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(3)届出用紙
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「おい、佐倉。これはどうした?」
何枚かの用紙を指さしながら険しい表情で詰問してきた彼に、下手な言い逃れが通用する筈も無く、玲は端的に事実を告げた。
「見て分からない? 姻族関係終了届と、復氏届の用紙よ」
「だから、どうしてそんな物が、ここにあるのかを聞いている」
苛立たし気に重ねて問われた玲は、これ以上春日相手に下手な事は言えないと判断し、正直に口にした。
「……向こうのお義母さんから、最近送られてきたのよ」
「他に私信は?」
「特に無いわ。封筒にはこの二枚だけ入っていたの」
「どういうつもりだ……」
眉間にしわを寄せながら盛大に舌打ちした春日を宥めるように、玲はなるべく明るく言ってみた。
「どうもこうも……。真吾が死んだ後も私と姻族関係が継続している事が許せないし、自分と同じ桐谷姓を名乗っている事自体、我慢できないという事じゃないの?」
しかしそれは余計に春日の神経を逆撫でしたらしく、眼光鋭く睨み付けられる。
「お前の考えはどうなんだ? どちらも法律上は他人から、この場合故人の親族から強要される物では無い。故人の配偶者の意思によって、提出される物だ」
「うん……、それは分かっているわ」
「まさかこれまで、同じ物を何度も送り付けられていたわけではないだろうな?」
「今回が初めてだから、そんな怖い顔をしないでよ」
本気で向こうに怒鳴り込みかねないと玲が心配し始めると、それが表情で分かったのか、春日は気持ちを落ち着かせるように深い溜め息を吐いてから、いつもの口調で話し出した。
「真吾の母親がお前を毛嫌いしているのは、どう考えても八つ当たりだ。そもそも仕事だって、真吾の病気が回復の見込みが無いと早々に分かってしまったから、『後々生活に困らないように、仕事は続けた方が良い』と向こうのお父さんが言ってくれたんだろう?」
夫婦共通の大学時代からの友人達は、夫の入院中に見舞ってくれたり葬儀にも出席していた為、その辺の事情を周知していた。春日が渋面でその事を持ち出すと、玲が苦笑で返す。
「ええ。それでお母さんが、真吾が入院中はずっと付いてくれていたから。それもあって、私の事を気に入らないのは分かっているのよ」
「文句を言う気は無いのか?」
「言ってどうにかなるものかしら?」
困ったように首を傾げられた春日は、玲の言い分も尤もだと割り切る事にした。
「今更か……。それもそうだな。邪魔したな、今度こそ帰る」
「どうもありがとう。助かったわ」
「朝までちゃんと寝ろよ?」
最後にもう一度念押しして帰った春日に、玲は(相変わらず過保護だわ)と苦笑しながらドアをロックし、リビングに戻った。そして再び重ねてある用紙を眺めてから、その横の壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。
「この時期にこういう物を送ってきたのは、やっぱりそういう事なのかしらね……」
そこに簡潔に記載してあるその予定を確認した玲は、暫く考え込んでから、春日に言われた通り食べて寝るべく再びキッチンに戻って行った。
何枚かの用紙を指さしながら険しい表情で詰問してきた彼に、下手な言い逃れが通用する筈も無く、玲は端的に事実を告げた。
「見て分からない? 姻族関係終了届と、復氏届の用紙よ」
「だから、どうしてそんな物が、ここにあるのかを聞いている」
苛立たし気に重ねて問われた玲は、これ以上春日相手に下手な事は言えないと判断し、正直に口にした。
「……向こうのお義母さんから、最近送られてきたのよ」
「他に私信は?」
「特に無いわ。封筒にはこの二枚だけ入っていたの」
「どういうつもりだ……」
眉間にしわを寄せながら盛大に舌打ちした春日を宥めるように、玲はなるべく明るく言ってみた。
「どうもこうも……。真吾が死んだ後も私と姻族関係が継続している事が許せないし、自分と同じ桐谷姓を名乗っている事自体、我慢できないという事じゃないの?」
しかしそれは余計に春日の神経を逆撫でしたらしく、眼光鋭く睨み付けられる。
「お前の考えはどうなんだ? どちらも法律上は他人から、この場合故人の親族から強要される物では無い。故人の配偶者の意思によって、提出される物だ」
「うん……、それは分かっているわ」
「まさかこれまで、同じ物を何度も送り付けられていたわけではないだろうな?」
「今回が初めてだから、そんな怖い顔をしないでよ」
本気で向こうに怒鳴り込みかねないと玲が心配し始めると、それが表情で分かったのか、春日は気持ちを落ち着かせるように深い溜め息を吐いてから、いつもの口調で話し出した。
「真吾の母親がお前を毛嫌いしているのは、どう考えても八つ当たりだ。そもそも仕事だって、真吾の病気が回復の見込みが無いと早々に分かってしまったから、『後々生活に困らないように、仕事は続けた方が良い』と向こうのお父さんが言ってくれたんだろう?」
夫婦共通の大学時代からの友人達は、夫の入院中に見舞ってくれたり葬儀にも出席していた為、その辺の事情を周知していた。春日が渋面でその事を持ち出すと、玲が苦笑で返す。
「ええ。それでお母さんが、真吾が入院中はずっと付いてくれていたから。それもあって、私の事を気に入らないのは分かっているのよ」
「文句を言う気は無いのか?」
「言ってどうにかなるものかしら?」
困ったように首を傾げられた春日は、玲の言い分も尤もだと割り切る事にした。
「今更か……。それもそうだな。邪魔したな、今度こそ帰る」
「どうもありがとう。助かったわ」
「朝までちゃんと寝ろよ?」
最後にもう一度念押しして帰った春日に、玲は(相変わらず過保護だわ)と苦笑しながらドアをロックし、リビングに戻った。そして再び重ねてある用紙を眺めてから、その横の壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。
「この時期にこういう物を送ってきたのは、やっぱりそういう事なのかしらね……」
そこに簡潔に記載してあるその予定を確認した玲は、暫く考え込んでから、春日に言われた通り食べて寝るべく再びキッチンに戻って行った。
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