アビシニアンと狡猾狐

篠原皐月

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第26話 広島での異変

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 残業に次ぐ残業で、三月末から四月初めを過ごしてしまった和臣は、自宅マンションに帰り着くなり、玄関先で悪態を吐いた。

「全く……、どうしてこう年度末と年度始めに雑務が溜まるんだ。あの役立たず野郎共のせいで……」
 そしてひとしきり無能な同僚と後輩達に、呪いの言葉を吐いてから、何気なくカレンダーに目を止め、気を取り直した様に顔を緩めて呟く。

「まあ良いか。明日の夜は、久し振りに幸恵とデートだし。向こうも忙しくて、このひと月近く二人でゆっくり出来なかったから、今回は埋め合わせを兼ねて……、うん?」
 簡単に夕飯を済ませてきた和臣は、風呂に入ってすぐ寝るつもりでスーツを脱ぎ始めたが、スマホの着メロが鳴り響いた為、眉を寄せた。何故ならそのメロディーが示す発信者は、苦手な六歳年上の兄だったからである。

「……人が気分良く寝ようとしてたのに、勘弁してくれ」
 二十三時過ぎである事を時計で確認し、思わず項垂れた和臣だったが、ここで知らぬふりをしようものなら後々面倒な事になるのは分かっていた為、諦めて通話ボタンを押した。

「やあ、兄貴。何か用か?」
 思わずつっけんどんな口調になってしまったのは仕方のない事だったが、対する兄の篤志も面白く無さそうな口調で返してきた。
「用も無く、こんな時間にはかけんな。一応人並みに常識はあるつもりだ」
「出身県の県会議員様が、人並みの常識をお持ちの方だと分かって嬉しいよ。それで?」
 嫌味の応酬をしても不毛なだけだと分かり切っていた和臣が催促したが、篤志はどこかのんびりとした口調で話を続けた。

「最近、色々と忙しそうだな。正月にも帰省して来なかった位だし」
「今年三十だから、それなりに色々と忙しくてね」
「そうだなぁ……、今のお前の年頃だと、職場で色々大きな仕事を任される様になると同時に、プライベートでも色々と変化がありそうだしな……」
 その奥歯に物が挟まった様な物言いに、和臣の眉が僅かに寄る。

「……何が言いたいんだ、兄貴」
「単なる一般論だ」
(いや、絶対幸恵との事を当て擦っているよな? 昔の《安芸の虎殺し事件》の事を根に持って、今でも彼女を毛嫌いしてるから、彼女を家に連れて行くまでに、母さんと父さんに頼んで何とか宥めて貰わないと。義姉さんと幸恵に、変な気苦労はさせたくないし……)
 そんな事を素早く頭の中で考えていると、篤志が飄々と話題を出してきた。

「それはそうと……、この前親父から、お前婚約したとかしないとかの話を聞いたが、そこの所はどうなんだ?」
(やっぱりその話か。頭ごなしに、彼女が気に入らないとでも言う気か?)
 そこで和臣は気合を入れ直し、兄に向かって言い返した。

「確かに、結婚を前提に付き合っている女性が居るが、それが何か?」
「それからお袋が今日、交通事故にあって入院した」
「ああ、そう……、おい! そういう事は早く言え!? 入院って、怪我したんだよな? どんな具合だ!?」
 いきなり話題を変えられた上、それがとんでもない内容だった為、和臣の頭の中から綺麗に幸恵の事が抜け落ち、電話の向こうに怒鳴り返した。しかし篤志は和臣の動揺などお見通しだったらしく、淡々と状況説明を続ける。

「交差点で停車中に後ろから追突されて、骨折とかはしなかったがむち打ち症になってな。症状としては各所の痛みと痺れ、後は頭痛か? だが時間が経ってから、徐々に症状が出てくる事も有るそうだから、最低1ヶ月は入院して徹底的に検査治療、及びリハビリをする事になった」
 取り敢えず命に別状はない事は分かって、和臣は安堵の溜め息を吐きながら肩の力を抜いた。

