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第1章 進退窮まった人々

(15)近衛騎士の力量

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「あの二人を相手にするなら、やはり最低でも五人は必要だと思います」
 本人に自覚は無くとも、近衛騎士を過小評価していると取られても同様の発言に、周囲の空気が殺気を帯び始めた。それを察知したクライブは、困惑しながら彼女にやんわりと言い聞かせる。

「セレナ? あなたが自領の私兵を信頼しているのは分かりますが、それは少し過大評価ではないでしょうか」
「勿論二人を信頼していますが、今回お相手をして貰う騎士様に、大怪我をさせるわけにはいきませんもの。危ないと思って私が制止しても、間に合わずに斬られたりしたら一大事ですから」
「いえ、そうではなくてですね」
 自分の進言をセレナが見当違いの意味に捉えた為、クライブは頭を抱えたくなった。そこで更に事態を悪化させる声が割り込む。

「お嬢様、あまり私の力量を見くびらないでください。薄皮一枚斬るだけで、済ませる事はできます。『レンフィス伯爵領の人間は、上から下まで斬り裂き魔の集団だ』などと、悪評を立てられるわけにはいきませんし」
「それはそうでしょうけど……」
 平然と言い放ったネリアにセレナが言い返そうとした時、クライブの至近距離で声が上がった。

「恐れながら殿下。私どもの班がパトリックと一緒に、あの二人の相手をさせていただきます」
「それは……」
「いや、ちょっと待て」
「良かった。皆様、宜しくお願いします」
 冷え切った表情の若手の騎士が、六人並んでお伺いを立ててきた為、クライブとリオネスは動揺して彼らを宥めようとした。しかしセレナだけは満面の笑みで頭を下げ、そんな彼女に彼らは皮肉げな笑みを浮かべながら応じる。

「いえ、これも職務のうちですから」
「是非とも手加減無しで、手合わせさせていただきます」
「ご令嬢が自信を持って勧める私兵の、力量を確認させていただきます」
 そう断りを入れた彼らは、困惑顔のクライブ達に背を向けて鍛錬場に向かって歩き出し、途中で立ち止まっていたパトリックと合流した。

「おい、パトリック。本気でいくぞ。あの生意気な女の鼻を、へし折ってやる」
「全くだ。あんな老いぼれと女に、何ができるって言うんだ。近衛騎士団を馬鹿にしやがって」
「とんだ田舎貴族が。王都育ちの俺達を馬鹿にして、ただで済むと思うなよ?」
「そもそもラーディスの奴も、前々から気に入らなかったんだ。顔を合わせる度に、人を睨みつけやがって」
「全くだ。六人がかりで良いって言うなら、その師匠とやらを叩きのめして、奴が取るに足らない事を証明してやる」
「いや、それは睨んでいるわけでは無くて、彼は単に目つきが悪いだけだし、老人や女を叩きのめすなんて、外聞を憚る行為だろうが」
 周囲に聞こえないように、小声で悪態を吐いている同僚達をパトリックは宥めたが、彼らの憤慨は収まるどころか、余裕綽々のルイからかけられた言葉で、更に悪化する結果となった。

「おう、若造ども。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと剣を構えたらどうだ? その腰に下げている剣は、飾りか何かか? さすがに近衛騎士ともなると、飾りも煌びやかだな」
「この老いぼれ野郎が……」
「目にもの見せてやるぞ!」
「ちょっと待て! 相手はまだ、剣を抜いてもいないんだぞ!」
 同僚達が勢い良く剣を鞘から抜き去った為、未だ手ぶらのルイ達を見て、パトリックが焦って声をかけた。そんな内輪もめをしている男達から視線を逸らさないまま、ネリアがルイに確認を入れる。

「どの程度まで構いませんか?」
「死人は出すな。それから相手は賊ではない、王宮の飾り人形だ。傷を付けるのは構わんが、手足を切り落とすのは止めておけ。後々面倒だ」
「了解しました」
「ふざけるな!!」
「おい! 幾ら何でも、丸腰の相手に!」
 二人のそんな冷静なやり取りを聞いて、更に頭に血を上らせた騎士の一人がルイに向かって突進しながら剣を振りかざしたが、ルイはとても老人とは思えない素早い動きでその一撃をかわすと同時に、相手の頬に拳を叩き込んだ。

「ふん!」
「ぐはぁっ!」
「え?」
「は?」
 渾身の力を込めた一撃は、その斬りかかった騎士を呆気なく地面に転がした。その予想外の光景に騎士達が唖然としているうちに、スカートの下の両脚に括り付けてある鞘から、素早く短剣を二本取り出したネリアが、一番近くに居た騎士に襲いかかる。

「先手必勝! はぁあぁぁっ!」
「うわっ!」
「げっ!」
「…………」
 あっという間に二人が彼女に首と喉を斬られ、そこに走った赤い線からじわりと血が滲み出てきた。それを見たクライブ達や他の騎士達が静まり返る中、再び慎重に距離を取りながらネリアがせせら笑う。

「あらあら。こんな調子で、師匠に剣を使わせる事ができるのかしら?」
「剣がかすっただけで、偉そうに言うな!」
「そうだ! たまたまだ! まぐれに過ぎん!」
「わざと浅く斬った事も分からないなんて、お馬鹿さん揃いね。とことん遊んであげるわよ!!」
(強い……。剣を抜かなくても分かる、この気迫。さすがは、あのラーディスの師匠と言うべきか……)
 パトリックは対峙している相手の力量を正確に判断し、感嘆と畏怖の相反する感情を覚えた。そのまま油断無く相手を睨み付けつつ、同僚達に言い聞かせる。

