いらっしゃいませ、久遠様

篠原皐月

文字の大きさ
20 / 21

(20)クオンくん誕生秘話

しおりを挟む
「まあ、良いわ。それはそれとして、この際、一番重要な事を確認したいのだけど」
「何だ?」
「あなた、久遠様を見たことがあるわよね?」
「あの狐がどうかしたのか?」
「久遠様を可愛く描いてみて」
「はあ?」
「幸吉くんと彩華ちゃんがあんな風に描けるのなら、当然できるわよね?」
「お前な……。すみません、マスター。何かいらない紙と書くものを貸していただけませんか?」
「あ、はい! お待ちください」
 いきなり要求されて努は困惑した様子を見せたものの、すぐに呆れ顔になりながら三好に声をかけた。それを聞いた三好は、慌ててメモ用紙とボールペンを努達がいるテーブルに持って行く。

「これを使ってください」
「ありがとうございます。お借りします」
 三好に軽く会釈してから、努は真顔でメモ用紙を見下ろした。そして少しだけ考え込む様子を見せてから、ボールペンを手に取ってサラサラとメモ用紙の上を滑らせる。

「こんな感じか? 久遠という名前の響きから、雄かと思ってそれらしく描いてみたが」
 ボールペンを置いた努は、久美に向かってメモ用紙を差し出した。それを受け取った久美は、一目見るなり歓喜の叫びを上げる。

「ウエイターとバリスタの久遠様!! 凄く可愛いぃっ! それに加えて、凛々しくて格好良すぎる!!」
 久美の絶賛ぶりを見て、郁と三好は彼女に歩み寄った。

「すみません、ちょっと見せて貰って良いですか?」
「あ、できれば私も……」
「はい、ご遠慮なく!」
「おい!」
 努が窘めるような声を上げたものの、久美は構わず二人に向かってメモ用紙を差し出す。そこに描かれた、デフォルメされたトレーを抱えた狐と珈琲を淹れている狐のイラストに、二人は揃って感嘆の声を上げた。

「うっわ! 無茶苦茶可愛い! それっぽい制服も着てるし!」
「そうでしょう! 久遠様の愛らしさが炸裂してますよね!」
「鉛筆で下書きしないで、いきなりボールペンで描いているんですよね? 本当に凄いな」
「ですよね! これ、この店のマスコットキャラクターになりません?」
「あ、良いかも! 店内の掲示物に描いておくとか」
「メニューとかの隅に載せても良さそうですよね?」
「あなた! こんな簡単な走り描きじゃなくて、ちゃんとカラーで描いて!」
「…………」
 満面の笑みで、久美は夫を振り返った。しかし努は、無表情のまま無言を保つ。そしてさすがにはしゃぎすぎたと自覚した郁と三好は、思わず頭を下げた。

「あの……、先走ってしまって申し訳ありません」
「すみません、筑紫さん。騒ぎ立ててしまいまして……」
 しかし久美だけは、そのままのテンションで話を続けた。

「あなた、構わないわよね! 勿論、料金はタダよ!」
「久美さん! そんな一方的な!」
「そうですよ! ご主人だってご迷惑でしょうから!」
 二人が慌てて久美を押しとどめようとしたが、ここで努が穏やかに笑いながら申し出てくる。

「いえ……、迷惑ではありませんし、妻がお世話になっておりますので無料で描きますから。お気遣いなく。それでは近日中に数パターンを描いて妻に持たせますので、ご覧になってみてください。気に入らなければ、返却していただければ良いので」
「分かりました。よろしくお願いします」
「あ、そうだわ。あなた、鳥羽さんが暁書店用に幸吉くんと彩華ちゃんのイラストを描いて欲しいと言っていたの。さっきかなり恐縮しながら帰って行ったから、向こうからは頼みにくいかもしれないわ。今夜にでも、あなたの方から電話してみて頂戴」
「分かった」
 そこで話は終わりになり、努はいつも通り珈琲を一杯飲んで帰宅した。


「何だか、凄い展開でしたね……」
「人は見かけによらないって、本当ですよね……」
「あの部屋の中って、一体どうなっているのよ……」
「どれどれ? ほう? あの者には、我はこのように見えているのか?」
 努を見送ってから半ば呆然としていた三人だったが、ふと新たな声が割り込んできたことで我に返った。

「久遠様、いらっしゃいませ!」
「そんなわけないでしょう。これは万人受けするように、可愛らしく描いただけですって」
「あの……、こんな風に描かれるのはお嫌でしょうか?」
 三好が恐る恐るお伺いを立てたが、久遠は僅かに首を傾げただけで淡々と言葉を返す。

「いや、別に嫌ではない。このように我の姿を描く者はこれまでいなかったのでな。新鮮、とでも言えば良いか。別に構わんぞ?」
「ありがとうございます」
 久遠が鷹揚に頷き、三好は安堵しきった顔になった。するとここで久美が、控えめに申し出てくる。

「あの……、久遠様。お尋ねしても良いでしょうか?」
「うん? 何だ?」
 先程までとは打って変わって神妙な様子に、久遠が怪訝な顔で問い返した。郁と三好も何事かと視線を向ける中、久美が話を切り出す。

「あの……、以前、書店での万引きについて話をしましたが、覚えておいでですか?」
「ああ、不心得者どもの話だな。それがどうかしたか?」
「夫が暁書店用の幸吉くんと彩華ちゃんのイラストを描くことになりましたので、それに泥棒よけの細工とかしていただくことは可能でしょうか?」
「ほう? なるほど……」
 控え目な訴えに、久遠は真顔で考え込んだ。郁と三好もどうなることかと固唾を飲んで見守っていたが、久遠はあっさりと言葉を返してくる。

「一応、商売を妨げるような悪しき心を取り除く類の神力を込めることはできるが、そもそも信心を持たぬような輩に効くとは思えんな。だがそれで良ければ、持ってくるが良い」
「ありがとうございます! それで十分です! よろしくお願いします!」
 途端に顔つきを明るくして礼を述べた久美に、久遠は鷹揚に頷いてみせる。

「そなたには常日頃、色々と供えてもらっているからな。これくらいは良かろう」
「それから、店内でこの久遠様のイラストを使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「使いたければ使えば良い」
「ありがとうございます! でもさすがに恐れ多いので、こちらの絵はクオンくんと呼ばせていただきますね!」
 久美と久遠の間でどんどん進んでいく話に郁と三好は半ばついて行けず、唖然として事態の推移を見守るのみだった。











しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...