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登録試験

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 ネクロマンサーとは所謂死霊術師である。
 つまり、アンデッドと呼ばれる死霊を使役する者。
 その所業ゆえに人々から忌み嫌われ、魔族の仲間と誤解されがちだが、そうではなく、歴としたギルドに認められた職の一つである。
 ただ、忌み嫌われる存在故に望んでなろうとする者は皆無であり、仮になったとすれば、軽蔑の対象となり、冒険者として不可欠なパーティーを組むことも望めないだろう。
 それを承知の上で目の前に立つゼロと名乗る若者はネクロマンサーだと譲らない。
 その物腰からは邪悪な印象は微塵にも感じられない、それどころか少し話しただけでも真面目さがにじみ出て、好感の持てる若者である。
 粗野な者が多い冒険者には珍しいタイプである。

 シーナは頭を切り替えた。
 職業選択の自由はギルドでも保証された権利、ならば役人たる彼女は公平を保たなければならない。
 何より目の前の彼はこれから冒険者として命懸けの世界に身を投じるのだ。
 その彼の選択にどうして自分が口を挟むことができようか。

「わかりました。それではゼロさん、ネクロマンサーとして冒険者として登録します」

 その声に静まりかえっていたギルド内がざわめいた。
 中にはあからさまに眉をひそめる者もいるが、彼女は気にしない。
 自分は目の前のゼロに対してそのような態度を取ってはいけないのだ。
 それが彼女のギルド職員としてのプライドだった。
 彼女もまた自分の職業を決めた時に公人として差別的な考えはしないと心に決めたのだから。

「それではゼロさん、正式登録前に冒険者としての能力を有しているかの試験を行います」
「わかりました」
「試験はギルドの訓練場で模擬戦闘をしてもらいます。自らの身を最低限守ることができるのかを確認させて頂きます」
「はい」
「試験は疑似モンスターを相手に戦闘をしてもらいます。攻撃を受ければ普通にダメージを受けますが、死亡することはありません。最初に魔法使用禁止の物理的戦闘を2回行います。これは後衛職の魔術師等でも魔力切れ等の緊急時には直接戦闘を行う機会があるからです。1回目は最低ランクのモンスターと戦ってもらいます。スライムか魔鼠ですが、これに勝てなければ能力なしとされて不合格です。2回目はその人の能力に合わせたモンスターとの戦闘ですが、こちらはスライムや魔鼠よりも強いモンスターが出た場合は負けても不合格にはなりません。つまり、合格ラインはスライム等の雑魚程度は倒す実力が必要だということです。ここまでで質問はありますか?」
「ありません」
「次に、魔力を有する方は物理攻撃禁止の魔法戦闘です。物理攻撃が魔法攻撃になっただけで最初の試験と内容は同じです。この試験は魔法攻撃力を持たない職業の方は受ける必要はありませんが、ゼロさんはどうですか?」
「あまり高度ではありませんが、攻撃魔法を行使できます」
「ならば受けていただきますが、魔法戦闘は負けても不合格にはなりません。つまり、最初の物理攻撃の雑魚戦闘さえクリアすれば試験は合格で、その他は能力を見る参考だと思ってください」
「なるほど」
「最後に、物理、魔法、何でも有の戦闘を1回戦ってもらいます。よってゼロさんは連続5回戦闘を行ってもらいます。試験は直ぐにでも開始できますが、何か準備はありますか?」
「ありません、直ぐにお願いします」

 ゼロとシーナはギルドの建物裏に設けられた訓練場に移動した。
 試験監督官はシーナだ。
 監督官といっても戦闘内容を確認し、記録するだけのもの。
 しかし、ギルド配属1年目には任せて貰えなかった業務で、シーナにとって初めての監督官業務だった。

 シーナの他に立会人として冒険者が2人必要なのだが、今回は引き受けてくれる冒険者がいなかったため、シーナの上司である主任とギルド長が立会人を勤める。
 早速ネクロマンサーの弊害が出たが、ゼロは気にした様子はない。
 しかし、訓練場の周囲には冒険者達が集まって試験の様子を伺っている。
 つまり、ネクロマンサーの試験立ち会いは願い下げだが、その戦い方に興味があったり新米冒険者の実力を見極めてやろうという魂胆が見え見えだ。
 そんな注目の中、ゼロは訓練場に描かれた魔方陣の上に立った。

 シーナは初めての模擬戦闘装置の操作に緊張している。
 操作を誤らないよう完璧を期すためにマニュアルを見ながらの操作はご愛嬌である。
 むしろ、試験を受ける立場のゼロの方が落ち着き払っている。
 設定完了、後は装置を起動するだけ。