「そうか……、だがそれ位で済んで、良かったな」
「全くだ。お袋は丈夫なのが取り柄で、入院なんてしたのも綾乃の出産時以来だからな。後援会が大騒ぎして、さっきまで大変だった」
「……ああ」
 確かにそうだろうなと和臣が納得した所で、篤志が本題らしき事を口にした。

「だから今度のゴールデンウイーク、お袋の見舞いに帰って来い。正月も帰って来なかったんだからな。この親不孝息子が」
 些かきつい口調で言われたが、和臣はそれに反抗する気は起きず、素直に了承した。

「分かった。顔を見に行く」
「ついでに婚約者も連れて来い。屋敷の皆や後援会の主だった面々に、『和臣が婚約者同伴で見舞いの為に帰ってくる』と言っておいたから」
 さり気なく言われたその内容に、和臣は目をむいて慌てて問い質した。

「はぁ? ちょっと待て! 何を勝手に言ってるんだ!!」
「ほう? まさかお前の婚約者は、人前には出せない様な質の悪い女なのか?」
 明らかに揶揄する様な口ぶりでそんな事を言ってきた篤志に、和臣は歯軋りしてから呻くように告げる。

「兄貴……、分かっていて言ってるだろう?」
「何の事だ?」
 しかし篤志は和臣の非難など物ともせず、平然と言い放つ。

「まあ、どうしても来たくないとその女が言っているなら、無理に連れて来なくても良いぞ? 俺も鬼じゃない。しかしなぁ……、未来の姑が大怪我したって言うのに、しかもちょうど連休があるのに、挨拶がてら入院先に顔を出すつもりが微塵も無いとは……。随分薄情と言うか、無神経と言うか、自分勝手と言うか」
「五月蝿い、黙れ、この性悪熊!」
 思わず悪態を吐いた和臣に、篤志はカラカラと余裕で笑い飛ばしてから、完全に面白がっている口調で、和臣にとって旧知の人物の名前を挙げつつ話を続けた。

「実は、菅原さんや宮越さんが『和臣さんが漸くご結婚なさるとはめでたい。お相手がいらっしゃったら、是非ご挨拶を』と言っていたから、今度の連休に母の見舞いに来ますと言っておいたんだ。それなのに来ないと分かったら、さぞ落胆するだろうな」
「てめぇが勝手に言ったんだろうが!?」
「そういう事にして、俺が悪者になれば良いだけの話だな」
 そううそぶいた篤志に対し、和臣は完全に退路を断たれたのを悟った。

(白々しいっ……、幸恵が見舞いに行かなかったら、方々に『顔を出すと言ってたのに来なかった』と言いふらすつもりだろうが!? そこまでして幸恵を呼び寄せる理由なんて、見え透いているが……)
 しかしここでごねていても事態は少しも進展しない為、和臣は腹を括った。

「……分かった。今度の四連休、幸恵を連れて帰る。客間を準備しておいてくれ」
「分かった。……それにしても奇遇だな。婚約者の名前は幸恵さんか。以前、同じ名前の人物と、少々因縁が有ったな」
「惚けるな! このろくでなし野郎が!」
 漏れ聞こえてくる高笑いを忌々しく思いつつ、和臣は勢いよくスマホのディスプレイに触れて通話を終わらせた。そして一人、頭を抱える。

「しまった……。よりにもよって、どうしてこのタイミングで……」
 しかし落ち込んでいたのは一分に満たない時間で、すぐに妹に電話をかけ始めた。
「綾乃、頼みがある」
「いきなり何? ちぃ兄ちゃん」
 挨拶もそこそこに切り出した事に、驚いているのは分かったが、その時の和臣には、あまり心理的余裕は無かった。

「お前の所に、兄貴から連絡は?」
「お兄ちゃんから? ううん、別に。家の方で何か有ったの?」
「時間が時間だし、症状も酷くないし、お前には明日の朝にでも連絡するつもりかもな。お袋が交通事故にあって、むち打ち症で入院したらしい」
「事故? 入院って、ちぃ兄ちゃん!?」
 簡潔に報告すると予想通り綾乃は仰天したが、ここで和臣は真剣な声で彼女に懇願した。

