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2章
2-⑲兼ね役は神父
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その日、ロラン・ヴォードクラヌは十六年の人生で初めて奇跡を見た。
立ち向かおうとした冒険者、街から逃げようとしていた飯処の女性、ただ行く末を見守っていた技師。
街の誰もが、その光景に目を奪われていただろう。
何十、何百もの光の線が頭上を飛び抜けていく。それはまるで幼いころに見た流星群のようで、一つ一つが容易く人を蒸発させるようなものとは思えない美しさだった。
その線を辿った先で、たった一騎の魔装が自らを盾に光を切り裂く。
『でやああぁぁぁあぁあ!』
叫びは二人分だった。男と女の、それでいて一つのような声だった。
爆炎と暴風を背負った魔装が、長剣で化け物の体をなめらかに両断する。
ロランは自らが手塩にかけた魔装がこれほど流麗に、そして凶暴に動くものだと初めて知った。
光が、風が、音が止む。
脅威が去ったことを悟った人々から歓声が上がった。
喝采と称賛を浴びせられながら、黒い魔装はただただ立ち尽くす。
ロランはその光景を一生忘れないだろうと思った。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
イゼイヴの街を巻き込んだ魔災連との戦いから、三日が過ぎた。
俺の体はいつも通りというべきか、戦闘直後にはボロボロで、次の日は一日中起きなかったらしい。けれど、リアナにすれば「一日で済んだんなら成長してるんじゃない?」とのことだ。本当かよ。
あの日から俺は街を歩いていると、ところ構わず頭を下げられるようになってしまった。
それに対してどう返していいのかわからず、とりあえずペコペコしていると、色んな人に笑われる。
まぁ、偉そうにして嫌われるよりかは笑われていた方が楽だろう。
リアナも忙しいらしく、俺が起きてからというもの宿には帰っていない。
ただ時折、「ご飯は食べているか」とか「悪い遊びをしてないか」とか、そういう思考が飛んでくる。
そう。起きてから変化がこれだ。
というのも、前よりもはっきりとリアナの思考を感じ取れるようになった。言葉を介さずに会話する、というちょっと超能力者っぽい能力が備わてしまったのだ。リアナ限定ではあるが。
「ユーリ! 調子はどうだい? 一昨日会った時は死にそうな顔をしてたけど」
俺が大きく開かれた工房のシャッターを通ると、すっかり打ち解けた技師が駆け寄ってきた。
今日は工房に顔を出しにきたのだ。
「寝てばっかだとなまるからな。まぁまぁだよ」
ロランとそんな言葉を交わすと、俺は奥で固定されているニグルムを見る。
三日前のデビュー戦直後、四つ足の古代兵器のビームっぽい攻撃のせいで、その装甲は丸焦げになっていた。
そりゃあ、盾になりながらビームの中を突っ切ればそうなるか。我ながらよく生きていたと思うような体験だった。
今はもう戦闘の名残はなく、装甲はピカピカの状態に戻っている。物凄い仕事の早さだ。
「よぉ」
感心していると煙草をふかしたエルマンが近づいてきた。
どうも、と軽く頭を下げると俺の横に並ぶ。
……え、なに?
