デモンズ・ゲート

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序章

始まりの光

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  自分は確かに存在しているのに、主張をする事が出来ない。そんなもどかしさをあざ笑う様に、この世界は姿を変えていく。

  父さんだ。顔はぼんやりとし不鮮明だが、その人物から発せられる雰囲気で分かる。すると突然幽体離脱でもしたかのように、視線が後ろへと移り幼い自分の後ろ姿が目に入る。

  父さんは優しい表情をしながら話しをしている。母さんはそれを聞いて笑っていた。自分は一歩引いた場所からそれを見ている。今までに何度も見て、何度も願った光景がそこに広がっていた。


「レン……アレン…起きて!」

  突然大きな声が割って入って来た。
アレンは驚き目を開こうとするが、いつもここで終わってしまう夢の続きを見れなかった事を惜しむ。

  ぼんやりとした視界が、次第に鮮明になると続けざまに大きな声がする。

 「いつまで寝てるの!? 今日は卒業式の日でしょ!」

  視線を天井から声のする方向へと向ける。薄い青色の髪を揺らしながら、怒っている様な表情を見せる少女の姿が見える。幼馴染みのマナだ。

 「あぁ、分かってるよ。寝起きにそんな大きな声を出すなよ。まだ遅刻する時間じゃないじゃないか。マナはせっかちだな」

  寝起きで掠れた声ながら、反論をし終えると、アレンは気だるそうにゆっくりとベットから身を起こす。いつも同じ所で終わる夢とマナの大きな声に少し苛立ちを覚えた。
  しかし、その表情を察してもマナはため息を1つ挟み続ける。

 「式に遅刻なんてしたら前代未聞の事よ! それに軍にも入るんだから、集合時間より早目に間に合わせた方が良いじゃない!」

 「まるで母親の様なセリフだな」

  アレンの表情が少し緩む。

  6年前に両親が他界し、生活に困ったアレンは勉強しながら金も支給される、軍の魔法学校へと入った。魔法学校と言っても、魔法だけで無く剣術や格闘術も学ばされる。卒業すれば即戦力の兵士として危険な任務に出なければならないが、遠く離れた孤児施設に1人行くよりはマシだと思えた。

  優しい性格のマナは、その頃からアレンの家の世話を焼き始めた。
小うるさい所は、今ではすっかり母親の様である。

 「準備するから、マナの家の前で待っててくれよ」

  アレンはそう告げると、ベットの近くに脱ぎっぱなしに散らばった制服を手に取り、台所へ歩きだした。

 「出来るだけ早くね!」

  そう言いながら家から出ていくマナを見て、アレンは溜め息を吐いた。

  金色の髪は寝癖が目立ちにくいから気に入っている。桶に入った水を手ですくうと、顔を洗う。水が怖い訳ではないが、突然襲いかかる冷たい感触が苦手で、いつもゆっくりと水を顔に擦り付ける様な洗い方だ。
  
  机の上に飾ってある両親の写真に朝の挨拶をした後、アレンは家から出た。

  アレンの住む家は、街の中心部からは少し離れた場所にあり、周りは畑に囲まれた実にのどかな田舎風景である。しかし扉を開けたアレンは、扉の先に写る景色の中に違和感を放つ物が目に入った。

  錆びた剣を持った骸骨が立っている。

   なんだこのオブジェは? イタズラか? 実は夢をまだ見ているのか?

  幾つかこの骸骨に対する答えを頭の中で出してみるが、どれもしっくりと来る答えは無い。

  考えるのをやめようかと思った矢先、さらに驚くべき事が起こる。
  骸骨が動いているのだ。

  夢の世界の様な唐突な展開に、その骸骨の動きをじっと観察する。急に夢から覚める様な感じがした。

  骸骨は剣を振り上げ、自分に切りかかろうとしていたのだ。

  咄嗟に避けようとするが、体が上手く動かない、本当に夢の中の様だ。

 「痛ぇ!」

  左肩に鈍痛が走り、その痛みが現実であると告げる。
そのまま体勢を崩し転倒する。

  骸骨はさらにこちらを狙っている。

  モンスター? こんなモンスターは見た事も聞いた事も無かった。
  学校で習ったモンスターの事を思い返したが、記憶に無い。


  困惑し考えが追いつかないが、頭が身を守れと命令する。辺りを見回してみたが、小石くらいしかない。
また避けた方向も悪かった。
家に入る扉から遠ざかってしまい、扉の前には代わりに骸骨が立っている。これでは家の中に逃げ込む事も出来ない。自分の判断ミスを後悔した。

