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エミリア・リニック
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「私も一緒に行きます」
シスターの予想外の申し出にグレイはたじろいだ。
「いや、危険過ぎます。ゴブリンはまだ10体以上いる筈です。我が分隊は5人の小部隊のうえ、経験不足の隊員もいますので貴女の警護にまで手を回せません」
思いとどまらせようとするグレイだが、シスターの決意の表情は変わらない。
「私も多少の心得がありますし、治療の祈りを持つ私が同行すれば役に立つ筈です」
「しかし・・・」
「足手まといにはなりません。どうか、同行を認めてください」
結局グレイは断りきることが出来ずに危険が迫ったら逃げることを条件に同行を認めることにした。
シスターの準備が済むまでの間、グレイは部下にシスターが同行することを説明したが、隊員達の反応は総じて歓迎の様子だ。
確かに分隊員の彼等は神官戦士ではあるが、治癒の祈りの力を得ている者はいない。
聖監察兵団の各部隊においては治癒の祈りが扱える者は中隊に数名程度、小隊に1人配属されていればいい方なので、一時的にでも分隊に同行してくれるのは心強いのも確かだ。
しかし、分隊指揮官ともなると事情が違う。
第三者たるシスターを同行させて怪我でもさせたら大問題になってしまうのである。
しかし、シスターは頑として引かないのであるから、グレイも覚悟を決めた。
半刻後、ゴブリン追跡に出発する時間になり、準備を終えたシスターも教会から出てきた。
「エミリア・リニックと申します。自分の身は自分で守れるつもりです。よろしくお願いします」
神官服に杖を携えたシスターはエミリア・リニックと名乗った。
銀髪に眼鏡が特徴的なハーフエルフである。
「改めまして、分隊長のグレイです。同行していただくことはありがたいのですが、非常に危険が伴います。常に私のそばを離れず、私の指示に従ってください」
グレイの説明にエミリアは真剣な表情で頷いた。
「分隊長、追跡といいましても、どうやって後を追いますか?」
分隊を代表したアレックスの問いにグレイは追跡作戦について説明する。
「先の戦いで1体だけ逃げたゴブリンだが、アストリアがうまい具合に矢を撃ち込んで手傷を負わせたからその血の痕跡を追っていく」
説明しつつ弓を持つ隊員アストリアを見ながら笑みを見せる。
「ゴブリンは人里からそう遠くない場所に巣を構えることが多い。夜明け前には巣に辿り着けると思う。全員疲れているだろうが、ここが正念場だ。一気にケリをつけよう!」
グレイは隊員を鼓舞し、分隊はエミリアを連れて闇に包まれた森に立ち入った。
森に入った分隊はグレイを先頭にゴブリンの血痕を辿りながら先を急いだ。
「ゴブリンは狡猾だが、恐怖を感じて逃げ出した奴は小細工をする余裕はない。仲間の下に一目散に逃げ帰ろうとするんだ」
追跡しながらもゴブリンの生態について隊員に説明するが、これも人材育成のために重要なことだ。
追跡を続けていると、途中数ヶ所において迷走したような血痕が残されている。
「これは逃げる途中で我々が追って来ていないか心配で様子を窺った跡だ。子供の遊びの追いかけっこを思い浮かべてみるといい。追いかける側が追ってこないと逆に心配になり様子を見たりするだろう?」
グレイの説明を隊員は真剣な表情で聞き入っている。
「ただ、これはゴブリンやオーク等の単純で知能の低い魔物の行動だ。コボルド程度に知恵がある奴等はこちらの追跡を読んで欺瞞行動を取ることがあるから注意が必要だ」
エミリアもグレイの説明を興味深く聞き入っている。
「グレイさんは随分と経験が豊富なんですね」
「私は軍から転属してきた身ですからね。国境警備隊の時には魔物相手の戦いも嫌というほど味わいました」
「軍人さんだったんですか?」
「聖監察兵団も軍みたいなものですが、やはり戦闘経験の差は大きいですね。ただ逆に調査や捜査といった任務は殆ど経験したことがありません。それもこれも組織の違いです。そういう不足分を補完するために私が転属されたようです」
グレイの意外な経歴を聞いてエミリアは納得し感心しきりだった。
「・・・しっ!」
様々な逃走痕跡を説明しながら歩いていたグレイが足を止めて声を潜めた。
「近い。皆その場で待機、音を立てるな」
そこまで比較的開けた場所を通ってきた痕跡がここにきて草むらの中に方向を変えている。
グレイはアレックスに目配せして後に続くように指示を出すか、エミリアまでが付いて来ようとしている。
「貴女は待っていてください」
グレイは止めるが、知識神を崇めるエミリアは自分の欲求を抑えない。
「すみません、お願いします。今後のためにも私も見ておきたいのです」
余計な時間を取りたくないグレイも了承する。
血痕が入った草むらを観察すれば、獣が通ったような跡がある。
通った後で踏み荒らした草を戻そうとした形跡はあるが、知能の低いゴブリン故に詰めが甘い。
グレイを先頭に腰を低くして先に進めば、直ぐに自然の洞窟が見えてきた。
「あれがゴブリンの巣だ」
グレイが草むらに身を隠しながら洞窟を指示すると背後にいたエミリアがグレイの肩越しに身を乗り出して様子を窺うが、グレイの頭に胸を押し当てているのにエミリアは全く気になっていないようだ。
どうやらこのエミリアなるシスターは自分の興味のあることとなると、他のことが気にならなくなる性分らしい。
グレイは身体をずらしてエミリアから離れてアレックスに他の隊員を呼び寄せるように指示した。
