ワケあり夫婦の悠々引きこもり生活

篠原皐月

文字の大きさ
9 / 10

怒涛の終幕

しおりを挟む
「やれやれ、やっと静かになりましたな。お二人とも、お騒がせして申し訳ありませんでした」
 子爵が怒りに震えながら使用人達を引き連れて立ち去り、いざとなったら主人達に加勢しようと集まっていたザクラス家の使用人達も本来の業務に戻って、応接室に静寂が戻った。それを契機に、エカードが申し訳なさそうに客人二人に頭を下げる。対する二人は、揃って首を振った。

「いや、店の者が血相を変えて知らせてきたが、案外すんなり引き上げて手間が省けた。そろそろ連中を、店の外に放り出そうかと考えていたからな」
「本当に、あのような恥知らずで無体な要求を繰り出してくるとは……。セララさんの実の父君なのでこんな事を口にするのは申し訳ありませんが、ビクトーザ子爵の籍からこちらとの縁組を契機に抜ける事ができて、ある意味良かったのかもしれませんぞ? これから強く生きてください」
 呆れ気味に言及してから、司祭は神妙な口調でセララに言い聞かせてくる。それにセララは、慌てて言葉を返した。

「あ、はい。子爵家とは今後、無関係で過ごすつもりです。お二人とも、本日はどうもありがとうございました」
 神妙に頭を下げたセララに、分隊長が豪快に笑いながら激励する。 

「おう、色々大変だろうが頑張れよ! ザクラスさん、この事は詳細を報告書にして上に上げておく。あの根性悪が変な噂でも広げたら、容赦しないからな」
「ありがとうございます。助かります」
 分隊長と司祭を玄関まで同行して丁重に送り出し、再び応接室まで戻ってから、エカードが家族に向かって満足げに告げた。

「やれやれ、これで一件落着だな」
「本当に、一件落着したんですか?」
 とてもそうは思えなかったセララが、思わず口を挟む。するとエカードがおかしそうに問い返してきた。

「セララさんは、奴が盗難品のリストを作った上で、またここに乗り込んでくると思うのかい?」
「来ないんですか?」
「詳細なリストを作るとなれば、それなりの時間が必要だろう? そうなるとその間に、いくらでも保管場所を移すことができるよな? 連れて来た使用人の何人かをここの周囲に残して出入りを監視しようとしても、こんな人の出入りが多い商会相手に、無駄だと思わないか?」
 その光景を脳裏に思い浮かべた瞬間、セララはその当事者に同情した。

「……完全に徒労に終わりますね。本当にそんな無理難題を言いつけられた人がいたとしたら、もう既に頭を抱えている筈です」
「その通り。それに加えて、使用人達に対する疑念もしっかり植え付けてやったからな。リストを作るのと並行して、徹底的な家探しと使用人全員の素行調査を始めるんじゃないか?」
「……うわぁ、忙しそう」
 どこか遠い目をしながら、棒読み口調でセララが感想を口にした。それを見たエカードが、笑いを堪える口調で説明を続ける。

「それで作ったリストはここに持って来ないで、宝飾商や加工職人達に配るだろうな」
「え? どうしてですか? せっかく作ったのに、本当に乗り込んでこないんですか?」
 意外に思いながらセララが問い返したが、エカードは冷静に話を続けた。

「さっきも言ったように、本当にここにあったとしても既に保管場所を変えられて、乗り込んでも発見できない可能性の方が高いと子爵達は考えるだろう。もし、そうなったらどうなる?」
 そこでセララは、先程の子爵とアクトスのやり取りを思い返す。

「どうなるって……。その場合、元々の借金の倍額を慰謝料として支払って貰う事になるんですよね?」
「その通り。それよりも、その宝飾品を金に換えようとしたところを押さえた方が確実で、言い逃れなどできないと考えるはずだ」
「あ、なるほど。確かにその方が効率的かも。それなら、あれらの宝石はどうするんですか?」
「どうもしないが?」
「はい?」
「あれらは嫌がらせの手段として盗っただけで、換金する必要はないからな。幸い、金には困っていないし」
「そうでございますか……」

