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モースの仕事
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「これはどうした?」
魔王プリシラの一件の後、風の都市に戻ったゼロはモースの鍛冶屋を訪れた。
そこでプリシラとの戦いで折れた剣を見せたところ、モースの表情が一変した。
「とても強大な相手と戦いまして、その中で折られました」
さすがに魔王と戦ったとは言えないが、モースに下手なごまかしは通用しないため正直に話した。
「お前さんがこの剣を本当に大切にしていたことはよく分かっておる。長年に渡り酷使されても刃こぼれも金属疲労も起こしておらなんだ。その剣を折るとは、どれほどの相手と戦ったのやら」
モースは折れた剣を検分し、剣の破断面を見て目を見張った。
この剣は折られたのではなく、斬られていた。
モースもゼロの剣の実力は誰よりもよく理解している。
ゼロが戦っている姿を見たことはないが、熟練の鍛冶師として定期的に剣の点検をしていればこの剣がどのような戦いをくぐり抜けてきたのかは一目瞭然だ。
ゼロの剣技は斬ることに特化した剣で相当な手練れである。
その気になれば相手を武器や鎧ごと斬ることもできるはずだ。
現にゼロの剣の破断面を見たモースの見立てではゼロは相手の武器を斬ろうとして刃を当てて、逆に斬られたのだと推察した。
ゼロの剣技とモースの打った剣をもってしても勝てなかった相手の技と得物、それを考えるとモースの鍛冶師としての矜持が揺さぶられた。
「お前さんが何も言わないならば儂も何も聞くまい。ただ、この剣も長い間お前さんと共に戦ってきた。その苦労を労ってやるがいい」
モースは愛おしそうにゼロの剣を撫でた。
「剣はあくまでも道具に過ぎない。ただ、長く使えば愛着も湧くだろう。それが共に生死をくぐり抜けてきた相棒ならば尚更だ」
モースの言葉にゼロも頷いた。
「はい、この剣には何度も命を救われました。そこで、新しい剣をお願いするにあたってこの剣の柄だけでも残せないでしょうか?」
ゼロの依頼にモースは真っ直ぐにゼロを見据え、そして首を振った。
「そこまで大切にされてきたならばこの剣も本望だろう。長年使っていれば手にも馴染んでいたはずだ。だから気持ちは分かる。しかし、お前さんの望みは受け入れられん。この剣はもう諦めろ」
「駄目でしょうか?」
「駄目ということはない。同じ拵えの剣を作るならば問題はない。だが、お前さんが望むのはこの剣と同じ物か?この数年でお前さんも段違いに腕を上げている。それに伴ってより強い敵と戦う機会も多くなってきたはずだ。その中で今までと同じ剣で生き残れるか?」
「いえ・・・」
「今のお前さんの実力に見合った剣を打つとなれば材料や拵えを最初から見直さなければならんよ。それに、この剣を斬った相手、少なくとも剣ではあるまい?もっと大ぶりな何かだ。そのような相手に対抗しうる剣が欲しいのだろう?」
「仰るとおりです」
「ならば考えを改めろ。儂も鍛冶師のプライドにかけて最高の剣を打ってやる」
それを聞いたゼロはモースの前に小さな小瓶を差し出した。
中には白く輝く液体が入っている。
それを手に取って見たモースが驚愕の表情を浮かべた。
「これはっ!儂も見るのは初めてだが、もしかして!」
「はい、私の腕輪の素材に使われている物と同じ物です」
「金剛石を溶かした液体か?なぜお前さんがこんな物を持っておる?」
「私は製法を知りません。昔師匠が私に残してくれた最後の残りです」
ゼロが差し出した小瓶の中身はゼロの腕輪やレナが着けている指輪に使われている希少な金属を作るための主な原料となる金剛石の液体であった。
この液体に様々な金属を混ぜることによりあらゆる効力を持つ金属を生み出すことができる。
「お前さんはこれを使った魔剣を望むのか?」
モースの腕をもってすれば実現できることであるが、魔剣を作るならばどのような効果を期待するかにより混ぜ合わせる金属の種類と比率を徹底的に吟味しなければならない。