実を言うと俺はこの老技師とはあまり親しくない。主に彼と話すのはリアナで、どういう話をすればいいのかわからなかった。
ただ二人でニグルムを見上げるだけ。
そんな気まずい空気に耐えていると、エルマンは吸い終わった煙草をバケツに放り投げる。
「あいつは昔から全部自分やっちまうやつでな」
こちらも見ずにエルマンはそう語りだした。あいつ、とはたぶんリアナのことだろう。
「まぁ、そんなやつだから周りは振り回されてるって文句つけるんだが……。振り回されてんのはあいつの後ろにくっついて、自分で歩かねぇからだって誰も気づかねぇんだ」
言い終えて、お前はどうなんだ? とでも言いたげな視線が俺を見る。
もちろん……エルマンの言葉は、俺にも思い当たる節があった。
いつも先を歩くのはリアナで、俺はその背中についていくことが多かった。けれど、そんなことは俺もとっくに気づいている。
「この間、戦ったとき、リアナは俺の後ろにいたよ」
「はっ、だからお前さんがあいつを引っ張ってたってか?」
茶化すようなエルマンに、俺は首を振る。
「いや、そうじゃない。たぶん、傍にいてくれたんだと思う。ほら、俺もあいつのこと言えないくらい、よくやらかすからさ」
「まだお守りをされてるってわけか」
「ああ。けど、あいつの背中が熱いってことだけは知れたよ。いつも手引っ張られてばっかりだったからな」
それを聞いてエルマンは「そうかい」と言って、もう一本の煙草に火をつけ始めた。
深く一度煙を吸って、吐く。
「頼んだぜ。小僧」
「意外と寂しがり屋なんだよな。あいつ」
ぼそっと出てしまった言葉に、エルマンが大きく噴き出した。
俺の背中をバンバンと叩いて、嬉しそうに笑う。
「へへっ、馬鹿ガキが! どうせあいつのナリにコロっと騙されたんだろ。今に後悔するぜ。どうせすぐ厄介ごとを持ち込んでくるぞ」
「いや、マジでありそうだからやめてくれよ。あと痛ぇ! 病み上がりだぞ」
エルマンは煙草を吸うのも忘れて、ただ笑う。
そのうち、俺も笑いがこみ上げてきて、工房の一角に笑い声だけが響くのだった。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
フラグ、というものは立っていても回収しなければ意味がない。
今のところ俺の身には、ひっくり返るような厄介ごとは起こっていない。そう思っている。
たとえ俺が正式に騎士として叙任されると聞いても、これは予想の範囲内だ。むしろ飛び跳ねて喜ぶべきだろう。給料がいくらかは知らないが、少なくとも離れて住む妹が食いっぱぐれることはないと思っている。
そんなわけで俺はリアナの実家――エアハート家の屋敷に来ていた。
いや、実家という表現は正確ではない。そもそもリアナという名前自体、偽名なのだから、偽実家というべきだろうか。
新しい概念が生まれてしまったな……。
貴族の屋敷など入ったこともない俺は、リアルメイドやリアル執事を見て感心する。この前のオーウェンはリアル執事だったが、ちょっとあれはノーカンにしておこう。
着いて早々、お茶も出ないうちに使用人に案内されて、俺は礼服に着替えさせられていた。
この世界の叙任式といえば、前にバウォークで水晶越しに見たことがある。その時の騎士は帝国騎士の制服だったが、領主付きの騎士は違うらしい。
気がつけば俺は前の世界でも見覚えのあるタキシードのような服を身に纏っていた。しかし、なぜかサイズがぴったりだ。
俺は興味が出て、着付けをしてくれた執事っぽい男に聞いてみた。
「この服、俺のために用意してくれたんですか? ええと、セントさん?」
「ユーリ様。私に敬語は必要ありません。――仰る通り、この日のために仕立てさせたものでございます。裁縫士も待機させております故、何か気になる点があれば直させますが」
「い、いや、ピッタリすぎて逆に怖いというか。こんな服着たことないから……」
