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第1章 竜の国、人間の国
(4)アメリアの決意
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「ふっ、ふうえっ?」
「すまない。アメリア、遅くなった。誰だ、お前を泣かせた奴は?」
普段、兄のサラザールの見た目は十歳程度の姿であり、アメリアはなんとか涙を抑えながら、その場に現れた青年を見上げた。
「兄様? いつもより、大きい……」
「この方が、気に入らない奴をぶちのめしやすいからな。もう一度聞くが、お前を泣かせたのは誰だ?」
「うっ……、うぇえっ、ふぇえぇぇ……」
落ち着いた優しい声で問われたアメリアは、無意識にジェイクに視線を向けた。その視線の先を無言で追ったサラザールは、旧知の人物を認めた途端、怒気を露わにしながら彼に向かって歩き出す。
「貴様か、ジェイク。前々から気に入らない奴だったが、やはり二十五年前に潰しておくべきだったな」
明らかに殺気を含んだその物言いに、本当に殺される事態にはならないだろうと頭では分かっていたものの心中穏やかではなかったジェイクは、後ずさりしながら必死の形相で弁解した。
「おい、ちょっと待て、サラザール!! 確かに俺が迂闊だったかもしれないが、元はと言えばこいつが人間だときちんと教えていなかった、お前達のせいだろうが!」
「ほぅう? アメリアに面と向かって、お前は竜ではないと言ったわけだ。勿論、それだけではないよな?」
「ああ、言ったさ! お前達がそいつの親兄弟じゃないのは事実だろうが!?」
「貴様!! 今すぐ消し炭にしてやる!!」
「やれるもんならやってみろ!!」
「二人とも止めろ!!」
「ここをどこだと思っている!!」
至近距離で魔力を噴出させつつ臨戦態勢に入った二人を見て、幾人かが悲鳴を上げながら彼らの間に割り込んで制止しようとした。しかしその喧騒の中、甲高い声が響き渡る。
「うるさぁ――――い!!」
「え?」
「は?」
思わず毒気を抜かれたサラザールとジェイクは、声がした方を振り返った。その他の者達も驚いて視線を向けると、つい先程までべそべそ泣いていたアメリアが、両目の周りを赤く腫らしながらも、真剣な顔つきで大人達を叱責してくる。
「皆、うるさいの!! 今、アメリアは大事な事を一杯考えてるのに!! 静かにして! うるさくするなら、母様にお仕置きしてもらうから!! 母様のお仕置きは、凄く怖いのよ!? 泥棒さんが泣いて謝ったんだからね!!」
「あ、ああ……、悪かったアメリア。この馬鹿の始末は後にするから、好きなだけ考えていて構わないから」
反射的にサラザールが謝ったが、その台詞に平坦で冷え切った声が続いた。
「そうだな……。その他諸々も纏めて、愚か者どもには仕置きが必要だな。全く、手間をかけさせてくれる」
明らかに不機嫌と分かる聞き覚えのある声に、その場全員が一斉にリリアが入って来た窓を振り返った。するとそこに黒髪の迫力があり過ぎる美人を認め、室内全体に緊張が走る。
「げっ!!」
「エマリール様!?」
「やっぱりいらしたわね……」
「タイミングが最悪だ」
ある者は恐れおののき、ある者は頭を抱える中、母親を見つけたアメリアは、恐れげもなく彼女に近寄った。
「母様、アメリアは本当に人間なの?」
泣きはらした顔で見上げてきた娘と視線を合わせる為、エマリールは床にしゃがみ込みながら口を開いた。
「……聞いたか」
「うん。母様、アメリアに嘘ついたの?」
そう問われたエマリールは、真顔で娘の顔を凝視した。そして床に両膝をつき、深々とアメリアに対して頭を下げる。
「そうだな……。私はお前に嘘をついた。悪かった、この通りだ」
「………………」
