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前線会議

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 砦の東に展開する魔王軍は2万を越えた。
 人間、魔物が入り混じった編成だが、元は帝国兵だった筈の部隊の様子がおかしい。
 最初の接触の際に確認されたものだが、魔王軍に吸収された帝国兵は人間である筈が、虚ろな目で野獣のような奇声を上げており、理性ある人間にはとても見えなかった。
 魔王軍はその部隊の損害を全く考慮せずに前面に押し出し、それに続いて魔物達が突撃する戦術を取っていた。
 今、魔王軍は元人間の帝国兵5千の他にゴブリン、オーク、トロル等の魔物の他、オーガ等の強力な魔物がおり、それを魔王の側近である2人の魔人が率いていた。
 1人は灰色の肌を持ち、筋骨隆々の体格、身長は3メートルを超える魔人ゴルグで、もう1人は少年の様な姿で背も低いがその真っ赤な目には血に飢えた狂気が浮かぶ魔人タリクだ。

 2人は展開している魔王軍の後方に立ち、砦の様子を見ている。
 タリクは逃げ遅れた避難民の若い女性を踏みつけながらつまらなそうにその身体にナイフを突き刺して遊んでいる。
 衣類は避け、身体のあちこちにナイフが刺さったその女はもう抵抗する力もないのか、新たにナイフを刺されても僅かに呻き声を上げることしかできない。
 それでも死ぬことも意識を失うことも許されず、虚ろな目で涙を流している。

「いつまで待てばいいんだよ!あんな砦さっさと攻め落としちまえばいんだよ!」

 苛立ったようにタリクは足元に倒れる女の腹を蹴りつけた。

「まだだ。魔王様は3万以上の戦力になってから攻めろと申された。確かにこの国は攻め込む道が険しく、戦力を揃えるのが困難だ。もう少し待つのだ」

 苛つくタリクをゴルグが表情を変えることなく諫めた。

「今の戦力だって十分過ぎるだろう!大体、後続が遅れていて何時になったら数が揃うか分からないじゃないか!」
「それでも待つのだ。魔王様の命令だ」
「チッ!分かったよ!」

 タリクは舌打ちしながら腹いせに足元の女の首にナイフを叩きつけた。

 一方、砦では部隊の再編成を行っていた。
 防壁の上には国境警備隊の弓兵の他に弓やボウガン等の遠距離武器を持つ冒険者の他に魔法使い達が配置された。
 敵の接近を阻み、被害を防ぐ基本配置だ。
 更に外壁の上には遠目の利くエルフが登り、展開する敵の様子を窺っている。

 タリクの所業を見てイズやリズ、アイリアが怒りに震えていた。

「あの魔人2人が指揮官です。これほど離れていても分かる、恐るべき魔力を秘めています」

 かろうじて平静を保っているイズが隣に立つレナに伝える。

「分かるわ。私にも桁違いの魔力が見える」

 レナの魔法をもってすれば敵陣の後方にいる魔人ですら狙い撃ちをすることが出来るだろう。
 ただ、魔法が届いても魔人に通用するとは思えない。
 直近から最大魔力をぶつければ多少の効果はあるかも知れないが、それすらも怪しい上に、その状況に持ち込むこと自体が不可能に近い。

(ゼロがいてくれたら・・・)

 レナの脳裏にこの場に居ないネクロマンサーが思い浮かぶ。
 根拠はないが、ゼロが一緒ならばいかなる状況すらも乗り越えられるような気がするが、レナはその思いを断ち切った。
 彼女も自らの力で生き延びてきた一端の冒険者だ。
 自分の置かれた状況で最善を選択しなければならない。
 この場に居ない相棒のことは切り捨てなければならないのだ。

 タリクは我慢の限界を越えた。

「あんな連中に大軍なんていらねえよ!俺の軍団だけで十分だ!俺の好きにさせてもらうぜ!」

 魔王配下の魔人の中でも速攻を得意とするタリクはその幼い外見どおり待つということを嫌い、自分の欲望のままに暴走することがままある。
 それでも魔人として軍団を預かっているのはその性格を差し引いても余る戦闘力と功績があるためだ。

