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(11)墓前にて
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本堂で真吾の七回忌法要が執り行われていた頃、敷地内の墓地にある桐谷家の墓にやって来た玲は、水を入れ直した花立てに持参した花を活け、線香を上げながら墓石に向かって語りかけていた。
「久しぶり。もう少ししたら皆さんが来るから、一人で先に来ちゃった」
少々ばつが悪そうにそう告げてから、玲は申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「真吾は死ぬ前、特に言ってはいなかったけど……。やっぱり自分の家族とは、仲良くして欲しかったわよね。ごめん。色々至らない嫁で」
そこで溜め息を吐いてから、玲は肩を竦める。
「お義母さんから申請用紙が送り返されてきたら、なるべく早く申請するつもりだけど……、ずっと桐谷姓で勤務してきたから、今更旧姓に戻すのもちょっとね。色々と、周囲に勘ぐられそうだし。職場では、このまま桐谷で通しても良いかな?」
何も答えてくれる筈がないと分かっていながら、玲は弁解するように話し続けた。
「それから、このお墓にも入らない事になるから……。でも真吾は、その方が良かったかもよ? お墓の中で、お義母さんと私の間で真吾が神経をすり減らす事も無いだろうし。でも死んでいるんだから、すり減るも何も無いか」
そう言ってひとしきり笑ってから、玲は改めて墓石を見据えながら口を開いた。
「お義母さんと仲良くできなかった事は心残りだけど、真吾と結婚した事は後悔していないから。これからも時々、会いに来るわね」
そう宣言した玲は、すっきりした表情で立ち上がった。そして寺から借りた桶と柄杓を手にして、ゆっくりと歩き出した。
「どうしようかな……。この事をお母さんが知ったら狂喜乱舞して、山ほど縁談を抱えて上京して来そう……。暫く黙っていよう。うん、それが良いわよね」
そんな事を自分自身に言い聞かせていると、バッグの中から着信を知らせる音と振動が伝わってくる。慌ててスマホを取り出した玲だったが、発信者名を見て思わず溜め息を吐いた。
「噂をすれば影……。だけど無視しても、またかかってくるよね……」
色々観念した玲は、母からの電話に応答した。
「お母さん、玲だけど。何か急用?」
「急用ってわけじゃないけど、そろそろ真吾さんの七回忌の時期でしょう? 向こうがどうするつもりなのか、玲は知っている?」
「それは……」
咄嗟に誤魔化す台詞が浮かんでこなかった玲が口ごもると、何かを察したらしい弘美が微妙に口調を鋭くしながら詰問してくる。
「何、玲。知っている事があるなら、さっさと言いなさい」
「その……、今、法要をしているの……」
玲が恐る恐る正直に告げると、弘美の訝しげな声が返ってくる。
「え? 今? こっちに案内なんか来なかったわよ?」
「出していないと思うわ。お義姉さんに聞いたら、ご両親と兄弟だけで済ませる事にしたそうだし」
「ちょっと待って。『今、法要をしている』って、あんたはどうしてこの電話に出ているの?」
「法要に出ていないから」
「何ですって!? あの女に叩き出されたの!?」
「違うから! 私がそうしたの! お義母さんから復氏届と姻族関係終了届の用紙が送られてきたから、今後は遠慮しようと思って!」
「…………」
本気で怒り出した母を宥める為、玲が慌てて叫ぶと、弘美が急に黙り込んだ。
「ええと……、お母さん?」
「そう……。事情は分かったわ。それならそれで良いのよ。もう金輪際、向こうと関わり合うんじゃないわよ?」
「それはまた、別の話で」
「いいわね!?」
「……分かったから」
うんざりしながら一応母親に調子を合わせた玲は、ちょっとした話を弘美から聞かせられてから通話を終わらせた。
「思ったよりあっさり引き下がってくれて助かったけど、本当に疲れた……。明日は仕事だし、早く帰って休もう」
予想外に精神的な疲労を受けてしまった玲は、ぐったりしながら帰途についた。
「久しぶり。もう少ししたら皆さんが来るから、一人で先に来ちゃった」
少々ばつが悪そうにそう告げてから、玲は申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「真吾は死ぬ前、特に言ってはいなかったけど……。やっぱり自分の家族とは、仲良くして欲しかったわよね。ごめん。色々至らない嫁で」
そこで溜め息を吐いてから、玲は肩を竦める。
「お義母さんから申請用紙が送り返されてきたら、なるべく早く申請するつもりだけど……、ずっと桐谷姓で勤務してきたから、今更旧姓に戻すのもちょっとね。色々と、周囲に勘ぐられそうだし。職場では、このまま桐谷で通しても良いかな?」
何も答えてくれる筈がないと分かっていながら、玲は弁解するように話し続けた。
「それから、このお墓にも入らない事になるから……。でも真吾は、その方が良かったかもよ? お墓の中で、お義母さんと私の間で真吾が神経をすり減らす事も無いだろうし。でも死んでいるんだから、すり減るも何も無いか」
そう言ってひとしきり笑ってから、玲は改めて墓石を見据えながら口を開いた。
「お義母さんと仲良くできなかった事は心残りだけど、真吾と結婚した事は後悔していないから。これからも時々、会いに来るわね」
そう宣言した玲は、すっきりした表情で立ち上がった。そして寺から借りた桶と柄杓を手にして、ゆっくりと歩き出した。
「どうしようかな……。この事をお母さんが知ったら狂喜乱舞して、山ほど縁談を抱えて上京して来そう……。暫く黙っていよう。うん、それが良いわよね」
そんな事を自分自身に言い聞かせていると、バッグの中から着信を知らせる音と振動が伝わってくる。慌ててスマホを取り出した玲だったが、発信者名を見て思わず溜め息を吐いた。
「噂をすれば影……。だけど無視しても、またかかってくるよね……」
色々観念した玲は、母からの電話に応答した。
「お母さん、玲だけど。何か急用?」
「急用ってわけじゃないけど、そろそろ真吾さんの七回忌の時期でしょう? 向こうがどうするつもりなのか、玲は知っている?」
「それは……」
咄嗟に誤魔化す台詞が浮かんでこなかった玲が口ごもると、何かを察したらしい弘美が微妙に口調を鋭くしながら詰問してくる。
「何、玲。知っている事があるなら、さっさと言いなさい」
「その……、今、法要をしているの……」
玲が恐る恐る正直に告げると、弘美の訝しげな声が返ってくる。
「え? 今? こっちに案内なんか来なかったわよ?」
「出していないと思うわ。お義姉さんに聞いたら、ご両親と兄弟だけで済ませる事にしたそうだし」
「ちょっと待って。『今、法要をしている』って、あんたはどうしてこの電話に出ているの?」
「法要に出ていないから」
「何ですって!? あの女に叩き出されたの!?」
「違うから! 私がそうしたの! お義母さんから復氏届と姻族関係終了届の用紙が送られてきたから、今後は遠慮しようと思って!」
「…………」
本気で怒り出した母を宥める為、玲が慌てて叫ぶと、弘美が急に黙り込んだ。
「ええと……、お母さん?」
「そう……。事情は分かったわ。それならそれで良いのよ。もう金輪際、向こうと関わり合うんじゃないわよ?」
「それはまた、別の話で」
「いいわね!?」
「……分かったから」
うんざりしながら一応母親に調子を合わせた玲は、ちょっとした話を弘美から聞かせられてから通話を終わらせた。
「思ったよりあっさり引き下がってくれて助かったけど、本当に疲れた……。明日は仕事だし、早く帰って休もう」
予想外に精神的な疲労を受けてしまった玲は、ぐったりしながら帰途についた。
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