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幕間1

第1回フードプリンタ試食会

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※本編のストーリーとは関係のないお話になります。
※ちょっといつもより長いです。
※ギャグです。







「それでは第1回フードプリンタ試食会のはじまりはじまり~! わぁ~、パチパチ~!」

 パン、と手を合わせて、私は高らかに宣言する。
 それに伴って、ティア、イーリス、ベローナの三人が各々のテンションで拍手をした。
 
「食べられるものが出てくればいいですわね」

 さっそく、ベローナが不穏なことを言っている。それを聞いたティアが絶望した顔でイーリスを見上げた。このフードプリンタを使えるようにセットアップしたのはイーリスだからだ。

「そこからか……? そこからなのかー……? 試食会ってことは何が出てきても食べなくちゃいけないのか……!?」
「摂取可能な原材料で出来てるんだから全部食べられるわよ」

 イーリスは疑いの視線を飄々と受け流す。

 原材料とは機械の後ろ側に充填されている粉末だ。何種類ものケースに収められたそれを混ぜ合わせて、指定したものを作ってくれるらしい。

 まぁ、理屈は正しいよね。
 
「ベローナ、イーリスがどんなものでも食べるって言ってるぞ」
「きっと作った本人として責任を持って食べるつもりなんですわ。しっかり見届けないといけませんわよ」
「そうね。一人ずつ注文してみて、食べるのはその人の責任ね。そうでしょ? アドニシア」
 
 水を向けられて、私は仕方なく頷く。
 そういえば始める前にそんなことを言っていた。
 
「あ~……そんなこと言っちゃったかも~」
「言質取ってる時点でもう不安しかないぞ!」
 
 私の横でティアがぶいぶいと可愛く文句を垂れている。
 けれど、せっかくイーリスが動かせるようにしてくれたんだから、まずは使ってみてからだと私は思った。

 そもそもこの催しは私の持ち込み企画なわけだし。

 二人がやめると言い出すにフォローをしておこう。
 
「で、でも、このフードプリンタって一般的な家電だったんでしょ? 大丈夫じゃないの?」
「そうね。ネットワーク繋がってれば完璧なものができると思うわ」

 え、なにその限定的な言い方。
 
「繋がってないの?」
「だから、少し改造してここにあるデータベースと繋げたのよ。アドニシアに合わせて日本語を入力にしたわ。注文したい料理の名前を入れて、それにマッチしたものを成形してくれるわ」

 イーリスはなんでもないように語る。
 慢性的に色々と足りないのが今のクレイドルだ。創意工夫を凝らしてなんとか生活を豊かにする努力を、私は否定したくない。
 
「さすがだね。イーリス」
 
 けれど、ティアは納得していないようで、私の服をつんつんと引っ張った。
 
「あるじ。イーリスの言う『とりあえずできる』と『できる』には天と地くらい差があるんだぞ」
「あ~、『できる』と『できない』の間には、って感じ?」
「イーリスはエンジニア気質ですものね」
 
 言わんとしていることはわからなくもない。
 
「あなたたち、これが完璧に動くようになっても使わせないわよ?」

 とにかく、イーリスの機嫌がこれ以上悪くなる前に、私は強行することにした。

 
 
☆ メニューNO.1 ティアの要望「パン」

 
「パン! あちきはパンが食べたいぞ!」

 さっきまでのテンションはなんだったのだろうか。ティアがぴょんぴょんと跳ねながらメニューを表明する。
 
 ……いや、これヤケクソだ! とりあえず出来そうな単純なものを注文して、やり過ごそうとしてる!
 
 けれど、パンという注文自体は悪くない。
 
「やっぱりふっくらしたパンは子供たちに食べさせたいよね~」
「今食べてさせてるのはビスケットのようなものばかりですものね」

 ベローナもおおむね同意見らしい。子供といえばパンが好きな子は多いはずだ。
 
「じゃあさっそく入力するんだぞ! 【パン】と……」

 ティアが機械の前に置かれたキーボードで入力する。このキーボードも私に合わせて設置されたものだけど、ご飯を作る機械にキーボードがくっついてるのも中々アンマッチな光景だ。
 
 
「あっ」


 そんなことを考えていたら、イーリスが声を漏らした。

 場に不穏な空気が流れる。

 視線が集まる中、当人は黒い髪を手でかき上げた。
 
「……ま、とりあえず出来上がりを見てみましょ
「なんだぞ!? イーリス、今の『あっ』はなんだったんだぞ!?」

 すでに機械は成形を始めてしまっている。止めることもできず、ティアはイーリスにすがりついた。
 
「なんでもないわよ。ちょっと説明し忘れたことがあっただけ」
「なんでもなくないぞ!? あちきのパンがかかってるんだぞ!?」
「【パン】は出てくるわよ。間違いなく。【パン】は」
「その強調の仕方はだいぶ怪しいぞ!?」

