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第1章 新たな人生を生きる
16 父への失望
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「ああ……母さま」
肩を震わせて泣く如琳に、娘の慈桂は寄り添った。
「父上、いくら雪蘭が母さまのことを嫌いとはいえ、あんまりです。母さまは長い間、身体の弱い花憐さまのことを気にかけ、食の細い花憐さまのために好物の魚を膳にお出ししていました。それなのに、毒を盛ったと疑われるなんて! あまりにも母がかわいそうです」
「いいのよ慈桂、私を疑うことで、実の母を失った雪蘭さんの悲しみが癒えるのなら、私は何を言われてもかまわない」
「母さま……」
慈桂もしくしくと泣き出した。
「如琳よ、分かっている。おまえがそんなことをする女ではないことを。おまえは病弱で、世間知らずな花憐に代わり屋敷を切り盛りしてきた。大変だったろう。感謝こそすれ、おまえを疑うなどあるはずがない」
目を潤ませ、如琳はいいえ、と首を振る。
「旦那さま、申し訳ございません」
「なぜ謝る」
「これまで自分の娘同様に雪蘭さまのことも可愛がってきましたが、きっと私に落ち度があったのでしょう。いいえ、側女である私の存在自体が雪蘭さまにとって気に入らなかったのかも知れません。だから、嫌われるのは仕方がないこと」
如琳は悲しそうな目で雪蘭を見やる。
「雪蘭さんに嫌われては、もうこの屋敷にはいられないわね。母娘ともども、ここから出て行くしかないわ」
出て行く気など、少しもないくせに!
「いや! おまえは少しも悪くない。すべて、我が儘なこの娘がいけないのだ!」
雪蘭の元につかつかと大股で歩み寄った黄渓は、手を振りあげ雪蘭の頬を思い切り叩いた。
「きゃっ」
叩かれた衝撃で、雪蘭の身体が床に転がる。
「旦那さま、いけませんわ」
興奮する黄渓を如琳は止める。が、その口元には言いようもない笑みが刻まれていた。
頬を押さえ、雪蘭は如琳を睨みつける。
「そんな芝居はやめて。あなたが母を虐げ殺したのは事実。母がなくなったのはあなたたちのせい!」
黄渓は厳しく眉根を寄せた。
「おまえは何を根拠に、如琳を貶めようとする」
「貶める? いいえ、この魚が証拠です。如琳は町でよく購入していた魚。この魚に水銀が混入しています!」
黄渓は真剣な目で、雪蘭と雪蘭が手にしている魚を交互に見やる。
「本当です。今すぐ魚を調べてください! そうすればこの女がどれほど悪辣な人間か分かるはず。今思えば、お祖母様もこの女の本質を見抜いていたから、正妻に迎えなかったんだわ!」
「誰か」
低い声で父が人を呼ぶ。
雪蘭はほっと息をもらした。
ようやく、父が魚を調べる気になったと安心したのだ。
黄渓の呼び声に、二人の奴婢が頭を下げ部屋に入る。
父は命じた。
「如琳を貶めたこの娘に棒打ち10回の罰を与えよ。手加減は必要ない。その後、自室に連れて行け。私が命じるまで部屋から一歩も出すな。当分の間外出を禁ずる」
「はい」
父の命令に、奴婢たちは縮こまって返事をする。
「父上?」
私の話を、信じてくれなかったの?
「私が花憐さまを殺したと疑われるなんて、本当に私は雪蘭に嫌われているのね」
如琳はわざとらしく泣き真似をする。そんな側女の肩を黄渓は抱き寄せた。
「如琳、おまえが屋敷のことをよくやっていることは知っている」
「旦那さま」
如琳は潤んだ瞳で黄渓を見上げる。
「病弱だった花憐のこともおまえは気を配ってくれた。誰もおまえを疑う者などいない。もしいれば、私がその者を罰して、この屋敷から追い出そう」
「いいえ旦那さま。他の誰が何を言おうと、旦那さまが私のことを信じてくださればそれでじゅうぶんです」
「如琳、おまえは謙虚で奥ゆかしい」
ふと、黄渓は如琳の肩を掴んだ。
「私は決めたぞ。花憐の喪が明けた三年後、おまえを正妻として迎えよう。これで晴れておまえは徐家の女主人だ」
「それはいけません旦那さま、私のような卑しい者など、徐家には不釣り合いです。それに、お義母さまや周りの者になんて言われるか」
「それ以上言うな。母はもうこの世にはいない。これは徐府の当主である私が決めたこと、文句を言う者がいれば即刻、屋敷から追いだしてやる! 如琳よ、苦労をかけるが、ねじ曲がった雪蘭の根性を叩き直して欲しい」
「苦労だなんて。それに、雪蘭さんに好かれるよう努力いたします」
如琳を正妻として迎える?
それはダメよ!
