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共闘

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「よう、ネクロマンサー。ちょっといいか?」

 普段通り早朝にギルドに顔を出したゼロが依頼書の張り出された掲示板を見ていたところ、背後から声を掛けられた。
 ゼロが振り返るとそこには2人組の冒険者が立っていた。
 2人とも紫色の認識票を提げている。
 1人はプレートアーマーに身を包み、腰にはロングソード。
 剣士であろうか。
 もう1人は革鎧を着て弓を背負ったレンジャーの女性、プラチナブロンドに尖った耳、エルフのようだ。
 いずれにせよ、ゼロが他の冒険者に声を掛けられるのは初めてのことだった。

「何でしょう?」
「依頼のことで相談があってな。話しを聞いて欲しい」
「分かりました」

 3人は待機所のテーブルに移動した。

「依頼を手伝って欲しい」

 ライズと名乗った剣士からの思いも寄らぬ申し出にゼロは面食らった。

「私ですか?」
「ああ、お前のネクロマンサーとしての力の手助けが欲しくてな」
「詳しく聞きましょう」

 聞けば、ライズとイリーナの2人組のパーティーは南の街に出没するゾンビの討伐依頼を受けて現地に向かい、街の周囲に出没したゾンビを掃討したのだが、その数が不自然に多かったために周辺の調査を行ったところ、街から離れた場所に古い地下墓地の跡を見つけた。
 墓地に入ったところ、異常なほどの数のゾンビが徘徊しているのを発見し、2人では対処出来なかったため墓地の入口を封鎖してきたとのことだった。

「そんなに沢山の野良アンデッドが出現するなんて聞いたことがありませんね」
「野良アンデッドってなんだ?」
「使役する者がいないアンデッドです。ダンジョン等で彷徨いているアンデッドの殆どが野良ですね」

 飄々と話すゼロの言葉を聞いてライズとイリーナは顔を見合わせて苦笑した。

「それで、野良?アンデッドが大量発生することが珍しいとしたら何か原因が考えられるかしら?」

 イリーナの質問にゼロは腕組みして思案した。

「普通に考えれば私のような死霊術師がいることですが、大量発生したゾンビが目的もなく徘徊しているだけってことも変ですね。大量のアンデッドを召喚して使役するには相当高い能力が必要です。例えば駆け出しの私の今の能力では5体が限度です。だとしたら考えられるのは」
「?」
「ただひたすら召喚してるだけです」
「それはどういうことだ?」
「アンデッドを召喚しても使役することなく手放すことです。これならば魔力が続く限りいくらでも召喚できますが、召喚者にとって何の得にもなりません。手放されたアンデッドはそのまま野良になり、本能の赴くままに徘徊するだけですから」
「それならばお前でも多くのアンデッドを呼べるのか?」
「そうですね、下級アンデッドならば30体位までなら召喚できます。召喚術っていうのは呼んだ後の方が魔力を使うんですよ」

 ゼロは肩を竦めた。
 ゼロの説明によれば、ネクロマンサーがアンデッドを使役するには2つの手順があるらしい。
 まず、目的とするアンデッドを召喚する。
 この時に召喚に応じるのは基本的に術者よりも弱いものらしい。
 次に術者は召喚したアンデッドと契約を結び、使役する。
 この2つの手順を踏んでアンデッドを使役するのだが、主に魔力を使うのは後者の方らしい。

「だとすれば、あの地下墓地にそんなネクロマンサーがいるってことかしら?」
「お話ししたとおり、術者に何の得にもなりません。それどころか、契約をしなければ術者も危険に晒されます。知ってのとおりゾンビは生者の肉を喰らいます。召喚した先から放してしまっては自分が呼んだゾンビに狙われます」
「だとすれば確かにあの地下墓地にネクロマンサーが居るのは変だな」
「それに、私達が出入口を封鎖してきたから、中に術者がいたとすれば自分が大変なことになるわね」

 ゼロは頷きながらも眉をひそめている。

「?どうした?何か他にあるのか?」
「はい、実はあまり考えたくないのですが、多分そうだろうなってことを思い付きました」
「それは?」
「多分、アンデッド化した死霊術師、つまりリッチがいると思います。リッチが本能のままにゾンビを召喚し続けてるのです。そして召喚されたゾンビが野良ゾンビになって増え続け、地下墓地から溢れ出た個体が街まで流れてきたのだと」

