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第2章 世知辛い世間
(13)トラブルの予兆
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「それではこの消化を助ける薬を1日3回、1回に上のお子さんにはこの薬さじで2杯分、下のお子さんには1杯分を量り取って飲ませてあげてください」
薬液が入った瓶と共に、アメリアは計量用の薬匙を差し出した。しかしそれを見た女性は、要領を得ない顔つきで応じる。
「なんだか面倒くさいわね。それにこんなスプーンを付けられても……。家にある物を使ったら駄目なの?」
「駄目です。同じような大きさに見えても、スプーンの大きさは結構バラバラですから。これで一定量を量って貰う必要があります」
「それなら仕方がないけど……」
「これは結構精密に作ってありますから、薬代とは別にさじ代をいただきます。でも薬を飲み終わったら洗って返して貰えれば、その分の金額はお返ししますから」
「そうなのね。分かったわ。これを使って飲ませるから」
「はい、そうしてください」
そしてまた一人、厳密な服薬指示を行って薬を渡したアメリアは、彼女が外に出ると同時にカウンターに突っ伏した。
「はぁ……、また、なんとか一人こなした……。もっと普通の患者さんが来て欲しい……」
症状としては軽微な客で、アメリアのイメージとしてはもう少し気楽に接客する筈だった面々は、揃いも揃って薬に対する意識が低く、顔が引き攣りそうになるのを堪えながら彼らに使用法を伝授していた。それを思って悶々と考え込み始めたアメリアだったが、ふと我に返って自分自身に言い聞かせる。
「いえ、そうじゃなくて! 向こうとこっちは違うんだから、私の方がこっちの流儀に慣れなければ駄目でしょう。それに一人ずつでもきちんと説明して理解して貰えれば、この次からは同様の説明をしなくても良いわけだし。うん、頑張るわよ!」
そこで自分自身を鼓舞していると、些か乱暴に出入り口のドアが開けられた。
「邪魔するぜ」
「あ、はい! いらっしゃいま、せ……」
反射的に笑顔を向けたアメリアだったが、そこにいたのがガイナスであるのを認め、その笑顔が僅かに強張った。対する彼は、皮肉げにカウンターに向かって足を進めながら、気安く声をかけてくる。
「ほう? それなりに物は揃えて、体裁は整えているみたいだな。ぼちぼち客も来ているって聞いたが?」
「はぁ……、まあ、それなりに……」
「それじゃあ、加入金と今月分の組合費を払ってもらおうか。わざわざこっちが出向いてやったんだから、耳を揃えて払ってくれるんだよな?」
払うのが当然とでも言わんばかりの口ぶりに、アメリアは気合を入れ直して口を開いた。
「申し訳ありませんが、薬師組合には加入しません」
「は? お前、今、何て言った?」
「薬師組合には入りませんので、加入金と組合費とやらはお支払いしませんと言いました」
当惑したガイナスに、アメリアは落ち着き払って言葉を重ねた。それを聞いた彼は一瞬呆気に取られた表情になってから、盛大に怒鳴りつけてくる。
「ふざけるな! 薬師のくせに、組合に入らなくて仕事ができると思ってんのか!?」
「現に組合に加入せずに、活動している薬師の方は存在していますよね? それに、薬師として働くにあたって、薬師組合の加入は必須ではないはずです。こちらに法定文書確認所で作成して貰った認定書がありますが、ご覧になりますか?」
念のため、カウンターの下に準備しておいた認定書を、アメリアは落ち着き払って取り出した。そしてカウンターの上に置き、ガイナスの前に差し出す。それを目にした彼は小さく歯軋りし、低い声で恫喝してきた。
「貴様……、本気で俺達に盾突く気か?」
「単に、どんな活動をしているか分からない所や、納得できない活動をしている組織に加入したくないだけです」
「生意気な小娘だな!! すぐに自分の馬鹿さ加減を後悔させてやるぞ!!」
力任せに拳でカウンターを叩いてから、ガイナスは足音荒く外に出て行った。それを若干白けた目で、アメリアが見送る。
「怒鳴り散らせば、怯えて自分の言う通りにするとでも思っているのかしらね。他にお客がいる時じゃなくて良かった」
思わずそんな独り言を零したところで、再びドアが開く音が聞こえた。
「あ、いらっしゃいませ……。なんだ。レストさんですか……」
入って来た相手を目にした瞬間、アメリアはげんなりした顔になった。対するレストは、そんなアメリアの様子を見て苦笑いで応じる。
「『なんだ』とは、酷い言い草だな~。可愛いアメリアちゃんの顔を見に、わざわざ足を運んだのに」