「見ろ! あのエマリール様が!」
「頭を下げるなんて……」
「しかも、あんな子どもに」
神妙に自らの非を認めた母親を見て、アメリアは無言のままどうすれば良いのか分からないというような、困った表情になった。そんな二人を目の当たりにして周囲が驚愕していると、少しして顔を上げたエマリールが、大真面目に断りを入れてくる。
「アメリア。先程、大事な事を考えていると言っていたが、私から少し言わせてもらって良いだろうか?」
「うん、いいよ?」
「確かに私は竜で、お前は人間で、私達の間に血の繋がりはない。だが私はこれまでお前を娘だと思って育ててきたし、これからもそれは変わらない。それは分かって欲しい」
「……うん。アメリアも分かってるよ」
「そうか……」
素直に頷いたアメリアを見て、エマリールは安堵したように幾分表情を緩めた。するとここでアメリアが、何やら思いつめた表情で言い出す。
「母様、今度はアメリアが聞いても良い?」
「ああ。なんだ?」
「その人が言ってたし、絵本にも書いてあったけど、人間って竜より弱くて魔力もなくて早く死んじゃうんだよね?」
「……ああ、そうだな」
ジェイクを指さしながらアメリアが口にした内容を、エマリールは余計な事は言わずに取り敢えず肯定した。そして一瞬、ジェイクを眼光鋭く睨みつける。それでジェイクは生きた心地がしなかったが、アメリアとエマリールの会話は続いた。
「じゃあアメリアは、母様よりとても早く死んじゃうのね?」
「そうだろうな。私がものすごく早死にしない限りは」
「母様、アメリアが死んだら悲しい?」
「………………」
「母様?」
ここで急に眉間にしわを寄せ、不機嫌さを隠そうともせずに黙り込んだ母を見て、アメリアはどうしたのだろうと不思議に思いながら声をかけた。するとエマリールは軽くジェイクに視線を向けながら、アメリアに言い聞かせる。
「アメリア。あまり、当たり前の事を聞かないでくれるか? お前を叱るわけにはいかないから、あの不心得者を再起不能一歩手前まで叩きのめしたくなる」
「うん、ごめんなさい」
「分かれば良い」
素直に頷いたアメリアの頭を撫でながら、エマリールは僅かに顔を綻ばせた。
「は!? まさかひょっとして、その対象って俺かよ!?」
「当然よね」
「潔く、お前が責任を取れ」
ジェイクの周囲では小声でそんな叱責が交わされていたが、そんな事には気がつかないまま、アメリアが真剣な面持ちで口を開いた。
「母様。アメリア真面目に考えて、今、決めたの」
「何をだ?」
「これまで、大きくなったら立派な竜になるって決めてたの。でも、それって無理だよね?」
「ああ、そうだな。それで?」
「だからアメリアは、立派な人間になるの。そして大きくなったらおうちを出て、人間の国で暮らす」
その決意を聞いたエマリールは本気で驚き、内心の狼狽をなんとか押さえ込みながらアメリアに尋ねた。
「どうしてだ? このまま一緒に暮らしても、誰にも文句を言わせるつもりはないが?」
「だって、母様とずっと一緒にいたら、アメリアが先に死んじゃって、母様、泣いちゃうもの。母様に、泣いて欲しくないよ……」
「…………」
アメリアが再び両目に涙を浮かべながら告げた内容を聞いて、エマリールは押し黙った。そのまま涙声でのアメリアの訴えが続く。
「アメリア、頑張って立派な人間になるっ……、だっ、だから……、それ、までは、一緒に、いてぇえぇ……、うぇえっ……」
「そうか……。それなら、無理に引き留めても無理だろうな。勿論、アメリア立派な人間になるまで、一緒にいるから安心しろ」
「かあさまぁあぁ~!」
力強く断言したエマリールに、アメリアは感極まったように泣き叫びながら勢いよく抱きついた。そして再び盛大に泣き出す。
「うわぁあぁ――ん!」