「光栄でございます。仕立てた者に伝えておきましょう」
やりづらい。ここで騎士に叙任されるのはわかるが、どんな立ち位置で、どんな風に接すればいいかまったくわからん。
そうだ、立ち位置といえば、と思い、セントに話しかける。
「この家で、リアナは……どういう立場なんだ?」
「……? リアナ様は我がエアハート家のご当主でございますが……」
「えっ、当主?」
「はい。ご存じなかったのですか?」
ご存じなかったです。てっきり聖女の力でモノを言わせて、どこかの貴族の家名を借りてるもんだと思ってました。借りるどころか所有物だったんだな……。
ということは、今の俺は中々におかしなことを聞いてしまったのだろう。
セントは傾げた首をそのままに――またか、というようにため息をついた。
よかった。呆れられてるのは俺じゃない。ご当主様の方だ。
「では、一応叙任式の流れについてご確認しましょう」
彼の言葉には「普通は知っていて当然」というニュアンスが含まれている。この調子だと元々確認の予定はなかったのだろう。俺にも恥をかかせないようにする気の利かせ方がプロのそれだ。
セントがいなければこの後の叙任式で俺はあたふたするハメになっていた。
俺は「頼みます」と軽く頭を下げるのだった。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
儀式というもの自体に、俺はさして憧れはない。光栄なことだとは思うが、今まで気ままにやってきた分、重荷になることがあまり好きではないのだ。
だから、この叙任式も俺にとってはリアナの顔を立てるだけの儀式に過ぎない。
「ユーリ・コレット。汝は我が絶対の盾となり、修羅の剣となることを誓いますか?』
純白のドレスを身に纏ったリアナが、俺に問う。
その問いに、俺は用意していた答えを口にした。
「誓う。俺はお前の騎士として、お前の傍に立つ」
「いいでしょう。リアナ・レイ・エアハートの名において、汝を我が騎士として認めます」
俺は腰に差した剣を抜いて、リアナへと渡す。
儀礼用ではない本物の剣の刃が、俺の両肩に当てられた。
そして、恭しくその剣を受け取って、鞘に納める。
俺は立ち上がり、十人程度の使用人しかいないその場に振り返った。
これで叙任式は終わりだ。
――しかし、本来なら祝福の拍手が鳴るはずが、場は静けさを保ったままだ。
「……?」
なにか間違っただろうか?
俺が困惑していると、セントが一歩前に出て宣言する。
「それでは引き続き――婚姻式に移らせて頂きます」
……ん!?
俺は厳粛な雰囲気にも関わらず、バッと後ろを振り向いた。
よくよく見てみれば、リアナのドレスはウェディングドレスと言われても違和感がない。というより、ウェディングドレスそのものだった。儀式の流れに集中しすぎて気にしていなかった。
ヴェールの奥の口元がにやりと笑う。
先ほど俺が宣言した通りに、リアナは俺の横へと並んだ。
俺は自分の顔が引きつるのを感じながら、一応の抵抗を試みる。
「し、神父、とか……いるんじゃないか?」
「なにいってんの? ここに聖女がいるんだから、アタシに誓いなさい」
それってアリ? 神父と新婦を兼ねるのってアリなのか? 洒落になってるせいでちょっと面白い感じになってるぞ?
「汝はこのアタシを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、アタシを想い、アタシのみに寄り添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓うわよね?」
人差し指をくるくる回しながら、そんなことをリアナはのたまう。
おかしいおかしい。なんで一人称がアタシなんだ。最後なんてもう誓いの問いかけじゃなくて念押しだよ。
俺が呆れていると、横目にセントやメイドの顔が見えた。