雪蘭はいいえ、と首を振る。
「父上、その女に騙されてはいけません。本当にこの魚には水銀が! 調べてください。調べれば分かります!」
「雪蘭さま」
奴婢二人に両腕をとられる。その拍子に魚が床に落ちた。
「魚が!」
毒が混入した魚。如琳の罪を暴くための大事な証拠。今この機会を逃せば、きっとこの先如琳の悪事を露呈することは難しい。
「待って、魚を父上に!」
「雪蘭さま、旦那さまはお忙しいのです。さあ、行きましょう」
「父上っ!」
無理矢理、奴婢に引きずられ、父の部屋から連れ出された。父はこちらを見ようともしない。
扉が閉まる寸前、黄渓に慰められる如琳が、ニタリと笑いこちらを見る姿が目に映った。
肩を震わせて泣く如琳に、娘の慈桂は寄り添った。
「父上、いくら雪蘭が母さまのことを嫌いとはいえ、あんまりです。母さまは長い間、身体の弱い花憐さまのことを気にかけ、食の細い花憐さまのために好物の魚を膳にお出ししていました。それなのに、毒を盛ったと疑われるなんて! あまりにも母がかわいそうです」
「いいのよ慈桂、私を疑うことで、実の母を失った雪蘭さんの悲しみが癒えるのなら、私は何を言われてもかまわない」
「母さま……」
慈桂もしくしくと泣き出した。
「如琳よ、分かっている。おまえがそんなことをする女ではないことを。おまえは病弱で、世間知らずな花憐に代わり屋敷を切り盛りしてきた。大変だったろう。感謝こそすれ、おまえを疑うなどあるはずがない」
目を潤ませ、如琳はいいえ、と首を振る。
「旦那さま、申し訳ございません」
「なぜ謝る」
「これまで自分の娘同様に雪蘭さまのことも可愛がってきましたが、きっと私に落ち度があったのでしょう。いいえ、側女である私の存在自体が雪蘭さまにとって気に入らなかったのかも知れません。だから、嫌われるのは仕方がないこと」
如琳は悲しそうな目で雪蘭を見やる。
「雪蘭さんに嫌われては、もうこの屋敷にはいられないわね。母娘ともども、ここから出て行くしかないわ」
出て行く気など、少しもないくせに!
「いや! おまえは少しも悪くない。すべて、我が儘なこの娘がいけないのだ!」
雪蘭の元につかつかと大股で歩み寄った黄渓は、手を振りあげ雪蘭の頬を思い切り叩いた。
「きゃっ」
叩かれた衝撃で、雪蘭の身体が床に転がる。
「旦那さま、いけませんわ」
興奮する黄渓を如琳は止める。が、その口元には言いようもない笑みが刻まれていた。
頬を押さえ、雪蘭は如琳を睨みつける。
「そんな芝居はやめて。あなたが母を虐げ殺したのは事実。母がなくなったのはあなたたちのせい!」
黄渓は厳しく眉根を寄せた。
「おまえは何を根拠に、如琳を貶めようとする」
「貶める? いいえ、この魚が証拠です。如琳は町でよく購入していた魚。この魚に水銀が混入しています!」
黄渓は真剣な目で、雪蘭と雪蘭が手にしている魚を交互に見やる。
「本当です。今すぐ魚を調べてください! そうすればこの女がどれほど悪辣な人間か分かるはず。今思えば、お祖母様もこの女の本質を見抜いていたから、正妻に迎えなかったんだわ!」
「誰か」
低い声で父が人を呼ぶ。
雪蘭はほっと息をもらした。
ようやく、父が魚を調べる気になったと安心したのだ。
黄渓の呼び声に、二人の奴婢が頭を下げ部屋に入る。
父は命じた。
「如琳を貶めたこの娘に棒打ち10回の罰を与えよ。手加減は必要ない。その後、自室に連れて行け。私が命じるまで部屋から一歩も出すな。当分の間外出を禁ずる」
「はい」
父の命令に、奴婢たちは縮こまって返事をする。
「父上?」
私の話を、信じてくれなかったの?
「私が花憐さまを殺したと疑われるなんて、本当に私は雪蘭に嫌われているのね」
如琳はわざとらしく泣き真似をする。そんな側女の肩を黄渓は抱き寄せた。
「如琳、おまえが屋敷のことをよくやっていることは知っている」
「旦那さま」
如琳は潤んだ瞳で黄渓を見上げる。
「病弱だった花憐のこともおまえは気を配ってくれた。誰もおまえを疑う者などいない。もしいれば、私がその者を罰して、この屋敷から追い出そう」
「いいえ旦那さま。他の誰が何を言おうと、旦那さまが私のことを信じてくださればそれでじゅうぶんです」
「如琳、おまえは謙虚で奥ゆかしい」
ふと、黄渓は如琳の肩を掴んだ。
「私は決めたぞ。花憐の喪が明けた三年後、おまえを正妻として迎えよう。これで晴れておまえは徐家の女主人だ」
「それはいけません旦那さま、私のような卑しい者など、徐家には不釣り合いです。それに、お義母さまや周りの者になんて言われるか」
「それ以上言うな。母はもうこの世にはいない。これは徐府の当主である私が決めたこと、文句を言う者がいれば即刻、屋敷から追いだしてやる! 如琳よ、苦労をかけるが、ねじ曲がった雪蘭の根性を叩き直して欲しい」
「苦労だなんて。それに、雪蘭さんに好かれるよう努力いたします」
如琳を正妻として迎える?
それはダメよ!
雪蘭はいいえ、と首を振る。
「父上、その女に騙されてはいけません。本当にこの魚には水銀が! 調べてください。調べれば分かります!」
「雪蘭さま」
奴婢二人に両腕をとられる。その拍子に魚が床に落ちた。
「魚が!」
毒が混入した魚。如琳の罪を暴くための大事な証拠。今この機会を逃せば、きっとこの先如琳の悪事を露呈することは難しい。
「待って、魚を父上に!」
「雪蘭さま、旦那さまはお忙しいのです。さあ、行きましょう」
「父上っ!」
無理矢理、奴婢に引きずられ、父の部屋から連れ出された。父はこちらを見ようともしない。
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