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美樹十三歳、発端は密談から
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ある晴れた、行楽日和の日曜日。美樹は桜査警公社の防犯警備部門から人員を派遣して貰い、弟妹従弟妹全員を引き連れて、都内の某遊園地に繰り出した。
三台のバンに分乗してやって来た彼らが広い駐車場に降り立つと、美樹がすかさず皆に指示を出す。
「皆、ここまでは一緒に来たけど、これからは乗りたい物の傾向毎に、班を作って行動するからね? お世話してくれるこの人達の言う事を良く聞いて、言われた通りにするのよ?」
「分かってるって」
「はーい」
「うん、大丈夫」
「はやくいこ~」
大人達を差し示しながら言い聞かせる美樹に、小さな子達がうずうずしながら応じる。それを見ながら、美樹が説明を続けた。
「それじゃあ、まず安曇と淳志君と美久は、この酒井さんに付いて貰うわ。安曇、好きに動いて良いけど、オイタをするようなら遠慮無く二人をシバいて良いからね?」
「任せて! 美樹ちゃんの許可が出たなら、やりたい放題よね!」
年長者の班を仕切るのは、美樹の一つ下の安曇であり、彼女は実に良い笑顔でウインクした。それを見た淳志と美久が、どこか諦めたように囁き合う。
「一番野放しにしたら拙いのって、安曇ちゃんだよな……」
「酒井さんだっけ? ちゃんと最後まで付き合ってね? 安曇ちゃんは俺達の中で一番の、絶叫系大好き人間だから。三半規管は人並み以上に強いよね?」
「…………え?」
心底同情する顔つきで少年達にそんな事を言われた酒井は、盛大に顔を引き攣らせたが、そんな彼らには構わず、美樹が説明を続けた。
「それから、淳実ちゃんと猛君と美那は、こっちの茂原さんと鶴見さん。はい、三人とも挨拶して」
「おねえさん、おじさん、きょうはよろしくおねがいします!」
まるで練習してきたのかのような、ぴったり揃った三人の台詞に、茂原は満面の笑みで子供達を褒め称え、鶴見はがっくりと項垂れた。
「こちらこそ、よろしく! 皆、良い子ばっかりね! おねえさん嬉しいわ!」
「男女差別だ……、同年代なのに……」
そんなはっきり明暗が別れた二人も無視して、美樹は話を締めくくった。
「それで、和哉君と美昌と遥ちゃんの面倒は、私と和真で見るから。皆、お昼も各自適当によろしくね。それじゃあ、四時まで解散! 集合場所はここ。時間厳守よ!」
「はーい」
「行ってきまーす!」
早速足早に、お目当てのアトラクションに向かっていく年長者達を見送りながら、美樹は和真に声をかけた。
「ほら、行くわよ? 遥ちゃんのベビーカーを押して頂戴」
それに対して、和真は一応遙の乗ったベビーカーを素直に押しながら、納得しかねる口調で言い出した。
「……お前には、色々と物申したい事があるんだがな」
「あら、何?」
「どうして俺が、ガキの子守に呼ばれてるんだ。世話を焼きつつ警護させる為に、防犯警備部門を動員するのは勝手だが、俺は信用調査部門所属なんだが?」
その問いに、彼の横を歩いていた美樹ではなく、後ろから付いて来る和哉が答えた。
「げぼくって、おやぶんのふぃあんせだから、けっこんごのよこうえんしゅうでしょう?」
「げぼく? ふあんせ?」
四歳児の和哉の淡々とした解説に、三歳児の美昌の困惑した声が続く。それを聞いた和真は、嫌そうな顔で軽く振り返った。
「……口が達者なガキだな」
「それほどでもないよ? げぼくはおやぶんだけ、ほめていればいいとおもうから、きをつかわないで。ぼくたちかってにあそんでるし、おやぶんといちゃいちゃしていていいから。はずかしかったら、みないふりをしてあげるから、そういって」