笑いをこらえるものと、呆れるものと、嬉しそうなもの。こんな自由すぎる結婚式なのに、咎める者は誰もいない。もしここに異を唱える者がいるとすれば、本人の俺くらいだろう。
俺はリアナの顔に視線を戻した。
エルマンが立てたフラグの通り、やっぱりこうなった。けれど、決して厄介ごとじゃない。
「……誓うよ。寂しがりやだもんな。お前」
「偉そうに言うんじゃないの!」
リアナはヴェールなど自分で捲り上げて、俺の首に飛びついてくる。
俺はしっかりとその体を抱きとめると、ひんやりとした唇が重なった。ただその吐息は暖かくて、腕を回した背中は愛おしいほどに熱い。
祝福の声と喝采が鳴る。
たとえ心臓が半分になったとしても、一緒になれば一つ。これからも俺たちはこうやって互いの熱を確かめるのだろう。お前が寂しくないように、そこに俺がいると伝えるために。
俺たちはこれからも一緒だと、わかり合い続けるために。
立ち向かおうとした冒険者、街から逃げようとしていた飯処の女性、ただ行く末を見守っていた技師。
街の誰もが、その光景に目を奪われていただろう。
何十、何百もの光の線が頭上を飛び抜けていく。それはまるで幼いころに見た流星群のようで、一つ一つが容易く人を蒸発させるようなものとは思えない美しさだった。
その線を辿った先で、たった一騎の魔装が自らを盾に光を切り裂く。
『でやああぁぁぁあぁあ!』
叫びは二人分だった。男と女の、それでいて一つのような声だった。
爆炎と暴風を背負った魔装が、長剣で化け物の体をなめらかに両断する。
ロランは自らが手塩にかけた魔装がこれほど流麗に、そして凶暴に動くものだと初めて知った。
光が、風が、音が止む。
脅威が去ったことを悟った人々から歓声が上がった。
喝采と称賛を浴びせられながら、黒い魔装はただただ立ち尽くす。
ロランはその光景を一生忘れないだろうと思った。
◇ ◇ ◇
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イゼイヴの街を巻き込んだ魔災連との戦いから、三日が過ぎた。
俺の体はいつも通りというべきか、戦闘直後にはボロボロで、次の日は一日中起きなかったらしい。けれど、リアナにすれば「一日で済んだんなら成長してるんじゃない?」とのことだ。本当かよ。
あの日から俺は街を歩いていると、ところ構わず頭を下げられるようになってしまった。
それに対してどう返していいのかわからず、とりあえずペコペコしていると、色んな人に笑われる。
まぁ、偉そうにして嫌われるよりかは笑われていた方が楽だろう。
リアナも忙しいらしく、俺が起きてからというもの宿には帰っていない。
ただ時折、「ご飯は食べているか」とか「悪い遊びをしてないか」とか、そういう思考が飛んでくる。
そう。起きてから変化がこれだ。
というのも、前よりもはっきりとリアナの思考を感じ取れるようになった。言葉を介さずに会話する、というちょっと超能力者っぽい能力が備わてしまったのだ。リアナ限定ではあるが。
「ユーリ! 調子はどうだい? 一昨日会った時は死にそうな顔をしてたけど」
俺が大きく開かれた工房のシャッターを通ると、すっかり打ち解けた技師が駆け寄ってきた。
今日は工房に顔を出しにきたのだ。
「寝てばっかだとなまるからな。まぁまぁだよ」
ロランとそんな言葉を交わすと、俺は奥で固定されているニグルムを見る。
三日前のデビュー戦直後、四つ足の古代兵器のビームっぽい攻撃のせいで、その装甲は丸焦げになっていた。
そりゃあ、盾になりながらビームの中を突っ切ればそうなるか。我ながらよく生きていたと思うような体験だった。
今はもう戦闘の名残はなく、装甲はピカピカの状態に戻っている。物凄い仕事の早さだ。
「よぉ」
感心していると煙草をふかしたエルマンが近づいてきた。
どうも、と軽く頭を下げると俺の横に並ぶ。
……え、なに?
