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酒虫
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長山(山東省)に劉という者がいた。巨漢で大酒飲みであった。
いつも一人で飲んでいたのだが、そのたびに一甕(かめ)空けてしまうであった。
これだけ飲兵衛だと普通は身代をつぶしてしまう。しかし、劉は県城の近くに三百畝もの良田を所有する物持ちであり、個人で抱え込んだ酒造屋があったので、飲み代に常に酒を切らす不自由をすることがなかった。そのようなわけで、日々酒を飲み暮らしていたのである。
ある日、一人の喇嘛(らま)僧がやって来た。これが劉を一目見た途端、
「施主殿、あなたの体には奇病が取りついておりますぞ」
と言った。奇病と言われても日々よく飲み、よく食らう劉には全く心当たりがない。
「病気になんぞなっとりません」
と劉が言い返すと、喇嘛僧はこう言った。
「あなたはお酒を飲んでも酔われたことはないでしょう?」
「そう言えばないなあ」
確かに劉は一甕空けても酔ったことがなかった。喇嘛僧はうなずいた。
「それが奇病なんですよ。体内に酒虫が住みついているのです」
劉は驚いた。
「和尚様、その病気、治すことはできるのでしょうか?」
「簡単ですよ」
劉は治ると聞いて安心した。
「どんな薬を飲めばいいんでしょう?」
劉が訊ねると喇嘛僧は、
「薬などいりませぬ。拙僧にお任せあれ」
と請け合って、すぐさま治療に取り掛かった。
喇嘛僧は日当たりのいい場所に縁台を出すと、劉をそこにうつ伏せに寝かせて手足を縛った。そして、顔から五寸(約16センチ)離れたところに酒甕を一つ置いた。
しばらくすると、劉は喉が渇いてきた。目の前の酒甕からはプ~ンとよい香りがしてくる。思わず手を伸ばそうとしたが、両手は後ろでしっかり括られていて自由にならない。そこで懸命に首を伸ばそうと努力したが、彼の短い首は一向に伸びてくれなかった。体を前後に伸び縮みさせてはみたが、汗をかいただけであった。そうする間にもますます喉の渇きはひどくなり、酒好きの劉にとってこの状態はほとんど拷問に近かった。
(ああ、飲みたいなあ…。目の前に酒があるのに一口も飲めないなんてなあ…)
喉の渇きが極限に達した時、何やら喉の奥からぬるぬるしたものがこみ上げてきた。
「ゲェッ!」
我慢できなくなって劉は酒甕に向って吐いた。その途端、酒に対する欲求が消えた。
「治りましたぞ」
喇嘛僧はニッコリ笑って縄を解いてくれた。劉が酒甕を覗き込むと、酒の中で何やら蠢(うごめ)いていた。長さ三寸ばかりの赤い肉のようなもので、その動くさまはひれのない金魚によく似ていた。気持ちの悪いことに目鼻がきちんと揃っている。こんな虫が腹の中でいたのかと思うと、劉は気持ち悪くなった。
劉が謝礼を払おうとしたところ、喇嘛僧は受け取ろうとせず、ただ、
「この虫をいただけますかな」
と言った。こんな気色の悪い虫を、と思った劉は、
「はあ、それはよろしいのですが、一体何に使うので?」
「これは酒の精でしてな、甕に水を張ってこいつを入れてかき混ぜると、美酒になりますのじゃ」
不思議なことに美酒と聞いても劉は何の魅力も感じなくなっていた。しかし、この目で確かめておきたくて、嘛僧に頼んで試してもらった。水は本当に美酒に変わったが、飲む気は起こらなかった。
酒虫を駆除してから、劉の生活は一変した。酒の味のするものを一切、口にしなくなったのである。それだけでなく、酒を仇のように憎むようになった。
酒を飲まなくなってからというもの劉の巨体は段々痩せていった。劉が痩せるにつれて家も貧しくなっていった。やがては普段の飲み食いにも事欠くようになってしまったのである。
(清『聊斎志異』)
いつも一人で飲んでいたのだが、そのたびに一甕(かめ)空けてしまうであった。
これだけ飲兵衛だと普通は身代をつぶしてしまう。しかし、劉は県城の近くに三百畝もの良田を所有する物持ちであり、個人で抱え込んだ酒造屋があったので、飲み代に常に酒を切らす不自由をすることがなかった。そのようなわけで、日々酒を飲み暮らしていたのである。
ある日、一人の喇嘛(らま)僧がやって来た。これが劉を一目見た途端、
「施主殿、あなたの体には奇病が取りついておりますぞ」
と言った。奇病と言われても日々よく飲み、よく食らう劉には全く心当たりがない。
「病気になんぞなっとりません」
と劉が言い返すと、喇嘛僧はこう言った。
「あなたはお酒を飲んでも酔われたことはないでしょう?」
「そう言えばないなあ」
確かに劉は一甕空けても酔ったことがなかった。喇嘛僧はうなずいた。
「それが奇病なんですよ。体内に酒虫が住みついているのです」
劉は驚いた。
「和尚様、その病気、治すことはできるのでしょうか?」
「簡単ですよ」
劉は治ると聞いて安心した。
「どんな薬を飲めばいいんでしょう?」
劉が訊ねると喇嘛僧は、
「薬などいりませぬ。拙僧にお任せあれ」
と請け合って、すぐさま治療に取り掛かった。
喇嘛僧は日当たりのいい場所に縁台を出すと、劉をそこにうつ伏せに寝かせて手足を縛った。そして、顔から五寸(約16センチ)離れたところに酒甕を一つ置いた。
しばらくすると、劉は喉が渇いてきた。目の前の酒甕からはプ~ンとよい香りがしてくる。思わず手を伸ばそうとしたが、両手は後ろでしっかり括られていて自由にならない。そこで懸命に首を伸ばそうと努力したが、彼の短い首は一向に伸びてくれなかった。体を前後に伸び縮みさせてはみたが、汗をかいただけであった。そうする間にもますます喉の渇きはひどくなり、酒好きの劉にとってこの状態はほとんど拷問に近かった。
(ああ、飲みたいなあ…。目の前に酒があるのに一口も飲めないなんてなあ…)
喉の渇きが極限に達した時、何やら喉の奥からぬるぬるしたものがこみ上げてきた。
「ゲェッ!」
我慢できなくなって劉は酒甕に向って吐いた。その途端、酒に対する欲求が消えた。
「治りましたぞ」
喇嘛僧はニッコリ笑って縄を解いてくれた。劉が酒甕を覗き込むと、酒の中で何やら蠢(うごめ)いていた。長さ三寸ばかりの赤い肉のようなもので、その動くさまはひれのない金魚によく似ていた。気持ちの悪いことに目鼻がきちんと揃っている。こんな虫が腹の中でいたのかと思うと、劉は気持ち悪くなった。
劉が謝礼を払おうとしたところ、喇嘛僧は受け取ろうとせず、ただ、
「この虫をいただけますかな」
と言った。こんな気色の悪い虫を、と思った劉は、
「はあ、それはよろしいのですが、一体何に使うので?」
「これは酒の精でしてな、甕に水を張ってこいつを入れてかき混ぜると、美酒になりますのじゃ」
不思議なことに美酒と聞いても劉は何の魅力も感じなくなっていた。しかし、この目で確かめておきたくて、嘛僧に頼んで試してもらった。水は本当に美酒に変わったが、飲む気は起こらなかった。
酒虫を駆除してから、劉の生活は一変した。酒の味のするものを一切、口にしなくなったのである。それだけでなく、酒を仇のように憎むようになった。
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(清『聊斎志異』)
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