酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

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第4章 駆け引き

(7)内助の功?

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 ひとしきり楽しんでから、三人はプールサイドから直接上がれるレストランに移動し、そこで専用に貸し出している薄手のバスローブを羽織って、プールを見下ろすテラス席で遅めの夕飯を食べ始めた。すると殆ど食べ終わった所で、ホテル側の入口から入って来た孝男と義則が合流する。

「おう、待たせたな」
「楽しんでいたか?」
「ええ、楽しませて貰ったわ。お疲れ様。まだ食べていないの?」
「ああ、ここで軽く食べるか」
「あなた、友之はどうしたの?」
 一緒に来る筈の息子の姿が無かった為、真由美が不思議そうに尋ねると、義則が困惑顔で答えた。

「それが……。会議終了直後に、田宮さんと風見さんに捕まってな。そこに割って入ったらこちらまで引きずり込まれそうだったので、友之に任せてきた」
「あれ位あしらえんようでは、ものの役に立たん。若い頃の苦労は買ってでもしろと言うから、放ってきた」
「あらあら」
「まあ」
 友之があっさり父と祖父に見捨てられたのを知って、静江と真由美は呆れ顔になっただけだったが、沙織は顔を強張らせた。

「あの……、田宮常務と風見専務と言う事は……。もしかしなくても、例の後継機種開発終了派の……」
 控え目に沙織が確認を入れてみると、孝男が満面の笑みで力強く頷く。

「そうだな。喜べ、さっちゃん! 会議の結果、後継機開発続行が決まったぞ!」
「友之の奴が色々資料を揃えて、随分奮闘したからな」
「……それは何よりでした。私も、頑張った甲斐がありました」
 苦笑するしかできないといった感じで義則も告げてきた為、沙織は引き攣った笑みを浮かべた。

「そうだろうそうだろう。さっちゃんの頑張りを無駄にする事はできんから、友之も気合を入れただろうな。だが田宮の奴、相当面白くなかったらしく、会議終了直後に『この際、是非親交を深めようか』と絡んでな。あいつは昔からねちっこいぞ? 金勘定は抜群だがな!」
「一緒にたむろしていた面子から考えると、相当ネチネチ言われるのは確実ですね」
(何だか、激しく嫌な予感がしてきた……)
 豪快に笑い飛ばす孝男と苦笑している義則を見ながら、沙織はロッカーから持ってきたポーチの中から、スマホを取り出した。

「すみません、ちょっと失礼します」
「あら、気にしないで良いのよ?」
 断りを入れてからスマホの電源を入れ、確認を始めた直後、沙織から狼狽した呻き声が上がった。

「げっ!! ちょ、何これっ!?」
「沙織さん?」
「さっちゃん、変な声を出してどうした?」
 同じテーブルを囲んでいた四人は、揃って訝しげな視線を向けたが、当の沙織は立ち上がりかけ、しかし周囲を見回してから再び座り、狼狽しながら再度断りを入れた。

「ああああのっ! この姿でホテルの廊下に出る訳にはいきませんので、ここで失礼して、ちょっと友人と連絡を取っても宜しいでしょうか!?」
「ええ、構わないわよ?」
「遠慮しないでどうぞ」
「失礼します!」
 そう叫ぶなり、猛然とスマホ上で指を滑らせ始めた沙織を、他の者達は不思議そうに見やった。

「何なんだ?」
「さぁ……。あなた、取り敢えず何か頼みますか?」
「そうだな」
 そして邪魔しては悪いと判断した四人は、沙織に声をかけずにそれぞれ注文をし、会話しながら軽食を食べ進めた。すると三十分程経過して、漸くスマホから手を離した沙織が、ぐったりした様子で呟く。

「な、何とかやり切った……」
「沙織さん、本当にどうしたの?」
「随分と真剣な顔で、ずっとスマホを操作していたし。何か大事なお仕事の話だったの? もし無理に予定を空けたのだったら、ごめんなさいね?」
 そのまま項垂れていた沙織に、静江が申し訳なさそうに謝ったが、彼女は慌てて顔を上げて手を振った。

「いえ、仕事ではありませんから、ご心配なく。愛でる会のタイムラインが、酷い事になっていただけですから」
「え? どういう事?」
 既に真由美から《愛でる会》の事を聞いていた静江と孝男が、不思議そうに尋ね返した為、沙織は詳細を説明した。

「どうやら友之さんが陰険重役連中に拉致られた現場を、偶々会員の一人が目撃していまして。彼女がそれを即刻タイムラインで報告した結果、『松原課長に何をする気!?』『陰険ジジイども許すまじ!!』と言う論調が席巻する事になりまして」
「あら、友之ったら随分モテているのね」
「俺の若い頃は、ファンクラブなんか無かったがな」
 静江達が面白がる中、沙織は説明を続けた。