実を言うと俺はこの老技師とはあまり親しくない。主に彼と話すのはリアナで、どういう話をすればいいのかわからなかった。
ただ二人でニグルムを見上げるだけ。
そんな気まずい空気に耐えていると、エルマンは吸い終わった煙草をバケツに放り投げる。
「あいつは昔から全部自分やっちまうやつでな」
こちらも見ずにエルマンはそう語りだした。あいつ、とはたぶんリアナのことだろう。
「まぁ、そんなやつだから周りは振り回されてるって文句つけるんだが……。振り回されてんのはあいつの後ろにくっついて、自分で歩かねぇからだって誰も気づかねぇんだ」
言い終えて、お前はどうなんだ? とでも言いたげな視線が俺を見る。
もちろん……エルマンの言葉は、俺にも思い当たる節があった。
いつも先を歩くのはリアナで、俺はその背中についていくことが多かった。けれど、そんなことは俺もとっくに気づいている。
「この間、戦ったとき、リアナは俺の後ろにいたよ」
「はっ、だからお前さんがあいつを引っ張ってたってか?」
茶化すようなエルマンに、俺は首を振る。
「いや、そうじゃない。たぶん、傍にいてくれたんだと思う。ほら、俺もあいつのこと言えないくらい、よくやらかすからさ」
「まだお守りをされてるってわけか」
「ああ。けど、あいつの背中が熱いってことだけは知れたよ。いつも手引っ張られてばっかりだったからな」
それを聞いてエルマンは「そうかい」と言って、もう一本の煙草に火をつけ始めた。
深く一度煙を吸って、吐く。
「頼んだぜ。小僧」
「意外と寂しがり屋なんだよな。あいつ」
ぼそっと出てしまった言葉に、エルマンが大きく噴き出した。
俺の背中をバンバンと叩いて、嬉しそうに笑う。
「へへっ、馬鹿ガキが! どうせあいつのナリにコロっと騙されたんだろ。今に後悔するぜ。どうせすぐ厄介ごとを持ち込んでくるぞ」
「いや、マジでありそうだからやめてくれよ。あと痛ぇ! 病み上がりだぞ」
エルマンは煙草を吸うのも忘れて、ただ笑う。
そのうち、俺も笑いがこみ上げてきて、工房の一角に笑い声だけが響くのだった。
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フラグ、というものは立っていても回収しなければ意味がない。
今のところ俺の身には、ひっくり返るような厄介ごとは起こっていない。そう思っている。
たとえ俺が正式に騎士として叙任されると聞いても、これは予想の範囲内だ。むしろ飛び跳ねて喜ぶべきだろう。給料がいくらかは知らないが、少なくとも離れて住む妹が食いっぱぐれることはないと思っている。
そんなわけで俺はリアナの実家――エアハート家の屋敷に来ていた。
いや、実家という表現は正確ではない。そもそもリアナという名前自体、偽名なのだから、偽実家というべきだろうか。
新しい概念が生まれてしまったな……。
貴族の屋敷など入ったこともない俺は、リアルメイドやリアル執事を見て感心する。この前のオーウェンはリアル執事だったが、ちょっとあれはノーカンにしておこう。
着いて早々、お茶も出ないうちに使用人に案内されて、俺は礼服に着替えさせられていた。
この世界の叙任式といえば、前にバウォークで水晶越しに見たことがある。その時の騎士は帝国騎士の制服だったが、領主付きの騎士は違うらしい。
気がつけば俺は前の世界でも見覚えのあるタキシードのような服を身に纏っていた。しかし、なぜかサイズがぴったりだ。
俺は興味が出て、着付けをしてくれた執事っぽい男に聞いてみた。
「この服、俺のために用意してくれたんですか? ええと、セントさん?」
「ユーリ様。私に敬語は必要ありません。――仰る通り、この日のために仕立てさせたものでございます。裁縫士も待機させております故、何か気になる点があれば直させますが」
「い、いや、ピッタリすぎて逆に怖いというか。こんな服着たことないから……」
「光栄でございます。仕立てた者に伝えておきましょう」
やりづらい。ここで騎士に叙任されるのはわかるが、どんな立ち位置で、どんな風に接すればいいかまったくわからん。
そうだ、立ち位置といえば、と思い、セントに話しかける。
「この家で、リアナは……どういう立場なんだ?」
「……? リアナ様は我がエアハート家のご当主でございますが……」
「えっ、当主?」
「はい。ご存じなかったのですか?」
ご存じなかったです。てっきり聖女の力でモノを言わせて、どこかの貴族の家名を借りてるもんだと思ってました。借りるどころか所有物だったんだな……。
ということは、今の俺は中々におかしなことを聞いてしまったのだろう。
セントは傾げた首をそのままに――またか、というようにため息をついた。
よかった。呆れられてるのは俺じゃない。ご当主様の方だ。