「取り敢えず、こんな風に大泣きしているうちは、外に出すわけにはいかんな」
エマリールは苦笑いしながら、抱きしめているアメリアの頭を優しく撫でてやった。しかしこれで騒動が収まる筈がなく、サラザールが渋面になりながら周囲に問い質した。
「すまない。アメリア、遅くなった。誰だ、お前を泣かせた奴は?」
普段、兄のサラザールの見た目は十歳程度の姿であり、アメリアはなんとか涙を抑えながら、その場に現れた青年を見上げた。
「兄様? いつもより、大きい……」
「この方が、気に入らない奴をぶちのめしやすいからな。もう一度聞くが、お前を泣かせたのは誰だ?」
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落ち着いた優しい声で問われたアメリアは、無意識にジェイクに視線を向けた。その視線の先を無言で追ったサラザールは、旧知の人物を認めた途端、怒気を露わにしながら彼に向かって歩き出す。
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「おい、ちょっと待て、サラザール!! 確かに俺が迂闊だったかもしれないが、元はと言えばこいつが人間だときちんと教えていなかった、お前達のせいだろうが!」
「ほぅう? アメリアに面と向かって、お前は竜ではないと言ったわけだ。勿論、それだけではないよな?」
「ああ、言ったさ! お前達がそいつの親兄弟じゃないのは事実だろうが!?」
「貴様!! 今すぐ消し炭にしてやる!!」
「やれるもんならやってみろ!!」
「二人とも止めろ!!」
「ここをどこだと思っている!!」
至近距離で魔力を噴出させつつ臨戦態勢に入った二人を見て、幾人かが悲鳴を上げながら彼らの間に割り込んで制止しようとした。しかしその喧騒の中、甲高い声が響き渡る。
「うるさぁ――――い!!」
「え?」
「は?」
思わず毒気を抜かれたサラザールとジェイクは、声がした方を振り返った。その他の者達も驚いて視線を向けると、つい先程までべそべそ泣いていたアメリアが、両目の周りを赤く腫らしながらも、真剣な顔つきで大人達を叱責してくる。
「皆、うるさいの!! 今、アメリアは大事な事を一杯考えてるのに!! 静かにして! うるさくするなら、母様にお仕置きしてもらうから!! 母様のお仕置きは、凄く怖いのよ!? 泥棒さんが泣いて謝ったんだからね!!」
「あ、ああ……、悪かったアメリア。この馬鹿の始末は後にするから、好きなだけ考えていて構わないから」
反射的にサラザールが謝ったが、その台詞に平坦で冷え切った声が続いた。
「そうだな……。その他諸々も纏めて、愚か者どもには仕置きが必要だな。全く、手間をかけさせてくれる」
明らかに不機嫌と分かる聞き覚えのある声に、その場全員が一斉にリリアが入って来た窓を振り返った。するとそこに黒髪の迫力があり過ぎる美人を認め、室内全体に緊張が走る。
「げっ!!」
「エマリール様!?」
「やっぱりいらしたわね……」
「タイミングが最悪だ」
ある者は恐れおののき、ある者は頭を抱える中、母親を見つけたアメリアは、恐れげもなく彼女に近寄った。
「母様、アメリアは本当に人間なの?」
泣きはらした顔で見上げてきた娘と視線を合わせる為、エマリールは床にしゃがみ込みながら口を開いた。
「……聞いたか」
「うん。母様、アメリアに嘘ついたの?」
そう問われたエマリールは、真顔で娘の顔を凝視した。そして床に両膝をつき、深々とアメリアに対して頭を下げる。
「そうだな……。私はお前に嘘をついた。悪かった、この通りだ」
「………………」
「見ろ! あのエマリール様が!」
「頭を下げるなんて……」
「しかも、あんな子どもに」