「どこからどう見ても元気一杯ですね。お客じゃないなら帰ってください」
「まあ、そう言わずに。何か変わった事とか、困った事とかないのかな? お兄さん、相談に乗るよ?」
「兄なら、既に一人いるので結構です」
「へえ? お兄さん、いるんだ」
「ええ。警備隊で働いています」
「じゃあ、今は勤務中なんだ。そうなると、お兄さんも元々は田舎暮らしだった?」
「そうですけど……、それが何か?」
ヘラヘラと笑いながら話しかけてくる男の意図が分からず、アメリアは不審な眼差しを向けた。しかしレストは、相変わらず含み笑いでの会話を続ける。
「いや、お兄さんも苦労してないかなと思って」
「さすがに王都に来たばかりの頃は色々苦労したみたいですけど、こっちに来て一年は経過しているので、今では慣れていると思いますよ?」
「そうなんだ……。それでお兄さんの名前は?」
「サラザールですけど……、それが何か?」
「ちょっと聞いてみただけ。それよりも、さっき入れ違いでここから出て来たのって、ここら辺の薬師組合長のガイナスじゃなかった?」
顔つきを改めての問いかけに、アメリアは僅かに顔を顰めながら言葉を返す。
「そうですよ。組合の加入金と組合費を払えと言われました」
「払ったの?」
「払うわけないじゃありませんか」
きっぱりと断言したアメリアを見て、レストは小さく溜め息を吐いた。そして神妙な面持ちで申し出る。
「そうだよな……。法定文書確認所の事をを教えたのは俺だし、認定書を作らせたのも俺だから。その分、責任の一端はあると思うんだ。困ったことがあったら相談に乗るから。遠慮しなくて良いからな?」
「はぁ……、それはどうも。もしかして、それでわざわざ来てくれたんですか?」
「なんていうか……、君からはトラブルの予感しか感じないんだよな。俺、自分の勘に、結構自信持っているから」
微妙な表情でのレストの台詞に、アメリアは憮然としながら軽く頭を下げる。
「お気遣いいただいて、ありがとうございます。でも、それほど心配して貰う事はないと思います」
「それなら良いんだけどね……。ああ、何かあったらギブズ人材紹介所で、俺かルーファに言伝を頼めば伝わるから。それじゃあ、また」
「あ、ちょっと!」
来た時と同じく、唐突に立ち去ったレストを呆然と見送ってから、アメリアは渋面になって愚痴を零す。
「心配して貰えるのは嬉しいけど、私がトラブルに見舞われるのが前提にしないで欲しいわね」
しかしレストの予言じみた台詞は、この直後に現実のものとなるのだった。
薬液が入った瓶と共に、アメリアは計量用の薬匙を差し出した。しかしそれを見た女性は、要領を得ない顔つきで応じる。
「なんだか面倒くさいわね。それにこんなスプーンを付けられても……。家にある物を使ったら駄目なの?」
「駄目です。同じような大きさに見えても、スプーンの大きさは結構バラバラですから。これで一定量を量って貰う必要があります」
「それなら仕方がないけど……」
「これは結構精密に作ってありますから、薬代とは別にさじ代をいただきます。でも薬を飲み終わったら洗って返して貰えれば、その分の金額はお返ししますから」
「そうなのね。分かったわ。これを使って飲ませるから」
「はい、そうしてください」
そしてまた一人、厳密な服薬指示を行って薬を渡したアメリアは、彼女が外に出ると同時にカウンターに突っ伏した。
「はぁ……、また、なんとか一人こなした……。もっと普通の患者さんが来て欲しい……」
症状としては軽微な客で、アメリアのイメージとしてはもう少し気楽に接客する筈だった面々は、揃いも揃って薬に対する意識が低く、顔が引き攣りそうになるのを堪えながら彼らに使用法を伝授していた。それを思って悶々と考え込み始めたアメリアだったが、ふと我に返って自分自身に言い聞かせる。
「いえ、そうじゃなくて! 向こうとこっちは違うんだから、私の方がこっちの流儀に慣れなければ駄目でしょう。それに一人ずつでもきちんと説明して理解して貰えれば、この次からは同様の説明をしなくても良いわけだし。うん、頑張るわよ!」
そこで自分自身を鼓舞していると、些か乱暴に出入り口のドアが開けられた。
「邪魔するぜ」
「あ、はい! いらっしゃいま、せ……」
反射的に笑顔を向けたアメリアだったが、そこにいたのがガイナスであるのを認め、その笑顔が僅かに強張った。対する彼は、皮肉げにカウンターに向かって足を進めながら、気安く声をかけてくる。
「ほう? それなりに物は揃えて、体裁は整えているみたいだな。ぼちぼち客も来ているって聞いたが?」
