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エピローグ
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とある休日。午後になってから、優奈が夫である白瀬康宏と共に桐谷家の墓に出向くと、活けられたばかりに見える花と灰になった線香を認め、先客がいた事が分かった。
「あれ? お義父さん達が来たわけじゃないよな? お義母さんがこの前脚を怪我して、俺達に墓参りを頼んだ位だし」
「勿論、違うわよ。来てくれたのは、多分玲さんで、真吾の命日に合わせて来てくれたのよ」
「そうか……。そうだろうな」
康宏は最初当惑したが、優奈が溜め息まじりに口にした推測を聞いて、納得しながら頷いた。
それから、言葉少なに持参した花と線香を備えて二人は合掌したが、康宏がしみじみとした口調で言い出す。
「早いものだな。あの七回忌から、もう一年経ったのか……。あの後暫く、お前が大荒れで大変だったな……」
「当たり前でしょう!? 自分の親があんなに無神経な人間だったなんて、恥ずかしいし腹立たしいわよ!」
「未だに、お義母さんへの当たりがきついよな……」
「何よ。何か文句があるの?」
うんざり気味に溜め息を吐いた康宏を軽く睨んでから、ここで優奈が思い出したように告げた。
「あ、そうそう。玲さんと言えば、最近結婚が決まったそうなの」
「今でも彼女とやり取りをしているのか?」
少し驚いたように康宏が問い返すと、優奈が苦笑気味に答える。
「玲さんは律儀だから。七回忌で最後に会った時、時々で良いから近況を知らせて欲しいと言ったら、今度の結婚相手と付き合い出した時に連絡をくれてね。少し前に結婚を決めた事を知らせてきたのよ」
「そうだったのか……。何にせよ、彼女にとっては良かったな。まだ若いんだし」
「そうしたらその相手が、私も知っている人で驚いたわ。あなたは覚えているかしら? 真吾の大学時代からの友人で、葬儀にも来てくれた春日さんの事」
それを聞いた康宏は、本気で驚いた顔になる。
「え? それって、確か……、弁護士か司法書士の人だよな? 三回忌の時も出向いてくれなかったか?」
「そう。入院中にお見舞いに来てくれた所に遭遇した事もあるし、真吾と凄く仲が良かった人よ。玲さんと友人としての付き合いも長いし、気心も人柄も知れているだろうから安心したわ。さっき真吾に、その事を報告したから。それじゃあ、帰りましょうか」
そこで優奈は話を終わらせ、手早く片付けて墓から撤収したが、彼女と並んで歩く康宏は難しい顔で少し考え込んでから妻に声をかけた。
「あのな、優奈。俺は一年前から、時々考えている事があるんだが……」
「は? 考えているって、何を?」
「お義母さんが、玲さんにずっと当たりがキツかった理由」
「今更、何言ってるのよ? お母さんの性格がキツいだけでしょう?」
ムッとしながら言い返した優奈だったが、康宏は辛抱強く言い聞かせた。
「そうじゃなくて。お義母さんは葬儀の時に取り乱して、玲さんに対して罵声を浴びせた上、あんな暴挙に及んだ事をずっと後悔していたんじゃないかと思って。でも意地になって、素直に謝れなかったんじゃないかと」
それを聞いた優奈が、呆れ果てた表情になる。
「はぁあ? どこをどう見たら、そんな好意的な解釈が成り立つわけ?」
「お義母さんは普段、そんなに意固地な方じゃないだろう? 悪い事や間違った事をしたら、すぐに謝るし軌道修正できる人だよな? 玲さんに関する事以外は」
「だから玲さんの事をよっぽど嫌いで、逆恨みしているだけでしょう? 顔を合わせる毎にイビり抜いて。親戚中から『さすがにあれはちょっと……。優奈ちゃんから一言意見してあげたら』と、何回言われたと思ってるのよ!?」
親戚間での噂話のネタになっている事実を思い出した優奈は声を粗げたが、康宏は真顔で続けた。
「それで『あの姑ではさすがに気の毒だ』と玲さんは親戚中から同情されているし、仮にすぐ再婚しても、それほど非難されなくても済んだんじゃないか?」
「……え? 再婚?」
