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第4章 裏切りと愛憎
10 それでもあなたのことが好き
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「さあ、すべて喋ってもらうぞ」
コンツェットの手が、ファンローゼのあごを乱暴に掴む。
「い、痛いわ……」
「何をされても文句は言えないはずだ」
「やめて!」
「あまり騒ぐと他の者が聞きつけてやって来る。いいのか?」
「お願い……」
「最悪の場合、こうなることは覚悟のうえだったのだろう。そんなことも分からずにやってきたのか」
「コンツェットのことを愛しているわ。今だってその気持ちは変わらない……っ!」
ファンローゼの言葉が途切れた。不意に、荒々しくコンツェットの唇によって塞がれたからである。
初めてコンツェットとキスした時を思い出す。
あの時の触れるか触れないか程度のコンツェットの優しい口づけを。
身動きすらできない力で押さえつけられ苦しい。
ファンローゼは懸命に抗った。
逃げることもできず、ファンローゼの目尻に涙がにじむ。
引き結んでいた唇を割って、コンツェットの舌が侵入してくる。
ファンローゼはきつく眉根をよせた。
息もままならないほどの長い口づけに、ファンローゼは背中にしがみついていたコンツェットの背をきつく握りしめる。
コンツェットの唇がようやく離れた。ファンローゼは息をつく。
「俺に幻滅したか?」
「それでも私はコンツェットが好き」
ファンローゼの腕を握りしめていたコンツェットの手に、さらに力が入る。その痛みにファンローゼは仰け反った。
「大好きなの」
ファンローゼの頬に涙が落ちる。
コンツェットの力が抜けた。
涙をこぼすファンローゼの頬に手を伸ばしかけた時、廊下から男女の笑い声が聞こえてきた。
その声は扉の前でぴたりと止まった。
扉が開く。
悲鳴をあげかけたファンローゼの口を、コンツェットの手によってふさがれた。
「あれ? 人がいたんだ」
現れた人物は、コンツェットを見て気まずそうに頭をかいた。
「やや、先客がいたとは失敬失敬」
戯けた仕草で頭を掻き、男は女の肩を抱きそそくさと部屋をでていった。おそらく別の部屋を探しに行ったのだろう。
暗闇のせいか、あるいは酔っていたのか、部屋に入ってこようとした相手はここにいるのが大佐の右腕であり、大佐の娘と婚約したコンツェットだとは気づかなかったようだ。
ファンローゼは怯えたように瞳を揺らし、コンツェットを見上げる。
コンツェットは深いため息をついた。
「行け。俺の気が変わらないうちにとっとと仲間を連れて消えてくれ」
「逃がしてくれるの?」
「たとえ、おまえの仲間をここで解放したところで、どうってことはない。ここで逃がしたとしても、また見つけ出し捕まえるだけだ。あるいは存分に泳がせアジトごと仲間たちを一掃することもできる」
ファンローゼは唇を震わせた。
これがコンツェットだというのか。
あんなにもエスツェリア軍を憎み、軍に両親を殺されたというのに。
たった三年の間にコンツェットの身に何があったというのか。コンツェットの心はどうしたのか。
ふと、ファンローゼはコンツェットが大佐の娘と婚約したということを思いだす。
コンツェットはあの女性と結婚する。
「早く行け。おまえのスパイごっこが無事に成し遂げるまで見守ってやる。それがせめてもの情けだ。そしてできるなら、この屋敷を出たらスヴェリアに帰るんだ」
言って、コンツェットははっとなる。
今さらながらに、根本的な疑問に気づいたという顔だ。
「そもそもなぜ、おまえはこの国に戻ってきた?」
「私を引き取ってくれたおじさん夫婦の家に突然、スヴェリアの警察が私を連れて行こうと訪ねてきたの。でも、警察ではないと思う。多分、エスツェリア軍……それから、スヴェリアにいた時に知り合った人がいるの、その人の力を借りてここまできたわ」
「一人でここへ来たわけではないのか?」
考えてみれば、ファンローゼ一人で国境を越えてこの国に入れるはずがない。
「そいつは誰だ」
ファンローゼは口をつぐんでコンツェットから視線をそらす。
誰と問われても、その問いに答えることはできない。なぜなら、クレイはエスツェリア軍に対抗する組織のリーダーなのだから。
「まあいい」
コンツェットはゆっくりと首を左右に振り、深いため息をつく。
「とにかくもう行け。万が一にもおまえと俺がこうやって会話をしているところを仲間に見られでもしたら殺されるぞ」
「殺されるだなんて……」
コンツェットはかすかに嘆息して首を振る。
「本当に何も知らないお嬢様だな。どっぷりつかって逃げられなくなる前に組織から抜けろ」
コンツェットは、ファンローゼの背中を押した。
「もう、二度と会うことはないと願いたい」
言って、ファンローゼを部屋から出すと、その足で地下へと向かった。
「ここをまっすぐに行けば牢にたどりつく。悪いが、俺はここまでだ。俺といるところを見られたらおまえはまずいことになるだろう。しばらくここで見張ってやる。ただし、三分だ。三分以内に逃げきろ」
「コンツェット、いつかまた会えるわよね」