「ゼロさん、準備はいいですか?これから連続5回の戦闘、全てに勝利するか、敗北して倒れるまで終わりません。説明した通り死亡することはありませんが、その他のダメージは普通に受けますから注意してください」

 必要な説明も大丈夫。
 後は、ゼロの合図を待って装置を起動するだけ。
 そうこうしている間にゼロが腰の剣を抜いた。
 剣を左手に持ち、自然体で構える。

「左?確か右手でペンを持って記入していた筈では」

 シーナがちょっとした違和感に気が付くも今は監督業務に集中。
 ゼロがシーナに向かって頷いたのを合図にシーナは装置を起動させた。

 最初にゼロの前に現れた相手は魔鼠、中型犬位の鼠であり、強さも野良犬程度。
 戦う術を持たぬ者には脅威だが大半の冒険者にとっては雑魚に過ぎない。
 当然本物の魔物ではなく魔法装置によって生み出された疑似モンスターである。
 出現するや飛び掛かってきた魔鼠をゼロは危なげなく一刀両断した。

 まずは一勝、これで少なくとも試験には合格だが、当然の話である。
 この程度に勝てなければ冒険者としてやっていける筈がない。
 むしろ、ここからがゼロの実力を見る本当の試験だ。

 次に現れるのは測定されたゼロのレベルを基に選ばれた魔物だが、その場に現れたのは槍を手にしたリザードマンだった。
 リザードマンは硬い鱗に包まれて人間以上の筋力を持つ魔物で、実戦経験の少ない駆け出しの冒険者では太刀打ちできない程度の相手だ。
 駆け出しならば数人のパーティー、ある程度経験を積んだ前衛職の冒険者ならば対処可能なレベル。
 リザードマンを前にしたゼロはやはり自然体で、そうでありながら油断なく剣を構えた。
 ただ、その気配に動揺は見てとれない。

「戦闘経験ありと記載されてましたけど、若いのに経験は豊富なようですね」

 シーナは冷静に分析する。
 次の瞬間、双方が動いた。
 一瞬の間に数度切り結ぶ。
 剣と槍、そして筋力の差か、幾分ゼロが押されたように見て取れる。
 シーナに実戦の経験などは無いが、ギルド職員として冒険者と毎日ふれ合い、試験や訓練を見てきた彼女にはその程度は分かる。

「ちょっと分が悪いでしょうか」

 シーナが思った時、間合いを取ったゼロは剣を鞘に収めて腰の後ろから別の獲物を取り出した。

「鎖鎌?珍しいですね」

 ゼロは左手に鎌を持ち、右手で鎖に繋がれた分銅を回し始めた。
 振り回される分銅にリザードマンが気を取られたのを見逃さなかったゼロは分銅を投擲し、リザードマンの持つ槍に絡ませた。
 動揺し、動きが止まったリザードマンの隙を突いてゼロは一気に間合いを詰め、リザードマンの喉に鎌を突き立てた。

 これで2勝目、物理攻撃試験は終了し、直ぐに魔法戦闘の試験になったが、これは2戦共に呆気なく終了した。
 最初に現れたスライム、2戦目に現れたガーゴイルの両方が瞬殺された。
 ゼロが行使したのは2回とも光を収束した魔法で、スライムは直撃を受けて蒸発、ガーゴイルは頭部を貫かれて機能停止した。
 特筆すべきはゼロは魔法の詠唱に殆ど時間を要しなかったこと。

「光熱魔法をほぼ無詠唱、というか、高度に圧縮された詠唱ですね。これならば魔術師としても十分な能力でしょうに」

 なぜ態々とネクロマンサーを選択するのか、と思っている間に最終戦、何でもありの無制限戦闘が始まる。

 最後にゼロの前に現れた魔物はバジリスク、人よりも大きな鶏の体に蛇の尾を持つ有毒の強力な魔物だった。
 通常の試験では現れない、中堅の冒険者が数名のパーティーを組んで対処するレベル。

「っ!バジリスク?ちょっと強力過ぎでは・・・」

 予想外に強力な魔物が出現したことにシーナは驚いた。
 シーナだけでない、立ち会いのギルド長や見物していた冒険者も驚きの色を隠せない。
 慌てて駆け寄ってきたギルド長が操作盤を確認してシーナの致命的なミスを発見した。

 最終戦の設定で出現させる魔物の条件が高難易度として設定されている。
 シーナがわざわざ入力するはずはないので恐らくは前回の設定をクリアするのを忘れたか、そうはいってもシーナの確認不足は否めない。

