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十月

2.藤宮家の内情

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「藤宮さん、ちょっと食べながら話を聞きたい事があるんだが……」
 昼休みに部屋を出た美幸は、社員食堂に向かって歩き出した所を追いかけて来た城崎に、怪訝な視線を向けた。

「仕事中では駄目なんですか?」
「半分はプライベートだから、あまり周囲に聞かれたく無くてね」
 すこぶる真面目に答えた城崎が答えると、(それなら半分は仕事に関係する事だろうし……)と、相手が口から出任せを言うタイプでは無いと、分かる程度には信頼している相手の言う事でもあり、美幸はすぐに了承の返事をした。

「分かりました。これから一緒に食べる約束をしていた同期の子に断りを入れますから、少し待っていて下さい」
「悪いな」
 申し訳無さそうに短く謝った城崎に、美幸は不思議に思いつつ軽く頷き、約束していた晴香に急用ができたと断りのメールを入れ、ビルの外に出て二人で歩き出した。
 城崎が「こちらの都合に付き合わせているから、今日は奢る」との申し出に、美幸は素直に行きつけのカフェを選択して城崎を案内する。そして女性客が圧倒的に多い店内で二人掛けの席を確保し、二人ともパスタセットを注文してから改めて美幸が問い掛けた。

「それで、どういったお話でしょうか?」
 その問いかけに対し、城崎は多少困惑した素振りを見せてから、慎重に話し出した。

「その……、この前の歓迎会の時、君がすぐ上のお姉さんの事について言及したのを覚えているか?」
「えっと……。はい。その節は自宅まで送って頂き、ありがとうございました。上司の手を煩わせるなんて何事だと、一番上の姉にみっちり叱られました」
 自分の発言内容を振り返りつつ、その時の失態も思い出した美幸は、些か気まずい思いで頭を下げる。しかしそれには構わず、城崎は話を続けた。

「藤宮さんを送って行った事に関しては、一向に構わないんだが……。実は今日、社長経由で見合いの話が来たんだ」
 そこで唐突に告げられた内容に、セットのサラダに手を延ばしかけた美幸の動きが止まる。

「は? 『誰』と『誰』の見合い話ですか?」
「『俺』と、君のすぐ上のお姉さんの『藤宮美野さん』だ」
(君が相手だったら、一も二も無く即決で受けたんだがな……)
 そんな事を密かに考えた城崎だったが、余計な事は一言も漏らさずスープの入ったカップを持ち上げて、中身を一口飲んだ。それと殆ど同時に、美幸の狼狽した声が上がる。

「何ですかそれはっ!!」
「藤宮さん! 声が大きい!」
「すっ、すみませんっ! でもっ! 何で、どうしてそんな事になってるんですか?」
 立ち上がりこそしなかったものの、店内中に響き渡る声を上げた美幸を慌てて窘めてから、城崎は冷静に確認を入れた。

「君がそこまで驚くという事は、やはり家の中でこの事は、話題になってはいないんだな?」
「はい、初耳です! どうしてそんな話があるのに、妹の私が知らないんですか? 係長とは同じ職場なんですから、話が伝わらない筈無いのにおかしいですよ!」
「そうだろうな。これは意図的に外されたのか? 裏で白鳥先輩が、妙な事を考えていそうだが……」
 力一杯訴えた美幸から微妙に視線を逸らしながら城崎が考え込むと、美幸が不思議そうに口を挟む。

「係長? 秀明お義兄さんが、どうして妙な事を考えるんですか?」
 その様子から、過去に他人の迷惑など顧みる事など無かった男が、恐らく義妹達には未だに本性を露わにしていないのだろうと察した城崎は、それを正直に告げた場合の制裁を考えて、誤魔化すことにした。その為、かなり歯切れの悪い物言いになってしまう。

「その……、先輩は結構悪戯好きと言うか、傍迷惑と言うか……。自分が楽しむ為には、手段と労力を厭わないと言うか……」
「あの真面目で優しいお義兄さんがですか? そんなのありえませんから。係長、何をそんなに被害妄想じみた事を言っているんですか?」
 心底呆れた風情で美幸に断言され、城崎は思わず小声で忌々しげに呟く。