その間もエミリアは周辺の草むらや巣穴を観察したり、グレイに色々と質問を浴びせかけており、彼女の興味は尽きることはなかった。
シスターの予想外の申し出にグレイはたじろいだ。
「いや、危険過ぎます。ゴブリンはまだ10体以上いる筈です。我が分隊は5人の小部隊のうえ、経験不足の隊員もいますので貴女の警護にまで手を回せません」
思いとどまらせようとするグレイだが、シスターの決意の表情は変わらない。
「私も多少の心得がありますし、治療の祈りを持つ私が同行すれば役に立つ筈です」
「しかし・・・」
「足手まといにはなりません。どうか、同行を認めてください」
結局グレイは断りきることが出来ずに危険が迫ったら逃げることを条件に同行を認めることにした。
シスターの準備が済むまでの間、グレイは部下にシスターが同行することを説明したが、隊員達の反応は総じて歓迎の様子だ。
確かに分隊員の彼等は神官戦士ではあるが、治癒の祈りの力を得ている者はいない。
聖監察兵団の各部隊においては治癒の祈りが扱える者は中隊に数名程度、小隊に1人配属されていればいい方なので、一時的にでも分隊に同行してくれるのは心強いのも確かだ。
しかし、分隊指揮官ともなると事情が違う。
第三者たるシスターを同行させて怪我でもさせたら大問題になってしまうのである。
しかし、シスターは頑として引かないのであるから、グレイも覚悟を決めた。
半刻後、ゴブリン追跡に出発する時間になり、準備を終えたシスターも教会から出てきた。
「エミリア・リニックと申します。自分の身は自分で守れるつもりです。よろしくお願いします」
神官服に杖を携えたシスターはエミリア・リニックと名乗った。
銀髪に眼鏡が特徴的なハーフエルフである。
「改めまして、分隊長のグレイです。同行していただくことはありがたいのですが、非常に危険が伴います。常に私のそばを離れず、私の指示に従ってください」
グレイの説明にエミリアは真剣な表情で頷いた。
「分隊長、追跡といいましても、どうやって後を追いますか?」
分隊を代表したアレックスの問いにグレイは追跡作戦について説明する。
「先の戦いで1体だけ逃げたゴブリンだが、アストリアがうまい具合に矢を撃ち込んで手傷を負わせたからその血の痕跡を追っていく」
説明しつつ弓を持つ隊員アストリアを見ながら笑みを見せる。
「ゴブリンは人里からそう遠くない場所に巣を構えることが多い。夜明け前には巣に辿り着けると思う。全員疲れているだろうが、ここが正念場だ。一気にケリをつけよう!」
グレイは隊員を鼓舞し、分隊はエミリアを連れて闇に包まれた森に立ち入った。
森に入った分隊はグレイを先頭にゴブリンの血痕を辿りながら先を急いだ。
「ゴブリンは狡猾だが、恐怖を感じて逃げ出した奴は小細工をする余裕はない。仲間の下に一目散に逃げ帰ろうとするんだ」
追跡しながらもゴブリンの生態について隊員に説明するが、これも人材育成のために重要なことだ。
追跡を続けていると、途中数ヶ所において迷走したような血痕が残されている。
「これは逃げる途中で我々が追って来ていないか心配で様子を窺った跡だ。子供の遊びの追いかけっこを思い浮かべてみるといい。追いかける側が追ってこないと逆に心配になり様子を見たりするだろう?」
グレイの説明を隊員は真剣な表情で聞き入っている。
「ただ、これはゴブリンやオーク等の単純で知能の低い魔物の行動だ。コボルド程度に知恵がある奴等はこちらの追跡を読んで欺瞞行動を取ることがあるから注意が必要だ」
エミリアもグレイの説明を興味深く聞き入っている。
「グレイさんは随分と経験が豊富なんですね」
「私は軍から転属してきた身ですからね。国境警備隊の時には魔物相手の戦いも嫌というほど味わいました」
「軍人さんだったんですか?」
「聖監察兵団も軍みたいなものですが、やはり戦闘経験の差は大きいですね。ただ逆に調査や捜査といった任務は殆ど経験したことがありません。それもこれも組織の違いです。そういう不足分を補完するために私が転属されたようです」
グレイの意外な経歴を聞いてエミリアは納得し感心しきりだった。
「・・・しっ!」
様々な逃走痕跡を説明しながら歩いていたグレイが足を止めて声を潜めた。
「近い。皆その場で待機、音を立てるな」
そこまで比較的開けた場所を通ってきた痕跡がここにきて草むらの中に方向を変えている。
グレイはアレックスに目配せして後に続くように指示を出すか、エミリアまでが付いて来ようとしている。
「貴女は待っていてください」
グレイは止めるが、知識神を崇めるエミリアは自分の欲求を抑えない。
「すみません、お願いします。今後のためにも私も見ておきたいのです」
余計な時間を取りたくないグレイも了承する。
血痕が入った草むらを観察すれば、獣が通ったような跡がある。
通った後で踏み荒らした草を戻そうとした形跡はあるが、知能の低いゴブリン故に詰めが甘い。
グレイを先頭に腰を低くして先に進めば、直ぐに自然の洞窟が見えてきた。
「あれがゴブリンの巣だ」
グレイが草むらに身を隠しながら洞窟を指示すると背後にいたエミリアがグレイの肩越しに身を乗り出して様子を窺うが、グレイの頭に胸を押し当てているのにエミリアは全く気になっていないようだ。
どうやらこのエミリアなるシスターは自分の興味のあることとなると、他のことが気にならなくなる性分らしい。
グレイは身体をずらしてエミリアから離れてアレックスに他の隊員を呼び寄せるように指示した。
その間もエミリアは周辺の草むらや巣穴を観察したり、グレイに色々と質問を浴びせかけており、彼女の興味は尽きることはなかった。
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