上 下
46 / 196

策謀の始まり

しおりを挟む
 王都聖務院の一室で各教の大司祭が集まっての定例会議が行われていた。
 国内に目を向ければ魔物や盗賊等による治安の乱れはあるものの、衛士や冒険者ギルドの尽力により対処可能な状況、疫病や天災もなく安定して国民の心も大きな乱れはなく国の祭事も滞りない。
 信徒からのお布施や国からの予算も健全に管理されて必要な部門に公平に分配されていることを確認し、概ね良好であるとの意見を交換して公式な会合は終わる。
 このとおり聖務院は表向きは私利私欲など無縁の極めて健全な組織である。
 しかし、そんな組織にも裏があるのも事実。
 公式会合が終わっても3人の大司祭は席を立たない。
 聖務長官であるトルシア教大司祭が口を開いた。

「風の都市のネクロマンサーのことだが・・・」

 その言葉に他の2人の大司祭も眉を顰める。

「以前は静観するとの方針であったが、そうもいかなくなってきたのではないか?単独の冒険者でありながら着実に実績を上げているようだ。たかだか冒険者1人とはいえ、死霊術などの背徳を行う者を看過できぬ」
「最近ではダークエルフと繋がりを持ったようだ。あまつさえダークエルフ共がシルバーエルフと自称し始めたことにも関係していると聞いたぞ」

 3人は一様に渋い表情だ。
 たった1人のネクロマンサーを何故にそこまで問題視するのか?
 それは死霊術そのものが彼等の信仰と真逆に位置しており、異端として受け入れざるものだからである。
 過去にもネクロマンサーの冒険者はおり、その都度に聖務院は監視対象としていたが、その殆どが上位冒険者になる前に命を落とすか、転職したために然したる問題とはされていなかった。

「やはり特務兵を派遣するべきではないか?」

 イフエール大司祭が提案するが、トルシア大司祭が首を振る。

「現時点での抹殺の判断はいかがなものか。やはり特務兵の投入は最後の手段としたい」
「たしかに、たかが冒険者1人を相手にことを急いで足下を掬われてもな」

 シーグル大司祭も同意する。

「既に送り込んでいる監督官からの報告では件のネクロマンサーは風の都市の市民からは受け入れられてはいないらしい。これは当然の結果だと思う。そこで、奴の立場を更に追い込んでみて自滅するか、死霊術を止めるならよし。そうでなければ正攻法で異端者として捕縛すればよいのではないか?」

 トルシア大司祭の提案に2人の大司祭も同意した。

「あわせて風の都市の各教会や冒険者の信徒にそれとなく情報を集めさせよう」

 アイラス王国では信仰の自由が保証されており、国家に対する反逆や生贄による祭事等の明確な犯罪行為、他宗教との争いを行わない限りは何を信仰しても自由である。
 そんな中で主に信仰されているのは聖務院を司る3神であり、国民の7割から8割が信仰している。
 聖務院傘下には聖騎士団及び聖監察兵団の兵力を保有しているが、これらは主に式典の際の警備や宗教絡みの犯罪の取締り、国の有事の際の戦力として動員される。
 更に非公式ながら聖務院特務兵という少数最精鋭の兵を持ち、表沙汰にできない問題等の特殊任務に従事させていた。
 他に聖務監督官と称する情報員がおり、加えて各地の教会や信徒からの情報も多く、その組織力、情報収集能力は極めて高い。

「それでは、情報収集に努めることと、監察兵団1個小隊を即座に対応できるように待機させることでよいか?」
「「同意する」」

 3人は会議を終えて解散した。
 彼等はあくまでも国家の安定のため、そして国民の信仰のために策謀を巡らせているだけで、決して私利私欲での行動ではない。
 それ故に信念に基づいた揺るぎない判断であることが始末が悪い。
 ゼロと全く対局にいながら互いが信念に基づいて行動しているという点においては非常に似ているのである。
 聖務院によるゼロへの策謀が静かに動き出した。
しおりを挟む

処理中です...