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第3章 そして事態は混迷を深める
(8)お節介気味の気遣い
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「ところで……、公爵の娘との縁談を断るのは、れっきとした理由でもあるのか? 差し当たって、他に結婚を考えている女性がいるとか、密かに交際している女性がいるとか?」
興味津々で質問を続けてきたライオネルに、ルーファは辟易しながら応じた。
「いえ、兄上。そのような女性は」
「あなた。いくら実の兄弟でも、プライベートかつデリケートな内容を無理矢理聞き出そうとするのは感心しませんわよ?」
「う……、それはそうだがな」
妻にやんわりと苦言を呈され、ライオネルが不満げに口ごもる。これでこの話題は終わりかとルーファは安堵しかけたが、ここで夫以上に好奇心旺盛な口調でシルヴィアが追及してきた。
「と、言いたいところですが、私も興味がありますわ。ルーファ、本当にそういう方はいないのかしら? 私達に隠しているだけで、実はいるのではない?」
「シルヴィアもそう思うか! ほら、シルヴィアもこう言っているぞ。観念して正直に話してみてはどうだ?」
(これは本当まいったな……。兄上だけではなく、義姉上までとは)
どう考えても曖昧に誤魔化せそうにない雰囲気に、ルーファは苦笑するしかなかった。そして正直に現状を報告する。
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、今のところ結婚する予定の女性も交際している女性もおりませんので」
正確に言えば、迂闊に有力な後ろ盾がある妻などを得たら、王妃やその周辺からの疑念を呼んで派閥抗争を勃発しかねないので、相手を選ぶのに慎重にならざるをえないからである。さすがにルーファは、兄に面と向かってそんな事を言えなかった。しかしライオネルはその辺りの推察が抜け落ちているらしく、如何にも残念そうに口にする。
「本当か? お前くらい利発で人当たりが良くて行動力がある者など、引く手数多だと思うのだがな」
「実は、ライオネルは少し心配していたの。あなたがなかなか意中の人を教えてくれないのは、相手が貴族ではないからではないかと思って」
「シルヴィア。ここで言うことはなかろう」
「いえ、本当にそういう相手がまだいないだけですから、その手のご心配は不要ですから」
夫婦で軽く揉め始めたのを見て、慌ててルーファは会話に割り込んだ。そこでライオネルが、真顔で弟に告げる。
「分かった。だがな、お前が選んだ女性なら間違いはあるまい。父上や母上が色々うるさいだろうが、私はお前の判断と相手の女性を認めて祝福するからそのつもりでな?」
「色々悶々と考えた挙句、『要するに、どこぞの貴族に養女とすれば問題ないだろう。その場合、どこの家に頼むか』とか、先走るにも程がある事を真顔で言っていたのよ?」
「だから、ここで言わずとも良いだろうが」
愚痴っぽく口にした兄を見て、ルーファは思わず笑いを誘われながら感謝の言葉を口にした。
「兄上、義姉上、お気遣いいただきありがとうございます。勿論、結婚が決まりましたら、真っ先にお二人にご報告の上、相手とも顔合わせの機会を設けるようにいたします。その時は、宜しくお願いいたします」
「それは嬉しいな」
「楽しみにしていますね」
神妙に頭を下げたルーファに、ライオネルとシルヴィアは微笑みながら頷いた。それから暫くの間、近況報告や世間話などしながら楽しくひと時を過ごし、まだ空が明るいうちにルーファは兄夫婦に別れを告げた。
「今日も散々からかわれたというか、遊ばれてしまったというか……。だが、ちゃんと夕食前には解放してくれたし、政務を後回しにして会ってくれた兄上には感謝しないとな」
王妃や異母姉妹と同席しての食事など、味がしないどころか不味くなる要素しかないため、それを理解していたライオネルは苦笑しながらルーファを帰したのだった。来た時と同様に馬車に乗り込み、自身の屋敷に向かいながら、彼はぼんやりと窓から見える景色に目を向ける。
「それにしても……。話をしている時に、どうして彼女の顔が浮かんだのか……」
独り言を口にしてから、ルーファはアメリアの事を思い返した。そして次の瞬間、苦笑いの表情で小さく首を振る。
「こんな事を口にしたら絶対兄上達に食いつかれるし、下手をすると彼女に迷惑がかかるのが確実だな。重々気をつけよう」
ルーファはそんな事を自分自身に言い聞かせ、そんな彼を乗せた馬車は城の門をくぐって王都内に走り出て行った。
※※※
ルーファを乗せた馬車が城門をくぐったのと同じ頃、城の一角でひそやかな会話が交わされていた。
「あれの話を聞いたか?」
「はい。全く、とんでもないお話です」
「薄汚い混ざり者に、侯爵位など……。あのおいぼれ、早々に始末しておくべきだった」
室内にいるのは二人だけであり、そこで主である人間の歯軋りの音が小さく響く。そんな憤懣やるかたない様子の主を、数歩の距離を取った配下が冷静に宥める。
