親孝行の代名詞

篠原 皐月

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冬の風物詩は、これからも当分続く予定

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「うわ……、気がつかなかった。できてる……」
 向かい合ってランチを食べていた優佳が唐突に呟いた内容に、春菜は思わず問い返した。

「はぁ? 何が?」
「これ」
 優佳が箸を持ったまま、手首を捻る。その親指の爪の根元にできたささくれを見て、春菜は呆れ気味に感想を述べた。

「あら、朝は気がつかなかったの? ちゃんと保湿しておきなさいよ」
「う~ん、確かにちょっとサボってたかな。そろそろ電話しないと」
「電話って、どこにかけるのよ?」
「実家」
「さっきから話題が飛んでいるんだけど。どうしてささくれができたら実家に電話しないといけないのよ?」
 全く意味不明な会話の流れに、春菜は本気で困惑した。すると優佳が、如何にもうんざりした様子で話し出す。

「独り暮らしをしてから初めての冬に、地元の友達とスキーに行くために休みを取って実家に帰省したんだけど、その時、指に何か所もささくれを作ってたのよね。それをお母さんが目ざとく見つけて、まともに自炊しないで栄養不足になっているとか、睡眠不足で不摂生な生活をしているんでしょうとか、もう散々小言を言われたの」
 それを聞いた春菜は、正直な感想を口にする。

「あんたったら……、どれだけ指先をボロボロにしてたのよ……」
「人聞き悪いわね!? ほんの何か所かよ! それなのに、どうしてみかん10kg箱を送りつけるのよ!? うちの母、頭おかしいんじゃない!?」
 その優佳の叫びに、春菜の目が点になった。

「はい? 10kgって……、あんた、同棲とかしてないわよね?」
「悪かったわね! ずっと独り暮らしで!」
「食べきれないんじゃない? カビが生えたりして、少し捨てた?」
「そんな事するもんですか! 頑張って食べきったわよ! 確かに一人で食べきれなくて、職場にたくさん持ち込んだわよ! 朝の通勤電車に潰れて困る物を大量に持ち込むわけにはいかないから、わざわざ休日に運び込んだんですからね!?」
「あぁ~、そう言えば入った年の、朝来たら大量にあったみかん、あんたからって言われたっけ……。今、思い出した」
「毎年この時期に送りつけてくるから、せめて5kgにしてくれとこっちから事前に電話で説得してるのよ。それで二年目からは、毎年5kgにして貰ってるんだから」
 そう言って優佳は、憤然としながら食事を再開した。しかし春菜はそんな彼女を眺めながら、何やら意味ありげに笑う。

「ふぅん? ああ、そうなんだ~」
「何よ、その変な笑い」
「ほら、ささくれってさ、不摂生な生活が原因とみなされる場合が多いから、親の言う事を聞かないとか、水仕事ができなくなるから親に迷惑をかけるような意味合いで、親不孝に繋がるとか言われているじゃない。でも大量に送り付けられても腐らせずにしっかり食べきる辺り、親孝行娘だな~と思ってね。それにどうせあんたの性格だと、普段は滅多に実家に電話しないんでしょう? 『5kgにして』コールを、お母さん毎年待ってるんじゃない? やっぱりあんたの場合、ささくれは親不孝じゃなくて親孝行の代名詞だよね」
 そう言ってニヤニヤと笑いつつ、春菜は「うん、感心感心」と一人頷いた。それをキョトンとした顔で聞いた優佳は、すぐに顔を僅かに紅潮させながら言い返す。

「いきなり何訳が分からない事を言い出すのよ、あんたは!?」
「まあまあ、そう照れずに。送って貰ったらお裾分けしてよ。休みの日に、あんたの家に取りに行くから」
「確かに毎年持て余してるから、取りに来るならあげるけど……」
 微妙に不貞腐れつつ応じた同僚を眺め、春菜は笑いを堪えながらその日の昼食を食べ終えたのだった。
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