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第3章 出仕への道
15.不可解な要請
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「お帰りなさい、ケイン」
ケインの帰宅を執事の一人が自室に知らせに来てくれた為、アルティナは玄関ホールまで出迎えに出て、声をかけた。するとコートを脱ぎながら、執事長のガウスと何やら話し込んでいた近衛騎士団の制服姿のケインが、嬉しそうに答える。
「ああ、今戻った。アルティナは、もう夕食は済ませたのか?」
「いいえ。ケインから少しだけ帰宅が遅れると連絡があったから、私だけ待っていたの。皆は食べ終わっているわ」
本当は薄情にも、皆と一緒にさっさと食べてしまおうと思っていたアルティナだったが、それをさすがに不憫に感じたユーリアから「偶には待ってあげて、一緒に食べてあげたらどうですか?」と勧められた為だった。しかしそれを聞いたケインは、益々笑顔になって頷く。
「それは悪かった。じゃあ食べながら、話したい事があるんだ。急いで私服に着替えてくるから、先に食堂で待っていてくれ」
「ええ、分かったわ」
そこで二人は一旦別れ、食堂で再び顔を揃えてから、給仕が速やかに二人分の食事を整えた。
「それでケイン。さっき言っていた話とは何?」
向かい合って食べ始めてから、何気なくアルティナが尋ねると、ケインが笑いを堪える様な表情で、ちょっとした襲撃事件についての話を始めた。
「そのうち他からも耳に入るかもしれないが、昨夜グリーバス公爵夫妻が、馬車で王宮へ向かう途中に、賊に襲撃されたらしい。逃走中の賊と遭遇した王都内を巡回していた近衛騎士団が、かなりの人数を捕縛したらしいが、何人かは取り逃がしたそうだ」
それを聞いたアルティナは、わざとらしく目を見開いてみせた。
「まあ……、物騒ね。あの屋敷はここより王宮に近い場所にあるし、護衛の人数も多いと思うのだけど……。それで被害の状況は?」
「護衛も公爵夫妻も軽傷だそうだ。馬と髪を盗られたらしいが」
「馬と髪を盗られた?」
本気で首を傾げたアルティナに、ケインは益々面白そうな顔つきになりながら、話を続けた。
「夫妻と御者と護衛兵全員、手際良く縛り上げられて、短時間で剃り上げられたらしいな。さすがに公爵夫人にはそこまでする気は無かったのか、肩の所でバッサリ切り落とされただけらしいが。その挙句に剃り落とした髪を、目の前で全て焼き捨てられたらしい」
どう考えても自分達が剃られた事に対する意趣返しとしか思えなかったが、アルティナとしては夜の襲撃など全く知らない事になっている為、真面目くさって答えた。
「金銭や宝飾品を盗られたわけでは無いの? それに、何か特に髪に怨みでもある賊だったのかしら? 自身が禿げ上がっているから、髪がふさふさの人間が憎らしいとか?」
「さ、さあ……、どうだろうな」
「ケインったら、そんな風に笑わなくても……」
「悪い」
見当違いな事を聞かされたケインは、我慢できなくなって小さく噴き出し、くすくす笑いながら尋ねてきた。
「ところでアルティナ。見舞いの手紙でも出すか? 遭遇した隊員の話では、みっともない頭で王宮に出向くわけにはいかず、昨夜は大層ご立腹のご様子で、屋敷にお帰りになったそうだが」
そう尋ねてきたケインに、アルティナも苦笑しながら返す。
「あの人達が、私に慰めの言葉を期待しているとは思えないわ」
「そうだろうな」
そこで一旦話題が途切れたが、すぐにケインが別の事を言い出した。
「それから……、今日ナスリーン殿から、近衛騎士団本部にアルティナを連れて来てくれないかと、頼まれたんだ。『直接会って、話したい事があるから』と言われて」
「ナスリーン様と言うと、白騎士隊の隊長の方ですよね? そんな方が私に、どんな話があるのかしら?」
惚けながら首を傾げて見せたアルティナに、ケインも困惑したまま事情を説明する。
「俺も聞いてみたが、教えては貰えなかった。だが『困っているので、是非お願いしたい事がある』と言われてしまったものだから」
それを聞いたアルティナは、躊躇わずに快諾した。
「私が話を聞いても、何のお役に立つかは分からないけど……。そんなにお困りなら、王宮に出向く位構わないわよ?」
「そうか? 悪いな」
「ただいきなり押しかけても、ナスリーン様のご都合もあるだろうし、先方の都合を聞いて貰えるかしら? 私は当面予定など無いし、全面的にそちらに合わせるから」
一応、予定のすり合わせを申し出た彼女に、ケインが納得して頷く。
「そうだな。早速明日、ナスリーン殿に確認する。生前のアルティンから君の話を何度も聞いていて、随分心配されていたらしいから、直に顔を合わせたら喜んで頂けると思うし」
「私も折に触れ、ナスリーン隊長のお話は兄から聞いていたから、お会いするのが楽しみだわ」
(騎士団本部か。懐かしいわね。ついこの前まで、普通に行き来していたのに)
それを契機に、暫く近衛騎士団の話題になり、アルティナは楽しくケインの話に聞き入ったが、ナスリーンとの話が微妙に引っかかった。
(だけどナスリーン殿の話が何か、気になるわ。それに顔も合わせた事の無い人間に頼み事って、あのナスリーン殿らしくないし……。一体、何事かしら?)
