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第5章 本領発揮編
10 エーファ、イェンに口説かれる
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そんなことを思い出しながら、イェンは笑って再び酒瓶に口をつけた。
その時、遠慮がちに扉を叩く音が聞こえ、視線を扉の方に向ける。
ややあって、静かに扉が開き、エーファが顔を覗かせた。
「何?」
「忘れ物を届けにきただけだ」
愛想のない口調で、エーファは強引にヤンを押しつけられる。
ヤンは嬉しそうに羽を広げ、イェンの頭へと乗った。
「宿の廊下で迷子になって鳴いていた。ちゃんと面倒をみろ」
「ああ……」
「それと」
「まだ何か用?」
「助けてもらったこと、礼を言う! あの子を、リプリーを救ってくれて感謝している。もしも、あの子を失ったらと思うと……」
考えるだけでも恐ろしい、とエーファは強く自分の肩口を両手で抱いた。
「そうだな……」
視線を斜めにそらしてイェンは苦い表情を浮かべた。
その整った顔に暗い影が落ちる。
エーファは怪訝そうに眉根を寄せた。
「だが、貴様に対する見方は変わらない。私は貴様が嫌いだ。それに、大技しか使えない魔道士など役にもたたないのと同じ。しょせん、貴様はへっぽこ」
辛辣なエーファの言葉にイェンは何も答えず、ただじっと相手の目を見つめ返すだけであった。
もの音ひとつない夜の静寂。
淡い月の光が部屋を仄かに照らし、窓の外、緩やかな風にもてあそばれる木々が白い壁に揺れて影をつくる。
何か言い返してくるだろうと身がまえていたエーファであったが、相手の予想外の反応に少々、面をくらったようだ。
しばし、互いに会話を交わすことなく見つめ合う。
しだいにエーファの顔に戸惑いの色が表れた。
落ち着かなげに瞳を揺らし、すっとイェンから視線を外す。
「それだけだ」
と、言い捨て、くるりと身をひるがえし大股で扉に向かって歩き出す。
取っ手に手をかけ手前に開きかけたその扉を、歩み寄ってきたイェンが背後から押さえつけた。
エーファは息を飲む。
イェンはベッドにおろしたヤンをかえり見て、口元に人差し指をあてふっと息を吹きかけた。途端、ヤンはすやすやと身を丸めて眠り込む。
「何のつもりだ。私は部屋に戻る」
怒り。
否、かすかに怯えの混じったエーファの声。
触れあうか合わないかの距離に、エーファの身体が緊張に強張っているのが感じとれる。
「その手をどけろ……」
跳ね返す声もどこか弱々しい。
「いやだと言ったら?」
見れば扉の取っ手にかけられたエーファの手が、小刻みに震えていた。
イェンはくすりと笑い、扉に添えていた手をゆっくりと落としエーファの手に重ねた。
「俺のこと、意識しちゃってる?」
「誰が貴様になど!」
「男慣れしてないのが丸わかりなんだよね。いつも俺に食ってかかってきたあの勢いはどうしたの? エーファ」
背後からエーファの耳元でその名を囁く。
エーファは首をすくめ、身を強ばらせた。
「俺にすがりついて泣いた時のあんたの顔、可愛かったよ」
「言うな! あの時は混乱していた。そうでなければ、誰が」
貴様のような男にすがりついて泣いてしまったことが恥だというように、エーファは吐き捨てる。
「俺はあんたのこと嫌いじゃない」
「私は嫌いだ! 大嫌いだ!」
「今度は俺の腕の中で泣いてみる?」
その時、遠慮がちに扉を叩く音が聞こえ、視線を扉の方に向ける。
ややあって、静かに扉が開き、エーファが顔を覗かせた。
「何?」
「忘れ物を届けにきただけだ」
愛想のない口調で、エーファは強引にヤンを押しつけられる。
ヤンは嬉しそうに羽を広げ、イェンの頭へと乗った。
「宿の廊下で迷子になって鳴いていた。ちゃんと面倒をみろ」
「ああ……」
「それと」
「まだ何か用?」
「助けてもらったこと、礼を言う! あの子を、リプリーを救ってくれて感謝している。もしも、あの子を失ったらと思うと……」
考えるだけでも恐ろしい、とエーファは強く自分の肩口を両手で抱いた。
「そうだな……」
視線を斜めにそらしてイェンは苦い表情を浮かべた。
その整った顔に暗い影が落ちる。
エーファは怪訝そうに眉根を寄せた。
「だが、貴様に対する見方は変わらない。私は貴様が嫌いだ。それに、大技しか使えない魔道士など役にもたたないのと同じ。しょせん、貴様はへっぽこ」
辛辣なエーファの言葉にイェンは何も答えず、ただじっと相手の目を見つめ返すだけであった。
もの音ひとつない夜の静寂。
淡い月の光が部屋を仄かに照らし、窓の外、緩やかな風にもてあそばれる木々が白い壁に揺れて影をつくる。
何か言い返してくるだろうと身がまえていたエーファであったが、相手の予想外の反応に少々、面をくらったようだ。
しばし、互いに会話を交わすことなく見つめ合う。
しだいにエーファの顔に戸惑いの色が表れた。
落ち着かなげに瞳を揺らし、すっとイェンから視線を外す。
「それだけだ」
と、言い捨て、くるりと身をひるがえし大股で扉に向かって歩き出す。
取っ手に手をかけ手前に開きかけたその扉を、歩み寄ってきたイェンが背後から押さえつけた。
エーファは息を飲む。
イェンはベッドにおろしたヤンをかえり見て、口元に人差し指をあてふっと息を吹きかけた。途端、ヤンはすやすやと身を丸めて眠り込む。
「何のつもりだ。私は部屋に戻る」
怒り。
否、かすかに怯えの混じったエーファの声。
触れあうか合わないかの距離に、エーファの身体が緊張に強張っているのが感じとれる。
「その手をどけろ……」
跳ね返す声もどこか弱々しい。
「いやだと言ったら?」
見れば扉の取っ手にかけられたエーファの手が、小刻みに震えていた。
イェンはくすりと笑い、扉に添えていた手をゆっくりと落としエーファの手に重ねた。
「俺のこと、意識しちゃってる?」
「誰が貴様になど!」
「男慣れしてないのが丸わかりなんだよね。いつも俺に食ってかかってきたあの勢いはどうしたの? エーファ」
背後からエーファの耳元でその名を囁く。
エーファは首をすくめ、身を強ばらせた。
「俺にすがりついて泣いた時のあんたの顔、可愛かったよ」
「言うな! あの時は混乱していた。そうでなければ、誰が」
貴様のような男にすがりついて泣いてしまったことが恥だというように、エーファは吐き捨てる。
「俺はあんたのこと嫌いじゃない」
「私は嫌いだ! 大嫌いだ!」
「今度は俺の腕の中で泣いてみる?」
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