フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

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第1章 絵から始まる事件

(12)些細な陰謀

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「兄上、至急のお呼びと伺いましたが、何事ですか?」
「ああ、うん。取り敢えずそちらに座ってくれ」
「はい」
 呼び出しに応じて早速自分の執務室にやって来た弟を、ジェラルドはソファーに促した。そしてアルティナ以外を人払いをして、室内に三人だけになったところで、ランディスと向かい側に座り、傍らに立っているアルティナを紹介する。

「それでだな……。こちらは近衛騎士団白騎士隊のアルティナ・シャトナー殿だ」
「初めてお目にかかります、ランディス殿下」
 そう言って軽く頭を下げたアルティナを見て、ランディスも同様に頭を下げた。

「こちらこそ。亡きアルティン隊長の妹君の話は、私も聞き及んでおりま」
「と言いたい所ですが、確かにアルティナは殿下と初対面でも、私は殿下にお目にかかるのは久しぶりになります」
「はぁ?」
 自分の台詞を遮って、アルティナが大真面目に口にした内容にランディスが戸惑うと、ジェラルドが少々困った様に言い出した。

「ランディス。すぐには信じられないかと思うが、少しだけ私の話を聞いてくれ」
「はい、何でしょうか?」
 怪訝な顔をしながらも、おとなしく兄の話に耳を傾けたランディスだったが、話が進むに従って、徐々に険しい表情になった。

「そういうわけで、今のアルティナ殿の意識は、アルティンのそれと入れ替わっている」
 そして一通り話を聞き終えたランディスは、本気で怒り出した。

「兄上、大丈夫ですか!? 兄上がこんなにお疲れなのに、補佐役達は何をしているんだ!! 怠慢過ぎるぞ!! 兄上、早くお休み下さい。直ちに医師を」
「ランディス……。私は正気だから、騒ぎ立てるな」
「ですが!」
 血相を変えて側近達を罵倒した弟を、ジェラルドが溜め息を吐きながら冷静に宥める。

「これは事実だ。しっかり現実を受け入れろ」
「…………」
(すみません、ランディス殿下。気持ちは分かります。本当に変な設定で、申し訳ありません)
 真顔で言い聞かされたランディスは黙り込み、如何にも納得いかない顔つきでアルティナを眺めた。その視線を受けながら、アルティナは心の中で詫びる。

「……分かりました。アルティナ殿にアルティン殿の意識があるとして、それを知らせる為にわざわざ私を呼び寄せたわけではありませんよね?」
 取り敢えず話を進める事にしたらしいランディスが問いを発すると、ジェラルドも再び真顔になって頷いた。

「ああ、本題はこれからだ。これはくれぐれも他言無用だが、最近絵画を利用した麻薬密輸が行われている」
「なんですって!? 兄上、それはどういう事ですか?」
 もはやアルティナの事などどうでも良いとばかりに、自分に向かって身を乗り出しながら尋ねてきた弟に、ジェラルドは現時点で分かっている事の全てを語って聞かせた。

「一応、現時点で私達が把握している内容は、これ位だが」
「何という事だ……。美術品を利用して麻薬密輸を画策するだけでも許し難いのに、盗作だと?」
 既に話の途中から憤怒の形相になっていたランディスだが、ここで目の前のテーブルを激しく叩きながら怒りの声を上げた。

「許せん!! マークスは画家としてのプライドは無いのか!?」
「ランディス、美術品に造詣が深いお前の気持ちは分かるが、少し落ち着け」
「ですが兄上!」
 そこで兄弟の会話に、落ち着き払った声でアルティナが割り込んだ。

「私もそのマークス・ダリッシュとやらを恥知らずだと思いますが、なけなしのプライドと虚栄心は持っていると思います。それで恥知らずの奴に相応しい賞罰を与えたく、是非ランディス殿下のお力をお借りしたいのです」
「どういう事ですか?」
 不審そうにランディスが目を向けてきた為、アルティナは冷静に話を続けた。

「殿下は内務省でも教育・福祉に携わる部署の次官として勤務されている上、美術品の愛好家としての面もお持ちで、折に触れ同じ趣味の方々と交流しておられると伺っております」
「確かにそうですが……、それがどうかしましたか?」
「知己の方々に声をかけて、マークス・ダリッシュの初期作品の現在の所在を、できるだけ多く調べて頂きたいのです」
「え?」
「あ、勿論、最近の駄作などは除外して構いません。評価の高い、活動を初めてから三年目位までの作品についてのみでお願いします」
「どうしてですか?」
「本人には内密にして、マークス・ダリッシュの個展を開催しようと思いまして。そこに本人を、招待しようかと考えております」
「え? それがどうして……」
 アルティナの意図するところが、未だ分からないままランディスが戸惑った顔を見せたが、この間黙ってやり取りを聞いていたジェラルドには分かったらしく、苦笑いしながら声をかけてきた。

「……なるほど、そういう事か。アルティンはなかなか辛辣だな」
「お褒めの言葉を頂き、恐縮です」
「それでは場所は、私が王宮内に手配しよう。必要な物もこちらで揃える。王太子直々の招待であれば、伯爵家の三男など普段晴れがましい席に出る事も少ない者なら、疑いもせずにのこのこ出向くだろうからな」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
 積極的に一枚噛む姿勢を見せたジェラルドにアルティナが苦笑しながら頭を下げると、ここで漸く話の流れが分かったらしいランディスが、真顔になった。その表情の変化を確認したアルティナが、彼に向き直って要請する。

「ランディス殿下。一週間位で、初期作品の現在の所有者を、調べ上げる事は可能でしょうか?」
 その問いかけに、ランディスはきっぱりと断言した。

「五日あれば……。いや、三日で調べ上げて、一週間のうちに所有者全員から貸し出しの許可を取ります」
「それは助かります。それではそちらの方は、全面的に殿下にお任せしても宜しいでしょうか?」
「ええ、任せて下さい。ついでに参加者の人選も済ませておきます。とびきり審美眼の鋭い方々ばかりを選定して、招待状を出しますから」
「殿下もなかなかお人が悪い」
「アルティン殿には負けると思いますが?」
「否定できませんね」
 そして三人は互いの顔を見合わせ、ひとしきり笑ってから、ランディスとアルティナはジェラルドの執務室を後にした。
 そして並んで歩き始めてから、ランディスが慎重に彼女に尋ねてくる。

「アルティン殿。その……、リディアの様子はご存知ありませんか?」
 それを聞いてもアルティナは足を止めないまま、アルティンを装いながら冷静に答えた。

「アルティナが心配していましたね。やはりショックが大きかったらしく、昨日から部屋に籠もりきりですから」
「そうですか……。それでは彼女に渡して貰いたい物があるのですが……」
 しかしその依頼について、アルティナがやんわりと指摘する。

「今の私はアルティンなので、アルティナと意識が代わった時に、殿下から預かった物を持っていても理由が分からず困惑します。ナスリーン隊長に言付ければ、確実にリディアの手に渡ると思いますが」
「あ、ああ……、そうですね。分かりました。それではここで失礼します」
「はい、宜しくお願いします」
 そうして廊下の曲がり角で別れたアルティナは、遠ざかるランディスの背中を見送りながら、思わず呟いた。

「さて……、これから一体、どうなる事やら」
 その懸念は自分が立案した計画の遂行に関してではなく、当然リディアとランディスに対しての物だった。
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