いらっしゃいませ、久遠様

篠原皐月

文字の大きさ
16 / 21

(16)分かる天罰、分からない天罰

しおりを挟む
「えぇ? 何よそれ? ちょっと納得できないんだけど? 神様って、自分を信じる者には罰を与えて、信じない者は野放しってこと? 不公平過ぎるし、『正直者が馬鹿を見る』って言葉通りじゃない」
「だから、話を最後まで聞けと言っている。罰は、罰として捉える者にしか意味はない。そして幸運を幸運として得られる者は、それなりの理由があるということだ」
「益々意味不明なんだけど……。どうせなら分かるように話してくれない?」
 眉根を寄せた郁に対し、久遠は真顔で説明を続けた。

「分かりやすくいうと、例えばある者に良縁の相手がいたとする。天罰というのは、出会った後に破局するか、そもそも出会いがないか、二つに分かれるな」
「はい?」 
「仕事で大きな仕事を成功させるために、有力な人物がいたとする。この場合、天罰は知り合った後に失敗するか、そもそも知り合う機会がないかに分かれるな」
「あの……、つまり? 信心がない、そもそも神様を敬ったり怖れ入らないような類の人間には、そもそも成功の機会を与えないし、そんな可能性があったことすら気づかせないということ?」
 久遠の話の内容を自分なりに解釈してみた郁は、自信なさげに確認を入れた。そんな彼女に向かって、久遠が淡々と結論を述べる。

「神を信じるものにだけ罰を与えるというのは不公平に感じるかもしれんが、失敗をどう克服して成功に繋げるかという試練も与えているのでな。信心のないものに、成功や失敗の機会を与えてやる義理はなかろう」
 そこで三好と久美も、神妙な口調で会話に混ざってくる。

「そうなると、日頃の行いが悪い者には成功する機会どころか、失敗する機会すら与えられないということですか……」
「それはそれで、辛辣ですね。しかも本人は、それらを微塵も認識できていないわけですから」
 そこで郁が推測を述べる。

「そうなると? その万引き犯達は自分達が知らないところで、色々な幸運を逃しているということ? 悪いことは起きないけど、良いことも起きないという意味で合っているかしら?」
「そんな風に考えておけ。書店の店主は気の毒だが、第三者が色々言っていても仕方があるまい。元々心がけは良い者のようだから、そのうちどうとでもなるのではないか?」
「最後は精神論で纏める気? ここは一つ神様らしく、『不埒者には残らず天罰を下してみせる』とか、格好良く宣言すれば?」
「我のような存在が、あまり人の世に関わるのは勧められんのでな」
「がっちりここに遊びに来てるじゃない!」
「気まぐれに立ち寄っているだけだ。それに入り浸っているわけでもない」
 思わず声を荒らげた郁だったが、そんな彼女を三好が宥める。

「まあまあ、新見さん。ご馳走しますから、もう一杯どうですか? 今度は何にしましょうか?」
「……ありがとうございます。それでは次はエチオピアでお願いします」
「分かりました。そちらを飲み終わるタイミングでお出ししますね」
 素直に三好の好意に甘えることにした郁の隣で、久遠と久美が言葉を交わす。

「久遠様。今日準備していたお団子は、もうお納めいただきましたか?」
「ああ、あの店は長年地道な商売をしておるのでな。前々から目をかけておる」
「そうですよね! いつもお客さんが一杯で、リニューアルしたイートインスペースも賑やかですもの! 久遠様がご贔屓されているなら納得ですわ!」
 満面の笑みで久遠と相対している久美の手前、怒り続けるわけにもいかなかった郁は、溜め息を吐いて珈琲のお代わりを待つことにした。


 ※※※


「ただいま戻りました」
 郁が職場に戻ると、支店長の伊東が待ち構えていたように声をかけてきた。

「新見。随分ゆっくり戻って来たな」
「はい。休憩先で、ちょっと心温まる話を聞いてきたもので」
「どんな話だ?」
 伊東の背後から、何人かの社員が郁に向かって目配せを送ってきていたが、不幸なことに彼女はそれに気がつかなかった。そして聞いてきたばかりの話を、久遠が関連するところを綺麗に除いて伝える。

「そういうわけで、書店店主の粋な図らいと心配りと、老成しての人生の教訓を心に刻んできました。きっとその少年も、良い人生の勉強をさせて貰いましたよね。『失敗しても良いが、同じ失敗を二度三度と繰り返すな』は、本当にそうだと思います。凄く深くて良い話を聞かせて貰いました」
「そうだな。俺もそれには全く同意見だ」
「支店長もそう思いますよね!」
 上司が真顔で深く頷いてくれたことで、郁は嬉しくなって明るく声を上げた。しかし次の瞬間、伊東の怒声が室内に轟き渡る。 

「この契約書、確認項目が抜けているだろうが!! 赤を入れておいたから、さっさと作り直して再提出しろ!! お前は同じ間違いを何回繰り返す気だ!?」
「申し訳ありません! 直ちに訂正しますので、少しだけお待ちください!」
 郁は泡を食って伊東の机に駆け寄り、クリアファイルに入れてある書類を受け取って自分の席に駆け戻った。

「何をやっているんだか……」
 猛然と書類の作成を始めた郁を横目で見ながら、隣席の水戸は疲労感満載の溜め息を吐いたのだった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...