そう言って、ファンローゼは小走りに廊下の奥へと走って行った。
とにかく、今は捕らえられた仲間たちを救い出すことが先決だ。
コンツェットの手が、ファンローゼのあごを乱暴に掴む。
「い、痛いわ……」
「何をされても文句は言えないはずだ」
「やめて!」
「あまり騒ぐと他の者が聞きつけてやって来る。いいのか?」
「お願い……」
「最悪の場合、こうなることは覚悟のうえだったのだろう。そんなことも分からずにやってきたのか」
「コンツェットのことを愛しているわ。今だってその気持ちは変わらない……っ!」
ファンローゼの言葉が途切れた。不意に、荒々しくコンツェットの唇によって塞がれたからである。
初めてコンツェットとキスした時を思い出す。
あの時の触れるか触れないか程度のコンツェットの優しい口づけを。
身動きすらできない力で押さえつけられ苦しい。
ファンローゼは懸命に抗った。
逃げることもできず、ファンローゼの目尻に涙がにじむ。
引き結んでいた唇を割って、コンツェットの舌が侵入してくる。
ファンローゼはきつく眉根をよせた。
息もままならないほどの長い口づけに、ファンローゼは背中にしがみついていたコンツェットの背をきつく握りしめる。
コンツェットの唇がようやく離れた。ファンローゼは息をつく。
「俺に幻滅したか?」
「それでも私はコンツェットが好き」
ファンローゼの腕を握りしめていたコンツェットの手に、さらに力が入る。その痛みにファンローゼは仰け反った。
「大好きなの」
ファンローゼの頬に涙が落ちる。
コンツェットの力が抜けた。
涙をこぼすファンローゼの頬に手を伸ばしかけた時、廊下から男女の笑い声が聞こえてきた。
その声は扉の前でぴたりと止まった。
扉が開く。
悲鳴をあげかけたファンローゼの口を、コンツェットの手によってふさがれた。
「あれ? 人がいたんだ」
現れた人物は、コンツェットを見て気まずそうに頭をかいた。
「やや、先客がいたとは失敬失敬」
戯けた仕草で頭を掻き、男は女の肩を抱きそそくさと部屋をでていった。おそらく別の部屋を探しに行ったのだろう。
暗闇のせいか、あるいは酔っていたのか、部屋に入ってこようとした相手はここにいるのが大佐の右腕であり、大佐の娘と婚約したコンツェットだとは気づかなかったようだ。
ファンローゼは怯えたように瞳を揺らし、コンツェットを見上げる。
コンツェットは深いため息をついた。
「行け。俺の気が変わらないうちにとっとと仲間を連れて消えてくれ」
「逃がしてくれるの?」
「たとえ、おまえの仲間をここで解放したところで、どうってことはない。ここで逃がしたとしても、また見つけ出し捕まえるだけだ。あるいは存分に泳がせアジトごと仲間たちを一掃することもできる」
ファンローゼは唇を震わせた。
これがコンツェットだというのか。
あんなにもエスツェリア軍を憎み、軍に両親を殺されたというのに。
たった三年の間にコンツェットの身に何があったというのか。コンツェットの心はどうしたのか。
ふと、ファンローゼはコンツェットが大佐の娘と婚約したということを思いだす。
コンツェットはあの女性と結婚する。
「早く行け。おまえのスパイごっこが無事に成し遂げるまで見守ってやる。それがせめてもの情けだ。そしてできるなら、この屋敷を出たらスヴェリアに帰るんだ」
言って、コンツェットははっとなる。
今さらながらに、根本的な疑問に気づいたという顔だ。
「そもそもなぜ、おまえはこの国に戻ってきた?」
「私を引き取ってくれたおじさん夫婦の家に突然、スヴェリアの警察が私を連れて行こうと訪ねてきたの。でも、警察ではないと思う。多分、エスツェリア軍……それから、スヴェリアにいた時に知り合った人がいるの、その人の力を借りてここまできたわ」
「一人でここへ来たわけではないのか?」
考えてみれば、ファンローゼ一人で国境を越えてこの国に入れるはずがない。
「そいつは誰だ」
ファンローゼは口をつぐんでコンツェットから視線をそらす。
誰と問われても、その問いに答えることはできない。なぜなら、クレイはエスツェリア軍に対抗する組織のリーダーなのだから。
「まあいい」
コンツェットはゆっくりと首を左右に振り、深いため息をつく。
「とにかくもう行け。万が一にもおまえと俺がこうやって会話をしているところを仲間に見られでもしたら殺されるぞ」
「殺されるだなんて……」
コンツェットはかすかに嘆息して首を振る。
「本当に何も知らないお嬢様だな。どっぷりつかって逃げられなくなる前に組織から抜けろ」
コンツェットは、ファンローゼの背中を押した。
「もう、二度と会うことはないと願いたい」
言って、ファンローゼを部屋から出すと、その足で地下へと向かった。
「ここをまっすぐに行けば牢にたどりつく。悪いが、俺はここまでだ。俺といるところを見られたらおまえはまずいことになるだろう。しばらくここで見張ってやる。ただし、三分だ。三分以内に逃げきろ」
「コンツェット、いつかまた会えるわよね」
そう言って、ファンローゼは小走りに廊下の奥へと走って行った。
とにかく、今は捕らえられた仲間たちを救い出すことが先決だ。
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