「大事では無いから、真っ先にお前に連絡はしなかったんだろう。それよりもその事に関して、お前に全面的に協力して欲しい事がある」
 その口調だけで、生まれた時からの付き合いである綾乃には、下の兄が相当面倒、かつ困っているらしい事が把握できた為、溜め息を一つ吐いてから続きを促した。

「……あまり聞きたくないけど、聞かなきゃいけないのよね。何?」
「助かる。お前、明日の夜は暇か?」
 そうして綾乃との段取りを整えた和臣は、次に幸恵に電話をかけ、更にその後に立て続けに何人かの人物に電話を入れ、疲れ切って眠りについた。

 その翌日。残業を終える時間を調整し、自社ビルの一階で待ち合わせた幸恵と祐司は、微妙な表情で互いの恋人から言われた様に、連れ立って綾乃のマンションに向かった。世間話などをしながらそこに辿り着くと、先に帰っていて夕飯作りの真っ最中だったらしい綾乃が玄関を開けてくれ、中に入る様に促される。

「えっと……、お邪魔します」
「こんばんは。……綾乃?」
「祐司さん、幸恵さん、すみません、あと五分で夕飯ができますから! 少し座って待っていて下さい」
「あの……、急がなくて良いわよ?」
「俺達、気長に待ってるから」
 勧められるままスリッパを履き、中のリビングに通された二人は、どちらも居心地悪そうにしながらソファーに収まった。
 父である君島が時々泊まりに来る事と、セキュリティや設備に一切の妥協を許さなかった結果の広々とした2LDKは、OLの独り暮らしには贅沢過ぎるだろうと普段の幸恵なら反感を抱く所だったのだが、今現在自分が置かれている微妙過ぎる状況に、そんな事を考え込む余裕は無かった。

「一体どういう事よ。昨日の夜遅く、和臣から電話が来たと思ったら、『明日のデートは行き先を変更して、仕事が上がったら綾乃の部屋に高木さんと行ってて』と、一方的に言われて切れたのよ? その後、何回かかけ直したけど、ずっと話し中で諦めて寝たんだけど」
 声を潜めて幸恵が向かい側に座っている祐司に問いかけると、負けず劣らずの困惑した声が返ってくる。

「俺も綾乃から、固有名詞が違うだけで、内容的にはほぼ同じ事を言われた……。しつこく食い下がってみたんだが、何かテンパってるみたいで、話の要領が得なくて」
「大体、今カノの部屋に、元カノ連れで訪問ってどうなの?」
「それを言ったら、これから君島さんがここに来るんだろう? 新旧彼氏揃い踏みって、そっちの立場からしたらどうなんだ?」
 そこで思わず何とも言えない顔を見合わせた二人は、重い溜め息を吐きつつ項垂れた。

「……もう、訳が分からないわ」
「同感だ」
 そうこうしているうちに、夕飯を作り終えて、テーブルに並び終えた綾乃が呼びに来る。

「お待たせしました。あ、きっとちぃ兄ちゃんだわ!」
 そしてパタパタと呼び出し音がなった壁のインターフォンに向かう綾乃の後姿を見ながら、幸恵と祐司は重い腰を上げてダイニングテーブルに移動を始めた。そこでどこの席に座るかと二人で迷っているうちに、和臣がやって来て幾分硬めの表情で挨拶してくる。

「やあ、高木さんお久しぶりです。幸恵、遅くなってごめん」
「……お久しぶりです」
「別に構わないけど……」
 戸惑った顔で二人が挨拶を返すと、何となく重い空気を払拭するが如く、綾乃が明るい声で三人を促した。

「じゃあ、取り敢えずご飯にしましょう? 話は食べながらでもできるし。ねっ!?」
「そうだな。いただくか」
「じゃあ、祐司さんはそこ、幸恵さんはこっちの席にどうぞ」
「あ、ああ」
「……どうも」
(どういう事? 席の位置も、微妙におかしく無い?)
 綾乃に指し示された椅子に座ると、祐司と幸恵が並んで座り、それと向き合う形で綾乃と和臣が座る形になり、益々困惑しながら幸恵は食べ始めた。しかし和臣は黙り込んで食べ続け、話とやらが出される気配はなかなか無く、全員が殆ど食べ終えた位で漸く口を開いた。

