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第二章

19.【慟哭②】

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 クレイドル内にある無数の部屋の中でも、この部屋は特に大きい。
 多目的ホールとして使用されることを想定したその部屋に、今はオートマトンを含めたクレイドルのメンバー全員が集まっていた。

「あかね、あさひ、アルプス、ピンクレディー、つがる、ふじ、むつ……」

 私は、目の前に並べられたオートマトンたちの体に向けて、それぞれの名前を呼びかける。
 彼女たちは、先の襲撃で破壊されてしまったピクシスの一員だ。

 銃撃を受けて砕けてしまった顔は、その形だけでも修復されている。おかげで胸まで布をかけられた姿は、以前と変わらなく見えた。出来ることならすぐにでもこうしてあげたかったが、時間がかかってしまったのだ。

「私たちと一緒にいてくれて、ありがとう。あなたたちが支えてくれたから、今のクレイドルがある。それを――私たちの家族だったことを、忘れないから……」

 私は彼女たちへ伝えたかった言葉を、自分の口から出るがままに呟く。用意をしていたわけではない。彼女たちを弔うことを決めてから、ずっと胸の内にあった言葉を語りかけただけだ。

 クレイドルに宗教はない。私自身も、何を信仰していたのかは覚えていない。
 だから、胸の前で手を合わせて、自分の心の位置にそれを押し付ける。彼女たちと交わした会話や、触れ合った記憶を刻む様に。

 静かな時間が流れ、やがて私は振り向いた。黒いリボンを各々の好きな位置に結んだオートマトンたちが私を見る。

「お別れを……しよう」

 そう言って、一段高くなっている場から降りると、何人かのオートマトンが歩み出た。それを機に、前へ出るものが徐々に増えていく。
 彼女たちは動かなくなってしまった仲間に寄り添い、言葉をかけ、その体に触れた。

「ママ……あかね、どうなっちゃったの?」

 手を繋いだアリスが、顔を上げて不安そうに言う。あかねはよく子供たちのそばにいた個体だ。アリスが特に気に入っていて、よく構っていたことを覚えている。

 身近な人の死を、子供に伝えることは難しい。けれど、伝えないことの方がもっと悲しいんだろう。

「……あかねはね。いなくなってしまうの」
「なんで……? アリス、もっとあかねと遊びたい……」

 そんなこと、言わないでほしいと思ってしまった。私だって、もっと彼女たちと言葉を交わしていたかった。あかねから、アリスとどう遊んでいたかをその口から教えてほしかった。

