43 / 74
第4章 裏切りと愛憎
10 それでもあなたのことが好き
しおりを挟む
「さあ、すべて喋ってもらうぞ」
コンツェットの手が、ファンローゼのあごを乱暴に掴む。
「い、痛いわ……」
「何をされても文句は言えないはずだ」
「やめて!」
「あまり騒ぐと他の者が聞きつけてやって来る。いいのか?」
「お願い……」
「最悪の場合、こうなることは覚悟のうえだったのだろう。そんなことも分からずにやってきたのか」
「コンツェットのことを愛しているわ。今だってその気持ちは変わらない……っ!」
ファンローゼの言葉が途切れた。不意に、荒々しくコンツェットの唇によって塞がれたからである。
初めてコンツェットとキスした時を思い出す。
あの時の触れるか触れないか程度のコンツェットの優しい口づけを。
身動きすらできない力で押さえつけられ苦しい。
ファンローゼは懸命に抗った。
逃げることもできず、ファンローゼの目尻に涙がにじむ。
引き結んでいた唇を割って、コンツェットの舌が侵入してくる。
ファンローゼはきつく眉根をよせた。
息もままならないほどの長い口づけに、ファンローゼは背中にしがみついていたコンツェットの背をきつく握りしめる。
コンツェットの唇がようやく離れた。ファンローゼは息をつく。
「俺に幻滅したか?」
「それでも私はコンツェットが好き」
ファンローゼの腕を握りしめていたコンツェットの手に、さらに力が入る。その痛みにファンローゼは仰け反った。
「大好きなの」
ファンローゼの頬に涙が落ちる。
コンツェットの力が抜けた。
涙をこぼすファンローゼの頬に手を伸ばしかけた時、廊下から男女の笑い声が聞こえてきた。
その声は扉の前でぴたりと止まった。
扉が開く。
悲鳴をあげかけたファンローゼの口を、コンツェットの手によってふさがれた。
「あれ? 人がいたんだ」
現れた人物は、コンツェットを見て気まずそうに頭をかいた。
「やや、先客がいたとは失敬失敬」
戯けた仕草で頭を掻き、男は女の肩を抱きそそくさと部屋をでていった。おそらく別の部屋を探しに行ったのだろう。
暗闇のせいか、あるいは酔っていたのか、部屋に入ってこようとした相手はここにいるのが大佐の右腕であり、大佐の娘と婚約したコンツェットだとは気づかなかったようだ。
ファンローゼは怯えたように瞳を揺らし、コンツェットを見上げる。
コンツェットは深いため息をついた。
「行け。俺の気が変わらないうちにとっとと仲間を連れて消えてくれ」
「逃がしてくれるの?」
「たとえ、おまえの仲間をここで解放したところで、どうってことはない。ここで逃がしたとしても、また見つけ出し捕まえるだけだ。あるいは存分に泳がせアジトごと仲間たちを一掃することもできる」
ファンローゼは唇を震わせた。
これがコンツェットだというのか。
あんなにもエスツェリア軍を憎み、軍に両親を殺されたというのに。
たった三年の間にコンツェットの身に何があったというのか。コンツェットの心はどうしたのか。
ふと、ファンローゼはコンツェットが大佐の娘と婚約したということを思いだす。
コンツェットはあの女性と結婚する。
「早く行け。おまえのスパイごっこが無事に成し遂げるまで見守ってやる。それがせめてもの情けだ。そしてできるなら、この屋敷を出たらスヴェリアに帰るんだ」
言って、コンツェットははっとなる。
今さらながらに、根本的な疑問に気づいたという顔だ。
「そもそもなぜ、おまえはこの国に戻ってきた?」
「私を引き取ってくれたおじさん夫婦の家に突然、スヴェリアの警察が私を連れて行こうと訪ねてきたの。でも、警察ではないと思う。多分、エスツェリア軍……それから、スヴェリアにいた時に知り合った人がいるの、その人の力を借りてここまできたわ」
「一人でここへ来たわけではないのか?」
考えてみれば、ファンローゼ一人で国境を越えてこの国に入れるはずがない。
「そいつは誰だ」
ファンローゼは口をつぐんでコンツェットから視線をそらす。
誰と問われても、その問いに答えることはできない。なぜなら、クレイはエスツェリア軍に対抗する組織のリーダーなのだから。
「まあいい」
コンツェットはゆっくりと首を左右に振り、深いため息をつく。
「とにかくもう行け。万が一にもおまえと俺がこうやって会話をしているところを仲間に見られでもしたら殺されるぞ」
「殺されるだなんて……」
コンツェットはかすかに嘆息して首を振る。
「本当に何も知らないお嬢様だな。どっぷりつかって逃げられなくなる前に組織から抜けろ」
コンツェットは、ファンローゼの背中を押した。
「もう、二度と会うことはないと願いたい」
言って、ファンローゼを部屋から出すと、その足で地下へと向かった。
「ここをまっすぐに行けば牢にたどりつく。悪いが、俺はここまでだ。俺といるところを見られたらおまえはまずいことになるだろう。しばらくここで見張ってやる。ただし、三分だ。三分以内に逃げきろ」
「コンツェット、いつかまた会えるわよね」
そう言って、ファンローゼは小走りに廊下の奥へと走って行った。
とにかく、今は捕らえられた仲間たちを救い出すことが先決だ。