 などと言い合っている間に、料理が出来たようだ。チーン、となんだか聞き馴染みのある音がして、機械が止まった。
 
 だが、誰も率先して機械のドアを開けようとしないので、仕方なく私が取り出す。
 
 そこで出来上がっていたものは……。

「なんかミニチュアみたいなのいっぱい出来てるよ。アート作品かな?」
「ああ、なるほどですわ。たしかに【パン】ですわね」
 
 フライパン、ローストパン、ソースパン、ベーキングパン――全部いわゆる調理器具だ。
 指で摘まめるくらいのそれらが皿に乗っていた。

「違う! 違うんだぞおぉぉぉ! 思ってたのと違うぅぅぅ!」

 バンバンとテーブルを叩きながらティアが叫ぶ。お隣さんなどいないが夜も更けてきた時間なので静かにしてほしい。

 と、私は皿に雰囲気の違うものが乗っていることに気づいた。ベローナもそれをまじまじと見つめる。
 
「こっちの人形みたいなのなんだろ。なんか妖精っぽいけど」
「あー、これはアレですわ。ほら、パンとつくといえば……」

 あぁ、と私はベローナと顔を見合わせて、同時に言葉を発した。
 
「「ピーターパン!」」

 なるほど。連想ゲームみたいだ。
 
 ベローナと手を合わせ、すっきりした~などと二人で笑っていると――。

「求めてなァい! 今、クイズは求めてないんだぞォ! イーリスゥ!」

 ピンク色の頭を抱えたティアが床で転げまわっていた。
 
「なに?」
「パンっていったら食パンとかフランスパンとかだぞ!? 日本語って言ってたのに!」

 ティアが恨めしそうにイーリスの足に取りついて、泣き叫んでいる。必死だ。食品の形をしているものが一つもないんだから。それもそうか。
 
「入力言語を日本語にしただけよ。解釈はその先の別のデータベースから検索するようになってるわ。だから和製英語はダメよ」
「クソ仕様だったぞ! あるじ! これクソ機械だぞ!」

 ティアが珍しく汚い言葉を使い出した。意外と期待しちゃってたやつだこれ。
 
「そんなこと言っちゃだめだよ。ティア。ほら、イーリスが悲しんでる」
「あれは悲しんでるんじゃなくて目を逸らしてるだけだぞ! 絶対自分でもクソだと思ってる顔だぞ!」

 見れば腕を組んだイーリスが壁に向かって視線を投げている。その顔は無表情だ。彼女の得意技、ポーカーフェイスだ。
 
 それはともかく。あまりにもティアがクソを連発するので、そのピンク頭を押さえつけて一応念押ししておく。
 
「次にクソって言ったら怒るからね。子供の前で言っちゃだめだよ」
「本当のことなのに!」
「おクソはどうですの?」
「意味わかんないぞ!?」

 初っ端から騒がしい試食会だ。

 そのミニチュア的な何かは半分をティアがかみ砕き、残りを私たちで分け合って食べ終えた。
 
 
 総評:全部がおもちゃみたいな形をしたでんぷん質の何かだった。少ししょっぱいけど食べられなくはない。けど硬いので複雑な形をしたものは口の中に刺さる。特にピーターパン。

 改良点:どうやら数や大きさも指定しておいた方がいいらしい。でないとデータベースに引っかかったものを片っ端から成形するようです。
 
 