  落ち着け。落ち着いて魔法で攻撃すれば、逃げるスキが出来るだろう。自身に言い聞かせた。

 「 雷魔学序ノ段・電撃!」

  魔法学校で習った魔法の中でも、得意である雷の魔法を繰り出す。
しかし、電気が1点に収束せずいつもと違い四方八方へ弱々しく拡散していく。

  魔法の威力や精度は、本人の魔力、技術。そして感情に大きく左右される。
  混乱している今のアレンでは、とても魔法を正常に使える状態では無かった。


  骸骨が錆びついた剣先を、自分の喉元に狙いを定めた様に見える。

  身体が震える。危機である、とようやく体が教えだす。
震えに呼応するかの様に、恐怖感も大きくなり始める。


「死ぬのか俺は?」

  この後に及んでも、こんなに簡単に死ぬのか? と言う疑問を感じていたが、自分の疑問に対する答えを突きつけるかの様に、骸骨は突きを出す構えで踏み込んで来た。

 突然、今まで忘れていた記憶までも引出しから取り出し、楽しかった思い出を見せてくれる。それらが走馬灯と呼ばれる現象だと気付くと、アレンは死を覚悟した。


  骸骨が踏む込むと同時に、剣では無く頭蓋骨が大砲の様に飛び出し、アレンの顔面に直撃した。

  どんな隠し技だよ。衝撃で後ろに倒れながらアレンは思った。

 「大丈夫か!? アレン!」

  大きな声で男が叫んだ。

  地面に肘を突き少し身を起こして見ると、黒い髪に筋肉隆々の体格の男が心配そうな表情でこちらを見下ろしている。
  魔法学校の同期であるアンジ・グレバーだ。

  手には木の棒を持っていた。


 「お前が骸骨を殴ったのか」

  謎の頭蓋骨攻撃の真相を知り、鼻血を垂らしながらアレンは笑った。
  しかし、聞きたい事もある。

 「こいつは何なんだ? こんな奴は学校では習ってないモンスターだ」

  まずはそれが知りたくて、アンジに問いかける。

 「こいつだけじゃないぞ。他にも見たことないモンスターが突然現れやがった」

 「他にも? どうなってるんだよ」

 「いいから立てよ! 今は砦に逃げるぞ」

  町の中心には石で積まれた砦がある。アンジはそこに避難をしようと言うのだ。確かに砦であれば安心だろう。

  アンジは手をのばして来た。その手を握ると、軽々と引き起こされる。左肩の痛みが先ほどの恐怖を思い出させた。

 「ありがとな、アンジ」

  感謝の言葉を述べた後、2人は砦に向かって走り出した。

  この町「ホーストン」には、軍の支部である砦が建てられている。もちろん兵士の数も、砦が無い町と比べると多い。そこに向かえば助けて貰えるだろう。


朝にも関わらず、辺りを薄暗くさせるほどの分厚い雲は、激しい雨を降らせはじめた。


  砦を目指し町の中心部に向かうほど、自分が思っていたよりも、危機的な状態だと分かって来た。

  辿りついた町の中心部には、誰も居なかった。

  通学の際に挨拶したり、興味のない世間話を聞かされ迷惑だと思っていた人も、この時間にいつも居た場所に居ない。代わりにそこにあるのは引き裂かれ人の形をしていない、赤黒く染まった何かだ。


