愛の言葉

佐々

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愛の言葉

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 翌日はひどい気分だった。まず頭が痛い。ワインは次の日に残るから嫌だったのに。まあそれがわっていて俺もおいしく飲んだのだから自業自得だろう。体調に加えて気分もひどく落ち込んでいた。
「目が覚めましたか?」
 部屋の戸口に如月が立っていた。白いシャツにスラックス、ネクタイまで締めている。
「おはよう……えっと……」
 昨日の記憶が残っていて、まともに顔を見られない。
「おはようございます。気分はどうですか?」
 如月が近づいてくる。既に髪の毛もセットされていて、完全に仕事に行く感じだ。
「悪くは、ない……ていうか今何時だ?」
 本当は色んな意味で最悪の気分だったが、如月にそれを言うことはできなかった。
「そろそろ昼の三時です」
 俺はベッドから飛び起きる。
「マジかよ! 寝過ぎた。悪い、長居しちまって」
「いえ、せっかくだからゆっくりして行って下さい。ダイニングに食事も用意してあるのでよかったらどうぞ。シャワーも好きに使って下さい」
 如月の言葉と表情は昨日と変わらず柔らかい。俺はそれに安堵した。
「あ、ありがとう……お前は? 仕事?」
「ええ、同伴なんでそろそろ出ないと」
 如月は腕時計に視線を落とす。
「悪いな、何から何まで世話になって」
「いえ、そんな」
 俺は如月と共に寝室を出た。洗面所を借りたついでに彼を玄関まで見送ることにする。
「そういやお前がネクタイしてんの初めて見たな。今日はカッチリ系?」
 廊下の壁に寄りかかりながら、靴を履く如月を眺める。シンプルなスーツを着ていても、如月は顔のいいホスト以外の何者でもなかった。
「まさか、覚えてないんですか?」
 靴を履き終えた如月が振り返り、鋭い目で俺を見る。
「な、何を?」
 如月は俺の目の前でネクタイを緩め、ボタンを外して襟元を広げて見せた。彼の白い肌には無数の赤い痕が残されていた。歯型までついている。
「あ……」
 それは紛れもなく昨夜、俺が如月につけたキスマークの数々だ。
「こんなに目立つところにたくさん痕つけてくれちゃって、忘れたとは言わせませんよ?」
 昨夜の記憶が蘇る。だめだと言う如月をベッドに押さえ付けて、無理矢理そこに噛み付いた。
「あー……」
 言葉が出てこない。謝ったほうがいいのだろうか。
「ま、キスマークくらい、別にいいんですけどね」
 如月は俺から離れ、姿見の前でシャツのボタンを留め、ネクタイを締め直した。
「でも、責任は取って下さいね」
 鏡で全身をチェックした如月は俺に向き直り、キスをした。
「行ってきます」
 微笑み、如月は扉の外に消えた。俺はしばらくその場から動くことができなかった。
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