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ゼロの決断

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 小屋の外で待つオックス達の前にアルファが現れた。

「主様の術により魔導師様は蘇られました。申し訳ありませんが、女性の方のみお入りください」

 アルファに促されて小屋に入ったリリス、イリーナ、リズが目の当たりにしたのは、机の上でローブを掛けられて横たわるレナと、顔面の穴という穴から血を流して倒れるゼロの姿だった。

「ゼロ様っ!」

 リズが駆け寄ってゼロの上体を抱き起こす。
 衰弱し、浅いながらも呼吸はあり、出血も止まっている。
 リズは血に汚れたゼロの顔を丁寧に拭うが、ゼロの全身から漂う血の匂いが鼻につく。
 全身黒ずくめなので分かり辛いが、着衣にも相当な血が染み込んでいるようだ。

「主様が魔導師様に施したのは死者を蘇らせる反魂蘇生術です。死霊術の根源となるこの術は術者にも多大な負担を強いるもので、主様も逆流した魔力により倒れられました。非常に消耗していますが命に別状はありません。皆様には魔導師様の着衣を整えることをお願いしたいのです」

 アルファに言われて見れば、レナは掛けられているローブの下は一糸纏わぬ姿だった。
 リリスが確認してみれば、炎の槍が貫通した胸元の傷も綺麗に無くなっている。

「凄い、聖職者の治癒の祈りでもここまで綺麗に傷を消すのは難しい筈だわ」

 死霊術を操るゼロの姿しか見たことがないリリス達だが、ゼロの新たな境地に空恐ろしさを感じていた。

 未だ意識を取り戻さないレナの着衣を整えたリリス達は小屋の外で待っていたオックス達を呼び入れ、状況を説明した。

「・・むぅ。これがゼロの力、治療ではなく、あくまでも死者を蘇らせる蘇生術か。それゆえにレナを助けるために一度殺す必要があったのか・・・。これは、恐ろしい術だ、こんなもの、聖務院が認める筈がない」

 オックスは倒れているゼロを見下ろした。
 リズがゼロのローブに染み込んだ血汚れを洗いたいと言い出したため、イズとリズがゼロの防具とローブを脱がせようとしており、コルツとオメガが手伝っている。
 オックスはゼロの脇に控えているアルファを見た。

「お前さんの主は大丈夫なのか?」

 オックスの問いにアルファは頷いた。

「はい、主様は大変衰弱されていますが大丈夫です。今暫くすれば目を覚まされます」

 そうとなれば目的地は目の前だが、ゼロの回復を待つしかない。
 オックス達は警戒態勢を維持しつつゼロとレナの回復を待つことにした。

 ゼロの回復を待つ間にリズは近くにあった井戸でゼロのローブを洗っていた。

「ゼロ様のローブ、一体何の素材で出来ているのかしら?」

 リズがローブを水に浸けて洗うと染み込んでいたゼロの血が洗い流されたが、2回も水を替えたところで水が汚れなくなり、水から上げて水を切ると瞬く間に乾いてしまった。
 しかも、軽くて丈夫であり、所々に繕った形跡はあるが、多少の防刃効果はありそうだ。
 現にゼロは幾度も傷を負ったことがありながら、ローブのおかげで致命傷に至らなかったこともあるのだが、その殆どをリズは知らない。

 リズはゼロのローブをそっと抱きしめた。

「ゼロ様が戦ってきた証し・・・」

 これから先、どのような戦いが待ち受けているか想像もできない。
 その戦いに挑むにあたり、ゼロは戸惑うことなく前に進む筈だ。
 それが死地に通じる道であろうとも足を踏み出すことに躊躇いはなく、誰よりも先に前に進んでいくだろう。
 リズは自らの銀色の長い髪を一本、ゼロのローブに編み込んでゼロの無事を祈った。

