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時と場合を弁え、空気を読もう
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「ただいま~、メシできてる?」
帰宅するなりキッチンを覗き込んだ息子に、里香は笑顔で言葉を返した。
「お帰りなさい。準備できてるわよ。今すぐ食べる?」
「食べるけど、親父と美沙は? まだ帰ってないのか?」
「お父さんはまだだけど、美沙は『食欲が無い』と言って部屋に籠ってるのよ」
「え? 具合でも悪いのか?」
母親の予想外の台詞に、勝司はリビングのソファーに鞄を置きながら怪訝な顔になった。すると里香が、溜め息まじりに告げる。
「そうじゃなくて。ほら、あの子この前、バックダンサーのオーディションを受けたでしょう? その合格発表が今日なんですって。それで緊張しすぎて、食欲がないって言ってるのよ。夕食を食べても食べなくても結果は変わらないし、お腹が空いていると余計に悲しくなるから、寧ろ食べておくべきだと思うんだけど」
困ったように首を傾げた里香を見て、勝司が苦笑いしながら歩き出した。
「落ちるの前提かよ……。だけどまあ飛ぶ鳥を落とす勢いの、あの天下無双の人のバックダンサーだろ? 何人定員の所に、一体何人殺到したのやら。採用になったら奇跡だよな……。よし、分かった。ちょっと俺が呼んでくるから」
「ええ? 無理じゃない? 声をかけても駄目だったら良いから」
「分かった。俺の分、よそっておいてくれ」
母親にそう声をかけて、勝司は悠然と歩き出した。そして廊下に出てそのまま階段を上る。上がった先のすぐ目の前のドアの前に立った勝司は、ノックの後に室内に向かって呼びかけた。
「おい、美沙。俺だけど。メシ食わないのか?」
その声にドアが開き、美沙が沈鬱な表情で応じる。
「食欲がないんだけど……」
「そんなふてくされた顔をするなよ」
「余計なお世話よ。ほっといて」
「そうか? お前への伝言、受け取ったんだけどな」
ニヤリと笑いながらの勝司の台詞に、美沙が怪訝な顔になる。
「伝言? 誰から、何の?」
「お前この前、バックダンサーのオーディションを受けただろう? 合格だとさ。さっき電話がかかってきて、俺が出てな」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった美沙は、目を限界まで見開いて固まった。しかしすぐに喜色を露わにしながら歓喜の叫びを上げる。
「えええええっ!? 嘘っ!? 合格!? やったぁああああっ!! これで夢に一歩近づけたぁああああっ!!」
「よし、じゃあ気分が上向いたところで、メシにしようぜ」
そこで笑顔のまま促してきた兄に顔を向けた美沙は、ちょっとした疑問に気付いた。
「ごはん? それどころじゃ……、あれ? ちょっと待って。どうして家の固定電話に連絡がくるの? 合格の連絡は、メールで送信させるはずなんだけど……」
その問いかけに、勝司は冷静に答える。
「美沙、今日は何日だ?」
「何日って……、四月一日だけど。それがどうしたのよ?」
「ああ。エイプリルフールだよな?」
「…………はい?」
「というわけでお袋も心配してるし、気持ちを切り替えてさっさとメシ食おうぜ」
平常運転でのその台詞を聞いた美沙は呆気に取られ、次の瞬間憤怒の形相になって勝司を渾身の力で突き飛ばした。
「ばっ馬鹿兄貴!! くたばれぇええええっ!!」
「うおぁっ! 何すんだよ!?」
大して広くはない廊下の壁に背中を強打した勝司は、思わず文句を口にした。しかしその前に美沙は彼に罵声を浴びせながら勢いよくドアを閉め、再び室内に引っ込む。
「信じられない、最低ぇぇぇぇっ!!」
「おい、ちょっとした軽いジョーク」
「五月蠅い!! 顔を見せるな!! 部屋に入って来るなぁあああっ!!」
さすがに悪いと思った勝司が謝ろうとしたが、室内に入ってみると美沙はベッドで布団を被って丸まっており、涙声で無神経な兄に対する罵声を垂れ流していた。完全に取り付く島もない様子に宥めるのを諦めた勝司は、神妙にリビングに戻る。