☆ メニューNO.2 ベローナの要望「ミートボールスパゲッティ」
 

「お子様ランチとかでも定番だよね」
 
 ここでお子様ランチなど見たことないが、未来の時代でもそれは変わらないらしい。皆は首を縦に振って頷いてくれた。

 いいな、お子様ランチ。今度、旗でも作ってそれっぽくしてみよう。
 
「これならティアのパンみたいなことを起こらないんじゃありませんの?」
「たぶん大丈夫よ」

 たしかに、あれはティアが【パン】と単純に入力してしまっただけで、【ブレッド】とでも入れておけばまともな物が出てきた可能性もある。

 ミートボールスパゲッティという具体的、かつ和製英語ではない言葉ならば上手く行きそうだ。
 
「ベローナ。信用しない方がいいぞ。イーリスの目はまだちょっと泳いでるぞ」
「……子供たちに食べさせることを想定して、柔らかく、とでも入れておきましょうか」

 ベローナはさっきのでんぷん質細工の硬さがお気に召さなかったらしい。

 入力したテキストは、【ミートボールスパゲッティ】【ソフトな茹で加減】【一皿】【100グラム】だ。

 前回の反省も生かして量もきちんと入力している。

 これならさっきのミニチュアみたいなものは出てこないだろう。

 皆がそう思い、機械が動き始めた途端――。
 

「あっ」

 
 イーリスがまたもや声を漏らした。
 
「またか……? また何か言い忘れたのかー!?」
「い、言い忘れじゃないわ。ちょっとした懸念よ」
「懸念点は言っておいてほしいんだぞ!?」

 とても苦しい言い訳をするイーリスの肩を掴んで、ティアが揺さぶる。

 私もベローナもそれを見ていることしかできなくて、そのうち出来上がりを知らせる音がなった。チーン。
 
「あら、よろしいのではなくて?」

 しかし、予想に反して、機械から皿を取り出したベローナが意外そうな声を上げた。
 
「ほかほかだ~。食べてみてよ、ベローナ」
「ええ、ではさっそく」
 
 そこには確かにミートボールスパゲッティがあった。湯気も立っていて、ミートソースの香りが鼻孔をくすぐる。

 これはもう完璧と言ってもいいんじゃない? イーリスは何を懸念してたんだろう。

 と思っていたら、フォークを刺したベローナが首を捻った。
 
「あら……?」

 掬うように上げられたフォークの先――そこには、盛られた形のそのままで持ち上がるスパゲッティの姿があった。

 麺がほぐれないとか、そういうレベルじゃない。揺らしても傾けても、形が一切崩れないのだ。

「……これ、全部一体化しておりますの?」
「食品サンプルみたいになってるぞ!?」

 この時代でも食品サンプルは現役らしい。いや、そんなことはどうでもよかった。私は最初のパンの時点で察しがついていた話をしようと、イーリスの方を向く。
 
「イーリス、これさ……」
「……検索に引っかかった画像をベースに味とかの情報を乗せるプロセスだから、複雑な形の料理は難しいわね」

 用語に詳しくない私でもなんとなく言っていることはわかる。つまり形とか色とかを作った後に、それっぽい味付けをしているってことなんだろう。

 それはもう食品サンプルに味付けしているのとあんまり変わらないんじゃないかな……。

「料理を作るための機械にあるまじき工程ですわね」
「あれ……? もしかしてイーリスってあちきより馬鹿なんだぞ?」
「ティアが読んでる漫画へのアクセス権限、剥奪しておくわね」
「ウワァァァァ! やめてほしいんだぞォォォ!」

 イーリスの卑怯な脅しに屈したティアが泣き叫ぶ。大人げない。
 
 しかし、工程はどうあれ、食べてみないことには始まらない。

 私はベローナが持ち上げたミートボールスパゲッティ(一体型)を齧ってみた。
 
「……スパゲッティの味はするね」
「ミートボールはどうですの?」

 ベローナがさりげなく私に食べるよう誘導してくる。……食べたくないオーラが滲み出てるよ。

 仕方なくスパゲッティの上に乗ったミートボールの部分を齧ると、たしかに香りと味はそれっぽい。それっぽいのだが……。
 
「……うん。表面は味するけど、中はスパゲッティ味だね」
「絵に描いた餅みたいな話ですわね」

 結果、ミートボールスパゲッティはナイフで切り分けて食べることになった。スパゲッティの食べ方じゃないよ。

 
 総評:味はほとんど茹でた小麦粉味。というか、パスタっぽい味のするケーキという感じ。地味にちゃんとソフトな茹で感が再現してあって、触感が気持ち悪い。

 改善点:ミートボールスパゲッティなら、ミートソース、ミートボール、スパゲッティ(長さ30センチ×直径11.7ミリ×90本)という風に、細かく別々に作った方がいいのかもしれない。……私の時代の冷凍食品の方が楽じゃない?
 
 

☆ メニューNO.3 イーリスの要望「蒸かしたジャガイモ」

 
「は?」

 ティアが感情のない目でイーリスを見つめている。そんな視線もなんのその、イーリスは注文を繰り返した。

「蒸かしたジャガイモ」

「いや、イーリス、料理……」

 もはや原始的ともいえる注文に、さすがの私も止めようとするが、イーリスは微動だにしない。
 
「蒸かしたジャガイモ」

 イーリスは真っ直ぐと前を見据えて……いや、どこ見てるんだろう。そっちの方向には壁しかないんだけど。
 もう何を言っても無駄そうです。
 
「ダメですわ。自分だけは絶対に失敗したくないという固い意志を感じますわ」
「自分の作った機械で失敗することほど無様な話はないんだぞ」

 チーン。

 出てきたのは、確かに蒸かしたジャガイモだ。けれど、様子がおかしい。その表面は茶色い粉のようなものに覆われている。

 ティアは香りを嗅いでみて、口を少し開いて視線を宙に彷徨わせた。フレーメン反応みたいになってるよ。
 
「……これ、もしかして土じゃないかー?」

 言われてみれば、たしかにこの香りは土だ。なんだったらヒゲっぽいものまで飛び出ている。
 これだったらまださっきのスパゲッティの方がマシだ。だが、虚空を見つめて宇宙の広さでも感じていそうな表情のイーリスを、私はなんとかフォローをしようとした。
 