コンツェットの手が、ファンローゼのあごを乱暴に掴む。
「い、痛いわ……」
「何をされても文句は言えないはずだ」
「やめて!」
「あまり騒ぐと他の者が聞きつけてやって来る。いいのか?」
「お願い……」
「最悪の場合、こうなることは覚悟のうえだったのだろう。そんなことも分からずにやってきたのか」
「コンツェットのことを愛しているわ。今だってその気持ちは変わらない……っ!」
ファンローゼの言葉が途切れた。不意に、荒々しくコンツェットの唇によって塞がれたからである。
初めてコンツェットとキスした時を思い出す。
あの時の触れるか触れないか程度のコンツェットの優しい口づけを。
身動きすらできない力で押さえつけられ苦しい。
ファンローゼは懸命に抗った。
逃げることもできず、ファンローゼの目尻に涙がにじむ。
引き結んでいた唇を割って、コンツェットの舌が侵入してくる。
ファンローゼはきつく眉根をよせた。
息もままならないほどの長い口づけに、ファンローゼは背中にしがみついていたコンツェットの背をきつく握りしめる。
コンツェットの唇がようやく離れた。ファンローゼは息をつく。
「俺に幻滅したか?」
「それでも私はコンツェットが好き」
ファンローゼの腕を握りしめていたコンツェットの手に、さらに力が入る。その痛みにファンローゼは仰け反った。
「大好きなの」
ファンローゼの頬に涙が落ちる。
コンツェットの力が抜けた。
涙をこぼすファンローゼの頬に手を伸ばしかけた時、廊下から男女の笑い声が聞こえてきた。
その声は扉の前でぴたりと止まった。
扉が開く。
悲鳴をあげかけたファンローゼの口を、コンツェットの手によってふさがれた。
「あれ? 人がいたんだ」
現れた人物は、コンツェットを見て気まずそうに頭をかいた。
「やや、先客がいたとは失敬失敬」
戯けた仕草で頭を掻き、男は女の肩を抱きそそくさと部屋をでていった。おそらく別の部屋を探しに行ったのだろう。
暗闇のせいか、あるいは酔っていたのか、部屋に入ってこようとした相手はここにいるのが大佐の右腕であり、大佐の娘と婚約したコンツェットだとは気づかなかったようだ。
ファンローゼは怯えたように瞳を揺らし、コンツェットを見上げる。
コンツェットは深いため息をついた。
「行け。俺の気が変わらないうちにとっとと仲間を連れて消えてくれ」
「逃がしてくれるの?」
「たとえ、おまえの仲間をここで解放したところで、どうってことはない。ここで逃がしたとしても、また見つけ出し捕まえるだけだ。あるいは存分に泳がせアジトごと仲間たちを一掃することもできる」
ファンローゼは唇を震わせた。
これがコンツェットだというのか。
あんなにもエスツェリア軍を憎み、軍に両親を殺されたというのに。
たった三年の間にコンツェットの身に何があったというのか。コンツェットの心はどうしたのか。
ふと、ファンローゼはコンツェットが大佐の娘と婚約したということを思いだす。
コンツェットはあの女性と結婚する。
「早く行け。おまえのスパイごっこが無事に成し遂げるまで見守ってやる。それがせめてもの情けだ。そしてできるなら、この屋敷を出たらスヴェリアに帰るんだ」
言って、コンツェットははっとなる。
今さらながらに、根本的な疑問に気づいたという顔だ。
「そもそもなぜ、おまえはこの国に戻ってきた?」
「私を引き取ってくれたおじさん夫婦の家に突然、スヴェリアの警察が私を連れて行こうと訪ねてきたの。でも、警察ではないと思う。多分、エスツェリア軍……それから、スヴェリアにいた時に知り合った人がいるの、その人の力を借りてここまできたわ」
「一人でここへ来たわけではないのか?」
考えてみれば、ファンローゼ一人で国境を越えてこの国に入れるはずがない。
「そいつは誰だ」
ファンローゼは口をつぐんでコンツェットから視線をそらす。
誰と問われても、その問いに答えることはできない。なぜなら、クレイはエスツェリア軍に対抗する組織のリーダーなのだから。
「まあいい」
コンツェットはゆっくりと首を左右に振り、深いため息をつく。
「とにかくもう行け。万が一にもおまえと俺がこうやって会話をしているところを仲間に見られでもしたら殺されるぞ」
「殺されるだなんて……」
コンツェットはかすかに嘆息して首を振る。
「本当に何も知らないお嬢様だな。どっぷりつかって逃げられなくなる前に組織から抜けろ」
コンツェットは、ファンローゼの背中を押した。
「もう、二度と会うことはないと願いたい」
言って、ファンローゼを部屋から出すと、その足で地下へと向かった。
「ここをまっすぐに行けば牢にたどりつく。悪いが、俺はここまでだ。俺といるところを見られたらおまえはまずいことになるだろう。しばらくここで見張ってやる。ただし、三分だ。三分以内に逃げきろ」
「コンツェット、いつかまた会えるわよね」
そう言って、ファンローゼは小走りに廊下の奥へと走って行った。
とにかく、今は捕らえられた仲間たちを救い出すことが先決だ。
10
あなたにおすすめの小説
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる