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第3話 異世界
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「うっ、背中を打ったのか……?」
背中に軽い痛みを覚えた図南は慎重に身体を起こしてゆっくりと辺りを見回した。
目に飛び込んできたのは幾つもの大木と鬱蒼《うっそう》と生い茂る草木。大木の枝が幾重にも重なり、その隙間から射し込む陽射しが幾つもの小さな陽だまりを作りだしていた。
さながら原生林のような光景が広がっている。
その原生林のような光景に似つかわしくない、ブレザーの制服を着た男子生徒が少し離れた大木の傍らに横たわっていた。
見覚えのある顔に安堵した図南が男子生徒に声をかける。
「拓光! 無事か?」
「図南か……?」
「そうだ、宵闇図南だ。怪我はしていないか?」
「胸と腹が少し痛むが、他は異常なさそうだ」
拓光が『図南は?』と問い返した。
「問題ない」
図南が全身を確認しながら立ち上がると、彼に続いて起き上がった拓光が辺りを見回してつぶやく。
「ここが異世界なのか?」
「らしいな」
「俺たちだけか?」
拓光の質問に答えず、顔を蒼ざめさせた図南が声を張り上げる。
「紗良! どこだ! いるなら返事をしてくれ!」
「はーい。ここよー」
間延びした返事が頭上から聞こえた。
「紗良!」
振り仰ぐと三メートル程の高さにある枝の上から自分たちを覗き込む紗良がいた。
「図南ー。降りられないんだけど、どうしたらいい?」
「枝にぶら下がってから手を放せ。枝にぶら下がれば地面まで一メートルちょとだ。大丈夫、その高さなら俺が下で受け止める」
「あたし、スカートなんだけど」
「そんなこと気にしている場合じゃないだろ」
「えー」
紗良が余裕のありそうな様子で不満そうに頬を膨らませた。
「置いて行くぞ」
「それは困る。言われた通りにするから、ちゃんと受け止めてね」
「来い!」
「責任とってねー」
奇妙な掛け声とともに紗良がスカートを翻《ひるがえ》して図南の胸へと飛び込んだ。
(スパッツ穿いてるじゃねえか!)
心の中で悲痛な叫び声を上げる図南の胸に、紗良の両足がドロップキックの要領でヒットした。
鈍い音を伴って二人が盛大に転がる。
「痛たた」
「うう、お尻が痛い」
「右も左も分からないような世界に放り出されたというのに、二人とも余裕だな」
拓光が呆れたように言った。
「わりー、そんなつもりじゃなかったんだ」
「あたしは木の上から降りられずに困ってました。いまようやく地に足が付いたところです。異世界に飛ばされたことで悩んだり困ったりするのはこれからですよ」
痛みを堪《こら》えて立ち上がる図南と、四つん這いでお尻をさすりながら奇妙な理屈を展開する紗良。
いつもと変わらぬ二人の反応に怒る気が失せた拓光が話題を変えた。
「俺たちしかいないようだぞ」
「だろう、とは思った」
拓光も図南も自分たち三人だけが弾かれるように別方向へと飛ばされたのを思いだしていた。
「勇者召喚とか言っていましたし、他の皆さんはどこかの王国の召喚の間、とかでしょうか……」
「勇者になり損ねた俺たちだけが弾かれた、という可能性はあるよなー」
紗良の言葉に図南が反応した。
「白峰のヤロー、絶対にあいつだけは許さねえ」
スキルの種を白峰に奪われた怒りと悔しさを顕わにする拓光を図南が窘《たしな》める。
「腹は立つが、いまは白峰なんてどうでもいい。俺たちがこの世界で生きていくことが最優先課題だ」
「そうは言けど、この世界で生きていく力を俺たちは奪われたんだぜ」
「だからこそ、よけいに考えないとダメなんだ。悲観したり白峰を恨んだりしたところでプラスにはならないだろ」
白峰に対する怒りや復讐心がモチベーションアップに繋がるかもしれないと考えはしたが、同時に白峰たちが同じ世界にいるとは限らないことに思い至る。
図南は当面の間、白峰や他のクラスメート、女神のことを思考の外に置くことにした。
「分かった。自分たちが生き抜くことが最優先だ」
「図南、頼りにしてるねー」
同意する拓光と紗良に向けて、
「それでこれからどうするかだが――」
図南がそう切り出すと拓光がそれを遮った。
「ところで、いま俺の眼の前に浮いている半透明のパネルが見えるか?」
顔から四十センチほど離れた、目の高さに位置する空間を指さす拓光に、真意を図りかねた図南が首を傾げる。
「どうしたんだ、急に?」
「いいから、この半透明のパネルが見えるか?」
拓光が再び二人に聞いた。