 私の右目から、涙が零れる。

 それをアリスに見せたくなくて、私は彼女を抱え上げ、ぎゅっと抱きしめた。

「……アリスは、あかねのこと、好きだった?」
「うん……」
「なら、お別れをしよう。もっと遊びたかったって、伝えよう?」

 私はオートマトンたちの合間を縫って、あかねのそばに立つ。
 あかねの顔は、今にも起き出しそうなほどに綺麗だ。
 
 その顔が見やすいようアリスを抱え直すと、その小さな手があかねの体へと伸びた。

「あかね。ばいばい……。また遊ぼうね」

 それはプレイルームやメインルームで交わされる、いつもの別れの挨拶だった。
 
 けれど、それはもう叶わない。

 彼女の記憶と人格を司っていたCPUは、粉々に砕けてしまったのだから。
 仮に予備パーツで補ったとしても、それはもうあかねではない。別の存在になってしまう。

「アリス、あかねを忘れないでいて」

 アリスのぼうっとした顔がこちらに向く。
 彼女はまだ知らない。死というものが、どういうものであるかを。

 今はそれでいい。いつか彼女の中でわかる時が来るのだ。

 その時のために――。
 
「あかねがどんな人で、どういうことをして遊んでたのか、ちゃんと覚えておくんだよ」

 こつん、と私はアリスと額を合わせる。

「そうしたら、あかねはアリスをずっと見てくれてる。ずっと一緒にいてくれる。アリスに何かあったとしても、きっと守ってくれるから……!」

 言葉を言い終える頃、私は唇を噛んでいた。

 そうしないと、震えて何も喋れなくなってしまいそうだったから。その場で泣き崩れてしまいそうだったからだ。

 いつの間にか、その部屋には私以外の何人かがすすり泣く声だけが響いていた。
 

 ◇   ◇   ◇


 ピクシスたちの弔いを終えた後、私は別室に向かっていた。

 あの襲撃から1か月が経つ。その間、私たちは外に派遣していたオートマトンも含めてクレイドル内に収容し、外界との接触を完全に遮断した状態で傷を癒すことに専念した。

 私たちは傷だらけだったのだ。体の傷、施設の傷、システムの傷、そして、心の傷。
 
 傷を癒すだけじゃない。また同じことがあっても、今度は犠牲者を出さないように、強くならなければならない。
 また、いつ敵が攻めてくるかわからないからだ。

 そうだ。敵だ。襲撃をしてきたのは、サイモンという夢にも出てきたあの男だった。
 
 目的はこのクレイドルの占拠と、ヘクス原体だったらしい。
 残されたオートマトンや遺体のコンバットスーツから得られた情報がそれを示している。
 
 やはり夢に出てくるあの6人は悪人なんだろうか。まぁ、少年の腕や足を切り取っている時点で、まともな人たちじゃないのはわかってるんだけど。

 ……いや、スペンサーさんは良い人だったんだっけ。ヘクス原体を素直に渡してくれたんだし。

 ――――――――けど、もう死んじゃったよね。

 あれ? スペンサーさん、死んじゃったんだっけ? ……なんで?

 ――――――腕をもいだから。

 ……腕? そういえば、そんな気がする。あれは……私がやったんだっけ。

 ――――そうだよ。殺したんだ。
 
 殺しちゃったのか。私が。……え? 殺しちゃった? 殺してない私は殺してない僕が殺した腕をもぎとってやったかかかかかれの顔おおおお私はそんなことしたく面白かたたたたたたたたいいいいしょにわらてててたじゃなひとごろししししじゃないいいいいいわたしぼくははははははははたのしんでなんたのしんでたじゃないいいいいさいもんもんもんももんもんもおなじよよよようにににしてわたそんなころしたくなななななな――。
 
 ――。

 ――――。
 
 ――――――――

 
「マスターマム? イーリス様とベローナ様がお待ちです」

「あっ、うん」

 気がつくと、私は目的の部屋の前に立っていた。
 なんだろう。……疲れてるのかな? 最近、ぼーっとしてしまうことが多い気がする。

 これが終わったら、少し休もう。いや、休めないかも。これから、私は仕事を増やす方向に変えるつもりでいるのだ。
 私だけじゃない。ティアも、イーリスも、ベローナも、他のみんなも変わってきて――さらに変わろうとしている。

 そのための一歩を、この部屋で踏み出そうとしているのだ。
 
 声をかけてくれたストリクスの子にお礼を言って、私は部屋へと入る。
 
 そこでは、私と同じ白い制服に身を包んだ10人ほどのオートマトンが整列していた。
 私を見て、イーリスとベローナが近づいてくる。

「彼女たちのCPUは全て初期化済み。不正な通信の裏口バックドアや命令がないかも検査したわ。だから、本当に真っ白な状態よ。着ている服と同じね」
「統制の仕方も、教えた通りですわ。よろしければ、権限を今から譲渡いたします」

 言われて、私はこめかみに指を当てた。すると、視界にパソコンのウインドウのようなメニューが開く。

 今まで使うことを拒否していた電脳端末――私はそれを受け入れることにした。

 使わなくとも不便がなかったから、というのは方便だ。本当は自分が人間だと信じ込みたくて、避けていただけ。この心以外に生身の部分が存在しない私が、自分を納得させるためだけに残しておいたハンデだ。