「だって夫が死んでからすぐに遺された妻が再婚したら、元夫の親族としては面白ないだろう?」
「…………」
予想外の事を言われた優奈は目を見開いて固まったが、康宏はそんな妻の反応を窺いながら、慎重に言葉を継いだ。
「だけど玲さんは、真吾君が死んでから六年経っても独り身のままだったから……。『さっさと自分達と縁切りして、こっちに構わず再婚しろ』と言う意味で、姻族関係終了届と復氏届の用紙を何も言わずに送り付けたんじゃないかなと……」
「…………」
立ち止まったまま、夫婦で見詰め合う事暫し。優奈は面白くなさそうな顔付きで、再び歩き出した。
「……考え過ぎよ。あなたは本当に、お母さんに甘いわね」
「お前は実の娘なんだから、もう少し優しくしてやれよ……」
母親以上の頑固者だと言う言葉を飲み込みながら、康宏は彼女と並んで歩き出した。
「お母さん、ちゃんとお墓参りして来たから」
自宅に戻った優奈が実家に電話をかけると、母の朋子が申し訳無さそうに謝ってきた。
「悪かったわね、せっかくのお休みに出向いて貰って」
「どのみち行くつもりだったから構わないけど……、先客がいてね。多分、玲さんが来てくれたんじゃないかと思うの」
さりげなく玲の事を話題に出すと、途端に不快げな声が返ってくる。
「……また来たの? いつまでも目障りね」
「それでね、お母さん。玲さんが教えてくれたんだけど、近々再婚するそうよ」
「あら、そう。うちとは関係がないから、勝手にすれば良いわ」
「まあ、これまで散々お母さんに邪険にされても、毎年命日には実家に出向いてくれていた玲さんだったら、再婚しても真吾の墓参りには来てくれそうだけどね」
「…………」
優奈が多少皮肉っぽく口にしてみると、電話越しに沈黙が返ってくる。それを意外に思いながら、優奈は話を切り上げた。
「話はそれだけよ。無理しないで、脚をちゃんと治してね?」
「ええ、ありがとう。今日は助かったわ」
最後はいつもの口調で会話を終わらせた母だったが、優奈は短い会話の間に、何となく感じるものがあった。
「……案外、第三者の康宏の方が、冷静に観察できたのかもね」
無意識にそんな事を呟いた優奈は、今後は少し母への態度を改めようかと思いながら、固定電話の受話器を静かに元に戻した。
(完)
「あれ? お義父さん達が来たわけじゃないよな? お義母さんがこの前脚を怪我して、俺達に墓参りを頼んだ位だし」
「勿論、違うわよ。来てくれたのは、多分玲さんで、真吾の命日に合わせて来てくれたのよ」
「そうか……。そうだろうな」
康宏は最初当惑したが、優奈が溜め息まじりに口にした推測を聞いて、納得しながら頷いた。
それから、言葉少なに持参した花と線香を備えて二人は合掌したが、康宏がしみじみとした口調で言い出す。
「早いものだな。あの七回忌から、もう一年経ったのか……。あの後暫く、お前が大荒れで大変だったな……」
「当たり前でしょう!? 自分の親があんなに無神経な人間だったなんて、恥ずかしいし腹立たしいわよ!」
「未だに、お義母さんへの当たりがきついよな……」
「何よ。何か文句があるの?」
うんざり気味に溜め息を吐いた康宏を軽く睨んでから、ここで優奈が思い出したように告げた。
「あ、そうそう。玲さんと言えば、最近結婚が決まったそうなの」
「今でも彼女とやり取りをしているのか?」
少し驚いたように康宏が問い返すと、優奈が苦笑気味に答える。
「玲さんは律儀だから。七回忌で最後に会った時、時々で良いから近況を知らせて欲しいと言ったら、今度の結婚相手と付き合い出した時に連絡をくれてね。少し前に結婚を決めた事を知らせてきたのよ」
「そうだったのか……。何にせよ、彼女にとっては良かったな。まだ若いんだし」
「そうしたらその相手が、私も知っている人で驚いたわ。あなたは覚えているかしら? 真吾の大学時代からの友人で、葬儀にも来てくれた春日さんの事」
それを聞いた康宏は、本気で驚いた顔になる。
「え? それって、確か……、弁護士か司法書士の人だよな? 三回忌の時も出向いてくれなかったか?」