「はぁ……、まあ、それなりに……」
「それじゃあ、加入金と今月分の組合費を払ってもらおうか。わざわざこっちが出向いてやったんだから、耳を揃えて払ってくれるんだよな?」
払うのが当然とでも言わんばかりの口ぶりに、アメリアは気合を入れ直して口を開いた。
「申し訳ありませんが、薬師組合には加入しません」
「は? お前、今、何て言った?」
「薬師組合には入りませんので、加入金と組合費とやらはお支払いしませんと言いました」
当惑したガイナスに、アメリアは落ち着き払って言葉を重ねた。それを聞いた彼は一瞬呆気に取られた表情になってから、盛大に怒鳴りつけてくる。
「ふざけるな! 薬師のくせに、組合に入らなくて仕事ができると思ってんのか!?」
「現に組合に加入せずに、活動している薬師の方は存在していますよね? それに、薬師として働くにあたって、薬師組合の加入は必須ではないはずです。こちらに法定文書確認所で作成して貰った認定書がありますが、ご覧になりますか?」
念のため、カウンターの下に準備しておいた認定書を、アメリアは落ち着き払って取り出した。そしてカウンターの上に置き、ガイナスの前に差し出す。それを目にした彼は小さく歯軋りし、低い声で恫喝してきた。
「貴様……、本気で俺達に盾突く気か?」
「単に、どんな活動をしているか分からない所や、納得できない活動をしている組織に加入したくないだけです」
「生意気な小娘だな!! すぐに自分の馬鹿さ加減を後悔させてやるぞ!!」
力任せに拳でカウンターを叩いてから、ガイナスは足音荒く外に出て行った。それを若干白けた目で、アメリアが見送る。
「怒鳴り散らせば、怯えて自分の言う通りにするとでも思っているのかしらね。他にお客がいる時じゃなくて良かった」
思わずそんな独り言を零したところで、再びドアが開く音が聞こえた。
「あ、いらっしゃいませ……。なんだ。レストさんですか……」
入って来た相手を目にした瞬間、アメリアはげんなりした顔になった。対するレストは、そんなアメリアの様子を見て苦笑いで応じる。
「『なんだ』とは、酷い言い草だな~。可愛いアメリアちゃんの顔を見に、わざわざ足を運んだのに」
「どこからどう見ても元気一杯ですね。お客じゃないなら帰ってください」
「まあ、そう言わずに。何か変わった事とか、困った事とかないのかな? お兄さん、相談に乗るよ?」
「兄なら、既に一人いるので結構です」
「へえ? お兄さん、いるんだ」
「ええ。警備隊で働いています」
「じゃあ、今は勤務中なんだ。そうなると、お兄さんも元々は田舎暮らしだった?」
「そうですけど……、それが何か?」
ヘラヘラと笑いながら話しかけてくる男の意図が分からず、アメリアは不審な眼差しを向けた。しかしレストは、相変わらず含み笑いでの会話を続ける。
「いや、お兄さんも苦労してないかなと思って」
「さすがに王都に来たばかりの頃は色々苦労したみたいですけど、こっちに来て一年は経過しているので、今では慣れていると思いますよ?」
「そうなんだ……。それでお兄さんの名前は?」
「サラザールですけど……、それが何か?」
「ちょっと聞いてみただけ。それよりも、さっき入れ違いでここから出て来たのって、ここら辺の薬師組合長のガイナスじゃなかった?」
顔つきを改めての問いかけに、アメリアは僅かに顔を顰めながら言葉を返す。
「そうですよ。組合の加入金と組合費を払えと言われました」
「払ったの?」
「払うわけないじゃありませんか」
きっぱりと断言したアメリアを見て、レストは小さく溜め息を吐いた。そして神妙な面持ちで申し出る。
「そうだよな……。法定文書確認所の事をを教えたのは俺だし、認定書を作らせたのも俺だから。その分、責任の一端はあると思うんだ。困ったことがあったら相談に乗るから。遠慮しなくて良いからな?」
「はぁ……、それはどうも。もしかして、それでわざわざ来てくれたんですか?」
「なんていうか……、君からはトラブルの予感しか感じないんだよな。俺、自分の勘に、結構自信持っているから」
微妙な表情でのレストの台詞に、アメリアは憮然としながら軽く頭を下げる。
「お気遣いいただいて、ありがとうございます。でも、それほど心配して貰う事はないと思います」
「それなら良いんだけどね……。ああ、何かあったらギブズ人材紹介所で、俺かルーファに言伝を頼めば伝わるから。それじゃあ、また」
「あ、ちょっと!」
来た時と同じく、唐突に立ち去ったレストを呆然と見送ってから、アメリアは渋面になって愚痴を零す。
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