「ゼロさん!すみません!こちらの誤りです。場外に離脱してください」

 装置は勝敗が着くまで停止できないが、場外に離脱すれば逃走による敗北とみなされて装置は止まる。

 ゼロは新米とは言えない能力を有していることは明らかだが、その能力は中堅冒険者の実力に一歩及ばない程度、単独ではバジリスクに対処することはできない。
 ここで逃走しても試験は合格だから問題ないのだ。

 しかし、ゼロは逃走を選択しなかった。

「やれるだけやってみます」
「でも、死亡することはないですが、危険です!」
「いや、なんとかなるでしょう。ただ、少し、見ていて気分の良い戦いではなくなりますが」

 言いながらゼロは鎖鎌でバジリスクを牽制しながら間合いを取る。
 バジリスクも高速回転する分銅を警戒して様子を伺っている。
 ゼロは左手に持つ鎌を右手に持ちかえ、右手のみで鎖鎌を操りながら、左手を前に掲げた。

「朽ち果てし戦士の骸よ、今一度その手に剣を持ち、生と死の狭間の門を開け」

 ゼロの前に2体のスケルトンが出現した。
 ネクロマンサーの死霊術である。

「・・・・っ!」

 突然姿を現したスケルトンを見てシーナは言葉を失った。
 頭では理解していたつもりだが、実際にアンデッドを目の当たりにし、背筋が凍る思いを感じた。

 しかし、それこそがネクロマンサーの真骨頂である。
 スケルトンを召喚したゼロは

「左右に展開しつつ、1人は背後に回り尾の蛇を牽制」

指示を出しつつ自らは鎖鎌で正面の鶏の部分に対峙した。

 左に位置するスケルトンは剣をかざして牽制し、その隙に別の1体が背後に回り込む。
 見事な連携だった。
 ゼロ達は隙を突いては攻撃に出るが、ことごとくが回避され、又は攻撃を弾き返される。
 決め手に欠いたまま徒に時間だけが過ぎ、ゼロの表情にも疲労が見え始めた。
 徐々に押され気味になるゼロ。

「やはり、無理です」

 シーナもゼロの限界が近いことを感じた。
 ここまで拮抗した戦いの最中ではもはや逃走に転じることも難しいだろう。
 自分の確認不足によりゼロを窮地に追い込んだことに責任を感じていた。

 ゼロは僅かにバジリスクと距離を取る。
 それに呼応してスケルトンが攻撃の手を強める。
 ゼロは一呼吸着くと。

「肉体を失い魂のみで彷徨う者よ、その精神を保ちつつ生と死の狭間の門を開け」

 ゼロの呼び掛けに応じて更に1体のレイスが現れた。
 白いローブに包まれて、暗い影の中に不気味に目だけが光っている。
 霊体であり、実体のないレイスがバジリスクに襲いかかる。

 そして戦況が一気に変化した。
 物理攻撃も毒も効かないレイスがバジリスクの頭部に纏わり付く。
 バジリスクの攻撃はレイスに効かないが、レイス側も攻撃にはなっていない。
 しかし、頭部に纏わり付くだけでバジリスクは混乱し、ゼロに対する注意がそれた。

 その瞬間を狙いすまし、バジリスクの懐に飛び込んだゼロはバジリスクの喉に鎌を食い込ませ、更に即座に剣を抜き払ってバジリスクの胴体に突き刺した。
 背後ではスケルトンが尾の蛇を仕留めている。

 バジリスクは消滅し、模擬戦闘は終了した。

「本当に申し訳ありませんでした。私の確認不足で大変危険な目にあわせてしまいました」

 試験の後にカウンターに額を押し付けんばりに謝罪するシーナに逆に恐縮するゼロ。

「いえ、気にしないで下さい。結果的に辛くも勝つことが出来ましたし。逆にいい経験になりました。それこそ実際の現場では何が起きるか分かりませんから」
「そう言って戴けると気持ちが救われます。では、今回の試験は文句なしの合格です。おめでとうございます」

 言いながらシーナは白い金属製のプレートをゼロに差し出した。

「これがゼロさんの認識票です。等級は実力にかかわらず、白等級から始まります。これから依頼達成の実績や貢献度、経験を吟味して上がっていくことになりますので頑張ってください」
「ありがとうございます」

 受け取ったプレートを首に下げながらゼロは礼を述べた。

「はいっ、これから宜しくお願いします」

 シーナの笑顔は鍛えられた営業スマイルではなかった。
 その後、ギルドの規則等について説明を受けたゼロはギルドを後にする。
 その間にゼロに声を掛ける冒険者はいなかった。

 ゼロが立ち去って数時間後、シーナが本日の書類整理をしていたところ、再びゼロが姿を見せた。

「すみません、どこかに泊まれる宿等はありませんか?どの宿に行っても認識票を見た途端に断られてしまいました」

 シーナの鉄壁の営業スマイルがひきつった。
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