「そう。入院中にお見舞いに来てくれた所に遭遇した事もあるし、真吾と凄く仲が良かった人よ。玲さんと友人としての付き合いも長いし、気心も人柄も知れているだろうから安心したわ。さっき真吾に、その事を報告したから。それじゃあ、帰りましょうか」
そこで優奈は話を終わらせ、手早く片付けて墓から撤収したが、彼女と並んで歩く康宏は難しい顔で少し考え込んでから妻に声をかけた。
「あのな、優奈。俺は一年前から、時々考えている事があるんだが……」
「は? 考えているって、何を?」
「お義母さんが、玲さんにずっと当たりがキツかった理由」
「今更、何言ってるのよ? お母さんの性格がキツいだけでしょう?」
ムッとしながら言い返した優奈だったが、康宏は辛抱強く言い聞かせた。
「そうじゃなくて。お義母さんは葬儀の時に取り乱して、玲さんに対して罵声を浴びせた上、あんな暴挙に及んだ事をずっと後悔していたんじゃないかと思って。でも意地になって、素直に謝れなかったんじゃないかと」
それを聞いた優奈が、呆れ果てた表情になる。
「はぁあ? どこをどう見たら、そんな好意的な解釈が成り立つわけ?」
「お義母さんは普段、そんなに意固地な方じゃないだろう? 悪い事や間違った事をしたら、すぐに謝るし軌道修正できる人だよな? 玲さんに関する事以外は」
「だから玲さんの事をよっぽど嫌いで、逆恨みしているだけでしょう? 顔を合わせる毎にイビり抜いて。親戚中から『さすがにあれはちょっと……。優奈ちゃんから一言意見してあげたら』と、何回言われたと思ってるのよ!?」
親戚間での噂話のネタになっている事実を思い出した優奈は声を粗げたが、康宏は真顔で続けた。
「それで『あの姑ではさすがに気の毒だ』と玲さんは親戚中から同情されているし、仮にすぐ再婚しても、それほど非難されなくても済んだんじゃないか?」
「……え? 再婚?」
「だって夫が死んでからすぐに遺された妻が再婚したら、元夫の親族としては面白ないだろう?」
「…………」
予想外の事を言われた優奈は目を見開いて固まったが、康宏はそんな妻の反応を窺いながら、慎重に言葉を継いだ。
「だけど玲さんは、真吾君が死んでから六年経っても独り身のままだったから……。『さっさと自分達と縁切りして、こっちに構わず再婚しろ』と言う意味で、姻族関係終了届と復氏届の用紙を何も言わずに送り付けたんじゃないかなと……」
「…………」
立ち止まったまま、夫婦で見詰め合う事暫し。優奈は面白くなさそうな顔付きで、再び歩き出した。
「……考え過ぎよ。あなたは本当に、お母さんに甘いわね」
「お前は実の娘なんだから、もう少し優しくしてやれよ……」
母親以上の頑固者だと言う言葉を飲み込みながら、康宏は彼女と並んで歩き出した。
「お母さん、ちゃんとお墓参りして来たから」
自宅に戻った優奈が実家に電話をかけると、母の朋子が申し訳無さそうに謝ってきた。
「悪かったわね、せっかくのお休みに出向いて貰って」
「どのみち行くつもりだったから構わないけど……、先客がいてね。多分、玲さんが来てくれたんじゃないかと思うの」
さりげなく玲の事を話題に出すと、途端に不快げな声が返ってくる。
「……また来たの? いつまでも目障りね」
「それでね、お母さん。玲さんが教えてくれたんだけど、近々再婚するそうよ」
「あら、そう。うちとは関係がないから、勝手にすれば良いわ」
「まあ、これまで散々お母さんに邪険にされても、毎年命日には実家に出向いてくれていた玲さんだったら、再婚しても真吾の墓参りには来てくれそうだけどね」
「…………」
優奈が多少皮肉っぽく口にしてみると、電話越しに沈黙が返ってくる。それを意外に思いながら、優奈は話を切り上げた。
「話はそれだけよ。無理しないで、脚をちゃんと治してね?」
「ええ、ありがとう。今日は助かったわ」
最後はいつもの口調で会話を終わらせた母だったが、優奈は短い会話の間に、何となく感じるものがあった。
「……案外、第三者の康宏の方が、冷静に観察できたのかもね」
無意識にそんな事を呟いた優奈は、今後は少し母への態度を改めようかと思いながら、固定電話の受話器を静かに元に戻した。
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