「あれか、バカには見えないというヤツか」
「本当にバカなのは『見える』と言う人ではなく、問い掛けた人です。この場合、不知火さんがバカに相当します」
「ということだ。俺も紗良も『見える』なんて言い出さないぞ」
「お前らなー」
こんな状況なのに自分が本気でそんなバカなことをする、と思われていたのかと軽く落ち込む拓光に紗良が追い打ちをかけた。
「こんな状況だというのに不知火さんは随分と余裕がありますね。そもそも、貴方が何をしたいのか、あたしにはさっぱりわかりません」
だが、拓光は挫けることなく言う。
「違うって! 『ステータスを』って念じてみろよ。自分のステータスが見られるからさ」
声に出すのは抵抗があったが、念じるだけなら、と図南が思った瞬間、『キャッ』と隣で小さな悲鳴が上がり、紗良の声が続いた。
「あら? 何か出ましたよ」
虚空を覗き込む紗良の仕草を見て、図南もすぐに『ステータス』と念じる。
すると、眼前に半透明のボードが瞬時に現れた。
そこに書かれていたのは見知ったステータス。
「何で『幻破天』のキャラのステータスになっているんだ?」
女神から貰えるはずのスキルを貰えなかったのだから、何のスキルもなく異世界に放り出されると思っていた。
ところが、目の前にある半透明のボードには、『幻想世界の破天荒解』のキャラクターの膨大な体力《HP》と魔力《MP》、多彩なスキルが表示されていた。
「あたしたちがスキルの種を掴めなかったのもこれのせいかな?」
紗良の考えに図南と拓光が同意する。
「ありえるな」
「だとしら超ラッキーじゃね? 女神様からたった一つしかスキル貰えないよりも、『幻破天』のキャラの能力を使える方が絶対に役立つって」
能天気に喜ぶ拓光に図南と紗良の二人がクギを刺す。
「それはこれから検証しないと何とも言えないぞ」
「そもそも、ステータス画面にあるスキルが使えるかも確認していないんです。それに強さは相対的なものですから、この世界の平均的な住民の体力や魔力、所持しているスキルによっては、一見高いように見えるゲームキャラの能力ですら雑魚になるかもしれません」
「分かったよ、降参だ。俺が軽く考えすぎていました」
軽く両手を上げた拓光の二十メートル程後方で何かが動くのを目撃した図南の脳裏に女神の言葉が蘇る。
『魔法や魔物の存在する世界』
図南は反射的に声を上げた。
「拓光! 後ろに何かいるぞ! 動け!」
声と同時に図南と紗良が斜め後方に飛び退り、拓光が図南の隣へと飛び込む。次の瞬間、彼ら三人の居た空間を切り裂いた矢が木の幹に突き刺さった。
「敵襲! 敵はこちらの命を狙ってきてるぞ!」
木の幹に付き立った矢と図南の言葉に、紗良と拓光の心臓が大きく跳ねた。
背中に軽い痛みを覚えた図南は慎重に身体を起こしてゆっくりと辺りを見回した。
目に飛び込んできたのは幾つもの大木と鬱蒼《うっそう》と生い茂る草木。大木の枝が幾重にも重なり、その隙間から射し込む陽射しが幾つもの小さな陽だまりを作りだしていた。
さながら原生林のような光景が広がっている。
その原生林のような光景に似つかわしくない、ブレザーの制服を着た男子生徒が少し離れた大木の傍らに横たわっていた。
見覚えのある顔に安堵した図南が男子生徒に声をかける。
「拓光! 無事か?」
「図南か……?」
「そうだ、宵闇図南だ。怪我はしていないか?」
「胸と腹が少し痛むが、他は異常なさそうだ」
拓光が『図南は?』と問い返した。
「問題ない」
図南が全身を確認しながら立ち上がると、彼に続いて起き上がった拓光が辺りを見回してつぶやく。
「ここが異世界なのか?」
「らしいな」
「俺たちだけか?」
拓光の質問に答えず、顔を蒼ざめさせた図南が声を張り上げる。
「紗良! どこだ! いるなら返事をしてくれ!」
「はーい。ここよー」
間延びした返事が頭上から聞こえた。
「紗良!」
振り仰ぐと三メートル程の高さにある枝の上から自分たちを覗き込む紗良がいた。
「図南ー。降りられないんだけど、どうしたらいい?」
「枝にぶら下がってから手を放せ。枝にぶら下がれば地面まで一メートルちょとだ。大丈夫、その高さなら俺が下で受け止める」
「あたし、スカートなんだけど」
「そんなこと気にしている場合じゃないだろ」
「えー」
紗良が余裕のありそうな様子で不満そうに頬を膨らませた。
「置いて行くぞ」
「それは困る。言われた通りにするから、ちゃんと受け止めてね」
「来い!」
「責任とってねー」
奇妙な掛け声とともに紗良がスカートを翻《ひるがえ》して図南の胸へと飛び込んだ。
(スパッツ穿いてるじゃねえか!)