しかし、ゼロは首を振った。
「私が望むのは魔剣ではありません。あくまでも剣としての能力を極限まで高めた、所謂ただの剣です」
モースの目に闘志の火が灯る。
「つまりこんな伝説級の物を使って魔力も魔法効果もない、ただの剣を打てと?そんな馬鹿げたことをいうのか?」
「はい。モースさんにしか頼めない仕事です」
「ガハハハッ!こんな馬鹿げた仕事の依頼は初めてだ!」
モースは声を上げて大声で笑ったが、直ぐに表情を引き締めた。
「任せろ!儂もこんなもの扱うのは初めてだが、儂の鍛冶師の意地と誇りにかけて必ずや最高の剣を打ってやる」
モースが手を差し出し、ゼロはその手をしっかりと握った。
固い握手を結んだモースはゼロの手を離すことなくニヤリと笑った。
「だがの、いい仕事をするにはお前さんの協力が必要だ。今宵は帰れると思うなよ」
「えっ?」
その後、ゼロはその身体をモースに徹底的に調べ上げられる羽目になった。
身長や体重、手の大きさから腕の長さは当然のこと、握力等の筋力や瞬発力、持久力、果ては左目を失ったことでの視界までをヘトヘトになるまで調べられた。
挙げ句
「これほどの剣だ、出来上がるまでは集中する必要がある。明日からは酒なんぞ飲む暇はない!今夜は飲むぞ!」
と空が白み始めるまで付き合わされることになったのである。
ゼロが昼頃に床の上で目を覚ましたとき、モースは既に鍛冶場に立ち、幾つかの鉱石を眺めていた。
ゼロの数倍もの酒を飲んでいたはずだがその影響を全く感じさせない。
以前にゼロが二日酔いになったことはないのか聞いてみたところ、モースは首を傾げて
「二日酔いってなんだ?」
と聞き返してきた。
酒に対する耐性が根本的に違うのである。
ゼロは集中しているモースの邪魔をしないようにそっと鍛冶場を後にした。
そして、自宅に帰る道すがら、とある店の前でヘルムントが大量の果実水や果実菓子を買い付けている姿を目の当たりにした。
「仕入れ・・ですか?」
ゼロはヘルムントに声をかけるかどうか迷って挙げ句、見なかったことにしようと決めた。
魔王プリシラの一件の後、風の都市に戻ったゼロはモースの鍛冶屋を訪れた。
そこでプリシラとの戦いで折れた剣を見せたところ、モースの表情が一変した。
「とても強大な相手と戦いまして、その中で折られました」
さすがに魔王と戦ったとは言えないが、モースに下手なごまかしは通用しないため正直に話した。
「お前さんがこの剣を本当に大切にしていたことはよく分かっておる。長年に渡り酷使されても刃こぼれも金属疲労も起こしておらなんだ。その剣を折るとは、どれほどの相手と戦ったのやら」
モースは折れた剣を検分し、剣の破断面を見て目を見張った。
この剣は折られたのではなく、斬られていた。
モースもゼロの剣の実力は誰よりもよく理解している。
ゼロが戦っている姿を見たことはないが、熟練の鍛冶師として定期的に剣の点検をしていればこの剣がどのような戦いをくぐり抜けてきたのかは一目瞭然だ。
ゼロの剣技は斬ることに特化した剣で相当な手練れである。
その気になれば相手を武器や鎧ごと斬ることもできるはずだ。
現にゼロの剣の破断面を見たモースの見立てではゼロは相手の武器を斬ろうとして刃を当てて、逆に斬られたのだと推察した。
ゼロの剣技とモースの打った剣をもってしても勝てなかった相手の技と得物、それを考えるとモースの鍛冶師としての矜持が揺さぶられた。
「お前さんが何も言わないならば儂も何も聞くまい。ただ、この剣も長い間お前さんと共に戦ってきた。その苦労を労ってやるがいい」
モースは愛おしそうにゼロの剣を撫でた。
「剣はあくまでも道具に過ぎない。ただ、長く使えば愛着も湧くだろう。それが共に生死をくぐり抜けてきた相棒ならば尚更だ」
モースの言葉にゼロも頷いた。
「はい、この剣には何度も命を救われました。そこで、新しい剣をお願いするにあたってこの剣の柄だけでも残せないでしょうか?」
ゼロの依頼にモースは真っ直ぐにゼロを見据え、そして首を振った。