「どうしたのよ? 随分騒々しかったけど」
「いや、それがさ……」
一人で戻って来た勝司に、テーブルの上に二人分の食事の準備を済ませていた里香が怪訝な顔を向けた。そんな母に、勝司は居心地悪そうに事情を説明する。それを聞き終えた里香は、渋面になりながら宣言した。
「何をやっているの。美沙が怒るのは当たり前でしょう。あんたは夕飯抜き」
「そんな……」
「と言いたいところだけど、明日も仕事だしきちんと食べなさい。後で私が様子を見に行きながら、部屋に持っていくわ。そんな状態ならあんたが謝っても、聞く耳持たないでしょうしね」
「……悪い」
「全くもう」
取り敢えず小言はここまでにしておこうと、里香は息子を促した。そして勝司が気が重い様子で食べ始めると、足音荒く階段を駆け下りてくる音がする。
「お母さん!! ごはん!!」
勢いよくリビングに飛び込みながら叫んだ娘に、里香は呆気に取られた。
「え? 美沙、あなた大丈夫なの?」
「食べる! 受かった!」
「え?」
「もしかして、オーディションに合格したの?」
「うん!! やったぁああああっ!!」
「本当に良かったわね」
満面の笑みで報告する美沙に、里香も笑顔で祝福の言葉をかけた。それで勝司も食事の手を止めて、控え目に声をかけてみる。
「ええと……、うん。美沙、受かって良かったな」
その途端、美沙は冷え切った視線を兄に向けた。
「……兄貴の夕飯、私が食べて良いよね。仕事に向けて、体力筋力つけておかないといけないし」
「そうね、一食抜いても死にはしないわ」
「ちょっと待て! 幾らなんでも酷くないか!?」
結託した女二人の判断に、勝司は思わず情けない声を上げた。すると美沙は表情を緩めつつ、些か尊大に言い放つ。
「そう思うなら、今後言って良いことと悪いことの区別くらいつけなさいね。れっきとした社会人だって言うなら」
「仰る通りです。海より深く反省します」
「よろしい。お母さん、私気分良いから、兄貴にもご飯を出してやって」
「分かったわ。二人とも席に着きなさい」
苦笑した母と妹に安堵しつつ、本当に今後気をつけようと反省する勝司だった。
帰宅するなりキッチンを覗き込んだ息子に、里香は笑顔で言葉を返した。
「お帰りなさい。準備できてるわよ。今すぐ食べる?」
「食べるけど、親父と美沙は? まだ帰ってないのか?」
「お父さんはまだだけど、美沙は『食欲が無い』と言って部屋に籠ってるのよ」
「え? 具合でも悪いのか?」
母親の予想外の台詞に、勝司はリビングのソファーに鞄を置きながら怪訝な顔になった。すると里香が、溜め息まじりに告げる。
「そうじゃなくて。ほら、あの子この前、バックダンサーのオーディションを受けたでしょう? その合格発表が今日なんですって。それで緊張しすぎて、食欲がないって言ってるのよ。夕食を食べても食べなくても結果は変わらないし、お腹が空いていると余計に悲しくなるから、寧ろ食べておくべきだと思うんだけど」
困ったように首を傾げた里香を見て、勝司が苦笑いしながら歩き出した。
「落ちるの前提かよ……。だけどまあ飛ぶ鳥を落とす勢いの、あの天下無双の人のバックダンサーだろ? 何人定員の所に、一体何人殺到したのやら。採用になったら奇跡だよな……。よし、分かった。ちょっと俺が呼んでくるから」
「ええ? 無理じゃない? 声をかけても駄目だったら良いから」
「分かった。俺の分、よそっておいてくれ」
母親にそう声をかけて、勝司は悠然と歩き出した。そして廊下に出てそのまま階段を上る。上がった先のすぐ目の前のドアの前に立った勝司は、ノックの後に室内に向かって呼びかけた。
「おい、美沙。俺だけど。メシ食わないのか?」
その声にドアが開き、美沙が沈鬱な表情で応じる。
「食欲がないんだけど……」
「そんなふてくされた顔をするなよ」
「余計なお世話よ。ほっといて」
「そうか? お前への伝言、受け取ったんだけどな」
ニヤリと笑いながらの勝司の台詞に、美沙が怪訝な顔になる。
「伝言? 誰から、何の?」