「その……、実は二人に話が有って、今日ここに来て貰ったんだが……」
「何かしら?」
「昨日乗っていた車が追突されて、むち打ち症になった母が入院したんだ」
 散々待たされてさすがにちょっと苛々していた幸恵だったが、それを聞いた途端、不機嫌さは瞬時に吹っ飛んだ。

「え? ちょっと、大丈夫なの!?」
「綾乃、本当か?」
 慌てて祐司も綾乃に尋ねると、綾乃が頷いて説明を加える。

「私の方にも、今朝地元のお兄ちゃんから連絡があって。幸い大した事は無くて、後遺症の心配もあまり無さそうなの。だけど暫くは安静にして、徹底的に検査をしつつ慎重にリハビリをするとかで」
「それで……、兄貴が、今度の四連休に見舞いに来いと言ってきたんだ」
 和臣が再び後を引き取ってそう告げると、幸恵は連休中に二人で計画していた旅行の事を思い出し、鷹揚に頷いた。 

「それはそうでしょうね。予定を変更しても、別に構わないわよ? お正月も戻って無いんだし、顔を見せてきなさいよ」
 正直、(そんな事位でわざわざ呼びつけて弁解しなくても、旅行を中止して見舞いに行く位で怒ったりしないわよ。私の事をどんな人間だと思ってるのかしら?)と思ったが、幸恵はそれは表には出さずに快く応じた。しかしここで和臣が座ったまま、盛大に頭を下げる。

「すまない、幸恵! 今度の連休、俺と一緒に実家に行ってくれ! 頼む、この通りだ!」
「祐司さん、ごめんなさい! 私とちぃ兄ちゃん達と一緒に、広島に行って下さい。お願いします!」
「え? どうして?」
「ちょっと待って、どういう事?」
 和臣だけではなく綾乃まで一緒に頭を下げて懇願してきた為、幸恵と祐司は目を見張って困惑した。そして詳細を尋ねると、和臣が苦々しげな口調になって、その理由を告げる。

「あの陰険兄貴が……、地元の主だった面々に、俺が婚約者同伴で母の見舞いに行くと勝手にふれ回ったんだ。これで幸恵さんが顔を出さなかったら、何て無礼な女だと言って、周囲の反感を煽る腹積もりだ」
「……何なの、それ?」
 思わず眉を顰めた幸恵に、綾乃も涙ぐんで続ける。
「実家の最大権力者のお母さんは入院中だし、お父さんは連休翌週に投開票がある衆議院補欠選挙の応援と外遊の準備で、その時期は都内から一歩も出られないんです。加えてこの何年かで使用人の人も古参の人がかなり辞めて、実家でお兄ちゃんに歯止めをかけられる人が皆無の状態で……」
「それが?」
 若干冷たい口調で(他人に分かる様に話して欲しいんだけど?)と思いつつ問い返した幸恵だったが、ここで和臣が急に話題を変えてきた。

「幸恵さん……、ジャイアンツファンだよね?」
「いきなり何を言い出すのよ?」
「今でも偶に、観戦に行くよね?」
「そうね……、昔は良く見に行っていたし。今でも忙しくても、年に一回位は兄さんと。香織さんが野球に興味無くて、つまらないから付き合ってくれって。それが何か?」
 そこで過去に聞いた話から何やら推察したらしい祐司が、ボソッと誰に言うともなく呟いた。

「そう言えば……。確か今年は広島が、対巨人開幕戦で三連敗していなかったか?」
「…………」
 それに沈痛な表情で君島兄妹は黙り込み、祐司も顔色を青ざめさせて口を噤んだ。そんな三人の反応から導き出される結果を認識し、幸恵は盛大に声を荒げる。