「それで一気に炎上と言うか、《密かに松原課長の活躍を応援する》と言う会の主旨から激しく逸脱した、『ヘイトスピーチ推進会』とか『呪詛グッズ探究会』としか言えない集団に成り果てそうになっていましたので、全力で説得して、何とか鎮静化させました」
 心底うんざりした表情で結論を述べると、静江達が明るく笑う。

「まあまあ、それはお疲れ様」
「友之の事で、面倒をかけたな、さっちゃん」
「でもこれこそ正に、内助の功よね!」
「……そうとも言えるかな」
 楽しそうに叫んだ真由美に、義則が苦笑いで応じたが、ここで沙織は友之の現状について思いを巡らせた。

(連絡も無いし、今頃はまだ飲みながら、ネチネチ言われているのよね……。この事態は、元はと言えば私が例の件をたかちゃんにぶちまけたせいだし、裏で《愛でる会》の軌道修正をする位、何でも無いけど……。埋め合わせ位は、しておこうかな?)
 結局ホテルにいる間に友之は合流できず、孝男と義則が食べ終わるのを待って全員ホテルを引き上げ、沙織はそこで別れて自宅に戻った。

 そんな事があった日の週末。沙織は自宅マンションで、友之を出迎えた。

「いらっしゃい」
「ああ。これを持って来た」
「ありがとうございます。……これはなかなか食べ応えがある、高級食材使用のオードブルセットですね。それにワインですか?」
 受け取ったビニール袋を覗き込みながら、入っていた透明なケースの中身を確認しつつ沙織が応じると、友之が細長い紙袋を差し出しながら頷く。

「言っておくが、変な物は持って来て無いからな」
「友之さんの舌の肥え具合は、信用していますよ? 取り敢えず上がってください」
「ああ」
 手ぶらになった友之は靴を脱いで上がり込み、リビングへと入った。

「ところで沙織、俺は今週色々あって、少々やさぐれていてな」
「そうですね。色々ありましたね」
「それで今日は就寝時間を、二十四時まで遅らせる事を要求する」
 受け取った物をテーブルに乗せながらそれを聞いた沙織は、呆れ顔で振り返った。

「……ここに来るなり、何を言い出すのかと思ったら、馬鹿ですか?」
「偶には、本当に馬鹿になっても良いだろう。馬鹿正直に馬鹿馬鹿しい事に付き合って、神経をすり減らしたんだから」
「別に二十四時とは言わず、今回の友之さんの健闘を讃えつつ慰労する意味で、今日は友之さんの気が済むまで、オールナイトでお付き合いするつもりでしたが?」
「…………」
 平然と沙織が口にした台詞を聞いた友之は、口を閉ざし、そのまま右手で顔を覆いながら俯いた。それを見た沙織が、胡散臭そうに尋ねる。

「何をやってるんですか?」
 すると友之は未だ顔を覆いながら、しみじみとした口調で告げた。

「やっぱり沙織は、普段デレなくて良い。偶にするから、もの凄くレアで破壊力抜群だ。危なくこの場で、押し倒しそうになった」
「だから何を馬鹿な事を、大真面目に言っているんだか。第一そんな事をしたら、また和洋さんに問答無用で殴り倒されますよ?」
 溜め息を吐いてから、呆れ顔で沙織が警告すると、友之が反射的に手を離して顔を上げる。

「いや、幾ら何でも、さすがにそれは無い」
「あ、和洋さん。来るなら来るって、連絡を入れて欲しいんだけど」
「うえっ!?」
 そこで沙織が自分の背後に視線を向けながら、話題の主に呼びかける台詞を発した為、友之はギョッとしながら勢い良く背後を振り返った。しかしそこは無人だった上、彼の背後から爆笑が沸き起こる。

「ぶっ、ぶふぁあっ! あ、あははははっ! い、今の動揺っぷり! マジで驚いてるっ! 笑えるぅぅっ!」
 本気でお腹を抱えて笑っている沙織に、一瞬肝を冷やした友之は、激しく抗議した。

「沙織! 笑い事じゃないし、全然笑えないぞ!」
「ごめっ……、あははははっ! わっ、笑いが止まらないぃぃっ! あそこまで驚くなんてぇぇっ!」
「あのな……」
 しかし沙織の笑いは一向に止む気配が無く、友之はうんざりしながら諦めた。

(まあ良いか。ここまで爆笑している沙織の姿も、普段からは想像できないし。沙織といると本当に面白いし予測ができないし、退屈しないよな)
 友之はそんな事を考えながら、沙織が笑い止むまでの暫くの間、苦笑しながら彼女の様子を眺めていた。
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