そんな疑問を抱えつつ一両日を過ごし、アルティナは二日後に王宮内の近衛騎士団の本部を、訪問する事になった。
ケインの帰宅を執事の一人が自室に知らせに来てくれた為、アルティナは玄関ホールまで出迎えに出て、声をかけた。するとコートを脱ぎながら、執事長のガウスと何やら話し込んでいた近衛騎士団の制服姿のケインが、嬉しそうに答える。
「ああ、今戻った。アルティナは、もう夕食は済ませたのか?」
「いいえ。ケインから少しだけ帰宅が遅れると連絡があったから、私だけ待っていたの。皆は食べ終わっているわ」
本当は薄情にも、皆と一緒にさっさと食べてしまおうと思っていたアルティナだったが、それをさすがに不憫に感じたユーリアから「偶には待ってあげて、一緒に食べてあげたらどうですか?」と勧められた為だった。しかしそれを聞いたケインは、益々笑顔になって頷く。
「それは悪かった。じゃあ食べながら、話したい事があるんだ。急いで私服に着替えてくるから、先に食堂で待っていてくれ」
「ええ、分かったわ」
そこで二人は一旦別れ、食堂で再び顔を揃えてから、給仕が速やかに二人分の食事を整えた。
「それでケイン。さっき言っていた話とは何?」
向かい合って食べ始めてから、何気なくアルティナが尋ねると、ケインが笑いを堪える様な表情で、ちょっとした襲撃事件についての話を始めた。
「そのうち他からも耳に入るかもしれないが、昨夜グリーバス公爵夫妻が、馬車で王宮へ向かう途中に、賊に襲撃されたらしい。逃走中の賊と遭遇した王都内を巡回していた近衛騎士団が、かなりの人数を捕縛したらしいが、何人かは取り逃がしたそうだ」
それを聞いたアルティナは、わざとらしく目を見開いてみせた。
「まあ……、物騒ね。あの屋敷はここより王宮に近い場所にあるし、護衛の人数も多いと思うのだけど……。それで被害の状況は?」
「護衛も公爵夫妻も軽傷だそうだ。馬と髪を盗られたらしいが」
「馬と髪を盗られた?」
本気で首を傾げたアルティナに、ケインは益々面白そうな顔つきになりながら、話を続けた。
「夫妻と御者と護衛兵全員、手際良く縛り上げられて、短時間で剃り上げられたらしいな。さすがに公爵夫人にはそこまでする気は無かったのか、肩の所でバッサリ切り落とされただけらしいが。その挙句に剃り落とした髪を、目の前で全て焼き捨てられたらしい」
どう考えても自分達が剃られた事に対する意趣返しとしか思えなかったが、アルティナとしては夜の襲撃など全く知らない事になっている為、真面目くさって答えた。
「金銭や宝飾品を盗られたわけでは無いの? それに、何か特に髪に怨みでもある賊だったのかしら? 自身が禿げ上がっているから、髪がふさふさの人間が憎らしいとか?」
「さ、さあ……、どうだろうな」
「ケインったら、そんな風に笑わなくても……」
「悪い」
見当違いな事を聞かされたケインは、我慢できなくなって小さく噴き出し、くすくす笑いながら尋ねてきた。
「ところでアルティナ。見舞いの手紙でも出すか? 遭遇した隊員の話では、みっともない頭で王宮に出向くわけにはいかず、昨夜は大層ご立腹のご様子で、屋敷にお帰りになったそうだが」
そう尋ねてきたケインに、アルティナも苦笑しながら返す。
「あの人達が、私に慰めの言葉を期待しているとは思えないわ」
「そうだろうな」
そこで一旦話題が途切れたが、すぐにケインが別の事を言い出した。
「それから……、今日ナスリーン殿から、近衛騎士団本部にアルティナを連れて来てくれないかと、頼まれたんだ。『直接会って、話したい事があるから』と言われて」
「ナスリーン様と言うと、白騎士隊の隊長の方ですよね? そんな方が私に、どんな話があるのかしら?」
惚けながら首を傾げて見せたアルティナに、ケインも困惑したまま事情を説明する。
「俺も聞いてみたが、教えては貰えなかった。だが『困っているので、是非お願いしたい事がある』と言われてしまったものだから」
それを聞いたアルティナは、躊躇わずに快諾した。
「私が話を聞いても、何のお役に立つかは分からないけど……。そんなにお困りなら、王宮に出向く位構わないわよ?」
「そうか? 悪いな」
「ただいきなり押しかけても、ナスリーン様のご都合もあるだろうし、先方の都合を聞いて貰えるかしら? 私は当面予定など無いし、全面的にそちらに合わせるから」
一応、予定のすり合わせを申し出た彼女に、ケインが納得して頷く。
「そうだな。早速明日、ナスリーン殿に確認する。生前のアルティンから君の話を何度も聞いていて、随分心配されていたらしいから、直に顔を合わせたら喜んで頂けると思うし」
「私も折に触れ、ナスリーン隊長のお話は兄から聞いていたから、お会いするのが楽しみだわ」
(騎士団本部か。懐かしいわね。ついこの前まで、普通に行き来していたのに)
それを契機に、暫く近衛騎士団の話題になり、アルティナは楽しくケインの話に聞き入ったが、ナスリーンとの話が微妙に引っかかった。
(だけどナスリーン殿の話が何か、気になるわ。それに顔も合わせた事の無い人間に頼み事って、あのナスリーン殿らしくないし……。一体、何事かしら?)
そんな疑問を抱えつつ一両日を過ごし、アルティナは二日後に王宮内の近衛騎士団の本部を、訪問する事になった。
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