「え? ちょっと待って。まさかあんた達の家……、広島ファン以外の人間は、門前払いとか言わないわよね!?」
「いえいえまさか! そんな事をしたら、有権者の方から支持して貰えなくなります!」
「うん、多少兄貴の心証が悪くて、居心地も悪くなる位だから」
「多少?」
 盛大に手を振って否定してから、如何にも疑わしい視線を向けてくる幸恵を見て、綾乃は本格的に泣き出す一歩手前になった。

「さっき言った様に、今現在実家を仕切ってる上の兄が、猛烈激烈なカープファンで。それなのにこのタイミングで、巨人に初戦から三連敗……。もう泣きそう……」
「元々兄貴は例の件で、幸恵に良い印象を持っていなくて。見舞いに行かなければ、周囲に有る事無い事振れ回りかねない」
「だけど、幸恵さんが行けば行ったで、どんな嫌がらせされるか、想像できないんです。だから祐司さん、幸恵さんの弾避けになって?」
 和臣が《例の件》と口にした時に幸恵の顔が僅かに引き攣ったが、次の綾乃の唐突な訴えで、祐司が本気で面食らった。

「ちょっと待って。どうしてここで俺の名前が?」
「だって祐司さんは私と付き合っているから、お兄ちゃんからは排除対象認定を受けている筈だし。一緒に行ってくれたら、お兄ちゃんの幸恵さんに対する怒りと危険性が、祐司さんに向けて分散されるんじゃ無いかと思うの」
「そういう意味で弾避けか……」
 真剣極まりない綾乃の訴えに、祐司はがっくりと肩を落とした。そこで幸恵が、鋭く突っ込みを入れる。

「逆に、気に食わない人間が揃い踏みで、怒り倍増って可能性は無いの?」
「……無い事も無い」
「ちょっと!」
「君島さん……」
 二人から目を逸らしながら控え目に答えた和臣に、幸恵は反射的に声を荒げ、祐司は疲れた様に額を手で押さえる。そんな二人に向き直り、和臣は顔付きを改めて祐司に申し出た。

「だがどちらにしろ、高木さんもいつかは挨拶に出向くつもりで居たんだろう? 一人で気まずい思いをするよりは、この際顔を出してみないか? 母の入院で家の中もゴタゴタしてるだろうし、来客も多いだろうし、正直、兄貴が俺達だけに係わっている時間はそれ程無いと思う。どうだろうか?」
「祐司さん、お願い!」
 真剣な和臣の横で、綾乃が両手を合わせて拝む様な体勢になり、祐司は抵抗を諦めた。

「……分かりました。一緒に行きます」
 それを聞いて二人は忽ち顔色を明るくしたが、当事者なのにこれまで殆ど意見を聞かれていない幸恵が、若干腹を立てながら尋ねる。

「あのね、私の意見は無視? 私、まだ行くなんて、一言も言って無いんだけど?」
「すまない。バタバタしていて根回しが間に合わなかった。今回を逃すと何を言われるか分からないから、嫌がらせを受ける覚悟で俺と一緒に行ってくれ。出来るだけフォローはするから頼む」
 そんな事を真顔で言われて、再度頭を下げられた幸恵は、縋る様な視線を向けてくる綾乃から視線を逸らしつつ、不承不承頷いた。
 
「分かったわよ……。行けば良いんでしょう? 行けば」
「助かる。飛行機のチケットの手配は俺がするから」
「空いている時間は、市内を色々ご案内しますね!」
 それからは兄と妹で、何時の飛行機が良いかとかどこを案内しようかなどの話題で盛り上がっていたが、それを見ながら祐司が小声で隣に座る幸恵に囁いた。

「あのな……」
「何?」
「お前と俺が以前付き合っていたって事も、彼女のお兄さんからしたら、怒りポイントになると思うか?」
 それを聞いて幸恵は頭痛を覚えたが、明確な返答は避けた。

「そんな微妙過ぎる事、聞かないで頂戴。いっその事、本人に聞いて」
「そんな怖過ぎる事ができるか」
 そんな様々な不安要因を抱えつつ、四人の広島行は確定した。
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