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第八章『最凶最悪の転移者』

第88話『最終階層:地獄』

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 シンの秘める別の側面。


 傭兵王も、採掘王も知らない。
 他の漆黒もこのシンの表情はみていない。

 強者には道化のような滑稽さ愚かさ見せる。
 それもまた彼の真の姿。



 演じているわけではない。
 そんな器用なことはできない。
 どちらも素のシン。



 いまのシンの能面のような顔。冷たい声。
 シンが女性、幼い子供相手に見せてきた顔。
 ……これが、シンの日常。



 シンは弱く、守られるべき存在にこそ牙を向く。
 ……人目のつかないところでは、なお酷い。


 仲間かどうか、自分に有益かどうかも関係ない。
 相手が上位者であれその力を上回る。
 シン好みの相手でありさえすれば。
 


 侮っていい相手ではない。
 眼前で行われていることは彼の日常。





「――おい、ガキ。お前が間違ってた。そうだろ。な?」

《イミフ・・・マキナちゃん間違ってないし・・・アンタマジで頭おかしいし》





 シンは左手でマキナの首を掴み、吊るす。
 そして右の拳で顔を殴りつけた。




「ガキ。おまえが僕を殺した。そうだね。認めるよね。認めろよ」

《・・・はい・・・ごめんなさい・・マキナちゃんが・・・まちがえました》

「そうだね。だから。オシオキだ」





 シンは左手でマキナの首を掴み、吊るす。
 そして右の拳で腹部を殴りつけた。





「あとで。その生意気な舌はハサミで切るから、ね?」

《やめて・・・ほんとに・・・こわいよ》





 スキルだ。実際の年齢は不明。
 だが、外見上はまだ幼い子供に見える。
 幼い子供の顔をシンは力の限り殴りつけた。



 ユーリも理屈では分かっている。



 創世神に匹敵する力を持つスキル、超神展開《デウスエクスマキナ》。
 その力はこの世界だけでなく他の世界に及ぶほど強力。


 そして10の世界を滅ぼした残酷なる男――シン。
 最終任務で命を費やし倒せと言われている目標。


 その世界の脅威となる敵同士の仲間割れ。
 放っておけば勝手に有利な展開に進む。
 …………確実に世界を救うことができる。





「おい――いい加減にしろ。子供相手に暴力振るうんじゃねぇ」





 ユーリはシンの肩を掴む。
 マキナから引き離そうとする。



 ――この光景を見過ごせるハズがない。
 ユーリが漆黒に入った理由。
 自壊式の改造手術を受け入れた理由。


 力なき者が理不尽に虐げられるのを見過ごせなかった。
 このを見過ごせる男なら、漆黒に居ない。







「僕は。いま、凄く忙しいんだ。あとにして。ね」







 シンはユーリの手首を掴み肩から引き離す。
 有無を言わせない異常な力。


 それは感情のこもらない冷たい。ただの力。
 工作機械相手に力比べをするかのような虚しさ。


 更に流れるような足刀をミゾオチに放つ。
 腹部に直撃を喰らう。


 踏みとどまるも、わずかに後退。
 シンは確かに強くなっている。


 腹部に力を入れてなければ内臓が破裂していた。
 どうやら先ほどまでとは様子が違うようだ。


 内臓破裂は免れた。
 だが、確実に出血はしているようだ。 
 ユーリは口から血ヘドを吐く。
 

 強くなった理由。一応の説明はつく。
 マキナの理不尽なスキル改竄による超強化。
 

 シン・真向勝負シン・アンフェアネスでユーリの5倍の力を得ているから。
 だが、それだけでは説明が付かないナニかがある。




 シンは右手で吊るしたマキナを地面に叩き付ける。
 このフロアは溶岩地帯。むき出しの岩場。
 あたりどころが悪ければ冗談では済まない。






「――僕の靴を、舐めろ。ガキ」






 倒れたマキナの顔を靴底で踏みつける。
 あまりの恐怖で小刻みにと震えている。


 本当の地獄は特定の場所のことではない。
 どこだって地獄になりえる。



 燃え盛るマグマ、剥き出しの岩場、針山。
 違う……。それが地獄の本質ではない。



 最終階層地獄。
 いままさに――本当の地獄になった。





 …………本当の地獄は、人の心に。
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