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国を守る者

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「防壁に上がらせるな!」

 次々と梯子をかけられた防壁の上で国境警備隊長が叫ぶ。
 防壁下にまで到達した魔王軍が続々と梯子を登り始め、その敵兵に向けて弓隊が防壁の上から矢を射かける。
 国境警備隊や第2軍団剣士大隊、冒険者は壁に掛けられた梯子を押し倒し、その梯子を登っていた敵兵ごと叩き落とし、巻き込まれた別の敵兵が下敷きになる。
 しかし、数に任せて押し寄せる魔王軍は徐々に防壁上に近づき、遂に防壁上への侵入を許してしまう。
 先陣を切って防壁にたどり着いたオークが斧を振りかざすが、それを待ち受けていたのはオックスだった。

「おりゃあ!下まで落ちろ!」

 横凪ぎに繰り出されたオックスの戦鎚の直撃を受けたオークはゴミくずのように吹き飛ばされて続いて登ってきた別のオークを巻き込みながら防壁から落ちていった。

 それでも防壁のそこかしこで敵兵の侵入を許し、国境警備隊や剣士隊、冒険者が弓隊や魔術師達を守りながら戦っており、防壁上は乱戦になりつつあった。
 レナとリリス、リズの周囲にもオークやコボルド、元は帝国兵だった者が集まってきており、オックスとイズがレナ達を守るべく戦っている。
 オックスは戦鎚を振りかざして次々と敵兵を叩き潰し、イズは双剣を駆使して滑るように戦っている。
 敵味方が入り混じった戦いのためレナは思うように魔法を行使できない。
 辛うじて王国軍が優勢を保っているものの、少しずつ犠牲者が増えつつあった。
 また、正面扉はトロル達の打撃により崩壊寸前までになっている。
 国境警備隊長は防壁下に待機する騎士団や冒険者達に向かって叫んだ。

「第1防壁と正面扉はもう持たない!第2防壁内まで退避!」

 その指令を受けて防壁下にいた第1騎士団、聖騎士団、冒険者は避難民を誘導しつつ現在戦闘が繰り広げられている防壁の後方に設けられた第2防壁の内側に移動する。
 その様子を見届けた隊長は決断した。
 国を守る兵士として、国境警備隊長としての覚悟を決めた。
 国に残した妻と2人の息子、再び会うことは叶わないだろう。
 それでも彼は国を守るものとしての決断を下す。

「第1防壁を放棄する!冒険者は先に退避して第2防壁まで下がれ!続いて弓隊が撤収!第2軍団剣士大隊と国境警備隊は味方の脱出を援護しろ!私と直属部隊は最後の最後まで踏みとどまれ!」

 危機的状況下において隊長の指示に異を唱える暇も無く、冒険者と弓隊は防壁を駆け降りて第2防壁まで後退した。
 オックスとイズも最後まで戦っていて数多くの敵を討ち取ったが、これ以上留まると殿を守る剣士達が撤退できない為、戦いに固執することなくその場を離れた。

 冒険者、弓隊が撤収したのを見届けた第2軍団剣士大隊も撤収を開始したが、その多くは敵に囲まれ、その集団に飲み込まれていく。
 剣士大隊で脱出出来たのは僅かに2個中隊程度であり、半数以上の兵が戦死していた。
 国境警備隊長と直属部隊に至っては最後まで防壁の上で戦っていたが、次々と敵の中に飲み込まれて姿を消してゆく。
 奮戦していた国境警備隊長も残っているのが自分1人であることを確認すると目の前にいたオーク3体を道連れにして防壁の向こう側へと落ちていった。
 結局、最後まで踏みとどまっていた国境警備隊員は誰1人として撤退してこなかった。

 第1防壁は魔王軍に奪われ、正面扉も崩れ落ちた。
 防壁の上では魔王軍の兵達が雄叫びを上げ、扉を打ち破ったトロル達も勝ち誇っている。
 その様子を第2防壁の扉の前に立つレナは氷のような冷たい視線で見ていた。

「勝ち誇って、さぞいい気分でしょうね。その喜びのままで逝きなさい」

 その直後、レナが短い詠唱を唱えると彼女の前に小さな炎の渦が発生した。
 そしてレナが指を鳴らす。

・・パチンッ・・

 それを合図に小さな炎の渦が爆発的に巨大化して広がり、魔王軍が占領した第1防壁を包んで駆け巡った。
 レナの持つ魔力の大半を注ぎ込んだ強力な広範囲魔法だ。
 防壁周辺にいた魔王軍数百が瞬く間に炎に包まれた。
 レナは踵を返し、魔王軍の阿鼻叫喚の叫びを背に第2防壁の中に入り、レナが入ると共に扉が固く閉ざされた。

 第1防壁を巡る戦いで王国軍は数百人からの戦死者を出したが、仕留めた魔王軍の数は数千にも及んだ。
 特にタリクの軍団は開戦以降半数近い損害を出している。
 防壁と引き換えに敵軍を大きく撃ち減らすことに成功したものの、彼我の戦力差は未だに大きな開きがあり、王国軍の危機はより一層深刻なものになった。

「クッ!!全軍停止だ!奪った防壁を確保しつつ態勢を立て直す!」

 タリクは顔を引きつらせながら進軍の停止を指示した。
 もちろんこのまま攻め続けたいところだが、自らの軍団の半数からを失ったとなるとこれ以上の戦闘を諦めざるを得ない。
 彼等の目的はこの砦を攻め落とすことではない。
 この砦は通過点に過ぎず、最終的にはアイラス王都を攻め落とさなければならないのだ。
 それなのに自軍を半数も失い、ゴルグの軍団と合わせても4分の1もの損害を出してしまった。
 通過点に過ぎない砦でのこの損害はタリクの失策と判断されても何も弁明できない。

「落ち着いたか?」

 ゴルグに声を掛けられてタリクは頷いた。

「ああ。現状を維持して後続の到着を待つ。奴等を八つ裂きにするのはそれからだ」

 魔王軍は第1防壁を確保して待機状態に入り、数十メートルしか離れていない第2防壁の王国軍とにらみ合いに陥った。

 やがて夕日が西の空に姿を消し、国境の砦が夜の帳に包まれた。
 双方にとって長い夜が始まる。
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