飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原皐月

文字の大きさ
43 / 51
第2章 穏やかな新婚生活?

(15)ちょっとした対策

しおりを挟む
 セレナとクレアが案内された部屋は、広い落ち着いた雰囲気の居間と、そこから二つの隣接する寝室に繋がる造りになっていた。案内されて早々に二人がソファーに落ち着くと、案内してきた侍女が左右を指し示しつつ説明する。

「夕食まで、こちらでお寛ぎください。そちらが大公様用の寝室で、こちらが奥様用の寝室になります。必要な物は、既に運び込んでありますので」
「ありがとうございます」
 そこで引き下がるかと思いきや、侍女がそのまま居間の壁際に佇んでいるのを見て、クレアはやんわりと要請した。

「申し訳ありませんが、私達だけにして貰えませんか?」
「いえ、お二方のご用を承る為に控えているように、奥様から申し付けられておりますので」
 そのにべのない物言いに、クレアは笑みを深めながら申し出る。

「それでは奥方に、こう言って頂けますか? 『結婚して以来、私達が夫婦二人きりの時間を大切にしているのを、何も言わずともレンフィス伯爵家の使用人達は察してくれていて、こういう場合は気を利かせて黙って退出しているのです。そちらの家風に合わないと言うのであれば、同行してきた者達に身の回りの世話をして貰うので、こちらに寄越して欲しい』と」
「あの、いえ、でも」
「レンフィス伯爵家の使用人達は、私の指示内容を一度できちんと理解できましたが。復唱できないなら、もう一度お話ししますか?」
 下手をすると、格下の家の侍女よりも気が利かない上に使えないというレッテルを貼られそうになっている状況を理解した彼女は、顔を強張らせながらも不承不承頷いた。

「了解いたしました……。それでは退出いたしますので、ご用の時はそちらの呼び鈴でお呼びください」
「ええ、お願いします」
 そして体よく侍女を追い払ったクレアは、疲れたように溜め息を吐いた。

「全く、鬱陶しい事この上ないですね」
「さすがです、クレアさん。あんな風に追い払うなんて、私には無理です」
 感心しきりのセレナだったが、ここでベランダに面したガラス戸が、軽く叩かれたように鳴った。

「え? 今、窓の辺りから何か……」
「素早いですね」
 セレナは戸惑いながら窓を振り返ったが、クレアは何やら苦笑しながら窓に歩み寄る。そして手早く鍵を解錠すると、窓を開けながら室内から見えなかった死角に向かって呼び掛けた。

「ご苦労様です。様子を見に来るだろうとは思っていましたが、良くこんなに早くここが分かりましたね」
「居住区の中でも貴人の類が滞在する場所は、構造上限られているからな」
「その分警備も手厚いから、余計に見当が付くってものだ」
「その警備の目を掻い潜ってくる腕前は、さすがですね」
 そんな会話を交わしながらベランダの陰から姿を現した男二人を見て、セレナは本気で驚いた。

「ちょっと待って。どうして義兄様とデイブが来ているの?」
「いや、何と言うか……、ちょっと色々、危ないかもしれないから」
「一応念の為に、状況把握に」
「何が危険なのよ、こんな強固なお城で。以前にお父様と泊めていただいた事だってあるのよ?」
 ラーディス達が大真面目に説明したが、セレナはもの凄く懐疑的な表情になった。そんな彼女に、クレアが言い聞かせる。

「だからですよ、セレナ。あなたはまさかこんな所で、何か起こるとは想像もしていないでしょう?」
「どういう意味ですか?」
 ここでデイブが、唐突にクレアに問いを発する。

「因みにクレアさんは、何か引っかかるものを感じましたか?」
「『罪人の流刑地などで過ごされるのはお気の毒』だそうで、こちらでの長逗留を勧められました。丁重にお断りしましたが」
「いかにも言いそうだよなぁ」
「暫く人払いはできているのか?」
 呆れ顔になったデイブに続いてラーディスが端的に確認を入れ、それにクレアが即答した。

「ええ。こちらの侍女殿は、レンフィス伯爵家の使用人より気が利かないと思われるのは、噴飯ものみたいですから。あの様子では、本当に呼び鈴で呼ぶまで来ないでしょう」
「さすがクレアさん。じゃあラーディス、早速始めるか」
「ああ。お前はそっちを頼む。俺はこっちを調べる」
「ああ、因みにそちらが私用で、こちらはセレナ用に割り振られています」
「了解」
 何やらクレアと男達の間でどんどん話が進み、ラーディスとデイブが左右に別れてそれぞれの寝室に入ってしまった為、セレナは狼狽しながら左右を見やった。

