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ゼロと魔人、命がけの駆け引き

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 魔人ベルベットは連邦国内で占拠した砦内で支配地域の地図を見ながら策を練っていた。
 彼女は魔王軍の中でも1、2を争う実力を持つ魔人である。
 かつては神々の眷族であった彼女が闇に堕ちた時、その背にある純白の翼は漆黒へと染まった。
 黒いドレスを身に纏った彼女はその冷静な判断力から魔王ゴッセルの軍師を務めて魔王軍内での地位を確立すると共に己が力を蓄え、今や魔王にも匹敵するほどの強さを手に入れた。
 軍師の役割を返上して一軍を預けられた彼女はただひたすらに魔王のために尽くしてきたのだ。
 そのベルベットは今、自らの支配地域内にいる正体不明の敵を炙り出すための策を考えていた。

「敵は小規模ながら精鋭揃い。支配地域全域に哨戒網を張り巡らせて敵の正体を突き止めることを優先しましょう」

 ベルベットは支配地域の各所に情報収集のためだけを目的とした部隊を配置することにした。
 敵が次の手を打ってきた時に彼等は敵の殲滅ではなく情報を持ち帰ることだけに専念するのだ。

「敵の正体さえ判明すればどうとでも対処できるわ」

 ベルベットの命を受けてダークエルフや人狼で構成された部隊が連邦国中に散っていった。

 時を同じくしてゼロは仲間と共に国境線から魔王軍支配地域に深く侵入した森の中にいた。
 彼等が狙っているのは連合軍との戦闘に敗れて敗走した2個中隊程度の生き残り部隊。
 この部隊は魔王軍本隊に合流して再編成されるのであろう、集団は森の中を黙々と歩み続けている。
 しかし、ゼロはアンデッドの情報収集によりこの部隊を監視する者達がいることを突き止めていた。

「先ずは先手を打てそうです」

 スペクターの報告を受けたゼロは仲間を見渡した。
 監視者の存在が分かった時点で偵察に出していたスペクターを含めて全てのアンデッドを冥界の狭間に返す。

「今回はアンデッドなしで目標を殲滅します。敗残兵とはいえ2個中隊規模です。油断できる敵ではありませんが、レナさんの魔法攻撃を主軸に攻めれば問題ありません。それから、戦闘が始まったらライズさんを中心に戦ってください」

 ゼロの指示を聞いたライズが首を傾げた。

「俺を中心って、どういう狙いだ?」
「はい、敵に私達は9人の小部隊だと思わせたいのです。そのうえでライズさんが中心となれば、その風貌から勇者や英雄のパーティーだと誤認させられるかもしれません。あまり期待はしてませんがね」
「なるほどな。分かったぜ!ゼロやオックス、レナにばかり面倒を押し付けちまってるからな。こういう荒事は引き受けるぜ」

 ライズは先頭に立ち剣を抜いた。
 ゼロは傍らのレナを見た。
 レナが頷いて杖を構えると彼女の目の前に小さな火の玉が現れる。
 それは火の玉と呼ぶのもおこがましいほどの蛍のような小さな炎。
 その炎にレナがそっと息を吹きかけると炎はフワフワと魔物の集団の中に向かって飛んで行くが、あまりにも小さな炎に魔物は気づいていない。
 レナはライズを見た。

「いくわよ?」

 ライズが無言で頷く。

・・パチン・・

 レナが指を鳴らした瞬間、魔物の集団の中心に突如として激しい炎の竜巻が現れた。
 炎に包まれた魔物達は恐慌状態に陥る。

「よし!行くぞっ!」

 ライズが先頭に立って駆け出し、槍を構えたコルツが続く。
 更にオックス、イズが後を追った。
 イリーナ、リリス、リズが弓矢や精霊魔法で援護を開始した。

 執務机で静かに目を閉じていたベルベットが目を開く。

「来た・・・」

 彼女の目の前に置かれた水鏡に炎に包まれた魔物達が映し出された。
 情報収集に出した人狼からの視覚情報だ。

「人間、竜人、ドワーフ、ダークエルフ・・・。背後にハイエルフ2人にダークエルフ、人間の魔術師に魔法剣士?冒険者かしら?戦略的に重要性のない敗残兵を狙うなんて、作戦のパターンを変えて私の裏をかいたつもり?」

 早くも目標が情報網に引っかかったことに拍子抜けしながらも、嬉しそうに水鏡を覗き込む。
 剣士に指揮された冒険者達は次々と魔物を討ち取っていく。
 森の中からは弓矢や魔法や精霊魔法による援護が行われている。
 不意打ちの大魔法でかなりの被害を受けたこともあるが、2個中隊からなる部隊が反撃もままならないままに討ち減らされていく。
 このままではたった9人の冒険者に全滅させられるのも時間の問題だが、そんなことはベルベットにとって問題ではない。

「剣士がリーダー、勇者か英雄か・・・ってことは無いわね。それに、冒険者パーティーとして当然に存在すべき聖職者がいない」

 慎重なベルベットは小さな違和感を見過ごしたりはしない。

「先手を取ったつもり?甘く見られたものね。お返しに少しだけ、つついてみようかしら?貴方の正体を見せてくれる?」

 ベルベットは水鏡に映し出された漆黒の魔法剣士に問いかけた。

 ゼロは援護に徹していた。
 剣撃を繰り広げる前衛と支援攻撃の後衛の中間点に位置して魔法攻撃による援護しつつ、集団から逃げ出す敵を切り捨てる。
 監視者に対して殊更に目立たないように潜むのではなく、パーティーの一員としての役割を担っているように見せる。
 しかし、その戦場でゼロを狙う者がいた。

 最初に異変に気付いたのはリズだった。
 ゼロの位置から戦場を挟んで反対側の草むらから弓矢でゼロを狙っている者を見つけ出した。
 ダークエルフの暗殺者だろうか、殺気も殺意も感じられず、殺意渦巻く戦場の近くにいるゼロは気付いていない。
 手練れの暗殺者であればその矢が放たれれば狙いを外すことはない。

「リリスさんっ!」

 リズの位置からでは遠すぎて彼女の矢は届かない。
 咄嗟に判断したイズはリリスに声を掛けた。
 リリスの弓はリズやイリーナの弓とは比べようがないほどに強力なものだ。
 リズの視線の先に暗殺者を見つけたリリスは目にも留まらぬ速さで矢を放った。
 放たれた矢はゼロの耳元を掠め、戦場で戦うライズや魔物達の間を抜けてゼロを狙うダークエルフの頭部を粉砕した。
 が、ダークエルフはリリスの矢が届く瞬間、いや、僅かに直前に彼はゼロに向かって矢を放った。
 彼が弦を引く指を放すと同時に頭を吹き飛ばされ、僅かに矢の軌道が逸れる。
 ゼロは自分に向かって飛ぶ矢に気付き、剣で払おうとするが間に合わなかった。
 ゼロの右目を狙っていた矢は軌道が逸れていたものの、ゼロの右肩に突き刺さった。
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