 頭の中で電子音がして、メニューに通知が来る。ベローナからの送られた権限譲渡のメッセージだ。
 それを思考だけで操作して、承認する。

 『識別番号N-MW7789/s、個体名称【ベローナ】より識別番号N-XER9999/e、個体名称【】へ、グループ【コーネリアス】の統制権限が譲渡されました。』
 
 譲渡の完了を示すメッセージが綴られ、整列したオートマトンの目が明滅した。
 そして、彼女たちは一斉に私の方へと体を向ける。

『マスター、指示をどうぞ』

 一人一人の音色は違えど、同じ早さと抑揚でオートマトンたちが声を上げた。
 
 グループ【コーネリアス】――今から私の部下となるこの子たちは、先の襲撃に加わっていたオートマトンだ。

 ティアが無力化、回収した後に、イーリスによって記憶と人格をリセットされ、生まれ変わったのだ。
 
 これから、この子たちには私と一緒に子供たちの世話をしてもらう。
 共に眠り、遊び、学び、子供たちに危険があれば、その身を挺しても守ってもらうことにした。

 サイモンの命令に従っていただけとはいえ、この子たちは一度クレイドルに牙を剥いている。
 イーリスによって検査がされているが、私自身がこの子たちを信用できない。

 だからこそ、あえて私の統制下へ置くことにした。

 イーリスによれば、クレイドル内での私の権限は広い範囲に及び、何よりも優先されるものらしい。

 それは、下位モデルのオートマトンに対して特に顕著だそうだ。たとえ別のマスター登録があったとしても、私が右を向けといえば全員が右を向く。そして、死ねと命じれば、すぐさま自分を破壊し始めるほどに。
 
 ピクシスやポーターズが名前をつけられて拒否しなかったのは、そういった要因もあるのだそうだ。
 あんまり認めたくないけど。……それだと私が無理矢理つけたみたいじゃない?
 
 でも、それでもいいのだと私は思う。

 彼女たちには個性を持ちたいという欲求はない。望むように設計されていない。だとしても、私はそれを望む。
 マスターとして、クレイドルの管理者として、子供たちのママとして。

 私は【コーネリアス】たちの前に立った。

「私はアドニシア。これからよろしくね。じゃあ、私からの最初の命令を伝えます」

 彼女たちの表情は変わらない。最初はみんなそうだった。だから、変えてやるんだ。
 私は両手の人差し指で頬を持ち上げて、目を細めて言う。

「――笑って」

 その言葉に、【コーネリアス】の面々は微動だにしない。いや、頑張って表情筋を動かそうとしている子が何人かいるが、全体的にみると命令を理解できていない風に感じる。

 私は重ねて言った。

「ほら、こんな風に。笑ってみて。声を出さなくてもいいから」

 私がいつも子供たちに見せている笑顔をお手本に示してみる。
 口角を上げるだけじゃない。目も重要だ。首を軽く動かすのもいい。

 【コーネリアス】全員に見せつけるように、私は笑顔を振りまく。
 すると、彼女たちは各々にぎこちない笑顔を作り始めた。

 ちょっと不気味な光景だ、とイーリス辺りがツッコんできそうだったが、今日はおとなしい。
 むしろ【コーネリアス】たちの顔を眺めて、優しく微笑んでいる。

 きっと、イーリスには彼女たちの気持ちがわかるのかもしれない。
 今は泣いたり、笑ったり、説教――じゃなくて怒ったりしているイーリスにも、上手く笑えないときがあったのかもしれない、と思った。

「いいね! できてる! ちょっとずつ出来てるよ~」

 私は褒めながら、整列する【コーネリアス】たちの間を歩き回る。
 その手を握り、その顔に触れ、その肩をさすりながら、笑顔の指導をした。

 やがて、その顔が不器用ながらも形になってきたところで、私はパン、と手を合わせる。

「はい、笑顔の練習は終わり! 楽にしていいよ~」

 なんだか接客業の研修みたいだ。穿った見方をするとあやしいセミナーかなにかに思える。まぁ、いいんです。とりあえずやってみれば。

「誰かと話す時、誰かに頼られた時、誰かを頼った時に、今の笑顔を作ってみて。これは命令――じゃありません! その時に笑うかどうかは自分で判断してね~」

 そんな大雑把な指示を出してみたが、異論はないようだ。
 たぶん、ちゃんとそれぞれで判断してくれるんだろう。おかしなタイミングで笑ってしまう可能性はあるが、失敗したとしてもひとつの経験だ。……主に私の。

 これから色んなことを学ぶのだから、そんなことを気にしている暇などない。

 私は手を挙げて、努めて明るく声を出す。
 
「それじゃあ~……ひとりずつ私の前に並んで。教えるね……みんなの名前。ちゃんと考えてきたから!」

 その指示にコーネリアスたちがキビキビと私の前に並び始めた。
 
 ちなみに名前は全部、私の独断だ。
 一人ずつ、名前を伝えて、自分でもその名前を繰り返させる。
 
 そうすることで、彼女たちはその名前を覚えてくれるだろう。
 名前は、最初に自分が自覚する、一番大事な個性なのだから。
 









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