「お前この前、バックダンサーのオーディションを受けただろう? 合格だとさ。さっき電話がかかってきて、俺が出てな」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった美沙は、目を限界まで見開いて固まった。しかしすぐに喜色を露わにしながら歓喜の叫びを上げる。
「えええええっ!? 嘘っ!? 合格!? やったぁああああっ!! これで夢に一歩近づけたぁああああっ!!」
「よし、じゃあ気分が上向いたところで、メシにしようぜ」
そこで笑顔のまま促してきた兄に顔を向けた美沙は、ちょっとした疑問に気付いた。
「ごはん? それどころじゃ……、あれ? ちょっと待って。どうして家の固定電話に連絡がくるの? 合格の連絡は、メールで送信させるはずなんだけど……」
その問いかけに、勝司は冷静に答える。
「美沙、今日は何日だ?」
「何日って……、四月一日だけど。それがどうしたのよ?」
「ああ。エイプリルフールだよな?」
「…………はい?」
「というわけでお袋も心配してるし、気持ちを切り替えてさっさとメシ食おうぜ」
平常運転でのその台詞を聞いた美沙は呆気に取られ、次の瞬間憤怒の形相になって勝司を渾身の力で突き飛ばした。
「ばっ馬鹿兄貴!! くたばれぇええええっ!!」
「うおぁっ! 何すんだよ!?」
大して広くはない廊下の壁に背中を強打した勝司は、思わず文句を口にした。しかしその前に美沙は彼に罵声を浴びせながら勢いよくドアを閉め、再び室内に引っ込む。
「信じられない、最低ぇぇぇぇっ!!」
「おい、ちょっとした軽いジョーク」
「五月蠅い!! 顔を見せるな!! 部屋に入って来るなぁあああっ!!」
さすがに悪いと思った勝司が謝ろうとしたが、室内に入ってみると美沙はベッドで布団を被って丸まっており、涙声で無神経な兄に対する罵声を垂れ流していた。完全に取り付く島もない様子に宥めるのを諦めた勝司は、神妙にリビングに戻る。
「どうしたのよ? 随分騒々しかったけど」
「いや、それがさ……」
一人で戻って来た勝司に、テーブルの上に二人分の食事の準備を済ませていた里香が怪訝な顔を向けた。そんな母に、勝司は居心地悪そうに事情を説明する。それを聞き終えた里香は、渋面になりながら宣言した。
「何をやっているの。美沙が怒るのは当たり前でしょう。あんたは夕飯抜き」
「そんな……」
「と言いたいところだけど、明日も仕事だしきちんと食べなさい。後で私が様子を見に行きながら、部屋に持っていくわ。そんな状態ならあんたが謝っても、聞く耳持たないでしょうしね」
「……悪い」
「全くもう」
取り敢えず小言はここまでにしておこうと、里香は息子を促した。そして勝司が気が重い様子で食べ始めると、足音荒く階段を駆け下りてくる音がする。
「お母さん!! ごはん!!」
勢いよくリビングに飛び込みながら叫んだ娘に、里香は呆気に取られた。
「え? 美沙、あなた大丈夫なの?」
「食べる! 受かった!」
「え?」
「もしかして、オーディションに合格したの?」
「うん!! やったぁああああっ!!」
「本当に良かったわね」
満面の笑みで報告する美沙に、里香も笑顔で祝福の言葉をかけた。それで勝司も食事の手を止めて、控え目に声をかけてみる。
「ええと……、うん。美沙、受かって良かったな」
その途端、美沙は冷え切った視線を兄に向けた。
「……兄貴の夕飯、私が食べて良いよね。仕事に向けて、体力筋力つけておかないといけないし」
「そうね、一食抜いても死にはしないわ」
「ちょっと待て! 幾らなんでも酷くないか!?」
結託した女二人の判断に、勝司は思わず情けない声を上げた。すると美沙は表情を緩めつつ、些か尊大に言い放つ。
「そう思うなら、今後言って良いことと悪いことの区別くらいつけなさいね。れっきとした社会人だって言うなら」
「仰る通りです。海より深く反省します」
「よろしい。お母さん、私気分良いから、兄貴にもご飯を出してやって」
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