰かに打ち明けたかった。
 それだけのこと。

 自己の存在が不確かになる時期を人は一度は経験する。
 反抗期、思春期、中二病がまさにそうだ。

 そういった時期を経て、自己と他者の違いを理解する。
 自己形成。まさに、人らしい、いたって普通で健全な悩み。



「つまり、テーは人だ! 俺が言うんだ、間違いない!」

「すごい。びっくりするほど、根拠なかったっ」



 そう言いながら、くすくすと笑っている。
 笑ってくれればそれで十分。



「とっても、てきとー」

「いーんだよ。適当ーでいい」



「そうかな」

「そうだ。それにあんま小難しいことを考えているとっ」


 人差し指を、ピシッとテミスの眉間に向ける。
 漫画なら、ここで『ドン』とか書かれているだろう。


「ここにシワができるぞっ!」


 テミスは眉間のあたりを指で触り、シワを確認する。
 あたふたしている反応は、年相応で面白い。

 天秤、裁定者、難しいことは分からない。
 だけど、普段のテミスを見ている俺には、断言できる。
 彼女が、人であると。

 言葉でうまく表現をする術はない。
 それでも、確信を持てる。俺のこの解は、正しいと。



「シワ、ない?」


 シワはない。驚くほど、綺麗な肌だ。
 でも、反応が面白かったので、少しからかう。



「フッフッフ。さて、どうかな。鏡をみてのおたのしみだ」


「ひどい、いじわる」



「さっきの質問な」

「うん」

「もし本当に知りたくなったら、王都でいろんな本を読んでみるといい」

「シワできるから、いいや。あきちゃった」



「はは。『人ブーム』、短命だったな」

「ユーリを信じる。ユーリは嘘つかない」


 続けて、テミスは聞こえない声でつぶやいていた。
 「ユーリになら、騙されても、いい」。

 それは、誰に向けた言葉でもない独り言だった。
 だから、その言葉は俺には聞こえなかった。


「そうだ、俺を信じろ。俺の言うことに間違いなどない!」

「うんっ!」





 *






「お月さんの仕事、それは、サボっていい」

「えっ……」



「文句言われた時は、うちが副業禁止だったから、そう、言ってやれ」

「なにそれ。ふふ」



「月は、大きい。だから、器も大きい。そーゆーもんだ」

「よくわからないけど、面白いから、信じる」



「もし、細かいこと言うなら、俺が拳でわからせるさ」

「ユーリが、星と、喧嘩?」

「こうやって、……こうだっ!」


 
 俺は仮想の月相手に、右フックとストレートを繰り出す。

 テミスは月と俺が喧嘩したのを想像して笑っている。
 なんだか俺もたのしくなってきた。

 テミス相手に月相手のシャドーボクシングを披露する。
 馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまった。



「ユーリ勝てた?」

「引き分け。相手もなかなかのもんだ」


「仲直りは、大丈夫?」

「大丈夫。大抵、殴り合えば仲良くなるって、決まっているもんさ」

「うん」

 

「死んだあとのことなんて、気にするな」

「…………」



「楽しいことを見つけて、幸せに生きるんだ」

「うん」



「月が親だってんなら、それを一番望んでいるはずだ」

「……」



「笑いながら生き抜いて、帰ったらその想い出を話すといい」

「うん」




「テーは、人が好きか?」

「すき」



「っ……ユーリが」

「サンキュ」



「これ。ほんとの、気持ち」

「10年後に言ってくれれば、その時はまじめに聞く」



 ……10年後。
 俺にとっては、永遠と同じ。
 


「ながい、3年っ」

「はいはい」



「はぁー。俺、死んだらどこ行くのかね」

「天国」


「そうだと良いんだけど、まっ、地獄だろう」


 俺は、多くの殺生を行った。
 それが、例え救うためであっても。
 その事実は変わらない。


「……でも、それでっ……あの時、わたしは、救われたっ!」


 確信を持った強い、言葉。なるほど。 
 気遣って、知らないふりをしてくれていたのだろう。
 なぜ、知っているのかそれは分からない。



「そっか、見えてたか」

「なんか、こう……その……、みえちゃった、感じ」



「トラウマもんの怖いものみせてしまったな。すまない」

「怖く、なかった。……救われた、わたしにとって、ヒーロー」



 救助された囚人は全員、鍵付きの地下牢で発見された。
 ギルドで俺は、そう報告を受けている。

 つまり、テミスは俺のことを肉眼では見ていない。
 それでも俺が見えた。なんらかの力なのだろうか。



「みんな、感謝してた。誰も知らないアンノウンヒーローユーリに」

「ありがとう」



「ユーリのいままでの頑張りを、誰も知らない。それでも、わたしは知ってる! だから……胸を張ってっ!」

「そうだ、……そうだな。ありがと」



 後悔などはない、してはいけない。
 自分でその道を選び誇りを持って行ったこと。
 その結果の一切を俺が負う。

 それに疑念を持つことは、救った者、殺めた者。
 その、どちらをも否定すること。

 

「ユーリはヒーロ! だから、幸せにならなきゃ、ウソッ!」

「ありがとう。堂々と胸を張って、笑いながら行くさ、地獄に」



「わたしも、地獄に行く」

「テーはまずは、月に土産話を持って帰らないとな」



「それじゃ、月に帰った後、行く」

「そんな、旅行気分で行けるもんか?」



「そこは、こう、気合でっ!」



 グッと、小さな拳を握っている。
 なんだか、それが妙におかしかった。

 思わず腹を抱えて笑ってしまった。
 おかしくて、涙がでるほど。



「まあ、暇なときに遊びにくればいいさ」

「うん」



「それまで、地獄の悪党を掃除しとく」

「待ってて、ユーリ。わたしが、迎えに行く」

「はは。そりゃ、最高だな」



 俺は立ち上がる。
 そろそろ、時間だ。



「そんじゃ、行ってくる」

「……っ」



「付きあってくれてサンキュ。楽しかった」

「どこ、いくの」



「王都。商談の件で、ちょっとな」

「わたしも、行く」



「だめ。おとなしく寝てなさい」

「むり」



「だーめ。これは、命令」

「……ひきょう」



「はは。かもな」

「いかないで」



 頭にポンと手を乗せる。



「いってきます」
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