「いちゃいちゃ?」
分かったような顔の和哉の隣で、首を傾げる美昌。和真はそんな二人から、美樹に視線を戻した。
「美樹……、何だこのガキは?」
「美野ちゃんの所の和哉君。もの凄く頭が良いわよ?」
「それはともかく……、お前、こんな小さな従弟にまで、自分を親分呼ばわりさせてるのか?」
微妙に非難を含んだ問いかけに、美樹は小さく肩を竦めて弁解した。
「私が強制したわけじゃないんだけど……。気が付いたら、安曇が全員を洗脳してたのよ。安曇は子分一号だし」
「会長は何も言わないのか?」
「お母さんが気が付いたのも、洗脳終了後だったのよ。さすがに少し困った顔をしていたけど、結局『大した問題にはならないと思うから、別に良いわよね』ってスルーしたわ」
それを聞いた和真は、思わず溜め息を吐いた。
「会長も、平々凡々に見えて、多少の事では動じない人だよな……。それはともかく、どうしてお前達姉弟だけじゃなく、お前の従妹弟達まで一緒に連れて、遊びに来なくちゃいけないんだ?」
その問いに、美樹は堂々と言い返した。
「叔母さん達は全員、仕事を持ってるのよ。ワーキングマザーの日常は、とても大変なの。偶には仕事や家事育児を完全に忘れて、心身の洗濯をするべきでしょうが」
「すると何か? お前の叔母夫婦達が一日仲良くデートする為に、俺が迷惑を被っているわけか?」
さすがに納得いかずにムッとしながら言い返した和真だったが、美樹はそれ以上の不機嫌さで反論した。
「はぁ? 何で子供を預かってるのに、旦那にまとわりつかれなくちゃならないのよ」
「違うのか?」
「姉妹全員水入らずで、超高級ホテルランチコース付きスイートルームフルエステコースに一日行ってるのに決まってるじゃない。野郎共の事なんか、知るわけ無いわ」
「……そうか」
「私、美恵ちゃん達にはお世話になったけど、旦那達にはお世話になんかなってないし。何であいつらに気を使わなくちゃいけないのよ」
「もう良い。分かったから……」
せっかくの日曜日に置いてけぼりを食らった夫達の姿を思わず想像し、軽く和真が同情したところで、和哉と美昌が前に走り出ながら叫んだ。
「おやぶん、あれのろう!」
「でんしゃ! くるま!」
「分かった。順番に乗っていこうね」
話している間に、電動式の車やミニ電車など小さな子供向けのアトラクションが揃っているエリアに到達し、途端に声を弾ませた男の子達と共に、大人しくベビーカーに乗っていた遥も、もぞもぞ動きながら声を上げた。
「ねーちゃ?」
その声に、美樹が軽く体を屈めて、遥の顔を覗き込む。
「遥ちゃんも乗る?」
「うん!」
「じゃあ、私が抱っこするからね。和真、荷物宜しく」
「……ああ」
そして遥をしっかり抱きかかえながら、小さな電車に跨って乗った美樹達を、和真は意外そうに眺めていた。
(前々から思ってはいたが、やっぱりこうして見ると傍若無人に見えて、ちびっ子達の面倒見は良いんだよな……。身内限定かもしれんが)
少し感心しながら和真はそれ以上文句は言わずに大人しく付き合い、幾つかのアトラクションを見て回った。
「うりゃあー! ボールこうげきー!」
「こうげきー!」
「あんた達、他の子にぶつけたら駄目よ?」
「はーい!」
「らじゃー!」
屋内施設が揃っているエリアにやって来ると、和哉と美昌は一直線にネットで囲まれたボールプールに向かい、遥を抱えた美樹と和真も、靴を脱いでそこに入った。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。遥ちゃん、座ってみる?」
「……おうぅうぅ!? うきゃー!」
「気に入ったみたいね」