 嫌味じゃなく、本当にお金に困ってないからどうでも良いって思っているのが分かる。本当に相手が悪かったし、格が違い過ぎたわね。

 エカードの真顔での説明を聞いて、セララはしみじみとそんな事を思った。するとここで、アクトスが会話に加わる。

「でも兄さん。あの中身はセララさんに渡すと言っていたよな? それなら後々換金するにしても、取り敢えず幾つか渡しておいた方が良くはないか? 契約履行の一部ということで」
「それもそうだな」
 話の流れが一気に不穏になったため、セララは力一杯辞退した。

「めめめ滅相もありませんっ!! あんな高価な宝石、普段身に着ける機会なんかありませんから! もう本当に、勘弁してください!」
「それは大丈夫。一部をばらして、セララさんの趣味に合わせたデザインにして作り変えるから」
「作り変えるからって、そんなあっさり! 第一、つい先程連中が『宝飾商や加工職人達に盗品のリストを配る』と言ったばかりじゃないですか! 持ち込まれたアクセサリーを職人さんが見たら一目でバレて、窃盗が露見しますよ!?」
 必死の面持ちで危険性を訴えたセララだったが、兄弟は息の合った反論を繰り出す。

「昔から付き合いのある、加工職人に持ち込むから大丈夫。心配いらないよ」
「加工料上乗せに加え、使わなかった宝石は渡すと言えば、口外する筈もないよな。共犯だし」
「盗品が持ち込まれたら謝礼を出すと連中が言ったとしても、どうせ提示する金額は些細な額だろうし」
「横柄なくせにしみったれた貴族と、普段から付き合いのある金払いの良い商人。どちらにつくのが得策か、正しい判断ができないのは正真正銘の馬鹿だろう」
「生憎と私は、昔から馬鹿と取引する趣味はなくてね」
 そんな事を言い合って「あはは」と楽しげに笑い合っている男二人に、セララは完全に抵抗を諦めた。

 この人達相手に立ち向かっても、勝ち目はないのが分かった。こうなったら影響は、できるだけ最小限度にしておこう。

「あの……、それなら本当に普段使いのできる、小さな石を使ったシンプルなデザインで、作っていただければ助かります……」
 控え目に懇願したセララに、エカードが豪快な笑みを向ける。

「ああ、そこら辺は任せておけ。テネリア、取り敢えずセララさんを部屋に案内して、必要な物を急いで揃えて貰えないか? 本当に身一つで来てしまったから、着替えとかも無くてな」
「そうでしたね。取り敢えず寛いで貰いましょう」
「ええ!? 本当にそうなの? 分かったわ、任せて。急いで準備するから」
「さあ、セララさん。こっちよ」
「安心して、万事任せて頂戴!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 セララを引き連れて、テネリアとエレーヌが賑やかに応接室を出て行く。それを追って、セイブルとクラッセも退出した。それを見送ったアクトスが、兄に笑いを堪える風情で声をかける。

「彼女にはああいったけど、徹底的に宝石をばらして加工して、庶民が普段使いするような商品をたくさん作らせて売りさばいて、その全額を彼女に渡すつもりだよな?」
「そのまま売るよりは安い金額にはなるが、足はつかないしそれなりの金額にはなるだろう」
「彼女への慰謝料としては妥当だね。それじゃあ、今日は少し客人が多くて疲れたから、少し休ませて貰う」
「ああ、夕食はセララさんも一緒に食べるから、ちゃんと食堂まで出て来いよ」
「分かった」
 そこで満足げに笑いあった二人は、応接室を後にした。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

分厚いメガネを外した令嬢は美人?

しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。 学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。 そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。 しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。 会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった? この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。 一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。

異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。

あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。

処理中です...