「とにかく、二手に分かれて、連携してかかるぞ! 油断するな!」
「分かった!」
「本気でいくぞ!」
 その指示で瞬時に真顔になった騎士達は、即座に二手に別れてルイとネリアを囲んだ。それを見たルイが、不敵に笑いながら剣を抜く。

「ほう……、なかなかやるようだな。それでは本気でやらせて貰うか」
 そう口にした次の瞬間、ルイは騎士達との距離を一気に詰めており、パトリックが気が付いた時には同僚が一人、盛大に剣で腕を打ち据えられていた。

「ぐあっ! う、腕がっ!」
「動きが大振りだ」
 淡々と評しながら、ルイは今度はもう一人の騎士の鳩尾を、くるりと半回転させた剣の柄で勢い良く突く。

「このっ! ぐはっ!」
「ザイード、下がれ!」
 予想外の痛みに、その騎士は思わず上半身を屈めてうずくまり、かなり強引に二人の間に割り込んだパトリックが、同僚の背中と首に向けて振り下ろされた剣を、斜め下に受け流した。

「ほう? なかなか……、遅い!」
「うっ! ぐあっ!」
 パトリックに注意が向いていると判断した騎士が、その隙に横から斬りかかろうとしたが、ルイはパトリックに視線を合わせたまま、素早く剣を振るってその騎士の手を激しく打ち付けた上、蹴り転がした。そのルイの死角からパトリックが叫びつつ襲いかかったが、素早く向き直ったルイが正面からその一撃を自分の剣で受け止めただけでは無く、逆にはね返す。

(一撃が重い! それに隙が無いし、動きが老人のそれじゃない! こいつ、化け物か!?)
 パトリックは顔色を変えながらも素早くルイと距離を取り、反撃の機会を窺ったが、ネリアを相手にしていた騎士達も、想像だにしていなかった苦戦を強いられていた。

「このっ!」
「ちょろちょろしやがって!」
「はっ! おとなしく斬られるのを待ってる馬鹿が、どこにいるのよ! あんた達じゃあるまいし!」
 ネリアは侍女のお仕着せの下に、丈の短い薄手のズボンをしっかりと穿き、機敏に動き回りながら騎士達への攻撃を繰り出していた。しかもそれは無秩序に攻撃していたわけでは無く、それほど時間を要さずに、彼女の悪辣さが誰の眼にも明らかになった。

「う、うわっ! ちょっと待て! こんな格好では戦えない!」
「どうして!? いつの間に!?」
 首や胸、手足の筋など急所を狙って剣を掠らせていた他に、ネリアは着々と彼らの衣服の縫い目を切り裂いていた。それは当初は全く影響が無かったものの、徐々に近衛騎士の制服が風に舞うようになり、穿いているズボンのベルトが断ち切られるのに至って、騎士達は漸く自分達が半裸になりかけている、見苦しい状態である事に気が付いた。
 当然彼らは狼狽してネリアを制止しようとしたが、彼女は怒りを露わにしながら怒鳴り返した。

「待てですって? はっ! あなた達、馬鹿なの? 襲撃してきた賊に、服がボロボロになったから、着替えるまで待ってくれと言うつもり!?」
「それとこれとは、話が違うだろうが!」
「そうだ! 殿下達の前で、みっともない姿を晒せるか!」
 騎士達にしてみれば正当な主張だったのだが、それを聞いたネリアは一気に興醒めした表情になりながら断言した。

「あんた達、どこまで馬鹿なの? 私がわざと浅く斬らなかったら、とっくに首や腹部からの出血多量で死んでるから、無様な姿を晒す筈も無いわよ」
「何だと!?」
「大体、殿下にみっともない姿を晒せない? 例え素っ裸になっても、命がけで主君を守って戦うっていう気構えは無いわけ? 近衛騎士っていうのは、身繕いしている間にむざむざと主君を殺されるような、情けなくて間抜けで能無し集団だったのね!」
「なっ!」
「こっ、この女、言わせておけば!」
 ネリアが如何にも呆れ果てた口調で言い放った為、騎士達は怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、服を押さえつつ剣を持つ手を震わせた。さすがに拙いとクライブやリオネスが仲裁に入ろうとしたが、二人が口を開く前に鋭い制止の声がかかる。

「ネリア! それ以上その方達を、悪し様に言うのは許しません!」
「ですがお嬢様! こんなのが近衛騎士だなんて、世も末ですよ!」
 憤然として言い返したネリアだったが、セレナが大真面目に言い聞かせた。

「でもその方達は正式な近衛騎士では無くて、見習いの方々なのよ? 騎士としての力量もそうだけど、心構えがなっていなくても仕方が無いでしょう。今回はこちらからあなた達の力量を確認して欲しいと申し入れたのだから、大目に見てあげて頂戴」
「…………」
 セレナがそう発言した途端、居合わせた全員が動きを止め、その場に気まずい沈黙が満ちる。殆どの者が彼女に困惑の視線を向ける中、ネリアが顔を引き攣らせながら控えめに尋ねてみた。
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