「すごく……フレッシュなんだね」
「あるじ、フードプリンタに新鮮も何もないぞ」
「もうこれ、基本にしてるデータベースを変えた方がいいのではなくて?」

「いいから食え!」
 
 各々が好き勝手言った結果、イーリスがテーブルを叩いてキレてしまった。
 綺麗に四等分して、フォークに刺したそれを齧る。

「あー、うーん、あぁ……」
「さっきのスパゲッティで予想はついていましたが、表面に土の味がしますわ」
「イモだけどイモのおいしさがないぞ……」

 総じて微妙な感想を述べる面々。確かに【蒸かしたジャガイモ】ではあるのだが、それを食べて感動できるほど食事に困っているわけではない。
 
「けどそれっぽいのはできてるでしょ! 試作品なんだからこれが限界なのよ! アドニシアはどう!?」
「マヨネーズとかお塩つければ、まぁ……」

 必死で自己弁護するイーリスに詰め寄られて、そう言うしかなかった。というか、今欲しい。この味気ないジャガイモモドキを食べきるのに、調味料をつけたい。
 イーリスはそれを良い方向に勘違いしたのか、目を輝かせてさらに顔を近づけてきた。
 
「ほら! 美味しいでしょ!?」
「いや、普通に不味いけど」

 イーリスが私のテーブルにばこん、と頭を打ち付ける。
 口の中のもちゃもちゃ感に堪えかねて、ついうっかり本音が出てしまった。

 不味い。けど努力は認めるよイーリス。……本当に不味いけど。
 
総評:土の付いた茹でたじゃがいも。味がシンプルな分、ダイレクトにおいしくない。
改善点:洗って蒸かしたジャガイモ、にすれば土はつかないかもしれない。潰して調味料を足せばマッシュポテトにはなりそう。けど、マッシュポテトっぽいパックフードはあるんだよね。本末転倒だよ!


 
☆ メニューNO.4 アドニシアの要望「スパムとおにぎり(別成形)→スパムおにぎり」

 
 最後は私の番だ。なので、今までの教訓を生かして、ちょっとやり方を変えてみた。料理を一発で作ろうとするから駄目なのだ。
 少しズルかもしれないけれど、スパムおにぎりを作るのに、【スパム、8グラム×4つ】と【ライスボール(80グラム×4つ)】に分けてみた。

 それがよかったらしい。
 スパムもおにぎりもそれっぽい形のものが出来た。

 あとはそれらを重ねてお皿の上に置けば、はい、完成。
 私が作ったのだから最初に食べてみると……。

「美味しい!」

 ちゃんとスパムの中もスパム味だ。ちょっと何言ってんだろうって感じだけど。

 私の様子に安心したのか、皆もぞろぞろとスパムおにぎりを齧り始める。
 
「お米のパラパラ感はないけど、おにぎりには近いわね。美味しいわ」
「スパムも柔らかめだけどちゃんと味はするぞ!」
「スパムの缶詰が出てこなくてよかったですわ。これは美味しいですわね」

 出てくる感想はおおむね好評そうだ。
 今回は3人ともちゃんと席について料理を頬張っている。

「ふふふ」
 
 なんだその光景を見ていると嬉しくなって、私はつい笑いを漏らした。すると、イーリスが不思議そうにこちらを見た。
 
「どうしたの?」
「楽しいよね。こうやって色々作って、みんなで美味しいもの食べるの」
「うん。楽しいぞ!」
 
 答えると、ティアが歯を見せてにっこりと笑った。
 イーリスも口元に手を添えて、小さく頷く。
 
「スパムおにぎりは子供たちに食べさせてもいいかもしれないわね。作れるものは限られるけど、改良の余地はあるわ」
「ええ、きっと良いものができますわ」

 家族で食事するっていうのは、当たり前のことだと思っていたけれど良いものだ。
 美味しくても美味しくなくても、楽しい。
 
「今度は子供たちの食べたいもの、作れたらいいね」
「パン! 今度こそパンを作るんだぞ!」

 ダイニングに笑いが響く。
 それを聞きながら、私は最後の一口を頬張るのだった。
 

 総評:よくできました。
 改善点:食感も再現できるようになればもっと良し。やっぱりみんなで食べることが一番の調味料なのかも。









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