視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第3章 恐ろしき陰謀渦巻く宮廷にご用心

2 皇后の懐妊

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 皇后懐妊の知らせはすぐに宮中に広まった。だが、めでたいこの知らせをよく思わない者もいる。もちろん景貴妃であった。
「まさか皇后が懐妊するなんて。景貴妃さま、もし、これで皇后が皇子を産んだら」
 知らせを聞いてから、ずっと不機嫌な景貴妃に、侍女の美月は主の顔色を窺いつつ言葉を選びながら尋ねる。
 景貴妃にはいまだ子はいない。もし、皇后が子を産めば、それもその子が皇子なら、皇后の地位は盤石なものとなるだろう。その座を奪うのは難しくなる。
 ぎりぎりと奥歯を噛んでいた景貴妃だが、強ばっていた肩の力を抜き、笑みを浮かべた。
「ようやく子が授かったのだから、お祝いをしなければいけないわね」
 なにか企みを思いついたのか、景貴妃は側にくるよう美月に手招きすると、その耳元に唇を近づけ小声で囁いた。
「かしこまりました」
 一礼して美月が去って行くのを見届けた景貴妃は、にやりと笑った。



「とにかく今は、お身体のことだけを考えてください。何事にも慎重に」
 皇后が懐妊したと聞き、永明宮はいつも以上に賑わいをみせていた。
 誰もが嬉しそうに笑顔を浮かべ皇后の懐妊を祝った。
 しかし、喜んでばかりはいられない。ここから先は、皇后が無事子を出産するまで気の抜けない日々が続くのだ。だが、皇后が子を産めば、永明宮で働くすべての者に褒美を与えようと陛下が約束してくれた。
 皇后の座を奪われることを心配していた皇后であったが、懐妊したことで状況はかなり優性となったはず。
 皇后の次に偉い立場である景貴妃を押さえ込むこともできる。何しろ、陛下の寵愛を一身に受けている景貴妃ですら、いまだ子に恵まれていないのだ。
「いいですか。用心にこしたことはないんですからね。食事にも本当に、ほんとーに、注意を払ってくださいね!」
 蓮花はくん、と鼻を鳴らした。かすかに甘い香りがする。今まで気にしなかったが、皇后が身ごもったと分かってから特に、においには敏感になった。
「皇后さま、子が生まれるまでお香は絶対に禁止と言ったのに焚きましたか? 衣服に染みこませるのもだめですよ」
 昔から頭痛持ちで、精神的にも不安定だった皇后は、よく香を焚き心を落ち着かせていた。だが、懐妊した者には、お香ですら危険なものがある。おしろいにも気をつけなければならない。
「蓮花に言われて、お香はいっさいやめているわ」
 皇后はお腹に手をあて、くどすぎる蓮花の忠告に苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、誰かこの部屋に入って来ましたか。暁蕾や明玉の他に」
「華雪よ。さっき、内務府から贈られた鉢植えを届けに来たわ」
 景貴妃が強引に押しつけてきた侍女だ。
 蓮花は彼女が何かやらかさないかと、常日頃から目を光らせている。だが、今のところ怪しい行動は見当たらない。景貴妃とも連絡を取り合っている気配もない。
「蓮花の言う通りじゅうぶん気をつけているわ。今度こそ、無事にこの子を産みたいもの」
「そうです。その意気です!」
 ぐっとこぶしを握り、蓮花は強く頷いた。
「皇后さま、景貴妃さまがいらっしゃいましたが」
 景貴妃がいったい何の用でやって来たのかとみなが訝しむ。
 どうしましょう、と明玉は不安そうな声で言い、侍女頭の暁蕾の指示を仰ぐようにちらりと視線をやる。
「いったい何をしに来たのかしら。皇后さまはお休み中と言って帰ってもらいましょう」
 暁蕾は気を利かせるが、皇后はいいえ、と首を振った。
「通しなさい」
 すぐに景貴妃が現れた。彼女の背後に従う侍女の手には提盒おかもちが握られている。
「ごきげん麗しゅう皇后娘娘。滋養に効く山参が実家から送られたので、身体によい羹を作ってお持ちしましたの」
 どうぞ、と侍女は提盒の蓋を開け、皇后に羹の入った器を差し出した。
 蓮花は差し出されたそれを注意深く見る。
 いやいや、いきなりそんなもの持ってきても、怪しいに決まっているではないか。絶対、危険なものが混入している。それも皇后と敵対する景貴妃だよ。
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