座ってはみたものの、自然に沈んでいく感覚に怯えるかと思いきや、遥はごろんと転がって上機嫌で動き始めた。それを見て笑いつつ、遥がボールの中に沈まない様に目を配りながら、美樹が真顔で口を開いた。
「そうだ。和真に話しておきたい事があったのよ。電話で相談しようかと思っていたんだけど」
「何だ?」
「桜さんの事よ。私かあんたが養子にならないかって、最近言われたの」
いきなり聞かされた内容に、和真は完全に呆気に取られた。
「今更、何を言ってんだ? あのばあさん」
「私を娘にしたら、あんたで婿いびりをして、あんたを息子にしたら、私で嫁いびりをしたいんですって」
「……構うな。ほっとけ」
「まあ、半分は冗談でしょうけど、桜さんなりに先々の事を心配してるのかなって。ほら、何だかんだ言っても、桜さんって結構なお年だし」
嫌そうに切って捨てた和真だったが、美樹に宥められて少し考え込んだ。
「確かに。ジジイはとっくにくたばってるしな。そろそろあの世での女遊びにも飽きて、ばあさんを呼び寄せる頃合いか?」
「冗談で言ってるのは、分かってるんだけどね……。こっちは一応真面目に、話をしてるのよ?」
「悪い。要は、自分が死んだ後の事を、ばばあが密かに心配してるって事だな? じじいがやってた面倒な事業は、お前の母親を含めた八人に生前譲り渡したが、資産自体は昔から殆どばばあ名義だから」
それに美樹は、力強く頷いた。
「加積屋敷には、長年仕えてきた使用人も多いわ。桜さんが急逝した場合資産がどうなるかで、その人達の今後の保証も、どうなるか分からないじゃない」
「ばあさんがお前に相談したのか?」
「桜さんがする訳ないでしょう? 養子縁組の話を聞いて、私が勝手に推測しただけよ」
「確かに、あのばあさんが相談する筈も無いが……、お前の見立ても確かだな」
和真が納得して頷き返すと、美樹がいきなり話題を変えた。
「それで気になったんだけど、加積さんと桜さんの間に、子供って居ないの?」
その問いかけに、和真は呆れ顔になった。
「お前……、あの二人と知り合って何年経つと思ってるんだ。今更それを聞くのか?」
「だってお屋敷の人は、全然話題に出さないし。一度、笠原さんにさり気なく聞いてみた事はあるけど、『回答を拒否します』って言われちゃったのよ。あの人がそこまで言うなら、絶対事情を知っていそうな昔からの使用人達には、箝口令が敷かれているわよね? 忠義第一のあの人達に、口を割らせるなんて無理無理」
「お前にしては、押しの弱い事だな」
「だからあんたに聞いてるんじゃない。さっさと吐きなさい。あんたは私の婚約者でしょう?」
そう迫られて、和真は溜め息を吐いてから念押しした。
「俺から聞いたって事は、口にするなよ?」
「何言ってんのよ。夫婦は一心同体でしょうが」
「気色悪い事を抜かすな。……俺が知っている事実だけを言うと、二人の間に娘が一人居るが、行方不明で生死不明の筈だ」
それを聞いた美樹が、忽ち渋面になった。
「……何よ、それ? 穏やかじゃないわね。大体、桜査警公社で調べて、行方が分からないなんて」
「公社では一切調査していない。勿論、他の興信所の類でもな」
「はぁ? どうして?」
「俺がこっちに来る、遥か以前の話だがな。じじいとは遠縁に当たる親父が耳にしたところでは、じじいと娘が何かで大喧嘩して勘当されたら、これ幸いとばかりに家出してそれっきりだそうだ」
その顛末を聞いた美樹は、目を丸くしながら問いを重ねた。
「家出って……、因みに何歳の時?」
「確か……、十七歳か?」
「無駄に行動力があったお嬢だったのね。で、それっきり?」
「俺が知っている限りでは」
「……ふぅん?」
「何だ?」
「本当に、消息不明なのかな?」
「どういう意味だ?」
