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黒等級冒険者ゼロ

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黒等級に昇級してもゼロの日常は何も変わらなかった。
 むしろ人々からの視線は一層厳しいものになっていた。
 今まではゼロのことを知らない人ならば認識票に記された職業を見なければ魔術師か魔法剣士と思っていたところが、黒色の認識票を持つことにより銅等級に上がることの出来ない者と分かってしまうからである。
 酷い場合では依頼を受けた村に入れてもらえず、村の外に野営して依頼に当たったこともあった。
 また、盗賊討伐の依頼を受けた筈が、ゼロのアンデッドに恐怖した盗賊が依頼を出した町に助けを求めて逃げ込み、町民に保護されるという笑い話にもならないこともあった。
 それでもゼロは黙々と依頼を受け、依頼主からまで軽蔑の目を向けられながらも彼等のために戦い続けた。
 やがて
「風の都市のギルドには黒等級のネクロマンサーがいる」
との噂が近隣に行き渡っていた。
 しかし、風の都市の冒険者ギルドは一貫して
「彼は信頼のおける冒険者である」
との姿勢を崩さず、ゼロの身分を保証した。
 
 今日もゼロは地下水道の魔鼠退治を終えてギルドに報告に戻ってきた。

「指定エリアの魔物を掃討しました。魔鼠が25です。他にスライムが3体いましたが、魔鼠の死体処理をさせるために放置してきました。魔鼠の死体に対スライムの薬を混ぜてきましたから放っておいても勝手に分解される筈です。念のために来週にでももう一度潜って確認してきます」

 ゼロの報告をシーナが笑顔で受ける。

「はい、確認しました。ありがとうございます」

 今日はシーナの機嫌がやけに良い。

「ゼロさんがマメに地下水道の依頼を受けてくれるので役所から感謝の連絡がきました。風の都市の地下水道は清潔で水の質も良くなった、だそうです」
「そうですか、それは良かったですね」
「はい、風が優しく水の綺麗な都市だなんて、とても素敵なことですし、私も少しでもそのお手伝いをしてると思うとちょっと誇らしいです。これもゼロさんのおかげです」
「いえ、私は受けた依頼をこなしているだけですよ」

 言いながらゼロはカウンターに出された僅かな報奨金を受け取った。
 さて、今日はここまでにして明日に備えようかと思ったとき、隣のカウンターからの声が耳に留まる。

「・・ゼロさんのことでしょうか?」
「名前は存じ上げませんが、ネクロマンサーが所属していると聞きました。その方にお願いしたい依頼があるのです」

 カウンターの前に立つのは1人の老紳士、受付の新米職員と話をしている。
 ゼロとシーナは顔を見合わせた。
 シーナはゼロに目配せをして新米職員のカウンターに移動して老紳士に声を掛ける。

「あの、ネクロマンサーのゼロさんならば丁度そちらに居りますが?」

 シーナに案内されて老紳士がゼロに向き合い、隙のない礼をする。

「これは僥倖でありました。是非とも貴方を指名してお願いしたい依頼があるのです」

 ゼロは頷いた。

「お話しを伺いましょう。ただその前にギルドに依頼を出してください。ギルドを経由しないと依頼を受けることはできませんので。手続きが済むまで私は待機しています」

 ゼロは一礼してギルドの隅の椅子に移動した。

「あらためまして、私はエルフォード家に仕えるマイルズと申します」

 エルフォード家とは風の都市一帯に影響を持つ3大貴族の1つであった。
 もちろんゼロはそんなことは知らない。
 シーナからの事前情報を得ていたため、貴族からの依頼であることを把握していた。
 マイルズと名乗った老紳士は聞くとエルフォード家の執事とのことであった。

「貴方のネクロマンサーとしての力をお貸しいただきたいのです」

 マイルズから聞いた依頼内容は、数ヶ月前からエルフォード家の屋敷に亡霊が出るようになったことについての調査だった。
 亡霊が出るようになり、高齢の当主であるエレナ・エルフォードの体調が悪くなり、命の危険があるとのことで、必要に応じて亡霊を討伐して欲しいとのことであった。
 依頼を確認したゼロは首を傾げた。

「内容は分かりました。確かに相手が亡霊ならば私でもお役に立てるでしょう。ただ、本来ならばこの手のものは聖職者に依頼した方が良いのでは?」
「はい、実はゼロ殿に依頼を出す前に高位の神官様にお願いをしたのですが、解決に至らなかったのです。そこでネクロマンサーのゼロ殿にお願いをしようとなったのです。聞くところによればゼロ殿はこの度黒等級に昇級したとのことで、これは有り難い誤算でした」
「なるほど」
「つきましては、依頼を受けていただけるならば、速やかに当家にお越しいただきたい。出来れば今すぐに、当家の馬車で同行していただきたいのですが。何分にも主人のエレナ・エルフォードは高齢であります、時間的な余裕はないのです」

 ゼロは話を聞いて即答した。

「承知しました。直ぐに行きましょう」

 立ち上がるとカウンターで依頼受諾の手続きを済ませる。
 今回はシーナでなく新米職員が取り扱った。
 ゼロがギルドから出るとギルドの前の道には豪華な装飾の馬車が停まっており、傍らにマイルズが待機していた。

「よろしくお願いします。ご案内しますのでお乗りください」

 マイルズに促されて馬車に乗り込むが、乗り慣れていないせいで全く落ち着きがなく完全に挙動不審である。
 ゼロに続いてマイルズも馬車に乗り込んでゼロの向かいに座る。
 実はこのとき、貴族の馬車になんか乗ったことのないゼロはどこに座ればよいか分からずに進行方向と逆を向いて座る従者用の席に座ってしまっていた。
 しかし、優秀な執事のマイルズはそれを指摘するような無粋なことはせずに黙って主賓席に座る。
 そんな様子をギルド内から覗き見ていたシーナは笑いが堪えられなかった。

「まったく、困ったものです。黒等級と上位冒険者になったのですからもう少しスマートにしてもらわないと。今度教えてあげる必要がありますね」

 走り去る馬車を見送ったシーナは決意を新たにした。
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