  アレンはふと気付く。

 「そうだ! マナ! マナを見なかったか?」

 しかし返事は返って来なかった。アンジの顔を見てみると、あまりにも変わり果てた町の姿に言葉を失っている様だった。

 「アンジ! マナの家に寄っていく! 来てくれ」

  返事の無いアンジの手を引っ張り無理やり動かす。
  マナの家は町の東区、中心部に近い場所にある。走る度に跳ねる泥で靴もズボンも泥だらけになっていくが、そんな事は気にもせず走り続ける。

  町の中を駆け抜けて行くと、あちらこちらから叫び声が聞こえる。

その叫び声が何なのかは分かっていたが足は止めなかった。今は戦う武器も無い。アンジが居るとは言え、モンスターに囲まれればひとたまりもないだろう。人1人助けるのにモンスターと刺し違える必要があるのなら、マナを助ける為に使おうと思っていた。

 程なくしてマナの家にたどり着く。

 「マナ!」

 扉を開けるが、そこにマナの姿は無かった。

 「砦に逃げたんじゃないか?」

 遅れて入ってきたアンジが言った。

 「そうだと良いんだが」

 マナは少し男勝りな所もあるが、根はとても優しい性格だ。町の人が困っているなら自分の事は構わずに助けるだろう。
  もしかすると、この町に残っているのか? 不安がよぎるが、アンジを危険な事に巻き込む理由にもいかない。
 
 「アレン、このままだと俺達もヤバイ。砦に向かおう」

 「……マナは砦に逃げたと信じるしかないな」

  マナの家を出ると違和感を感じた。
  町の建物は崩れ落ち、火の手が上がっている所もある。それにしてはモンスターの数が少ない様な気がする。マナの家に来るまでに、数体しか見ていなかった。

 「ほら! 行くぞ!」

  アンジに急かされ走り出す。
砦の入口は南側にある正門しかない。
  安全な場所に早く行きたいと言う気持ちと、マナが砦に居るのを確認したいという思いで走る足も早くなる。


  砦の南側へと回る途中、アレンの足が遅くなる。

  「おかしい」

  震えた声でアレンが言葉を発した。

  アンジはアレンの視線の先を見てみると、砦の形がおかしい。上に向けて少し細くなる円柱形の砦が形を成していない。

先ほど感じた違和感。
あまりにも少ないモンスターと、ほぼ全壊した町。

  アンジと共に正門が見える位置まで移動する。

  南側の正門付近から大きく崩壊した砦に、まるで腐乱死体に湧くウジ虫の様に大量のモンスターが群がっているのが目に入った。

    こうしよう!
    あそこから助けよう!
    1点から攻めて道を切り開こう!

  頭の中でアイディアが浮かんでは×マークが表示される。
二人共、これほどの無力感を感じた事は無かった。
唇を噛む事も、こぶしを強く握る事も無く、ただただ力無くその光景を見ているしか無い。



  その時、分厚い雲に覆われていた空を切り裂く様に何かが光った。
  目を空にやると、次は視線の下が明るくなる。恐ろしい程の速さで何かが落ちたのだ。

  落ちた光は周囲に拡がり、砦に群がっていたモンスターが破壊されていく。
  建物が吹き飛ばないと言う事は、隕石とかでは無いのだろう。

  アレン達には悪魔を退治する為に、神様が落とした光に見えた。


  しかし、拡散していた光は1点集まると、突如こちらに向かって来る。


  人が死ぬ時、時間が遅く感じると聞いた事がある。先程の骸骨に殺されそうになった時よりも、時間が遅く感じる。
  きっとアレがぶつかり死ぬのだろう。冷静にそう悟った。


  向かって来る光に目をやると、人間だ。光を纏った人間が高速でこちらに向かって来ているのだ。

  アンジに視線を向けると、ゆっくりとこっちを向こうとしながら、手を出そうとしている。

  反射的にその手を取ろうとするが、光り輝く人間がぶつかった感触がした。

  痛みを感じる事無く、景色が高速で流れて行くのが見える。
  いつの間にか、目は何も映さなくなった。
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