意味ありげに呟かれた為、思わず和真が尋ねると、美樹は予想もしなかった事を言い出した。
「良く言うじゃない。『世間は広いようで狭い』って。案外身近に、その娘さんがいたりして」
「はぁ? そんな馬鹿な。居るわけ無いだろう?」
「何か、居るような気がするのよねぇ……。ビシバシと」
小首を傾げながら考え込んでいる美樹を見て、和真の顔も真剣そのものの表情になる。
「……マジか? お前の勘は、馬鹿にできないからな」
「そういう訳で、ちょっと公社で調べて見てくれない? 徹底的に」
「おい『ちょっと』と『徹底的に』だと矛盾しているが? それに冥土の土産に、あのばあさんを娘と対面させてやる気か? 互いに拒否すると思うが」
「冗談でしょ? さっきも言ったけど桜さんが亡くなったら、相続の手続きで血縁者を徹底的に探さなくちゃいけないんだから、今のうちにさっさと見つけ出して相続放棄の確約を取っておきたいだけよ。亡くなってから揉めて、バタバタするのは嫌だもの」
美樹は素っ気なく答えたが、それを聞いた和真は苦笑いで応じた。
「分かった、調べておこう。費用は俺が出す」
「私が言い出したんだから、私が出すわよ?」
「俺もそれなりに、じじいとばあさんには世話になってるからな」
「それなら宜しく。遥ちゃん、楽しい?」
そこであっさりと話をまとめた美樹は、背後に移動していた遥を振り返った。その遥が視線の先で、立ち上がろうとして横によろけて倒れる。
「うきゃー! ふおぉう!?」
「あはは、遥ちゃん、頑張れー!」
「がんばー!」
しかし遥は一向にめげる気配を見せず、上機嫌に立ち上がって再び歩き出そうとし、美樹はそんな彼女に笑顔で声援を送った。そんな美樹を見ながら、和真が笑いを堪える。
(全く、素直じゃない奴。それに身内と年下だけじゃなくて、年寄りにも優しいらしい。……だがあのばあさんは、もう殆どこいつの身内みたいなものだから、当然と言えば当然か)
そんな事を考えた和真は、その気持ちに免じて費用は全額負担の上、とっとと調べてやろうと密かに心に決めた。
三台のバンに分乗してやって来た彼らが広い駐車場に降り立つと、美樹がすかさず皆に指示を出す。
「皆、ここまでは一緒に来たけど、これからは乗りたい物の傾向毎に、班を作って行動するからね? お世話してくれるこの人達の言う事を良く聞いて、言われた通りにするのよ?」
「分かってるって」
「はーい」
「うん、大丈夫」
「はやくいこ~」
大人達を差し示しながら言い聞かせる美樹に、小さな子達がうずうずしながら応じる。それを見ながら、美樹が説明を続けた。
「それじゃあ、まず安曇と淳志君と美久は、この酒井さんに付いて貰うわ。安曇、好きに動いて良いけど、オイタをするようなら遠慮無く二人をシバいて良いからね?」
「任せて! 美樹ちゃんの許可が出たなら、やりたい放題よね!」
年長者の班を仕切るのは、美樹の一つ下の安曇であり、彼女は実に良い笑顔でウインクした。それを見た淳志と美久が、どこか諦めたように囁き合う。
「一番野放しにしたら拙いのって、安曇ちゃんだよな……」
「酒井さんだっけ? ちゃんと最後まで付き合ってね? 安曇ちゃんは俺達の中で一番の、絶叫系大好き人間だから。三半規管は人並み以上に強いよね?」
「…………え?」
心底同情する顔つきで少年達にそんな事を言われた酒井は、盛大に顔を引き攣らせたが、そんな彼らには構わず、美樹が説明を続けた。
「それから、淳実ちゃんと猛君と美那は、こっちの茂原さんと鶴見さん。はい、三人とも挨拶して」
「おねえさん、おじさん、きょうはよろしくおねがいします!」
まるで練習してきたのかのような、ぴったり揃った三人の台詞に、茂原は満面の笑みで子供達を褒め称え、鶴見はがっくりと項垂れた。