心の中で悲痛な叫び声を上げる図南の胸に、紗良の両足がドロップキックの要領でヒットした。
鈍い音を伴って二人が盛大に転がる。
「痛たた」
「うう、お尻が痛い」
「右も左も分からないような世界に放り出されたというのに、二人とも余裕だな」
拓光が呆れたように言った。
「わりー、そんなつもりじゃなかったんだ」
「あたしは木の上から降りられずに困ってました。いまようやく地に足が付いたところです。異世界に飛ばされたことで悩んだり困ったりするのはこれからですよ」
痛みを堪《こら》えて立ち上がる図南と、四つん這いでお尻をさすりながら奇妙な理屈を展開する紗良。
いつもと変わらぬ二人の反応に怒る気が失せた拓光が話題を変えた。
「俺たちしかいないようだぞ」
「だろう、とは思った」
拓光も図南も自分たち三人だけが弾かれるように別方向へと飛ばされたのを思いだしていた。
「勇者召喚とか言っていましたし、他の皆さんはどこかの王国の召喚の間、とかでしょうか……」
「勇者になり損ねた俺たちだけが弾かれた、という可能性はあるよなー」
紗良の言葉に図南が反応した。
「白峰のヤロー、絶対にあいつだけは許さねえ」
スキルの種を白峰に奪われた怒りと悔しさを顕わにする拓光を図南が窘《たしな》める。
「腹は立つが、いまは白峰なんてどうでもいい。俺たちがこの世界で生きていくことが最優先課題だ」
「そうは言けど、この世界で生きていく力を俺たちは奪われたんだぜ」
「だからこそ、よけいに考えないとダメなんだ。悲観したり白峰を恨んだりしたところでプラスにはならないだろ」
白峰に対する怒りや復讐心がモチベーションアップに繋がるかもしれないと考えはしたが、同時に白峰たちが同じ世界にいるとは限らないことに思い至る。
図南は当面の間、白峰や他のクラスメート、女神のことを思考の外に置くことにした。
「分かった。自分たちが生き抜くことが最優先だ」
「図南、頼りにしてるねー」
同意する拓光と紗良に向けて、
「それでこれからどうするかだが――」
図南がそう切り出すと拓光がそれを遮った。
「ところで、いま俺の眼の前に浮いている半透明のパネルが見えるか?」
顔から四十センチほど離れた、目の高さに位置する空間を指さす拓光に、真意を図りかねた図南が首を傾げる。
「どうしたんだ、急に?」
「いいから、この半透明のパネルが見えるか?」
拓光が再び二人に聞いた。
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「本当にバカなのは『見える』と言う人ではなく、問い掛けた人です。この場合、不知火さんがバカに相当します」
「ということだ。俺も紗良も『見える』なんて言い出さないぞ」
「お前らなー」
こんな状況なのに自分が本気でそんなバカなことをする、と思われていたのかと軽く落ち込む拓光に紗良が追い打ちをかけた。
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だが、拓光は挫けることなく言う。
「違うって! 『ステータスを』って念じてみろよ。自分のステータスが見られるからさ」
声に出すのは抵抗があったが、念じるだけなら、と図南が思った瞬間、『キャッ』と隣で小さな悲鳴が上がり、紗良の声が続いた。
「あら? 何か出ましたよ」
虚空を覗き込む紗良の仕草を見て、図南もすぐに『ステータス』と念じる。
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「分かったよ、降参だ。俺が軽く考えすぎていました」
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声と同時に図南と紗良が斜め後方に飛び退り、拓光が図南の隣へと飛び込む。次の瞬間、彼ら三人の居た空間を切り裂いた矢が木の幹に突き刺さった。
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