 ゼロとレナ、先に目を覚ましたのはレナだった。

「・・・ゼロは?ゼロは無事なの?」

 微かな意識の中で譫言のようにゼロのことを案ずるレナだが、オックスの

「今は眠っているが、大丈夫だ。じきに目を覚ます」

との言葉を聞いて僅かに笑みを浮かべる。

「・・・よかった・・」

 安心したように再び眠りについた。
 
 その後、ゼロが目を覚まし、程なくしてレナも目を覚ました。
 レナは目を覚ますなりゼロの首にしがみつく。

「・・・バカ。無茶ばかりして」

 ゼロはそっとレナの肩を抱いた。

「助けることができて安心しました」
「私のことなんかどうでもいいのよ。貴方は無茶ばかりして・・・バカ」
「私は大丈夫です」

 言いながらゼロはレナから離れようとするがレナはゼロの首を離さない。

「・・・ゼロ。一つだけ聞くわ。貴方、また良からぬことを考えていないわよね?」

 突然のレナの問いにゼロは肝を冷やした。

「・・・」
「もう一度聞くわ。貴方、何を考えているの?」

 周りで見守っていたオックス達が顔を見合わせる。
 気付けばゼロの胸元にレナがナイフを突きつけている。

「ゼロ、また自分だけで行こうとしているわね?」
「・・・・」
「もしそうなら、絶対に1人では行かせない。このナイフで貴方を刺してでも」

 レナは全てを見透かしていた。
 状況を理解したライズもゼロに詰め寄る。

「そういうことか!ゼロ、俺達を置いて行こうなんてふざけた考えは止めろよ」

 イズ、リズ兄妹も声を揃えた。

「「私達は死の淵の先までゼロ様について行きます」」

 オックス達も鋭い目で頷いている。

「分かりました。正直に話します」

 諦めたようにゼロが口を開き、レナからそっと離れた。

「確かに私は1人で地下に潜ろうとしていました。でも、皆さんは私が説得しても聞き入れてくれないでしょうし、ここまで見透かされてはたとえ皆さんを騙しても直ぐに後を追ってきてしまいますね」

 ゼロは肩を竦めながら話す。

「だから諦めましたし、決断しました」

 ゼロの言葉を聞いてレナもナイフを収めた。

「ここまで来たのだから最後まで一緒に行くわよ」

 オックス達も同様に頷いた。
 
「そうですね、皆さん同じ気持ちなんですね。しかたありません・・・」 
・・・パチン・・・

 ゼロが指を鳴らす。
 レナ達の周囲をアルファとスペクター達が取り囲んだ。

「ゼロッ!」

 ゼロの企みをいち早く察したレナだが、手遅れだった。

・・・ル・ルル・・ルルル・・

 アルファの眠りを誘う歌にスペクター達の眠りの魔法。

「ゼロ、貴様・・・」
「ゼロ様、何故・・・」

 オックスやリズ、他の者が次々と倒れる。
 高位の魔導師のレナですら抗うことが出来なかった。
 ゼロに掴み掛かりながらも意識が遠のいてゆく。

「ゼロ・・貴方・・どうしても私を・・ゼロ・・・」

 最後の抵抗か、ゼロに口づけしようとしたレナだったが、唇が触れる直前にゼロの足下に崩れ落ちた。
 ゼロは小屋の中に倒れた皆を見渡す。

「オックスさん、リリスさん、ライズさん、イリーナさん、イズさん、リズさん、コルツさん。ここまでありがとうございました。やはり私は皆さんを道連れにすることはできません。ここから先は1人で行きます」

 アルファの歌と複数のスペクターの眠りの魔法だ、どんな者でも暫くは目を覚まさない。
 おそらくはゼロと魔王ゴッセルの勝負がつくまでは目覚めないだろう。
 その勝負がどちらの勝利に終わるとしても、彼等が目覚めた時には全てが終わっている筈だ。
 最後に足下に倒れたレナを見下ろした。

「レナさん、私は最後まで貴女の気持ちには応えられませんでしたね。もしも無事に生き残れたらもう少し貴女に向き合ってみたいですが。・・・無理でしょうね」

 ゼロはスペクターを戻し、代わりにスケルトンナイトを5体召喚した。

「敵が来ることは無いと思いますが、眠っている皆の護衛を頼みます」

 スケルトンナイトに命令を下したゼロはオメガとアルファを伴って小屋を出て行った。
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