「そこまで大切にされてきたならばこの剣も本望だろう。長年使っていれば手にも馴染んでいたはずだ。だから気持ちは分かる。しかし、お前さんの望みは受け入れられん。この剣はもう諦めろ」
「駄目でしょうか?」
「駄目ということはない。同じ拵えの剣を作るならば問題はない。だが、お前さんが望むのはこの剣と同じ物か?この数年でお前さんも段違いに腕を上げている。それに伴ってより強い敵と戦う機会も多くなってきたはずだ。その中で今までと同じ剣で生き残れるか?」
「いえ・・・」
「今のお前さんの実力に見合った剣を打つとなれば材料や拵えを最初から見直さなければならんよ。それに、この剣を斬った相手、少なくとも剣ではあるまい?もっと大ぶりな何かだ。そのような相手に対抗しうる剣が欲しいのだろう?」
「仰るとおりです」
「ならば考えを改めろ。儂も鍛冶師のプライドにかけて最高の剣を打ってやる」
それを聞いたゼロはモースの前に小さな小瓶を差し出した。
中には白く輝く液体が入っている。
それを手に取って見たモースが驚愕の表情を浮かべた。
「これはっ!儂も見るのは初めてだが、もしかして!」
「はい、私の腕輪の素材に使われている物と同じ物です」
「金剛石を溶かした液体か?なぜお前さんがこんな物を持っておる?」
「私は製法を知りません。昔師匠が私に残してくれた最後の残りです」
ゼロが差し出した小瓶の中身はゼロの腕輪やレナが着けている指輪に使われている希少な金属を作るための主な原料となる金剛石の液体であった。
この液体に様々な金属を混ぜることによりあらゆる効力を持つ金属を生み出すことができる。
「お前さんはこれを使った魔剣を望むのか?」
モースの腕をもってすれば実現できることであるが、魔剣を作るならばどのような効果を期待するかにより混ぜ合わせる金属の種類と比率を徹底的に吟味しなければならない。
しかし、ゼロは首を振った。
「私が望むのは魔剣ではありません。あくまでも剣としての能力を極限まで高めた、所謂ただの剣です」
モースの目に闘志の火が灯る。
「つまりこんな伝説級の物を使って魔力も魔法効果もない、ただの剣を打てと?そんな馬鹿げたことをいうのか?」
「はい。モースさんにしか頼めない仕事です」
「ガハハハッ!こんな馬鹿げた仕事の依頼は初めてだ!」
モースは声を上げて大声で笑ったが、直ぐに表情を引き締めた。
「任せろ!儂もこんなもの扱うのは初めてだが、儂の鍛冶師の意地と誇りにかけて必ずや最高の剣を打ってやる」
モースが手を差し出し、ゼロはその手をしっかりと握った。
固い握手を結んだモースはゼロの手を離すことなくニヤリと笑った。
「だがの、いい仕事をするにはお前さんの協力が必要だ。今宵は帰れると思うなよ」
「えっ?」
その後、ゼロはその身体をモースに徹底的に調べ上げられる羽目になった。
身長や体重、手の大きさから腕の長さは当然のこと、握力等の筋力や瞬発力、持久力、果ては左目を失ったことでの視界までをヘトヘトになるまで調べられた。
挙げ句
「これほどの剣だ、出来上がるまでは集中する必要がある。明日からは酒なんぞ飲む暇はない!今夜は飲むぞ!」
と空が白み始めるまで付き合わされることになったのである。
ゼロが昼頃に床の上で目を覚ましたとき、モースは既に鍛冶場に立ち、幾つかの鉱石を眺めていた。
ゼロの数倍もの酒を飲んでいたはずだがその影響を全く感じさせない。
以前にゼロが二日酔いになったことはないのか聞いてみたところ、モースは首を傾げて
「二日酔いってなんだ?」
と聞き返してきた。
酒に対する耐性が根本的に違うのである。
ゼロは集中しているモースの邪魔をしないようにそっと鍛冶場を後にした。
そして、自宅に帰る道すがら、とある店の前でヘルムントが大量の果実水や果実菓子を買い付けている姿を目の当たりにした。
「仕入れ・・ですか?」
ゼロはヘルムントに声をかけるかどうか迷って挙げ句、見なかったことにしようと決めた。
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