「もう暫くお待ちください。ここで怪しまれるわけにはまいりません」
「分かっている」
そこで二人の会話は終了となり、窓の外には徐々に薄闇が広がっていった。
興味津々で質問を続けてきたライオネルに、ルーファは辟易しながら応じた。
「いえ、兄上。そのような女性は」
「あなた。いくら実の兄弟でも、プライベートかつデリケートな内容を無理矢理聞き出そうとするのは感心しませんわよ?」
「う……、それはそうだがな」
妻にやんわりと苦言を呈され、ライオネルが不満げに口ごもる。これでこの話題は終わりかとルーファは安堵しかけたが、ここで夫以上に好奇心旺盛な口調でシルヴィアが追及してきた。
「と、言いたいところですが、私も興味がありますわ。ルーファ、本当にそういう方はいないのかしら? 私達に隠しているだけで、実はいるのではない?」
「シルヴィアもそう思うか! ほら、シルヴィアもこう言っているぞ。観念して正直に話してみてはどうだ?」
(これは本当まいったな……。兄上だけではなく、義姉上までとは)
どう考えても曖昧に誤魔化せそうにない雰囲気に、ルーファは苦笑するしかなかった。そして正直に現状を報告する。
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、今のところ結婚する予定の女性も交際している女性もおりませんので」
正確に言えば、迂闊に有力な後ろ盾がある妻などを得たら、王妃やその周辺からの疑念を呼んで派閥抗争を勃発しかねないので、相手を選ぶのに慎重にならざるをえないからである。さすがにルーファは、兄に面と向かってそんな事を言えなかった。しかしライオネルはその辺りの推察が抜け落ちているらしく、如何にも残念そうに口にする。
「本当か? お前くらい利発で人当たりが良くて行動力がある者など、引く手数多だと思うのだがな」
「実は、ライオネルは少し心配していたの。あなたがなかなか意中の人を教えてくれないのは、相手が貴族ではないからではないかと思って」
「シルヴィア。ここで言うことはなかろう」
「いえ、本当にそういう相手がまだいないだけですから、その手のご心配は不要ですから」
夫婦で軽く揉め始めたのを見て、慌ててルーファは会話に割り込んだ。そこでライオネルが、真顔で弟に告げる。
「分かった。だがな、お前が選んだ女性なら間違いはあるまい。父上や母上が色々うるさいだろうが、私はお前の判断と相手の女性を認めて祝福するからそのつもりでな?」
「色々悶々と考えた挙句、『要するに、どこぞの貴族に養女とすれば問題ないだろう。その場合、どこの家に頼むか』とか、先走るにも程がある事を真顔で言っていたのよ?」
「だから、ここで言わずとも良いだろうが」
愚痴っぽく口にした兄を見て、ルーファは思わず笑いを誘われながら感謝の言葉を口にした。
「兄上、義姉上、お気遣いいただきありがとうございます。勿論、結婚が決まりましたら、真っ先にお二人にご報告の上、相手とも顔合わせの機会を設けるようにいたします。その時は、宜しくお願いいたします」
「それは嬉しいな」
「楽しみにしていますね」
神妙に頭を下げたルーファに、ライオネルとシルヴィアは微笑みながら頷いた。それから暫くの間、近況報告や世間話などしながら楽しくひと時を過ごし、まだ空が明るいうちにルーファは兄夫婦に別れを告げた。
「今日も散々からかわれたというか、遊ばれてしまったというか……。だが、ちゃんと夕食前には解放してくれたし、政務を後回しにして会ってくれた兄上には感謝しないとな」
王妃や異母姉妹と同席しての食事など、味がしないどころか不味くなる要素しかないため、それを理解していたライオネルは苦笑しながらルーファを帰したのだった。来た時と同様に馬車に乗り込み、自身の屋敷に向かいながら、彼はぼんやりと窓から見える景色に目を向ける。
「それにしても……。話をしている時に、どうして彼女の顔が浮かんだのか……」
独り言を口にしてから、ルーファはアメリアの事を思い返した。そして次の瞬間、苦笑いの表情で小さく首を振る。
「こんな事を口にしたら絶対兄上達に食いつかれるし、下手をすると彼女に迷惑がかかるのが確実だな。重々気をつけよう」
ルーファはそんな事を自分自身に言い聞かせ、そんな彼を乗せた馬車は城の門をくぐって王都内に走り出て行った。
※※※
ルーファを乗せた馬車が城門をくぐったのと同じ頃、城の一角でひそやかな会話が交わされていた。
「あれの話を聞いたか?」
「はい。全く、とんでもないお話です」
「薄汚い混ざり者に、侯爵位など……。あのおいぼれ、早々に始末しておくべきだった」
室内にいるのは二人だけであり、そこで主である人間の歯軋りの音が小さく響く。そんな憤懣やるかたない様子の主を、数歩の距離を取った配下が冷静に宥める。
「もう暫くお待ちください。ここで怪しまれるわけにはまいりません」
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