「では、一応叙任式の流れについてご確認しましょう」
彼の言葉には「普通は知っていて当然」というニュアンスが含まれている。この調子だと元々確認の予定はなかったのだろう。俺にも恥をかかせないようにする気の利かせ方がプロのそれだ。
セントがいなければこの後の叙任式で俺はあたふたするハメになっていた。
俺は「頼みます」と軽く頭を下げるのだった。
◇ ◇ ◇
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儀式というもの自体に、俺はさして憧れはない。光栄なことだとは思うが、今まで気ままにやってきた分、重荷になることがあまり好きではないのだ。
だから、この叙任式も俺にとってはリアナの顔を立てるだけの儀式に過ぎない。
「ユーリ・コレット。汝は我が絶対の盾となり、修羅の剣となることを誓いますか?』
純白のドレスを身に纏ったリアナが、俺に問う。
その問いに、俺は用意していた答えを口にした。
「誓う。俺はお前の騎士として、お前の傍に立つ」
「いいでしょう。リアナ・レイ・エアハートの名において、汝を我が騎士として認めます」
俺は腰に差した剣を抜いて、リアナへと渡す。
儀礼用ではない本物の剣の刃が、俺の両肩に当てられた。
そして、恭しくその剣を受け取って、鞘に納める。
俺は立ち上がり、十人程度の使用人しかいないその場に振り返った。
これで叙任式は終わりだ。
――しかし、本来なら祝福の拍手が鳴るはずが、場は静けさを保ったままだ。
「……?」
なにか間違っただろうか?
俺が困惑していると、セントが一歩前に出て宣言する。
「それでは引き続き――婚姻式に移らせて頂きます」
……ん!?
俺は厳粛な雰囲気にも関わらず、バッと後ろを振り向いた。
よくよく見てみれば、リアナのドレスはウェディングドレスと言われても違和感がない。というより、ウェディングドレスそのものだった。儀式の流れに集中しすぎて気にしていなかった。
ヴェールの奥の口元がにやりと笑う。
先ほど俺が宣言した通りに、リアナは俺の横へと並んだ。
俺は自分の顔が引きつるのを感じながら、一応の抵抗を試みる。
「し、神父、とか……いるんじゃないか?」
「なにいってんの? ここに聖女がいるんだから、アタシに誓いなさい」
それってアリ? 神父と新婦を兼ねるのってアリなのか? 洒落になってるせいでちょっと面白い感じになってるぞ?
「汝はこのアタシを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、アタシを想い、アタシのみに寄り添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓うわよね?」
人差し指をくるくる回しながら、そんなことをリアナはのたまう。
おかしいおかしい。なんで一人称がアタシなんだ。最後なんてもう誓いの問いかけじゃなくて念押しだよ。
俺が呆れていると、横目にセントやメイドの顔が見えた。
笑いをこらえるものと、呆れるものと、嬉しそうなもの。こんな自由すぎる結婚式なのに、咎める者は誰もいない。もしここに異を唱える者がいるとすれば、本人の俺くらいだろう。
俺はリアナの顔に視線を戻した。
エルマンが立てたフラグの通り、やっぱりこうなった。けれど、決して厄介ごとじゃない。
「……誓うよ。寂しがりやだもんな。お前」
「偉そうに言うんじゃないの!」
リアナはヴェールなど自分で捲り上げて、俺の首に飛びついてくる。
俺はしっかりとその体を抱きとめると、ひんやりとした唇が重なった。ただその吐息は暖かくて、腕を回した背中は愛おしいほどに熱い。
祝福の声と喝采が鳴る。
たとえ心臓が半分になったとしても、一緒になれば一つ。これからも俺たちはこうやって互いの熱を確かめるのだろう。お前が寂しくないように、そこに俺がいると伝えるために。
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しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
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相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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確かに確率論で生きてるに過ぎないよね、人間。
まぁ、自助努力である程度の危険性は減らせるだろうけど。
あと、物語の冒頭、上手く纏まってますね(*'▽')