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第7章 誰も私たちの知らない場所へ
9 信じているから
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「困ったな。僕は君を傷つけるつもりはまったくないんだ。大切にしたい。だからいい子だから、そこをどいてくれないかな」
「いいえ! 絶対にコンツェットを殺させない!」
やれやれとクレイは肩をすくめ、銃口をコンツェットの心臓から頭部へと狙いを移す。
「頭だ。これなら撃てるね。僕は射撃が得意だから、間違いなく彼の頭を撃ち抜くよ」
「お願い! やめて! クレイ……お願い。私はどうなってもいい。だから、コンツェットを殺さないで!」
ぽろぽろ涙をこぼし、ファンローゼはクレイに懇願する。
「泣かないでファンローゼ、君のお願いならどんなことでもきく。だけど、これだけはだめだ」
不意にコンツェットによって肩を押された。
「ファンローゼ、このまま真っ直ぐ、フォルドゥイークの駅に向かうんだ。そこで待っていてくれ」
「いや! もう離れ離れになるのはいや! 約束したわ。二度と離れないって」
ファンローゼはコンツェットにしがみつく。
「すぐに後を追う。必ず行くから」
それでも、ファンローゼは何度も首を振った。
三年前の記憶が鮮明によみがえる。
必ずあとを追うと言ったコンツェットは銃で撃たれ、ファンローゼの前に姿を現さなかった。
「俺の言う通りにしてくれ。君一人で行かせたりはしない。今度こそ約束を守ると誓う。僕を信じて」
「ファンローゼ、言うことを聞くべきだよ。できることなら僕も君の目の前でこの男が死ぬ場面を見せたくはない」
「黙れ」
押し殺したような声がコンツェットの口からもれる。
「安心してファンローゼ。この男を撃ち殺したら迎えに行くよ。君を一人ぼっちにはさせない。そうだ、その足で教会に行って結婚式をあげよう。ああ、早く君をこの腕に抱きしめたい」
コンツェットは銃を取り出し握る。
「コンツェットに何かしたらあなたを絶対に許さない! 私があなたを殺すわ!」
クレイは笑った。
「君の手で殺されるなら、それも悪くない」
「本当よ!」
「ファンローゼ! 行ってくれ。頼む……」
苦渋の声を振り絞り、コンツェットはファンローゼの手を離した。
コンツェットの固い決意にこれ以上は何を言っても受け入れてはもらえないとファンローゼは察した。
「約束よ。絶対来てくれると約束して」
ああ、と頷きコンツェットはファンローゼのひたいに口づけをした。
「行って。振り返らず真っ直ぐ走って」
ファンローゼはそろりと歩き出す。
クレイの側を通り過ぎる瞬間、緊張したように身を強張らせるが、特にクレイが何か仕掛けてくることはなかった。
「撃ち合うのは、彼女の姿が見えなくなってからにしてくれないか」
コンツェットの提案にクレイは笑う。
「もちろん、かまわないよ」
ファンローゼはこぼれる涙を手の甲で拭い、駅に向かって走った。
コンツェットの言う通り、振り返ることはしなかった。ようやく、目前にフォルドゥイーク駅が見えてきた。
その時、銃声が耳元をかすめる。
辺りに響き渡ったその音に、木々に隠れ羽を休めていた鳥たちがいっせいに飛びたった。
ファンローゼは立ち止まり、胸の前で握りしめた手に力をこめた。
コンツェット!
ファンローゼは空を振り仰ぐ。
まもなく夜が明ける――。
神様どうかお願い。
私のもとに彼を……。
重く垂れ込めた空から粉雪が舞い落ちる。
コンツェット、私、信じているから。
あなたが絶対に来てくれることを、信じて待っているから。
「いいえ! 絶対にコンツェットを殺させない!」
やれやれとクレイは肩をすくめ、銃口をコンツェットの心臓から頭部へと狙いを移す。
「頭だ。これなら撃てるね。僕は射撃が得意だから、間違いなく彼の頭を撃ち抜くよ」
「お願い! やめて! クレイ……お願い。私はどうなってもいい。だから、コンツェットを殺さないで!」
ぽろぽろ涙をこぼし、ファンローゼはクレイに懇願する。
「泣かないでファンローゼ、君のお願いならどんなことでもきく。だけど、これだけはだめだ」
不意にコンツェットによって肩を押された。
「ファンローゼ、このまま真っ直ぐ、フォルドゥイークの駅に向かうんだ。そこで待っていてくれ」
「いや! もう離れ離れになるのはいや! 約束したわ。二度と離れないって」
ファンローゼはコンツェットにしがみつく。
「すぐに後を追う。必ず行くから」
それでも、ファンローゼは何度も首を振った。
三年前の記憶が鮮明によみがえる。
必ずあとを追うと言ったコンツェットは銃で撃たれ、ファンローゼの前に姿を現さなかった。
「俺の言う通りにしてくれ。君一人で行かせたりはしない。今度こそ約束を守ると誓う。僕を信じて」
「ファンローゼ、言うことを聞くべきだよ。できることなら僕も君の目の前でこの男が死ぬ場面を見せたくはない」
「黙れ」
押し殺したような声がコンツェットの口からもれる。
「安心してファンローゼ。この男を撃ち殺したら迎えに行くよ。君を一人ぼっちにはさせない。そうだ、その足で教会に行って結婚式をあげよう。ああ、早く君をこの腕に抱きしめたい」
コンツェットは銃を取り出し握る。
「コンツェットに何かしたらあなたを絶対に許さない! 私があなたを殺すわ!」
クレイは笑った。
「君の手で殺されるなら、それも悪くない」
「本当よ!」
「ファンローゼ! 行ってくれ。頼む……」
苦渋の声を振り絞り、コンツェットはファンローゼの手を離した。
コンツェットの固い決意にこれ以上は何を言っても受け入れてはもらえないとファンローゼは察した。
「約束よ。絶対来てくれると約束して」
ああ、と頷きコンツェットはファンローゼのひたいに口づけをした。
「行って。振り返らず真っ直ぐ走って」
ファンローゼはそろりと歩き出す。
クレイの側を通り過ぎる瞬間、緊張したように身を強張らせるが、特にクレイが何か仕掛けてくることはなかった。
「撃ち合うのは、彼女の姿が見えなくなってからにしてくれないか」
コンツェットの提案にクレイは笑う。
「もちろん、かまわないよ」
ファンローゼはこぼれる涙を手の甲で拭い、駅に向かって走った。
コンツェットの言う通り、振り返ることはしなかった。ようやく、目前にフォルドゥイーク駅が見えてきた。
その時、銃声が耳元をかすめる。
辺りに響き渡ったその音に、木々に隠れ羽を休めていた鳥たちがいっせいに飛びたった。
ファンローゼは立ち止まり、胸の前で握りしめた手に力をこめた。
コンツェット!
ファンローゼは空を振り仰ぐ。
まもなく夜が明ける――。
神様どうかお願い。
私のもとに彼を……。
重く垂れ込めた空から粉雪が舞い落ちる。
コンツェット、私、信じているから。
あなたが絶対に来てくれることを、信じて待っているから。
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