「こちらこそ、よろしく! 皆、良い子ばっかりね! おねえさん嬉しいわ!」
「男女差別だ……、同年代なのに……」
そんなはっきり明暗が別れた二人も無視して、美樹は話を締めくくった。
「それで、和哉君と美昌と遥ちゃんの面倒は、私と和真で見るから。皆、お昼も各自適当によろしくね。それじゃあ、四時まで解散! 集合場所はここ。時間厳守よ!」
「はーい」
「行ってきまーす!」
早速足早に、お目当てのアトラクションに向かっていく年長者達を見送りながら、美樹は和真に声をかけた。
「ほら、行くわよ? 遥ちゃんのベビーカーを押して頂戴」
それに対して、和真は一応遙の乗ったベビーカーを素直に押しながら、納得しかねる口調で言い出した。
「……お前には、色々と物申したい事があるんだがな」
「あら、何?」
「どうして俺が、ガキの子守に呼ばれてるんだ。世話を焼きつつ警護させる為に、防犯警備部門を動員するのは勝手だが、俺は信用調査部門所属なんだが?」
その問いに、彼の横を歩いていた美樹ではなく、後ろから付いて来る和哉が答えた。
「げぼくって、おやぶんのふぃあんせだから、けっこんごのよこうえんしゅうでしょう?」
「げぼく? ふあんせ?」
四歳児の和哉の淡々とした解説に、三歳児の美昌の困惑した声が続く。それを聞いた和真は、嫌そうな顔で軽く振り返った。
「……口が達者なガキだな」
「それほどでもないよ? げぼくはおやぶんだけ、ほめていればいいとおもうから、きをつかわないで。ぼくたちかってにあそんでるし、おやぶんといちゃいちゃしていていいから。はずかしかったら、みないふりをしてあげるから、そういって」
「いちゃいちゃ?」
分かったような顔の和哉の隣で、首を傾げる美昌。和真はそんな二人から、美樹に視線を戻した。
「美樹……、何だこのガキは?」
「美野ちゃんの所の和哉君。もの凄く頭が良いわよ?」
「それはともかく……、お前、こんな小さな従弟にまで、自分を親分呼ばわりさせてるのか?」
微妙に非難を含んだ問いかけに、美樹は小さく肩を竦めて弁解した。
「私が強制したわけじゃないんだけど……。気が付いたら、安曇が全員を洗脳してたのよ。安曇は子分一号だし」
「会長は何も言わないのか?」
「お母さんが気が付いたのも、洗脳終了後だったのよ。さすがに少し困った顔をしていたけど、結局『大した問題にはならないと思うから、別に良いわよね』ってスルーしたわ」
それを聞いた和真は、思わず溜め息を吐いた。
「会長も、平々凡々に見えて、多少の事では動じない人だよな……。それはともかく、どうしてお前達姉弟だけじゃなく、お前の従妹弟達まで一緒に連れて、遊びに来なくちゃいけないんだ?」
その問いに、美樹は堂々と言い返した。
「叔母さん達は全員、仕事を持ってるのよ。ワーキングマザーの日常は、とても大変なの。偶には仕事や家事育児を完全に忘れて、心身の洗濯をするべきでしょうが」
「すると何か? お前の叔母夫婦達が一日仲良くデートする為に、俺が迷惑を被っているわけか?」
さすがに納得いかずにムッとしながら言い返した和真だったが、美樹はそれ以上の不機嫌さで反論した。
「はぁ? 何で子供を預かってるのに、旦那にまとわりつかれなくちゃならないのよ」
「違うのか?」
「姉妹全員水入らずで、超高級ホテルランチコース付きスイートルームフルエステコースに一日行ってるのに決まってるじゃない。野郎共の事なんか、知るわけ無いわ」
「……そうか」
「私、美恵ちゃん達にはお世話になったけど、旦那達にはお世話になんかなってないし。何であいつらに気を使わなくちゃいけないのよ」
「もう良い。分かったから……」
せっかくの日曜日に置いてけぼりを食らった夫達の姿を思わず想像し、軽く和真が同情したところで、和哉と美昌が前に走り出ながら叫んだ。