「完璧に婚家で、猫被ってやがんな。あのぬらりひょん野郎……。嫁までだまくらかしてんじゃねぇだろうな?」
「係長、今何か仰いました?」
「いや、何でもない」
 そこで城崎は何とか気を取り直し、乱暴になった口調を戻して話を進める事にした。

「藤宮さんを送って行った時に顔を合わせて、初めて先輩が婿養子に入っていた事を知ったんだが、そこで君の一番上とすぐ上の姉さんとも顔を合わせたから、変に目を付けられたのかもな」
「目を付けられたって、どういう意味ですか?」
「君のお姉さんの婿がねにって事」
「はぁ……、だから見合い話ですか」
 今一つ納得しかねる風情で応じた美幸に、城崎は些か気乗りしない表情で問い掛けた。

「あまり想像したく無いんだが……、ひょっとしたら俺は、お姉さんとすぐに離婚したっていう、義理のお兄さんに似ているのか?」
「はぁ? どうしてそんな事を聞くんですか?」
 完全に予想外の方向に話が流れて戸惑う美幸に、城崎が説明を加える。

「その……、外見が似ているせいでお姉さんの気を引いて、それで見合い話が持ち上がったのかとも思ったから」
 そんな推察を城崎が口にしたが、美幸はこれ以上は無いと言う位、力一杯否定した。

「全然、これっぽっちも似てません! あのろくでなし野郎とは月とスッポンです。自信持って下さい、係長! 寧ろ係長が良いから縁談を纏めてと姉が父や義兄に言ったのなら、やっと人を見る目が備わったのねと、誉めてあげますっ!」
「それはどうも……」
(手放しで誉めてくれるのは嬉しいが、もしその通りだった場合、面倒な事になるのは確実だから、素直に喜べない……)
 そんな微妙な心境に陥っている城崎には構わず、美幸は勢い込んで話を続ける。

「姉の結婚が決まった時も、多少見た目が良くて仕事は出来るかもしれないけど、何でこんな胡散臭い人と結婚するのかと疑問に思った位ですから」
「そうか。じゃあやはりお姉さん主導で話が出た訳じゃ無くて、先輩辺りが俺に白羽の矢を立てたとでも考えるのが、自然かな?」
「恐らくその線が強いと思います。これまでも姉夫婦が、結構再婚を勧めていたみたいですし。係長がお義兄さんの後輩なので、気心が知れているから話を出したのかも。これまで美野姉さんは縁談に見向きもしないで、最近では引き籠もりっぽくなっていましたし」
 そう言って思わず溜め息を吐いた美幸に、城崎は軽く頷いてみせた。

「それならやはり、ご家族は心配するだろうな。大体の事情は分かったよ。ありがとう」
「いえ、何だか身内の事で係長を煩わせてしまって、申し訳ありません」
「多少驚いたが実害は無いし、構わないさ。じゃあ急いで食べるぞ。時間が押している」
「え? やだ、本当。急がないと休憩時間が終わっちゃう!」
 城崎に促され、いつの間にか目の前に置かれていたパスタと時間を確認した美幸は、慌ててフォークを手にして食べ始めた。あまり時間に余裕が無い為に、無駄話をせずに黙々と食べる事に専念したが、両者とも釈然としない気分で食べ進める。

(全く……、ただでさえ職場で色々懸念事項があるってのに。どうして更に面倒な事になるかな。きちんと断ったから、これ以上長引かないとは思うが)
(どうして唐突に美野姉さんと係長の縁談? 第一、美野姉さんはこれまで父さんや姉さん達が勧めても、その手の話に一切乗って来なかったのに……。まあ、確かにさっき言ったように、課長は有能だし格好良いから無理ないかもしれないけど……)
 そして食べ終わってからは、お約束通り「姉の事で変な気を遣わせてしまったみたいなので、今日は私が奢ります!」「いや、付き合って貰ったのはこちらの方だからやっぱり俺が」とレジの前で押し問答してしまい、結局時間ギリギリに小走りで部屋に戻る羽目になって、「何で二人で、息を切らして帰って来るんだ?」と周囲から不審がられる羽目になった。
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