神妙に自らの非を認めた母親を見て、アメリアは無言のままどうすれば良いのか分からないというような、困った表情になった。そんな二人を目の当たりにして周囲が驚愕していると、少しして顔を上げたエマリールが、大真面目に断りを入れてくる。
「アメリア。先程、大事な事を考えていると言っていたが、私から少し言わせてもらって良いだろうか?」
「うん、いいよ?」
「確かに私は竜で、お前は人間で、私達の間に血の繋がりはない。だが私はこれまでお前を娘だと思って育ててきたし、これからもそれは変わらない。それは分かって欲しい」
「……うん。アメリアも分かってるよ」
「そうか……」
素直に頷いたアメリアを見て、エマリールは安堵したように幾分表情を緩めた。するとここでアメリアが、何やら思いつめた表情で言い出す。
「母様、今度はアメリアが聞いても良い?」
「ああ。なんだ?」
「その人が言ってたし、絵本にも書いてあったけど、人間って竜より弱くて魔力もなくて早く死んじゃうんだよね?」
「……ああ、そうだな」
ジェイクを指さしながらアメリアが口にした内容を、エマリールは余計な事は言わずに取り敢えず肯定した。そして一瞬、ジェイクを眼光鋭く睨みつける。それでジェイクは生きた心地がしなかったが、アメリアとエマリールの会話は続いた。
「じゃあアメリアは、母様よりとても早く死んじゃうのね?」
「そうだろうな。私がものすごく早死にしない限りは」
「母様、アメリアが死んだら悲しい?」
「………………」
「母様?」
ここで急に眉間にしわを寄せ、不機嫌さを隠そうともせずに黙り込んだ母を見て、アメリアはどうしたのだろうと不思議に思いながら声をかけた。するとエマリールは軽くジェイクに視線を向けながら、アメリアに言い聞かせる。
「アメリア。あまり、当たり前の事を聞かないでくれるか? お前を叱るわけにはいかないから、あの不心得者を再起不能一歩手前まで叩きのめしたくなる」
「うん、ごめんなさい」
「分かれば良い」
素直に頷いたアメリアの頭を撫でながら、エマリールは僅かに顔を綻ばせた。
「は!? まさかひょっとして、その対象って俺かよ!?」
「当然よね」
「潔く、お前が責任を取れ」
ジェイクの周囲では小声でそんな叱責が交わされていたが、そんな事には気がつかないまま、アメリアが真剣な面持ちで口を開いた。
「母様。アメリア真面目に考えて、今、決めたの」
「何をだ?」
「これまで、大きくなったら立派な竜になるって決めてたの。でも、それって無理だよね?」
「ああ、そうだな。それで?」
「だからアメリアは、立派な人間になるの。そして大きくなったらおうちを出て、人間の国で暮らす」
その決意を聞いたエマリールは本気で驚き、内心の狼狽をなんとか押さえ込みながらアメリアに尋ねた。
「どうしてだ? このまま一緒に暮らしても、誰にも文句を言わせるつもりはないが?」
「だって、母様とずっと一緒にいたら、アメリアが先に死んじゃって、母様、泣いちゃうもの。母様に、泣いて欲しくないよ……」
「…………」
アメリアが再び両目に涙を浮かべながら告げた内容を聞いて、エマリールは押し黙った。そのまま涙声でのアメリアの訴えが続く。
「アメリア、頑張って立派な人間になるっ……、だっ、だから……、それ、までは、一緒に、いてぇえぇ……、うぇえっ……」
「そうか……。それなら、無理に引き留めても無理だろうな。勿論、アメリア立派な人間になるまで、一緒にいるから安心しろ」
「かあさまぁあぁ~!」
力強く断言したエマリールに、アメリアは感極まったように泣き叫びながら勢いよく抱きついた。そして再び盛大に泣き出す。
「うわぁあぁ――ん!」
「取り敢えず、こんな風に大泣きしているうちは、外に出すわけにはいかんな」
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