「おやぶん、あれのろう!」
「でんしゃ! くるま!」
「分かった。順番に乗っていこうね」
話している間に、電動式の車やミニ電車など小さな子供向けのアトラクションが揃っているエリアに到達し、途端に声を弾ませた男の子達と共に、大人しくベビーカーに乗っていた遥も、もぞもぞ動きながら声を上げた。
「ねーちゃ?」
その声に、美樹が軽く体を屈めて、遥の顔を覗き込む。
「遥ちゃんも乗る?」
「うん!」
「じゃあ、私が抱っこするからね。和真、荷物宜しく」
「……ああ」
そして遥をしっかり抱きかかえながら、小さな電車に跨って乗った美樹達を、和真は意外そうに眺めていた。
(前々から思ってはいたが、やっぱりこうして見ると傍若無人に見えて、ちびっ子達の面倒見は良いんだよな……。身内限定かもしれんが)
少し感心しながら和真はそれ以上文句は言わずに大人しく付き合い、幾つかのアトラクションを見て回った。
「うりゃあー! ボールこうげきー!」
「こうげきー!」
「あんた達、他の子にぶつけたら駄目よ?」
「はーい!」
「らじゃー!」
屋内施設が揃っているエリアにやって来ると、和哉と美昌は一直線にネットで囲まれたボールプールに向かい、遥を抱えた美樹と和真も、靴を脱いでそこに入った。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。遥ちゃん、座ってみる?」
「……おうぅうぅ!? うきゃー!」
「気に入ったみたいね」
座ってはみたものの、自然に沈んでいく感覚に怯えるかと思いきや、遥はごろんと転がって上機嫌で動き始めた。それを見て笑いつつ、遥がボールの中に沈まない様に目を配りながら、美樹が真顔で口を開いた。
「そうだ。和真に話しておきたい事があったのよ。電話で相談しようかと思っていたんだけど」
「何だ?」
「桜さんの事よ。私かあんたが養子にならないかって、最近言われたの」
いきなり聞かされた内容に、和真は完全に呆気に取られた。
「今更、何を言ってんだ? あのばあさん」
「私を娘にしたら、あんたで婿いびりをして、あんたを息子にしたら、私で嫁いびりをしたいんですって」
「……構うな。ほっとけ」
「まあ、半分は冗談でしょうけど、桜さんなりに先々の事を心配してるのかなって。ほら、何だかんだ言っても、桜さんって結構なお年だし」
嫌そうに切って捨てた和真だったが、美樹に宥められて少し考え込んだ。
「確かに。ジジイはとっくにくたばってるしな。そろそろあの世での女遊びにも飽きて、ばあさんを呼び寄せる頃合いか?」
「冗談で言ってるのは、分かってるんだけどね……。こっちは一応真面目に、話をしてるのよ?」
「悪い。要は、自分が死んだ後の事を、ばばあが密かに心配してるって事だな? じじいがやってた面倒な事業は、お前の母親を含めた八人に生前譲り渡したが、資産自体は昔から殆どばばあ名義だから」
それに美樹は、力強く頷いた。
「加積屋敷には、長年仕えてきた使用人も多いわ。桜さんが急逝した場合資産がどうなるかで、その人達の今後の保証も、どうなるか分からないじゃない」
「ばあさんがお前に相談したのか?」
「桜さんがする訳ないでしょう? 養子縁組の話を聞いて、私が勝手に推測しただけよ」
「確かに、あのばあさんが相談する筈も無いが……、お前の見立ても確かだな」
和真が納得して頷き返すと、美樹がいきなり話題を変えた。
「それで気になったんだけど、加積さんと桜さんの間に、子供って居ないの?」
その問いかけに、和真は呆れ顔になった。
「お前……、あの二人と知り合って何年経つと思ってるんだ。今更それを聞くのか?」