「え? あの、調べるって何!?」
「セレナ。こういう立派な構えの城、しかも貴人用の部屋であれば、万が一不測の事態が生じた時の退出路を、備えてある事が多いものです」
 クレアが手短に解説すると、セレナは少し考えてから思うところを述べる。

「ええと……、秘密の通路という事ですか?」
「ええ。逆に言えば、そちらから侵入も可能ですが」
「それは分かりましたが、それがここの寝室にあると? それを探すように、クレアさんが義兄様達に頼んでおいたんですか?」
「いいえ、私は何も。でも付いて来た皆さんは、独自に判断して独自に動いていらっしゃるみたいですね。レンフィス伯爵家の、使用人の方々の機動力は流石です」
「皆、私に無断で、何をやってるのよ」
 くすくすと笑いながらラーディス達を誉めるクレアを見て、セレナはがっくりと肩を落とした。そして一通り話し終えたクレアは、片方の寝室に向かって歩き出す。

「さて、ちょっと様子を見に行ってみますか」
「あ、私も行きます」
 そこでセレナが慌ててクレアの後に続き、バルド大公であるクレアに割り振られた寝室に入ってみた。しかし室内に人の気配は無く、その代わりに壁際に設置してある大型クローゼットの扉が開いており、その前にデイブが背負って来ていた筈の布袋が転がっているだけだった。

「デイブさん……、あら? あそこですか……」
「え? 何、あれ?」
 クレアは納得し、セレナがひたすら困惑していると、クローゼットの中からデイブがいきなり姿を現し、笑顔で声をかけてくる。

「二人とも、こっちに来てたんですね。やっぱりありましたよ。ついでに、ちょっと細工済みです」
「因みに、どんな細工を?」
「狭い通路を遮るように針金を張って、その足元の階段の石を複数個引き抜いて、元通りに乗せてきました。最後にここの出入り口も、容易に開かないようにしておきました」
 そんな事をサラリと言われてしまったセレナは、驚いて言い返した。

「階段!? ちょっと待って! そんな事をしたら、そこに足を乗せた途端に石が崩れて、足を踏み外すのじゃない!?」
「気位の高いお嬢様が、一人でのこのこ来るとも思えないし、途中までぞろぞろお供を引き連れて来るだろうから、狭い階段で団子になって止って、大した怪我にはなりませんよ」
 手にしていた幾つかの工具を、持参した布袋に収納しながらクスクス笑ったデイブを見て、セレナの顔が僅かに引き攣った。

「デイブ? 何だか、誰がいつその階段を使うのか、分かっているような話し方をするのね」
「こっちはバルド大公用の寝室だし、乗り込んで来る相手は必然的に決まってくると思う」
「…………」
 相変わらずにやにや笑いながら指摘してくるデイブに、クレアは苦笑いで、セレナは渋面で応じた。するとそこに、セレナ用の寝室内を検分していた筈のラーディスが顔を見せる。

「首尾良く見つけたか?」
「ああ、クローゼットだった。そっちは?」
「姿見だ」
「捻りが無さ過ぎるな。つまらん」
「あっさり見つけられたんだから、文句を言う筋合いでは無いだろう。それでデイブ、侵入は阻止できるんだな?」
「ああ、お仕置き付きでバッチリ」
 自信満々のデイブの報告を聞いたラーディスは無言で頷き、クレアに向き直った。

「今夜は一度それぞれの寝室に入った後、クレアさんはセレナの寝室に移動してくれ。俺達も頃合いを見計らってそちらに集まるから、窓を叩いたら中から開けて欲しい」
「分かりました」
「ちょっと待ってよ、義兄様もクレアさんも。偶々使う寝室に秘密の脱出口があっただけで、どうしてそんな大事になるの?」
 セレナは真顔で訴えたが、周囲は困った顔になりながら曖昧に言葉を濁した。

「普通だったら、ここまで目くじらを立てる事は無いと思うがな」
「こちらは色々と、問題がありそうですしね」
「一応、念の為だから。じゃあ俺達は見つかる前に宿舎に戻るから」
「あ、ちょっと! 義兄様、デイブ!」
 困惑しているセレナを放置して男二人はさっさとその場を後にし、クレアはそれから暫く、彼女の愚痴に付き合う事となった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...