 イリーナは青ざめた。

「たしかに、それならば全て説明がつくわ。だとしたら・・・」
「封鎖した地下墓地ではゾンビが増え続けているでしょうね」
「そいつはヤベェな。直ぐにでも戻ってどうにかしないとな。そこでもう一度頼みたいのだが、手伝ってくれないか?どうにもネクロマンサーのお前の知識と力が必要そうだ。報酬は等分でどうだ?」
「かまいませんよ。ただ聞く限りかなり危険だと思います。それなりの覚悟が必要ですよ?」
「そんなことは承知の上だ。一度依頼を受けた限りはあらゆる手段を講じて依頼を達成する。それが冒険者ってもんだ」
「そうね。受けた依頼は全うしないとね。むしろ貴方を巻き込むようで申し訳ないけど」
「それは問題ありません。ただ、何度もいいますが、私でも対処できない可能性が高いですよ」
「大丈夫だ。もしもヤバいと思ったら引いてくれて構わない」

 ライズとイリーナは頷き合ったその時

「あの」

3人に声を掛ける者がいた。
 振り返るとそこには若い神官がいた。
 首に提げた認識票は白色だった。

「すみません、話を聞いてしまいました。私も手伝わせてくれませんか?」

 決意の表情の神官に対して3人は声を揃えた。

「「無理だ」です」

 ライズが続けた。

「申し出は有り難いし、相手がアンデッドだ、聖職者の助勢は欲しいところだが、白級の神官には荷が重すぎるだろう」

 しかし、神官は引き下がらなかった。

「確かに、私は経験も力も足りません。それでも浄化の祈りが使えます。1体でも2体でも死霊の数を減らすことができますし、1回だけですが、広範囲浄化が使えます。・・・広範囲って言っても範囲は狭いですが」

 ライズはゼロを見た。

「貴女はあの洞窟にいた神官ですよね?確か、セイラさんでしたか?」
「はい、セイラ・スクルドです」

 その神官はゼロが洞窟で救出した神官だった。

「なぜわざわざこんな危険な依頼に参加しようとしますか?見ての通り紫等級の冒険者が2人、青等級が1人、それでも危険だと話しているのですよ?」

 セイラはしっかりとゼロを見た。

「私は貴方に助けられました。まだ、貴方にお礼をしていません」
「依頼を受けてのことです。お礼などは要りませんし、お礼の気持ちと言うならばその言葉だけで十分です」
「いえ、それだけではありません。そこに救いを求める者がいるならば手を差し伸べるのが聖職者の責務です」
「しかし、実力の足りない者がいることによってパーティー全体を危険に晒すことになります」

 ゼロの言葉にセイラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「今、何て言いました?」
「だから、実力が足りないと」
「だったら、足りない実力は補えばいいですよね?」
「はい?」

 セイラの笑みは勝利を確信したようなものに変わった。
 そして、セイラの背後に1人のレンジャーが現れた。
 ハーフエルフのアイリアだった。

「ゼロさん、あの時は命を救ってくれてありがとうございました。半人前の私達ですが、2人ならば茶等級1人分程度の働きができますよね?」
「えっ?」
「ゼロさんが私に使ってくれた薬を弁済することはできませんので、せめて2人の働きで少しでもお返しさせて下さい。だから、今回のお手伝いでは報酬はいりません」

 2人の術中に嵌まったゼロは返答に困った。
 その様子を見ていたライズとイリーナは笑いを堪えられなくなった。

「ハハハッ!ゼロ、お前の負けだ。その2人はどうあっても引き下がらねえぞ」
「そうね、こうなったら5人で行くしかないわね」
「それでいいな?但し、報酬はキッカリ5等分だ。一人前の冒険者は依頼を達成したらしっかりと報酬を貰うもんだ」
「「ハイッ、ありがとうございます」」

 ライズの言葉にセイラとアイリアは明るく頷き、ゼロは引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。
 こうして臨時のパーティーが組まれることになった。
 紫等級の剣士とレンジャー。
 青等級のネクロマンサー。
 白等級の神官とレンジャー。
 歪な5人組だったが、ゼロにとって初めての他の冒険者との共闘になった。
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