「だってお屋敷の人は、全然話題に出さないし。一度、笠原さんにさり気なく聞いてみた事はあるけど、『回答を拒否します』って言われちゃったのよ。あの人がそこまで言うなら、絶対事情を知っていそうな昔からの使用人達には、箝口令が敷かれているわよね? 忠義第一のあの人達に、口を割らせるなんて無理無理」
「お前にしては、押しの弱い事だな」
「だからあんたに聞いてるんじゃない。さっさと吐きなさい。あんたは私の婚約者でしょう?」
そう迫られて、和真は溜め息を吐いてから念押しした。
「俺から聞いたって事は、口にするなよ?」
「何言ってんのよ。夫婦は一心同体でしょうが」
「気色悪い事を抜かすな。……俺が知っている事実だけを言うと、二人の間に娘が一人居るが、行方不明で生死不明の筈だ」
それを聞いた美樹が、忽ち渋面になった。
「……何よ、それ? 穏やかじゃないわね。大体、桜査警公社で調べて、行方が分からないなんて」
「公社では一切調査していない。勿論、他の興信所の類でもな」
「はぁ? どうして?」
「俺がこっちに来る、遥か以前の話だがな。じじいとは遠縁に当たる親父が耳にしたところでは、じじいと娘が何かで大喧嘩して勘当されたら、これ幸いとばかりに家出してそれっきりだそうだ」
その顛末を聞いた美樹は、目を丸くしながら問いを重ねた。
「家出って……、因みに何歳の時?」
「確か……、十七歳か?」
「無駄に行動力があったお嬢だったのね。で、それっきり?」
「俺が知っている限りでは」
「……ふぅん?」
「何だ?」
「本当に、消息不明なのかな?」
「どういう意味だ?」
意味ありげに呟かれた為、思わず和真が尋ねると、美樹は予想もしなかった事を言い出した。
「良く言うじゃない。『世間は広いようで狭い』って。案外身近に、その娘さんがいたりして」
「はぁ? そんな馬鹿な。居るわけ無いだろう?」
「何か、居るような気がするのよねぇ……。ビシバシと」
小首を傾げながら考え込んでいる美樹を見て、和真の顔も真剣そのものの表情になる。
「……マジか? お前の勘は、馬鹿にできないからな」
「そういう訳で、ちょっと公社で調べて見てくれない? 徹底的に」
「おい『ちょっと』と『徹底的に』だと矛盾しているが? それに冥土の土産に、あのばあさんを娘と対面させてやる気か? 互いに拒否すると思うが」
「冗談でしょ? さっきも言ったけど桜さんが亡くなったら、相続の手続きで血縁者を徹底的に探さなくちゃいけないんだから、今のうちにさっさと見つけ出して相続放棄の確約を取っておきたいだけよ。亡くなってから揉めて、バタバタするのは嫌だもの」
美樹は素っ気なく答えたが、それを聞いた和真は苦笑いで応じた。
「分かった、調べておこう。費用は俺が出す」
「私が言い出したんだから、私が出すわよ?」
「俺もそれなりに、じじいとばあさんには世話になってるからな」
「それなら宜しく。遥ちゃん、楽しい?」
そこであっさりと話をまとめた美樹は、背後に移動していた遥を振り返った。その遥が視線の先で、立ち上がろうとして横によろけて倒れる。
「うきゃー! ふおぉう!?」
「あはは、遥ちゃん、頑張れー!」
「がんばー!」
しかし遥は一向にめげる気配を見せず、上機嫌に立ち上がって再び歩き出そうとし、美樹はそんな彼女に笑顔で声援を送った。そんな美樹を見ながら、和真が笑いを堪える。
(全く、素直じゃない奴。それに身内と年下だけじゃなくて、年寄りにも優しいらしい。……だがあのばあさんは、もう殆どこいつの身内みたいなものだから、当然と言えば当然か)
そんな事を考えた和真は、その気持ちに免じて費用は全額負担の上、とっとと調べてやろうと密かに心に決めた。
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