「待て、魔王様の命令に逆らうのか?まだ仕掛けてはならぬ!」

 先走るタリクをゴルグが止めようとするが、タリクは残忍な笑みを浮かべている。

「魔王様の命令には逆らわねえよ。俺の方からは仕掛けねえ。ただ、敵の方が砦から出てきて攻めてきたら戦うしかねえだろう?」

 そういえばとタリクは自分の部下に命じて巨大な2つの檻を前面に押し出した。
 それぞれの中には捕らえられた人間達が数十名押し込められている。
 老若男女、赤ん坊を抱いた母親まで、怯えた様子で檻に閉じ込められている。

「魔物兵のおもちゃや餌にしようと思っていたが、その前に敵を誘き出す餌にも利用してやるよ」

 2つの檻は魔王軍と砦の中間地点に置かれた。

「さて、敵は食いついてくるかな?」

 タリクは楽しそうに笑った。

 砦の前に置かれた檻を見た王国軍はどよめき立った。

「おいっ!人間が捕らわれているぞ!」
「子供もいる!早く助けないと!」

 兵士達が慌てふためく中、指揮官達が防壁の上に集まった。
 時間を掛けることはできない、立ったままで話し合いを行う。
 第1騎士団長は初戦で戦死し、現在は副団長が代理を勤めている。
 他に第2軍団長、国境警備隊指揮官、聖騎士団からアランとイザベラ、冒険者からはレナを含めた上位冒険者が数名。

「このまま放置することができないのは皆同じだと思う。しかし、どのように救出したものか」

 第2軍団長が腕を組む。

「第1騎士団と聖騎士団が突撃して敵を牽制し、その間に第2軍団と冒険者で救出してはどうだ?」

 第1騎士団長代理が提案する。
 確かに無難な策ではあるが、危険が大きい。

「それこそ敵の狙いではありませんの?門を開けて部隊が出動するタイミングで敵に肉迫されると虜囚の救出どころか、砦への侵入を許すことになりかねません」

 イザベラの意見に皆が顔を見合わせる中、国境警備隊指揮官もイザベラに同意する。

「確かに、今砦への侵入を許すのはまずい」
「現状での籠城戦でどの程度持ちこたえられる?」
「敵の数はこちらより遥かに多いですが、見たところ敵に攻城兵器が無い。籠城であれば暫くは持ちこたえられる」
「だからといって彼等を見殺しにはできない。やはりここは打って出るべきだ!」
「しかし・・・」

 会議が紛糾する中でその成り行きを見ていたレナが口を開いた。

「私に考えがあります。危険な賭けですが、うまく行けば彼等を救出することができると思います」

 突然割って入ったレナに各指揮官の視線が注がれる。

「君は誰だ?見たところ冒険者のようだが、君に戦の何たるかが分かるのか?」
「私は風の都市から派遣された冒険者で魔導師のレナ・ルファードです。仰るように私には軍隊の運用は分かりませんが、だからこそ枠に縛られない発想ができます」
「しかし・・・」

 各指揮官が訝しげな表情を浮かべる中で1人のドワーフが声を上げた。

「確かに、その魔導師の策は聞いてみる価値はあるぞ!」

 森の都市から派遣された冒険者オックスとその後ろに立つのはリリスだ。
 更に聖騎士団のイザベラも口を開いた。

「彼女の案を聞く価値はあります。彼女は手練れの冒険者です。彼女のパートナーは私が大っ嫌いな黒等級冒険者ですが、彼の狡猾さは目を見張るものがありますの。その彼を一番近くで見ていたのが彼女ですから、何か良い案を企んでいるのでしょう?」

 悪戯っぽく笑うイザベラにアランも同意する。
 聖騎士団の指揮官2人に言われたら他の指揮官も無視することはできず、その案を聞いてみることになった。

「これは策というよりは敵をペテンにかけるようなものです・・・」

 レナの説明を聞いた各指揮官はその無謀とも言える案に難色を示すも、他に有効な策が無かったために一か八かレナの案が実行されることになった。
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